第66話 装備品を見せる
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食事を終えた俺達はカラオケで3時間ほど熱唱した後、コインロッカーに預けた荷物を回収して帰路に就いた。その帰りの道すがら、美佳が俺のダンジョン装備を見たいと言いだし、沙織ちゃんも参考までに見てみたいと言うので、俺は少し考え閲覧許可を出す。予定よりスムーズにお買い物が終わったので、夕暮れまで時間もあるしな。
帰宅後、二人にはリビングで待機して貰って、散らかっている部屋の片付けをする。
「こう言う時、空間収納があると便利だよな」
俺は床に落ちている服や雑誌を、手当たり次第に空間収納に入れ片付けて行く。床に物が無くなった部屋は、大分サッパリとした印象を受ける。
次に窓を開け空気を入れ替えつつ部屋全体に消臭剤を振り撒き臭いを消し、ベッドメイクをし直す。シーツ交換等は出来ないが、見た目を整えるくらいはしておいた方が良いだろう。
「……まぁ、こんなものか」
床に散らかっていた物は無くなり、微かにミントの香りが漂い爽やかな空気感を演出する。
短い時間で慌てて掃除した割には、そこそこの出来だ。取り敢えず、女の子を招き入れても、そこまでの不快感は与えないで済むと思う。
出来れば掃除機をかけたいが、時間が無いので今回は諦めるか。
「あっ、忘れてた」
俺は空間収納から、不知火の入ったケースとダンジョンに持って行っているバッグを取り出す。美佳や沙織ちゃんにはまだ空間収納の存在を教えていないから、事前に出しておかないとおかしな事になるからな。
俺は取り出した不知火を机に立てかけ、その横にバッグを置く。
「これで準備は良いな。さて、美佳達を呼んでくるか」
準備を整えた俺は、部屋を出てリビングに向かおうと扉を開ける。すると、扉の前に居た美佳と沙織ちゃんと目があった。
「……何をしているんだ?」
「は、ははっ。えっと、その……」
「……すみません」
美佳は笑って誤魔化そうとしているが、沙織ちゃんは素直に頭を下げた。
俺は無言で、笑って誤魔化そうとしている美佳の顔をジッと見続ける。俺の視線に根負けした美佳は、観念したように部屋の前にいた理由を喋り出す。
「……お兄ちゃんの部屋の方から片付けの物音が聞こえたから、どれだけ散らかっているのか覗いてみようかな……って」
「……はぁ。沙織ちゃんも、美佳と理由は一緒?」
思った以上に下らない理由に、俺は思わず溜息を漏らす。
美佳から視線を外し、沙織ちゃんに視線を向けると、沙織ちゃんはバツの悪そうな表情を浮かべていた。
「えっと、はい。すみません」
「はぁ……」
二人とも好奇心からだろうが、勘弁して貰いたい。
何の為に、大慌てで部屋の片付けをしたのか分からなくなるからさ。
「何時までもこんな所で押し問答していてもしょうがない、取り敢えず二人とも中に入りなよ」
「あっ、うん」
「……失礼します」
意気消沈している二人を、俺の自室に招き入れる。
俺は机の椅子に座り、美佳は慣れた物と言った様子で俺のベッドに腰掛け、入口で座る場所に悩み立ち尽くす沙織ちゃんに手招きし自分の横に座る様にと招き寄せる。
「ごめんね。ベッドしか座る場所が無くて」
「い、いえ」
「ほら、沙織ちゃん。ここに、座って」
「し、失礼します」
沙織ちゃんは少し躊躇した後、美佳の横に腰を下ろす。
しかし、俺の部屋と言う慣れない環境でベッドの上は座り心地が悪いのか、沙織ちゃんは顔を若干強ばらせ体を小刻みに揺らしている。
「さてと……ちょっと予定がズレたけど、ダンジョン装備見てみようか?」
「うん!」
「はい。お願いします」
「じゃぁ、先ずは……」
俺は椅子から立ち上がり、机に立て掛けていた不知火を入れた収納バッグを手に取る。
収納バッグを開き、中から不知火と懐刀を取り出し、美佳に懐刀を、沙織ちゃんに不知火を手渡す。
「美佳は見たことあるだろうけど、これが俺がダンジョンで使っている武器だよ」
美佳は受け取った懐刀を興味深げに眺め、沙織ちゃんは手に持った不知火を凝視し表情を強ばらせる。対照的な反応だ。
まぁ、美佳は何度か不知火を手に持って見たことあるから。
「大丈夫?」
「えっ、あっ、はい! だ、大丈夫です!」
どうやら沙織ちゃんは不知火を持って、大分緊張しているようだ。まぁ一般人にとって、真剣に触れる機会など先ず無いだろうからな。行き成り真剣を手渡されれば、緊張の一つもするか。
俺が沙織ちゃんの心配をしていると、懐刀の外観を観察し終わった美佳が話し掛けてくる。
「ねぇ、お兄ちゃん。これ、抜いても良い?」
「良いけど……怪我するなよ?」
「はーい」
美佳は俺の了解を得ると、懐刀の鯉口を切り刀身を引き抜く。
「うわぁー」
「……」
刀身を見た美佳は感嘆の声を上げ、沙織ちゃんは美佳が引き抜いた懐刀を凝視する。
刀身は電灯の光を反射し、キラリと妖しい光を放つ。
「それは、不知火を打ち直して貰った時に刀工の人から貰った物だよ。余り使う機会は無いけど、イザという時の心強いサブウエポンだよ」
懐刀を見詰め、熱に絆された様な様子の沙織ちゃんに俺は懐刀の説明をする。
「……不知火、ですか?」
「そっ。沙織ちゃんが持っている、刀の銘だよ。不知火って言うんだ」
「……不知火」
沙織ちゃんは美佳の持っている懐刀から視線を不知火に移し、数秒凝視した後に顔を上げ俺を見上げる。
「お兄さん……私も不知火を引き抜いてみても良いですか?」
「良いけど……危ないから、少しだけ引き抜くんだよ?」
「はい!」
俺が了解を出すと、沙織ちゃんの目が輝く。
……あれ?沙織ちゃんって刀剣女子だっけ?
俺が沙織ちゃんの反応に戸惑い、駐爪の存在を教えようと口を開く前に沙織ちゃんは、不知火の柄を握り鯉口を切ろうと力を込めていた。
しかし当然、駐爪が掛かっている状態で鯉口が切れる訳もなく、沙織ちゃんは刀身を引き抜こうと悪戦苦闘している。
「えっと……沙織ちゃん?」
「は、はい!? 何ですか!?」
「……あのさ? 不知火には刀身が不意に抜け落ちない様にする為のロック機構が付いてるから、それを解除しないと引き抜けないんだよ?」
「……えっ!?」
沙織ちゃんは手を止め、驚愕の表情を顔に貼り付け俺の顔を凝視する。
いや……そんな顔をされても、説明する前に不知火を引き抜こうとしたのは沙織ちゃんだからね?
「ほら。鍔に付いている、その金属部品を押さえながらユックリ引き抜くんだよ」
「……これ、ですか?」
沙織ちゃんは、俺が指さした金属部品を指さす。
「そう、それ」
俺が正解と言いながら頷くと、沙織ちゃんは駐爪を押さえながらユックリと不知火の鯉口を切る。
今度は何処にも引っ掛かる事も無く引き出される不知火の刀身は、電灯の光を反射しつつ沙織ちゃんの顔を刀身に写す。
「……凄い」
そう呟いて、沙織ちゃんは吸い込まれる様に引き抜いた不知火の刀身を凝視し動きを止めた。その姿はまるで、美術館で名画を見て動きを止める観覧者のようでもある。
しかし、沙織ちゃんの口元が僅かに吊り上がり笑っているように見えるのは気のせいだろうか?
「そう言って貰えると、何時もキチンと手入れしている甲斐があるよ」
「……お兄さんが手入れをしているんですか?」
「ああ。まぁ、刀身を拭いたりする簡単なメンテナンスなんだけどね? でも、その日々の簡単なメンテナンスを怠ると、いざ使おうとする時に如実に影響が出るからさ、気が抜けないんだよ」
手入れが悪いと直ぐ、表面が黒ずんだり錆なんかが浮いたりするからな。
モンスターの血糊なんかは柊さんの洗浄スキルの御陰で、ダンジョンから出る前に全部落ちているんだけどな……何で錆びるんだ?空気中の水分か?
「そうなんですか……大変なんですね」
「そうなんだよ。でもまぁ、自分の命を預ける相棒だからね。メンテナンスの手を抜く訳にはいかないよ」
沙織ちゃんは不知火から目を逸らさないまま、気のない返事を俺に返す。
最悪、徒手格闘でモンスターと戦う事も可能だけど、ドロップアイテムのことを考えれば武器を使って倒した方が良い。低層階に出現するモンスター相手に徒手格闘で戦うと、漏れ無く爆散の結果が待ってるからな。……オーガなら、爆散はしないか?
「ダンジョンに行くなら、私達もこういう武器がいるんですね……」
沙織ちゃんは不知火を見詰めたまま、自分が刀を持ってモンスターに立ち向かう姿を想像しているようだ。でも、まぁ……。
「俺としてはこういう系統の武器は、沙織ちゃんや美佳にはオススメ出来無いかな?」
「……どうしてですか?」
俺のオススメ出来ないと言う言葉を聞き、沙織ちゃんは不知火から視線を外し俺の顔を怪訝な顔をして見詰めてくる。
美佳も懐刀を鞘に収め、沙織ちゃんと同じ様な表情を浮かべ俺の次の言葉を聞こうと待っている様だ。
「勿論、俺が二人に刀を勧めない事には、チャンとした理由があるからね? 一番簡単な理由としては、刀は取り扱いが難しく、剣術の心得も無い一般人が刀を無造作に振り回したら壊すのが関の山だよ」
「壊す? 折れるって事?」
「いや? そう簡単に折れたりはしないけど、刀身が曲がったり刃が欠けたりはするんだよ」
「……刀って、そんなに簡単に壊れる物なんですか?」
沙織ちゃんは信じられないと言った様子で、自分の手の中にある不知火を見る。
「無理な使い方をすると、意外と簡単にね。基本的に日本刀は西洋刀と違って、重さで叩き切る剣じゃなく切り裂く剣だから刀身が薄いんだ。刃筋を立てて正しく振らないと、綺麗に切れないんだよ」
「……綺麗に?」
「そっ、綺麗に。綺麗に切れないってことはそれだけ、切断時に刀に負担が掛かっているってことさ。負担が掛かる以上、許容量を超える負担が蓄積すれば壊れるよ。だから、素人が無理に使えば持って数回だろうね」
「……」
「で、それを防ぐ為の技術が剣術。沙織ちゃんも美佳も、剣術なんて習ったこと無いだろ?」
「うん」
「……はい」
俺の質問に美佳は即答し、沙織ちゃんは悔し気に答えた。
二人の返事を聞き、俺は更に質問を続ける。
「それと、確認なんだけど……二人は中学校の時、体育の授業で武道は何を習ったのかな?」
俺が卒業後に武道の授業で剣道が選択されていれば、少しは望みはあると思うけど……顔をしかめる沙織ちゃんの様子を見ると答えは、一つだろう。
「確か、柔道だったよね?」
「……うん。私達が体育の時間で習った武道は柔道だけだったね」
「ああ、やっぱりね」
俺が1年の時は体育教師が剣道有段者と言う事もあり剣道だったが、2年時に転勤になり新しく来た体育教師が柔道有段者と言う事もあり柔道に変わった。
俺が卒業した後に体育教師が転勤し指導方針が変わったかもと期待したが、どうやら変化は無く希望的観測だったようだな。
つまり、美佳と沙織ちゃんは竹刀を振った経験も無いと言う事だ。
「となると、俺としては益々二人が刀を武器として扱うことをお勧め出来ないな」
「そう、ですか……」
沙織ちゃんは心底残念そうな表情を浮かべ溜息を吐き、抜いたままだった不知火の刀身を鞘に仕舞う。
美佳はそんな沙織ちゃんの底無しに落ち込む様子を横目で見て、気の毒そうな眼差しを向けつつ俺に質問を投げかけてくる。
「だったら、お兄ちゃんはどんな物が私達にオススメなの?」
「そうだな……ちょっと待って」
俺は美佳に一言断りを入れた後、机の引き出しを開け以前入手した協会発行の公式商品カタログを取り出した。カタログのページを捲り、目的の商品が載ったページを開いたまま美佳に渡す。
「はい、これ」
「これは?」
「ダンジョン協会が発行している、公式商品カタログだよ。武器から雑貨まで、色々な新作商品が乗っているから参考資料としては使えるよ」
「ふーん。コレがお兄ちゃんのオススメの品なんだ?」
美佳が見ているカタログページには、超硬合金製の戦鎚が載っていた。
「……ツルハシみたいな形をしているんだね」
「まぁ、戦闘用のツルハシだからな。これなら素人が変に使っても簡単に壊れないし、取り回しも簡単だぞ?」
これなら適当に振っても、そこそこのダメージをモンスターに与える事が出来る。
1m程の柄を持つ戦鎚の鎚頭の片面は平らで肉叩きの様な突起加工がされており、もう片面は長く鋭く延びる血抜き溝が掘られた3角錐だ。
「ほら、ここ。3角錐の側面に溝が掘られているだろ? コレの御陰で、3角錐の部分がモンスターの体に深く突き刺さっても抜き易くなっているんだ。工具のツルハシには無い構造だろ?」
「ふーん。でも、ヤッパリ見た目がツルハシじゃ……」
「ダンジョンでは見た目より、実用性を重視した方が良いよ。見た目が良くても直ぐに壊れるような武器より、無骨で頑丈な武器の方が良いからね。今沙織ちゃんが持っている不知火だって、大事に使っていたけど半年程度で打ち直しをして貰ったんだから……」
俺は不知火の打ち直しに掛かった費用を思い出し、溜息を吐いた。
幾ら大事に使っても、刀は消耗品だ。消耗品である以上、コレからも不知火を使い続ける限り定期的に打ち直し経費が掛かる。今更ではあるが、初めの武器選びをミスった気がしてならない。
……武器修復が可能な、錬金スキルは無いかな?
その後、俺は防具や照明等の装備品を一通り二人に見せ説明をすると、若干不満気ではあったが、二人は俺の説明を聞いて基本的に武器や防具以外は中古品で間に合うと納得した。
まぁ納得した決め手は、俺が見せた装備品を新品で揃えた場合の見積もりを見せた事だろう。見積書を見せた時、二人とも目を見開いて金額を凝視していたからな。
主人公が二人に勧める武器は、鈍器系です。
ですが、沙織ちゃんは少し刃物の危ない魅力に魅了されかかっています。




