第64話 留年探索者問題
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暫し、俺達の間に沈黙が広がった。
店内に流れるBGMが、妙に大きく聞こえるのは気のせいだろうか?
二人は何も言わず、じっと俺の顔を見ている。俺は目を閉じ、軽く深呼吸をして気持ちを整えた後、二人に向かって口を開く。
「えっと……まず、理由を聞いても?」
先ずは、何でそんな結論に至ったのか理由を聞こう。否定するにも肯定するにも、先ずはそこからだ。
美佳と沙織ちゃんが互いの視線を一瞬交わした後、美佳が理由を喋り出す。
「私達が探索者試験を受けようって言い出したのは、学校……1年生の間で起きた問題が発端なんだ」
「一年生の間での問題?」
「うん。実はウチのクラスに、探索者資格を4月中に取った子がいるの」
「へぇー、4月中に。でも、探索者試験を受けられるのは満16歳からだぞ? 高校入学したてだと、殆どの子は15歳だろ?」
4月では、探索者試験を受けようにも年齢制限に引っ掛かる者が多いだろう。去年ダンジョンが民間開放された時には、俺達のクラスでも3分の2程しか満年齢の条件をクリアして居なかったしな。
開放が半年ズレたのは、ある意味俺達の年代の者には幸運だったのだろう。
「うん。ウチのクラスで4月生まれの子は3人だけだから、全体の人数としてはそんなに多くないんだけど……留年した人がウチのクラスに一人いて、その人が音頭を取って1年生で年齢条件をクリアした人に探索者になることを勧めてるの」
「勧める……」
何か、キナ臭い話になってきたな。
聞いた限りのイメージでは、どこかの誰かの姿を彷彿する。
「その人。去年ダンジョン攻略にのめり込み過ぎて、成績不振で留年したそうなんです。それで元々パーティーを組んでいた人達は普通に進級してしまい、パーティーを解消されたらしいんですよ」
「パーティーを組んでいないと、ダンジョンには入れないでしょ? それで、パーティーメンバーを集めようとしているみたいなの」
ダンジョン攻略に熱中して留年って……最初の頃に高額ドロップでも手に入れたのか?
ギャンブル初心者がビギナーズラックで大金を手に入れて、あの夢よもう一度とハマる様なものか。ギャンブル依存症の、第一歩だな。
まぁ、どちらにしても傍迷惑な奴だな。
「今の所、勧誘されてる子達は元々ダンジョンに興味があったみたいだから良いけど、部活に集中したくて探索者には興味が無いって言う子もいるから迷惑な話だよね?」
「……そうだな」
確か今年から、インターハイなんかの試合には、探索者経験者の出場を禁止するって言うルールが追加されたって、TVや新聞で言ってたな。色々規制に反発する動きもあったらしいけど、探索者と非探索者の基礎能力に違いがありすぎると競技が成立しないって結論が出たっけ。となると、運動部系の部活で青春の汗を流そうと思っている人にとって、探索者になるということは大会出場を諦めるってことだよな。
探索者経験者専用の競技種目を作ろうという動きもあるらしいけど、ルール調整とかで数年は作るのに掛かるって言う話だった筈だ。
「でも、その留年生の人。他の人の事情なんかお構いなしに、しつこく勧誘してくるんですよ?」
「……パーティーメンバー集めに、形振り構ってられないって感じだね。何か時間的制約でもあるのかな?」
それとも、禁断症状か?
「さぁ? そこまでは……」
沙織ちゃんは俺の疑問に、首を捻る。
「でも、嫌なら嫌ってハッキリ伝えた方が良いんじゃないかな?」
「それは、そうなんですけど……その留年生が探索者って言うのがネックなんです」
「ネック?」
「うん。4月初めの体育の授業で体力検査があったんだけど、その時に留年生の人が皆の目の前で、凄い記録を出したんだよ。この前お兄ちゃんと一緒に見た、芸能人のスポーツ大会みたいな感じで」
「最初は皆感心した様な様子で見ていたんですけど、その人の性格を考えると何時その力が私達に向けられるかと思うと……」
沙織ちゃんは顔を俯かせ、溜息をつく。
つまりその時に皆が留年生の能力に恐怖心を抱き、留年生のやることに対して指摘出来ないような雰囲気を作ってしまったってこと?
……言われてみれば、俺達の時は複数のクラスメートが一斉に探索者になったから、そのあたりの問題はでなかったな。一人だけ特異な身体能力を持つ性格に難がある者が、目の前で力を見せつければ憧れるか恐怖するか。
勧誘を受けたって言う子達も、憧れたのか恐怖で嫌と言えなかったのか……。
「……そうなんだ。でも、それと2人が探索者になろうとすることと何の関係があるんだ?」
「えっと……」
「私が4月生まれの1人だからです」
「沙織ちゃんが?」
「はい。4月30日が私の誕生日です。件の留年生はゴールデンウィークの登校日を休んでいますので、まだ勧誘はされていませんが……同じクラスなので何れバレて勧誘されますね」
沙織ちゃんは、その留年生の勧誘の仕方を思い出したのか嫌そうに表情を浮かべる。
と言う事は、パーティーメンバーに誘われたって言う子達は登校日を休まされているのか?良いのか、それ?
「沙織ちゃんが誕生日を教えなければ、勧誘はされないんじゃないの?」
「そうなんですけど……以前クラスの友達との会話の中で喋っているので、何れ漏れると思います」
「勧誘された子達の中に、その話の時近くの席に座っていた子もいるから……」
「はぁぁ……」
沙織ちゃんは、気まずそうに視線を俺から逸らし、美佳も、バツの悪そうな表情を浮かべる。……って、美佳もか?テーブルを挟んで、俺達の間に沈黙が広がる。
俺達が黙り込んでいると、店員さんが注文の品を持ってきた。
「お待たせしました。……ご注文の品は以上ですね? では、ごゆっくりお過ごし下さい」
「あっ、ありがとうございます」
俺は店員さんにお礼を言って、二人と顔を見合わせる。
沈黙する俺達の前に、注文したケーキセットとブレンドコーヒーが並んだ。
コーヒを飲んで一息吐いた俺は、二人に話の続きを促す。
「それで、その留年生の人、今何人ぐらい人を集めているんだ?」
「各クラスに声をかけてるから、10~20人位かな?」
「一年生の中で、かなり大きい集団になってますね。探索者としての能力と資金力で、1年の間では結構な影響力を持っています」
「そうそう。力尽くじゃ勝てないから喧嘩を吹っ掛ける人もいないし、お零れに群がる取り巻きも結構いるよね」
二人はチーズケーキを啄きながら、1年生で起きている騒動を教えてくれる。
そんな集団が1年生に居るなんていう話、今まで聞いたことが無いんだけどな……。
「俺が疎いだけなのかもしれないけど、2年の方にはそんな集団の話聞こえてこないぞ?」
俺が、留年生の所業に眉を顰めながら、2年の内情の話をすると、二人は顔を見合わせ、納得したかのように頷き合う。
「まだ新学期が始まって1ヶ月だからね、学年を超える程の影響力は無いんじゃないかな?」
「もしくは、他の学年と揉め事を起こすのを避けているかですね。1年生の間で幾ら影響力があったとしても、2年生や3年生の探索者とは比べ者になりませんから」
「あっ、それあるかも。幾ら強くてお金を持っていても、2,3年生の探索者パーティーと見比べたらショボイもんね」
……確かに、ふたりが言う通りかもしれないな。
留年生が作った集団と2,3年生の探索者パーティーを比べたら、2,3年生の探索者パーティーが圧倒している。人数の面で見れば留年生が作った集団の方が多いかもしれないけど、質の面では比較するまでもない差が両者には存在するからな。仮に留年生が作った集団が喧嘩を吹っ掛けて来ても、それなりに経験を積んでいる2,3年生のパーティーなら制圧は可能だろう。
俺は二人の会話を聞きながら、コーヒーを飲んで考えを纏める。
「でもやっぱり、1年生の間では影響力が大きいことに変わりは無いんだよね」
「うん。それに時間が経てば加入者も増えて、影響力もモット大きくなって行くだろうし……」
「今集団に加入しているのは男子が中心だけど、そのうち女子もたくさん加入する事になるのかな?」
「あの人達が多数派になったら、多分」
ふむ。
つまり、留年生をトップに据えた大規模ギルド擬きが、1年生の間で誕生しようとしていると言う事か……。そこに美佳と沙織ちゃんも巻き込まれるかもしれないと。
「なる程、大体事情は分かったよ。中々厄介なことになっているね」
「うん。やりたい人だけが集まってやればいいのに、無理やり勧誘をしてくるっていうのは……」
「はい。正直、迷惑以外の何者でもありません」
俺の感想を聞いたに二人は、盛大に溜息を吐きながら疲れたような表情を浮かべる。
時間が経てば立つ程、巨大化し影響力が増していく組織か……厄介だよな。
「今はまだ影響力が小さいから断ることも難しくないですけど、後半年もすれば断り続けることも厳しくなると思うんです」
「だから私達、彼等に囲い込まれる前に自分で探索者になろうと思ったの」
2人が再び、探索者試験を受ける意思表示をする。
確かにそう言う理由なら、探索者になると言い出すのも無理はないのかもしれないな。
でも……。
「無理に2人で探索者をしなくても、集団に加入しても良いんじゃないか? 経験値効率や報酬の分配は減るだろうけど、人数が多ければダンジョン攻略上での安全性は上がるぞ?」
連携がシッカリ取れると言う前提ではあるが、初心者探索者の集団でも10人単位で探索を行えば先ず怪我を負うことはない筈だ。探索者を行うのなら、ある程度の不利益に目を瞑れば決して悪い話ではないと思うのだが……。
「いや。あの人達がマトモな集団なら、考えない事もないんだけど……」
「私もお断りです」
二人は俺の提案を、嫌そうな表情を浮かべながらバッサリと一刀両断に断る。
「そこまで嫌がるってことは、何か明確な理由でもあるの?」
「うん……って言いたいんだけど、まだ噂の段階だね」
「はい。今の所ハッキリしているのは、妙に怪我が多いということと素行不良ですね」
「怪我が多いっていうのは、探索者をしていれば常に付き纏う問題だから仕方ないとしても、素行不良っていうのは?」
「無断欠席や遅刻なんかの常習ですね。それと噂ですけど、飲酒や喫煙もしているそうです」
「証拠がないから、学校からはまだ何も言われてないみたいだけど」
お決まりと言えば、お決まりの行動だな。探索者をしているから金はある筈だから、探索者関連の色んなツテを使って入手したんだろう。ダンジョン内での物品の受け渡しとか。
それにしても、無断欠席に遅刻の常習か……一度留年してるんだよな、ソイツ?
「他にも色々と、彼らに関する悪い噂をチラホラ耳にしています」
「私達も流石に、あんな噂が飛び交う人達とは一緒にダンジョンに入ろうとは思わないよ」
「お兄さんに見せて貰ったダンジョン内の映像を見ると、最低でも背中を預けられると言う信用が欲しいですからね。彼等に背中を預けることなんか出来ませんよ」
……信用0だな。ここまで信用を無くすって、一体どんな噂が流れているんだ?
俺は目を細め、二人の顔をそれとなく観察する。2人が浮かべる表情からは、嫌悪の色が見て取れた。こうまで頑なに拒絶の姿勢を見せるということは、余程のことなのだろう。
「そっか、そういうことなら無理強いは出来ないな。取り敢えず、二人が探索者になろうとしている理由は分かったよ」
「うん!」
「はい!」
俺の言葉に二人は力強く頷く。どうやら二人にとって、留年生の集団に加入するという選択はありえない選択らしいな。
コーヒーを飲み干し、俺は二人に尋ねる。
「2人が探索者になろうとしている理由はわかったけど、二人は保護者……親にはこの件は話しているの?」
「ううん、まだ」
「私も、まだです。お兄さんに相談してから、親には話そうと思って」
「そうなんだ」
未成年者である以上、探索者試験を受けるには保護者の同意が必要だからな。それより前に、俺に相談したいことって何だ?
「じゃぁ、前置きが長くなったけど……相談内容は?」
「あっ、うん。えっとね、探索者を始めるのに必要な物が何なのか聞きたくて」
「探索者試験を受けようと決めてから美佳ちゃんと一緒にネットで何が必要なのか調べたんですけど、色々と意見が多い上多岐に渡っているから良く分からないんです」
「だから、身近な探索者のお兄ちゃんに話を聞こうと思って……」
「なる程な」
確かに必要としている物は、探索者の戦闘スタイルによって大分違うからな。探索者の意見が多岐に渡って、乱雑になるのも仕方ないか。
しかし、共通して必要な物は幾つか有るな。
「探索者カードが必要なのは当然として、最低限必要な物と言ったら……武器と防具、飲食物に光源だろ? 後は……」
俺は指折りしながら、必要な物を幾つも挙げて行く。二人も俺の話を真剣に聞き、スマホのメモ帳に素早く打ち込んでいた。
必要な物を大方言い終わった所で、俺は手を叩き大事な物の存在を思い出す。
「あっ、そうそう。大事な物を忘れていた」
「? 大事な物?」
「何です、大事なものって?」
2人は手元のスマホから視線を上げ、首を捻りながら俺の顔を見てきた。
俺はテーブルに少し身を乗り出し、二人に手招きをして顔を近くに寄せさせ、必要な物の名前を伝える。
「ちょっと大きな声では言いづらいんだけど、必ず必要な物だから」
二人は俺の前置きに、少し怪訝な表情を浮かべる。
「必要な物って言うのは……オムツなんだ」
「えっ?」
「はっ?」
二人は俺の予想外の言葉に、呆気に取られたような表情を浮かべた。
留年生って、1学年に1,2人はいますよね?
それを中心に、長いものには巻かれろって感じで集団が出来かけています。




