第61話 ゴールデンウィーク中の学校にて
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ゴールデンウィークの中日、俺は寝ボケ眼で美佳と一緒に朝食を取っていた。
昨日はボス戦を行ったせいで帰宅が遅くなったが、体の疲れと言う意味では問題ない。何と無く、学校に行こうと言う気分にならないのだ。
……5月病か?
「もう、お兄ちゃん……。今日と明日学校に行けば、また休みなんだからシッカリしてよ」
「ああ、そうだな」
俺は食べていたトーストを、濃いコーヒーで流し込む。うん、苦いな、コレ。
だが、今一眠気が取れない。
残りのトーストを食べ終わると、母さんが台所から姿を見せる。
「はい、大樹。これでも飲んで、シャキっとしなさい」
「ああ、ありがとう、母さん」
母さんは、眠気覚ましにとエナジードリンクを俺に手渡す。……効くのか、コレ?
取り敢えず蓋を開け、俺は缶の中身を一気に煽り飲む。炭酸の強いパチパチ感と、妙な甘さが口に残るな。
「ふぅ……。ごちそうさま」
「飲んだら、もう一度顔でも洗って来なさい。そんな眠そうな顔じゃ、学校にいけないでしょ?」
「あっ、うん。そうする」
本日2度目の洗顔、冷たい水が染みる。
しかし、洗顔とエナジードリンクのお陰か、先程までよりは眠気が飛んだ。部屋に戻り、なんちゃってラジオ体操で軽く体を揉み解く。一通り体操を済ませると、漸く眠気が飛んだ。
「ふぅ。漸く目が覚めたって感じだな……」
頭を軽く振りながら、俺は室内着から制服に着替える。制服に袖を通すのが、些か億劫ではあるが仕方ない。通学カバンの中身を確認し、入れ忘れがない事を確認した。
時計を見ると家を出る時間まで15分程時間が余ったので、引き出しを開きスライムダンジョンの様子を見てみる。
「今日も変化ないな……って! ジュエルスライムじゃないか!」
引き出しの中を覗くと、鉱物的硬質な質感をしたスライムが部屋の中央部に佇んでいた。
滅多にポップしないレアスライム、ジュエルスライムだ。念の為に掛けた解析鑑定にも、ジュエルスライムと言う結果が示されている。
ゴールデンウィークの中日に登校するのかと思っていた、憂鬱で億劫な気分が一気に消し飛んだ。
「今回は何をドロップしてくれるんだ?」
俺は若干高揚した心持ちで、空間収納から塩袋を取り出す。
これまでジュエルスライムがポップした回数は少なく、ドロップアイテムを残した事もあまりないが、出現したドロップアイテムは中々貴重な物ばかりだった。巨大なダイヤモンドに始まり、ルビーにサファイア、エメラルドまで様々な貴重な宝石が出現していた。流石に巨大宝石と言う目立つ代物を気軽に換金する事は出来ないので、現状では空間収納の肥やしにするしかない。
なので、俺は宝石としての価値は考えず、鉱物コレクションの一貫として巨大宝石を収集する事にしていた。たまに空間収納から取り出し、部屋に飾っては悦に浸りながら鑑賞しているよ。
「前回ドロップしたのは、ブルーダイヤだったかな?」
因みに、ドロップされた宝石は基本的に、研磨等の加工がされていない原石の状態だ。ぱっと見、色の付いた石の様な見た目で、宝飾品の宝石の様には光り輝いていない。
だからだろか?高価な品だと言う認識はあっても、然程金銭的欲求が湧かないのだ。珍しい石をコレクションしている、と言う程度の認識だ。
まさしく、宝石は磨いてこそ宝石としての価値が出てくるんだな。
「さてと……」
俺は口を開いた塩袋を一気に傾け、ジュエルスライムに塩を振り掛ける。塩の塊が一気にジュエルスライムの全身に降り注ぎ、塩の山にジュエルスライムが埋まった。塩に埋まった瞬間、一瞬間が空くが直ぐに塩山が吹き飛ぶ。ジュエルスライムが悶え苦しみ、暴れたからだ。
しかし、ジュエルスライムの足掻きも長くは続かなかった。塩に塗れたジュエルスライムは数秒と持たず、砕け光の粒になって姿を消す。
「おっ? 今回はアイテムがドロップしたみたいだな」
ジュエルスライムが消えた後には、見た目は色が付いた石が残っていた。念動力を使って石を回収し、俺は引き出しを閉める。
ドロップした石は、透き通った牛乳パック程の大きさの角柱で、色は深い青みがかっていた。解析鑑定をかけると、鑑定結果は緑柱石……エメラルドだ。そして青みがかったエメラルドと言う事は、これはアクアマリンと言う物だろう。
「見た目、水晶みたいだな、コレ」
巨大アクアマリンを窓に翳し、光を当て観察する。角柱の中に妙な傷もなく、透き通った綺麗な青色をしていた。暫くアクアマリンを眺めていると、スマホが鳴る。一回で呼び出し音は消えるが、画面の着信相手表示を見てみると着信は美佳。
俺はハッとし時計を見てみると、スライムダンジョンを開いてから既に10分以上経過していた。
「あっ、いけね。時間だ」
俺は慌ててアクアマリンの原石を空間収納に仕舞い、カバンを持って階段を駆け降りてリビングに入る。
リビングに入ると、美佳と母さんの冷たい視線が俺を出迎えた。
「あら、大樹。随分準備に時間がかかったわね? 寝ているのかと思ったわ……」
「お兄ちゃん……」
「えっと、その、ごめん」
俺は二人に頭を下げ、平謝りする。
今は完全に目が覚めているが、朝食での様子を見ていれば二度寝していたと疑われても仕方ない。
「……はぁ、まぁ良いわ。どうやらちゃんと目も覚めているみたいだし、遅刻しない様に学校に行って来なさい。美佳、お兄ちゃんが遅刻しないように連れて行ってあげなさい」
「はーい。じゃぁ、もう行こうか、お兄ちゃん?」
「ああ、うん」
俺は美佳に手を引かれ、リビングを後にする。自業自得とは言え、兄としての立場が……。
俺は溜息を吐きつつ、靴を履いて家を出た。
通学路の道すがら、俺は美佳の説教を聞き続けていた。
「もう、お兄ちゃん。気を抜き過ぎだよ。私がスマホを鳴らした時、部屋で何をしていたの?」
スライムに塩をかけて、巨大宝石を手に入れてました……何て言えないよな。
「部屋でラジオ体操とストレッチ運動をして、目を覚ましてたんだよ。ほら、朝食の時みたいに、ボーッとしてないだろ?」
「……そうだね」
「カラダを動かせば眠気も飛ぶかと思ってな……少し熱中し過ぎたけどさ」
「……ふーん」
美佳は若干疑わし気な眼差しを俺に向けてくるが、一応納得出来る理由だったからなのか深く追求してこようとはして来なかった。
「そう言えばお兄ちゃん、ゴールデンウィークの後半もダンジョンに行くの?」
「ん? いや、今の所ダンジョンに行く予定はないよ」
「そうなんだ……」
俺の返答に、美佳は何か考え込み始める。まぁ、考えると言うより、言おうとしている事を口に出来ず、躊躇していると言った所だろうか?
意を決したのか、美佳は顔を上げ俺の顔を真っ直ぐ見て話し始める。
「あのね、お兄ちゃん……」
「ん? なんだ?」
「ゴールデンウィークの間に、私の買い物に付き合ってくれるかな?」
断られるかもしれないと思っているのか、美佳の顔には不安の色が色濃く浮かんでいる。
一応、そう誘われるかと思って予定は空けているので、問題はない。
「特に予定もないし、別にいいぞ。何を買いに行くんだ?」
「本当!?」
「あ、ああ」
俺の返事を聞き、美佳は嬉しそうに声を上げ目を輝かせる。その喜び様に、俺は若干腰が引けた。
そんなに喜ぶ事か?
美佳は俺の腕に抱きついて離れず、時間も時間なので暫くその状態で通学路を進む。途中で合流した沙織ちゃんが、呆れ顔で指摘した事で漸く美佳は俺の腕を離した。
「朝から仲が良いですね、二人共。後ろから見ると、恋人の様でしたよ?」
「ははっ……」
「……」
沙織ちゃんの言葉に、俺は苦笑を漏らす。他に、どう反応しろと?
そして、自分の晒した姿に思いいたった美佳は、真っ赤な顔で俯きながら俺と沙織ちゃんの後ろを付いてくる。
取り敢えず俺は、美佳が俺の腕に抱き着いていた経緯を沙織ちゃんに説明しておいた。
「そうですか。良かったね、美佳ちゃん」
「……うん」
事情を聞いた沙織ちゃんは優しげな笑みを浮かべ、美佳に話しかける。美佳も顔を上げか細い声であるが、嬉しさが混じった返事を返す。
「でも、美佳ちゃんは良いね。私なんか、今年のゴールデンウィークは何の予定も入っていないんだよ?」
「あれ? 沙織ちゃんは何処にも出かけないの?」
「はい。今年のゴールデンウィークは、親の仕事の都合で家族で何処かに行くって言う様な予定は入っていないんですよ」
「そうなんだ。だったら沙織ちゃんも、ゴールデンウィーク中に俺達と一緒に買い物に行く?」
「……えっ?」
喜んでる美佳には悪いが、さっきの美佳の様子を見ていると、何か暴走しそうなので正直言ってストッパーが欲しい。その役には、沙織ちゃんが最適だろう。幸いと言うか何と言うか、沙織ちゃんのゴールデンウィーク中の予定は空いているみたいだし。
「えっ、でも……」
「食事代くらいなら俺が出すからさ、一緒に行かないか?」
「えっと……美佳ちゃん」
沙織ちゃんは戸惑った様子で立ち止まり、後ろを歩く美佳にどうしたら良いかと話しかける。
俺も沙織ちゃんに釣られ後ろを歩く美佳に視線を送ると、美佳は膨れっ面で憮然とした表情を浮かべていた。どうやら、俺の提案はお気に召さなかったようだ。
まぁ、そうかもな。
「美佳は、沙織ちゃんと一緒に買い物に行くのは嫌なのか?」
「そう言う訳じゃないけど……」
「じゃぁ、沙織ちゃんが一緒でも良いよな?」
「……うん」
俺の提案に、不承不承と言った様子で美佳は首を縦に振る。よし。
俺は美佳から視線を外し、俺達のやり取りに戸惑っている様子の沙織ちゃんに約束を取り付けようと畳み掛け気味に話しかける。
「と言う事だから、沙織ちゃんも良いかな?」
「えっ、でも……」
「ゴールデンウィーク中、特に予定は入っていないんだよね?」
「……はい」
沙織ちゃんは美佳に気を遣い、俺の誘いを断ろうとする。
しかし、俺は多少強引ではあるが、沙織ちゃんと買い物の約束を取り付けた。最初にゴールデンウィーク期間中の予定を話していたので、予定が有る等と言って断る事も出来無い沙織ちゃんは、美佳にアイコンタクトで謝りながら買い物への同行を了承する。
ごめん。昼食は豪華なのにするから、許して。
「良かった。じゃぁ、決まりだね。美佳と話して、買い物に行く場所と日程が決まったら教えてよ」
「……はい」
「……沙織ちゃん」
俺が歩き始めると、後ろの方で美佳と沙織ちゃんが小声で話し合っていた。レベルアップの恩恵で、地獄耳の様になった俺の聴覚には、2人の内緒話が届いているのだが……あー聞こえない、聞こえなーい。
学校の校門に到着した時、沙織ちゃんがグッタリしている姿は印象的だった。
美佳達と別れ自分の教室に辿り着くと、既に自分の席に座っている裕二の姿が見えた。
「おはよう」
「おう、おはよう。今日は少し遅かったな?」
「ははっ、ちょっとな」
カバンを自分の机に置き、裕二と軽く雑談を交わす。
「昨日の様子を見るに、寝過ごしたのか?」
「寝過ごしはしてないよ。ただ、朝起きた時にどうしても気分が滅入ってな」
「ベッドから起きられなかったってか? 今日と明日登校すれば、5連休なんだ頑張れよ……」
裕二が溜息を吐きながら、呆れ顔で俺を見てくる。そんなに、残念そうな奴を見る顔をしなくてもいいじゃないか……。
「今朝丁度いい目覚ましがあったから、もう大丈夫だよ」
「目覚まし?」
「アレを弄ってたら、レア物が出てな。滅入ってた気分も吹き飛んだよ」
思い掛けず、鉱物コレクションが増えたからな。
「ふーん。まぁ、調子が戻ったのなら良いけど」
先程よりはマシだが、裕二は俺の返答に呆れ顔で生返事を返す。
「そう言えば裕二、ゴールデンウィーク中はどうするんだ? 俺は、ゴールデンウィーク中に美佳達と買い物に行く事になったぞ?」
「へー。俺はちょっと、地方出張だな」
「出張?」
「地方のイベントで知り合いの武術家が模範演舞をする予定だったらしいんだけど、その知り合いが急病で出席出来なくなったから代行してくれって言う話がウチの爺さんに入ってな? ゴールデンウィーク暇だろうって言う理由で、俺が爺さんの随員として同行する事になったんだよ。一泊二日だけどな」
「へー」
「最近、この手のイベントが良く有ってな。探索者や探索者志望の奴らが良く集まるらしいんだよ」
裕二の話を聞くと、民間にダンジョンが開放されて以来、探索者が武術に興味を持つ機会が増えたとの事。街の道場やカルチャースクール等への入門者の数は、今でも増加傾向にあるらしい。イベント会社もこの流れを感じ、良く武術をテーマにしたイベントを開いているとのことだ。
そして、そのイベントの初めに様々な道場主等に依頼して模範演武をしているらしい。今回代行話を持って来たと言う知人も、そう言う道場主の一人だったらしい。
「この間、柊さんの両親を説得する為に演武を練習しただろ? 丁度良い爺さんの相手役なんだとよ、俺は」
なる程って……重蔵さんと裕二がやって大丈夫なのか。かなりぶっ飛んだ演舞になりそうなんだけど……。
「勿論、何時も俺達がやっている様な事はしないからな? 型に沿った普通の演舞だよ」
「ああ、そうなんだ」
「あんなの、一般人も来るようなイベントでやっても意味がないからな」
教室の扉が開き、担任が入って来た。
「HR始めるぞ、立ってる奴は席につけ」
裕二と話している間に、それなりの時間が経っていたようだ。
「じゃっ、また後でな」
「おう」
俺は自分の席について、カバンの整理をしつつ担任の話を聞く。
教室を見回してみると、空席が幾つか目立った……ずる休みか?




