幕間 拾壱話 重盛から見た、ダンジョンが出現した一年間
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俺、重盛響輝は桜が散った正門広場に設置してある、クラス割りの貼られた立て看板を緊張感のない目で眺めていた。去年は高校入学と言う事もあって緊張して眺めていたクラス割りだが、1年も通っているとそんな感情はもう湧いてこないよな。
「んー、2組か。知らない名前ばかりだな……」
2組のクラス割りの所で自分の名前を見付けたが、他に書かれているクラスメートの名前に殆ど見覚えがなかった。辛うじて女子の欄に、1年の時同じクラスだった子の名前が数人載っていたが、ロクに喋った記憶がない。
「まぁ……その内慣れるか」
俺は軽く溜息を吐きながら、クラスと出席番号を確認し昇降口に向かう。下駄箱の位置も変わっているだろうから、出席番号を確認しとかないと靴を入れる場所が分からないからな。
下駄箱で、クラスメイトらしき生徒が去って行く後ろ姿を見かけるが、やはり見覚えがない。
「はぁ……1人位、男子の元クラスメートを入れておいて欲しいよ」
思わず愚痴が漏れる。
持って来た上履きに履き替え、履いて来た靴を新しい靴箱に入れた。
昇降口を去ろうとしていると、後ろから声がかけられる。
「よう、響輝。おはよう。お前何組になった?」
「……大輔か?」
「おう。どうしたんだ、新学期初日だって言うのに暗いぞ?」
声を掛けて来たのは、木嶋大輔。去年一緒のクラスだった、俺の友人だ。
「いや。クラス割を見たら、知ってる奴がいなくてな……」
「一人もか?」
「女子は数人いるけど、男子は俺一人だけだよ。大輔は?」
「俺の所は俺を含めて3人だな」
「いいな」
「まぁ、新しいクラスで友達作りを頑張るんだな。あっ、そうそう。俺のクラスは5組だから」
「了解。俺の所は2組だよ。気が向いたら、顔でも出してくれ……」
俺は大輔と話しながら階段を一緒に登り、目的の階でそれぞれの教室に分かれた。
俺はひと呼吸間を開け、教室の前の扉を開く。既に登校していた新しいクラスメイト達の視線が、一斉に俺に集まる。
「おはようございます」
努めて軽い調子で朝の挨拶をしながら、俺は足を新しい教室の中に踏み入れる。
緊張で声が出にくかったが、取り敢えず挨拶は成功。これで俺の第一印象は、そう悪くはならないだろう。クラスメイト達の視線が逸れるのを感じ、俺は黒板に貼られている座席表を確認する。
「えっと……俺の席は3列目の一番後ろの一つ前か」
チラリと視線を俺が座る予定の席に向けると、周りの席はまだ空白が目立っていた。
俺は取り敢えず自分の席に座って、カバンの荷解きを始める。と言っても、そんなに荷物はないけどな?
荷解きを終えた俺はスマホ片手に教室の中を一瞥し、袖下に包帯を巻いているクラスメートを見付け溜息をつきながら、ここ1年の出来事を思い出す。
朝のTVでダンジョン出現の政府報道がされて以降、俺の周りではダンジョンに関する話題が溢れていた。 休み時間の教室では、誰も彼もが口々にダンジョンの事を口にしている。
現に、高校に入ってから知り合ったこのクラスメイトも……。
「なぁ、重盛はダンジョンに興味ないのか?」
「うーん、今の所はあまり無いかな? ダンジョンって名称が一人歩きしているみたいな感じだしさ。もう少し情報が出るまでは、保留って感じかな?」
情報が少なく、騒ごうにも騒げない。周りの騒ぎに乗り遅れて、一人冷静になってしまったと言う感じだろうか?
何か損をした気がするな。
「まぁ、確かにな」
「少しすれば、ある程度の情報も出てくると思うけどな」
今の時代、正しいか正しくないかは別として、何処からとも無く情報は直ぐに湧いて出てくるからな。暫くはネット巡回でもして、ダンジョン情報でも集めてみるとするか。
1月程すると、ネット上にはダンジョンに関する情報が溢れていた。
ダンジョンに出現するモンスターからドロップアイテムの種類、そして一番みんなが注目した情報が……。
「なぁなぁ、重盛。ダンジョンに潜って、一攫千金を当てないか!?」
「……はぁ」
「何、溜息を吐いてるんだよ!? お前もニュースで知ってるだろ!? アメリカやロシアで出た、あのお宝!」
これが世間一般の、ダンジョンに対するイメージだろう。
ダンジョンは正に、現代のゴールドラッシュと言って良い代物だった。リスクはあるがリターンも多い。今の社会に閉塞感を感じている若者層を中心に、ダンジョンの開放を求める動きが活発になり始めていた。世界中から集まるニュース情報で、ダンジョンでの一攫千金を狙っているのだ。
「アレって、金塊や巨大ダイヤの事だろ?」
「そうだよ!」
ダンジョンブームの火付け役は、TVニュースやSNSで一気に拡散したアレ等だろうからな。アレがなければ、こうまで急にダンジョンブームが広まる事もなかっただろう。
「でもアレって、最初だけの初回特典だって話じゃなかったか? 今のダンジョンから取れるのは、そこまで価値がある物はないって……」
「そうだとしても、魔法の書が手に入る!」
魔法の書……スキルスクロールとも呼ばれる、魔法が使える様になると噂の代物だ
外国のダンジョンに潜って手に入れたと言う者達が使用し、その映像をSNSや動画サイトに多数アップしている。ダンジョン熱が加熱した一因だ。
「良いよな、魔法。ファンタジーの物と思っていたのに、現実で使えるんだぜ?」
「魔法、ね」
「……ん? 重盛は魔法に惹かれないのか?」
「いや。気にはなるけど……詳細不明の未知の代物だろ? 副作用とか無いのかな、って」
「大丈夫なんじゃないか? 今の所そんな話は聞かないしさ」
……ちょっと楽観的過ぎないか?
ダンジョンに付いて熱く語る、クラスメイトや友人の姿を、俺は何処か冷めた視点で眺めていた。
ニュースで、国がダンジョン由来の新式発電の実用に成功したと言っていた。
数年前の原発事故以来、慢性的な電力不足を解消出来る可能性が出てきたと大きく報道されていたな。まぁ、商業運転までは数年はかかるとも言っていたから、直ぐにどうこうなると言う問題ではないと思うけど。
でも、この事が切っ掛けになったのか、暫くは様子見と言う感じだった世論が、積極的にダンジョンを利用すべきと言う論調に変わった。各メディア媒体で、ダンジョンの特集記事が多く組まれるようになり、世間のダンジョン熱は加熱の一途を辿っている様な気がする。現に今目の前で……。
「聞いたか、重盛。週末に、国会議事堂の前でダンジョン開放を求めてデモ行進があったらしいぞ?」
「ああ、ニュースでやってたな。1万人ぐらい集まったんだって?」
「みたいだな。既に次のデモも予定されているらしくて、次は2万人近くになるんじゃないかって言われてたな」
「へぇー、それは知らなかったな」
「近くであるんなら、俺も参加してみたいんだけどな」
この反応がさして珍しくない程度には、ダンジョン熱は加熱している。
何と言うか、余りにも急激に盛り上がり過ぎていないかな?と疑問に思うのは、ブームに乗り遅れた者の僻みだろうか?
遂に、ダンジョンが一般公開される事になった。特殊地下構造体特別措置法……通称ダンジョン法が国会を通過し、猶予期間をおいて施行されるとの事だ。既にダンジョン協会と言う専門の機関が設立されており、ダンジョンに一般人が潜るには協会が発行する許可書が必要だとも報道された。
既に許可書発行試験の受講者公募は始まっており、数万人の応募が殺到しているらしい。ウチのクラスの大半の者も、資格試験を受ける気でいる様だ。
「響輝は試験に申し込まないのか?」
「ああ。俺は……今はパスだな。もう少し様子を見るよ。大輔は?」
「取り敢えず、申込書は送付しておいた」
「って、もう申し込み済みかよ」
素早い行動だなと思いもしたが、周りのクラスメート達を良く見て見ると、昼休みなのに何人か試験の申込書類らしき物の記入作業をしている。
「……あれは?」
「さっき中牟田の奴が、役所から貰って来たからって言ってバラ撒いてたぞ? 響輝も貰っておくか?」
「いや、いい」
「そうか。駅前の役所に行けば、申込書はタダで貰えるから、響輝もダンジョンに行く気になったら貰いに行けば良いさ」
タイミングを逃した俺はクラスメイト達の盛り上りについて行けず、表には出さないが憮然とした心持ちで彼らを眺める事しか出来なかった。
最近、包帯や絆創膏を貼ったクラスメイトの姿が目立つ様になった。これは俺のクラスに限った事ではなく、学校全体を通して見て言える。
「ダンジョンが一般開放されてから、怪我人が増えたな……」
「まぁ、ダンジョンではモンスターと戦うんだ。少しくらい、怪我もするさ」
「そうか……大輔。お前は手首に包帯を巻いてるけど……捻挫か?」
「ん? ああ、チョッと捻っただけだ。湿布を貼ってれば、2,3日で治るさ」
「……」
笑顔で返事を返す大輔の目が、若干濁っている様に見えるのは気のせいだろうか?これは、大輔に限らず、探索者になってダンジョンに潜っている連中に共通する事だ。多かれ少なかられ、探索者になった連中はダンジョンに潜る前と後で雰囲気が変わった。
「何か……雰囲気が変わったよな、お前」
「……そうか?」
「ああ、何と言って良いか分からないけど、変わったよ」
「……」
何と言えば良いのか分からない。正確に言えば、何と言って良いのか分からない、だ。
大輔を始め、ダンジョンに潜っているクラスメイトが纏っている雰囲気は殺伐としており、まるで抜き身の刃物を眼前にしている様に感じる。流石にそのまま伝える訳には行かないよな……。
「まぁ、もう直ぐ冬休みだしさ。年末年始くらいダンジョンの事は忘れて、少しユックリしたらどうだ?」
「いや、それだと他の連中に後れを取る事になる。只でさえ、日曜日位しかダンジョンに行けないんだし……」
「年末年始くらい、家族と過ごせよ。ダンジョンは逃げないだろ?」
……大丈夫か、コイツ?
何と言うか……ダンジョンに行かないといけない、って言う強迫観念に囚われてないか?休めって勧めた時、目の濁りが一瞬色濃くなったぞ?
冬休みが明け、3学期が始まった。
世間では新方式の大規模発電施設の建設計画や、室温超伝導体の実用化などのニュースで賑わっていたが、俺達の興味はそこでは無い。ダンジョンに入場規制がかかって、大輔やクラスメート達のダンジョン行きの頻度が減ったのだ。そのせいか、冬休みの前まで彼らが纏っていた抜き身の刃物の様な雰囲気が大分鳴りを潜める事になった。
「最近、随分と落ち着いた雰囲気になったな」
「……そうか?」
「ああ。何と言うか、地に足がついたと言うか何と言うか……」
「……ダンジョンに潜れていないからかな?」
「そうじゃないか?」
虚脱……とまでは行かなくとも、張り詰めていた無駄な力が抜け、自然体に近付いている様に見える。憑き物が落ちたと言えば良いのだろうか?
「……抽選漏れでダンジョンに潜れないって思ったら、急に力が抜けてな。……何であんなに焦ってたんだ、俺?」
「さぁ? でもまぁ……今度からダンジョンに行く時は、もう少し余裕を持って行った方が良いと、俺は思うぞ? 傍から見ていると、何時破裂するのか分からない風船みたいに見えたからな」
「そんな風に見えてたのか……。分かった、気を付けるよ」
大輔は少し考え込んで、俺の助言に首を縦に振って頷く。
どうやら、危ない雰囲気は脱したみたいだな。他のクラスメート達も、大輔と同じ様に落ち着いてくれたら良いんだけど……。
とうとう、と言ったら良いのだろうか?
ダンジョン内で探索者による探索者の襲撃……所謂PK行為が発生したと言うニュース報道が流れた。幸い死者は出ていないらしいが、怪我を負わされドロップアイテムを奪われたそうだ。
それも、1カ所では無く国内の複数のダンジョンで同時期に起きたので、大規模な犯行グループが存在しているのでは無いかと言う疑いも出て来ていた。出処不明の噂ではあるが、ウチの学校に通う探索者の誰かがPKの被害にあったそうだ。
そのせいで、朝からウチの教室……いや、学校中がこの話題で賑わっている。
「何か、凄い事になっているな」
「ああ、現実でPKが発生するなんて思っても見なかったからな……」
そう語る、大輔も若干顔色が悪い。
ゲームやファンタジー小説では、良くある話ではあるが、現実で……しかも、この日本でPKを実行する馬鹿が出るとは、思いもよらなかった。楽観視していた、と言えばそれまでだが、まさかの事態と言える。
「で、PKの被害にあった生徒って誰なんだ?」
「さぁ? ウチの生徒がPK被害を受けたって言う噂話がひとり歩きしているだけだからな……真偽は定かじゃない」
「でも、火の無い所に煙は立たず、って言うじゃないか? 何らかの噂の切っ掛けはあるんじゃないか?」
「と言われてもな……」
大輔は困った様に、頭を掻き出す。どうやら、噂の主には本当に心当たりが無い様だ。
「……はぁ。まぁ、何だ? 大輔も探索者を続けるって言うなら、十分に注意しろよ?」
「ああ、勿論。一緒にダンジョンに潜っている奴らとも、今回の件でPKには注意しようって話している所だ。金を出し合って、索敵系のスキルスクロールを買おうかって話も出てるしさ」
「スキルスクロール……魔法か? そう言うのは、高いんじゃないのか?」
「高いよ、スキルスクロールは。買おうと思ったら、最低でも数十万円は必要だな」
……10万を超えるのかよ。
「そんな金あるのか?」
「色々必要経費もかかるからな。貯蓄分を崩して、皆で出し合ってもギリギリだよ。でも、何の備えもしない訳にはいかないからな。全く、痛い出費だよ……」
「ご愁傷様」
肩を落としながら溜息を吐く大輔の肩を、俺は軽く叩きながら慰める。その俺の仕草は、大輔を更に落ち込ませた。
何か、すまん。
「そう言えば響輝、探索者になる気は?」
「こんな状況で、なるって言うと思うか? やらないよ」
「そうだよな」
頭を左右に軽く振りつつ顔を上げた大輔は、以前から行っていた俺への勧誘の確認をしてくる。しかし、当然ながら俺の返答は決まっていた。
誰だって、PKが発生しているって言う情報が出ている時期に、探索者になろうと誘われてウンとは言わないだろう。
この一年にあった出来事を思い出していると、何時の間にか俺の周りの席が埋まっていた。どうやら回想に、それなりの時間を費やしていたみたいだな。一応カモフラージュにとスマホを手に持っていたけど、変な奴に見られていなかっただろうか?
スマホを片付け、周りの席に座っている新しいクラスメート達を見回してみると、そのウチの一人と目があった。
「えっと……初めまして?」
「ああ、うん。初めまして」
「「……」」
何となく挨拶を交わしたが、その後の話が続かない。
取り敢えず、話の切っ掛けになればと思い自己紹介をする。
「……俺、元3組だった重盛響輝。よろしく?」
「ああ、俺は九重大樹。こちらこそ、よろしく頼むな」
俺が何となく握手の手を差し出すと、九重は拒絶する事無く俺と握手してくれた。取り敢えず、新クラスで友達が一人もできないと言う事態は回避出来そうだ。
互いに戸惑いながらだったが、これが俺と九重の奴とのファーストコンタクトだった。
去年はダンジョンと言う予想外の物の出現で波乱万丈と言って良い1年だったが、今年は一体どうなることやら……。俺は戦々恐々の心持ちで、2度目の1学期の始業式を迎えた。
探索者に成らなかった一般学生から見た、ダンジョンが出現した1年間です。
次から第6章に入ります。




