第60話 取り扱い注意
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シャワーと着替えを終えた俺達は、ドロップアイテムを入れた保冷バッグを抱えて窓口で換金手続きの順番を待っていた。何時もと30分程しか差はないが、順番待ちをしている人数が大分多い。
「12組待ちだってさ。18時を超えると、一気にダンジョンから出てくる探索者パーティーが増えるよな……」
俺は整理券札を指でつまみながら、何時もの倍は待たねばならない事に愚痴を漏らす。
待つと言っても30分位なんだけどな。微妙に疲れている状況で、出来れば早く帰りたい。
「まぁ、愚痴を言っても仕方がない。気長に待とう」
「そうよ。この後、何か別の予定がある訳じゃないんでしょ?」
「まぁ、そうなんだけどな」
俺は懐からスマホを取り出し、家族に帰宅が遅れる旨のメールを入れておく。
入れておかなくても大丈夫だと思うが、念の為だ。ダンジョンに来ている以上、連絡も無く帰宅予定時刻に帰って来ない等と言う事になれば、最悪を想定し家族が一騒動起こす可能性があるからな。
「メールか?」
「ああ、うん。一応遅れるって連絡を入れておかないと、ダンジョンで失踪したとかって騒がれたら嫌だからな」
「なる程……俺も一応メールを入れておくか」
「私も」
俺達は待合室の椅子に座ったまま、家族に無駄に長いメールを入れ時間を潰した。
潰したと言っても、10分が限界だったけどな。
メールも打ち終わり、いよいよ時間を潰す手近な手段が無くなったので、待合室の中を見回してみる。学生グループも多いが、彼らとは少し雰囲気の異なる新卒社会人らしきグループも多く目立つ。
「社会人グループも多いな……」
「んー、言われてみればそうだな」
「ゴールデンウィークと言う事で、学生時代の仲間と出稼ぎに来てるんじゃないのかしら?」
「出稼ぎって……給料が足りないのかな?」
柊さんの出稼ぎ発言に、それは無いだろと一瞬思ったが、非正規雇用が多い現代だ。それなりの腕があれば短期間で稼げる探索者業だ、出稼ぎをすると言う表現も強ち間違ってはいないのかな?
「番号札63番、ヒラムラ食品資材調達部様。買取査定が終了しました。7番窓口までお越し下さい」
何か、会社名っぽいパーティー名が呼ばれた。
しかし、ヒラムラ食品か……聞いた事ないな。俺がそう考えていると、少し離れた席に座っていた若い男性3人と壮年の男性が立ち上がった。
「調達部って……食品会社が会社を上げてダンジョン攻略に乗り出してるのかな?」
「みたいだな。ダンジョン食材の流通量が増えたとは言え、大半は大手の食品会社や問屋に流れているって聞くから、自社調達の為に専門部署を作った、って所じゃないか?」
「そうね。ウチの店が材料を仕入れてる問屋さんも、仕入れ量がさほどでもないから暫くの間は購入量に制限をかけるって言ってたわ」
裕二と柊さんの指摘に俺は軽く頷きながら、視線だけで窓口に歩いて行く彼らの背中を追う。
「なる程……でも、大分リスクの高い方法を取ったんだな」
「そうだな。既存会社の1部署として、探索者を囲うのは色々な意味でリスクが高いよな」
「ええ。TVのワイドショー何かで言っていたけど、大企業なんかはダンジョン探索専門の子会社や関連会社を作っているって言ってたもの」
そのワイドショーなら、俺も見た事がある。
「確か……会社所属の探索者がダンジョン内で死傷した場合、業務中の事故扱いになるんだよね? 労災扱いで労働基準監督署の立ち入り検査や労災保険料の値上げ、世間からの風評被害が出るって……」
「他にも、労災保険率も変わって保険料が上がるから、会社の負担が上がるって言ってたな」
裕二も見た事があるみたいだ。
でも、そういう専門の子会社の設立が出来るのは、それなりの規模の会社だけで中小企業には難しいとも言ってたな。
「まぁ、だからと言って私達がどうこう言う問題でもないんでしょうけど」
「まぁ、そうなんだけどね」
「だな」
考え抜いた上で決定したであろう会社の方針に、無関係の他人が口を出すのもアレだな。
今の所、大きく分けて民間人の探索者は俺達の様な個人事業者か、探索者を専門に雇い入れる会社に所属するかの2つの道がある。因みに、学生が良く利用する日雇い派遣登録系のバイト会社は、負傷する可能性が極めて高いダンジョン探索にバイトを派遣する気は無い様で今の所、広告等にバイト募集の記事は出ていないようだ。
なので、学生は個人事業主として登録している者が多いらしい。
更に20分程待って、漸く俺達の番が回って来た。
「番号札78番の方。受付窓口にお越し下さい」
「……ふぅ。やっとか」
「だな」
「さっ、行きましょう」
俺達は荷物を持って、椅子を立ち窓口へと向かう。
「お待たせしました。ドロップアイテムの査定でよろしいですか?」
「はい」
「では、探索者カードの提示をお願いします」
俺達は自分達の探索者カードを提出し、確認作業を行う。
「はい。これで確認作業は終了です。査定するドロップアイテムの提出をお願いします」
「お願いします」
俺は保冷バッグを、窓口に提出する。
「はい。確かに、お預かりします。査定が終了するまで、少々お待ち下さい」
「よろしくお願いします」
俺達は保冷バッグを預けた後、一旦待合室の椅子に戻った。
「ふぅ。……そう言えば柊さん、剥ぎ取りナイフはどうするの?」
「? どうするって……どう言う意味?」
「いや? 今回さ、新しく性能の良い剥ぎ取りナイフを手に入れたでしょ? 今まで使っていたブロンズナイフは、協会に売りに出すのかな?って思ってさ」
「ああ、そう言う事ね。今の所、新しいナイフが手元に戻って来たら売却予定よ」
俺の疑問に、柊さんは軽い調子で答えた。
「中古とは言ってもマジックアイテムの類だから、それなりの金額で買い取って貰えると思うのよ。売却額によっては、借金の返済の目処は立つわ」
「あれ? 柊さん借金って、そんなに残ってたっけ?」
「後30万円程残ってるわ」
ここ最近は20階層以降を中心に潜っているから、ミノ肉やそこそこレアリティーの高いアイテムを手に入れていた筈なんだけどな……。
まぁ、ミノ肉は殆ど持って帰っていたし、柊さんは換金したアイテムの代金でオーク素材を買っていたからな。
「そう。高く売れると良いね」
「ええ。売値が前の査定額の5分の1の額にでもなれば、借金も一発で完済可能よ」
なる程。まぁ、5分の1は流石に無いと思うけどね。
俺と柊さんの話が一段落すると、裕二が声をかけて聞いた。
「なぁ、大樹」
「何?」
「薬瓶の方はどうするんだ? 手元に残すのか? それとも売却するか?」
「薬瓶か……」
裕二が敢えて薬瓶と濁す言い方をしているが、上級回復薬の事だ。
協会に公認された上級回復薬を所持するメリットとデメリットを考えると……。
「売却はしないで、手元に置いておこうと思う」
確かにデメリットはあるが、保有する事のメリットが上回ると俺は考えた。
一本でも公認上級回復薬を手元に所持しておけば、空間収納で肥やしになっている他の上級回復薬の使い道も出てくる。
「良いのか?」
「ああ。前回の篠原さん達の様な事が今後も起きるかもしれない事を考えれば、多少のデメリットに目を瞑ってでも公認された物を所持しておいた方が良いと思う。仮にダンジョン内で使わなかったとしても、普段の生活で身内で何かあった時に使える。公認された物があるって言う事は、万が一の時の保険になるからな」
今の時代、突然交通事故に合うとか身近の危険は色々とある。そんな時に、公然と使える上級回復薬があるのは有難い。公的手続きを取った物じゃないと、人前では使えないからな。
俺達がダンジョンの中で怪我をしたのなら、空間収納に秘匿している物をコッソリ使えば良いが外で使う分にはそうはいかないからね。
「まぁ、そうだな」
「確かに、身内に使う機会が皆無とは言えないものね。TVでも毎日の様に、交通事故のニュース何かは報道されているし……」
「備えあれば憂いなし、その程度の保険なんだけどね」
俺の上級回復薬を所持すると言う意見に、二人は首を縦に振って賛成してくれる。デメリットを重視して反対されるかもと思っていたので、俺は少しホッとした。
「番号札78番、チームNES様。買取査定が終了しました。7番窓口までお越し下さい」
「ん? 早いな」
「今回は深く潜る事を目的にしたからな、量も少ないし査定も早かったんだろ」
「そうかもな」
呼ばれたので、俺達は席を立ち窓口に近寄る。
「お待たせしました。こちらが買取り査定の明細です。幾つかマジックアイテムの類が混じっていましたので、それらは本部に移送し鑑定後、査定通知が皆様の手元に届く事になります」
受付係員の説明を聞きながら、俺達は査定明細に目を通していく。
予想通り、回復薬と剥ぎ取りナイフ、通行書の紅玉が移送鑑定対象に指定されていた。
「査定通知書は1週間前後で郵送されますので確認後、引き取りか買取の手続きを行って下さい。……手続きの方法は、ご存知ですか?」
「はい。以前にもした事があるので、大丈夫です」
「失礼しました。では、今回の査定品目の買取はどうなさいますか? お引き取りしたい品があれば、申し出て下さい」
俺は視線を明細書から上げて、左右にいる裕二と柊さんの意見を聞く。
俺の視線に気付いた二人は軽く顔を横に振り、引き取りたい品はないと意思表示をする。まぁ、今回は深く潜る事を第一に行動したからな、特にコレと言うめぼしい物はないか。
「特にありませんので、全て買取でお願いします」
「分かりました。では、買取額の支払いはどの様になさいますか? 御一人様の口座に、全額振込みでしょうか?」
「3等分にして、それぞれの口座に振り込んで貰えますか?」
「分かりました。では、こちらの書類にサインをお願いします」
係員さんから、買い取りと承諾書とマジックアイテムの預かり書、振込に関する書類が渡される。俺達はそれぞれの書類に目を通し、サインを入れ提出した。
「はい。では、振込手続きを行いますので少々お待ち下さい。あっ、こちらは返却いたします」
「有難うございます」
書類と交換で、空の保冷バッグが返却された。空の保冷バッグを返して貰うのは久しぶりだな、何時もは何らかの肉が入ってたし。
書類を提出し、1分程で振込手続きが終了した。
「こちらが振込明細になります。他に何か御用はありませんか?」
「あの、一つお聞きしても良いですか?」
「なんでしょうか?」
俺が明細を受け取っていると、柊さんが係員さんに質問を始める。多分、古い剥ぎ取りナイフの買取の件だろうな。
「協会では、探索者が一度引き取ったマジックアイテムの買取って行っていますか?」
「はい、行っています。一度査定は行っていますので、取引情報の確認さえ取れれば買取は可能です」
「本当ですか?」
「はい。ただし、中古取引と言う形になりますので、以前ダンジョンより持ち帰った時に査定された金額より、安くなると言う事はご了承下さい」
マジックアイテムにも、中古取引市場ってのが出来上がっているのかな?
まぁ、一度使ってしまったら中古品か。
「分かりました」
「何か、買取をご希望ですか?」
「いえ、今はありません。少し気になったので……」
「そうですか。他に何かございませんか?」
「特には」
「そうですか。では、本日はご利用ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。」
俺達は軽く会釈をして、受付窓口の前を離れた。
プレハブの外に出て、俺は手を頭上にあげ背伸びをした。
「あー、終わった」
「そうだな」
「明日は学校か……。折角のゴールデンウィークなんだから、中日も休みにして欲しいよな」
「仕方ないわよ。カレンダー上だと、一応平日なんだから」
「まぁ、そうなんだけどさ。はぁー」
思わず溜息が漏れる。
折角の長期休暇なのに、興が醒めると言うか何と言うか。
「まぁまぁ、大樹。明日明後日学校に行けば、5日連続で休めるんだから良いじゃないか?」
「そうよ。それに、仮に明日が休みでも私達ここに来ないじゃない?」
「まぁね」
今回、ゴールデンウィーク前半はダンジョン探索、ゴールデンウィーク後半は家族と過ごすと事前に決めていたのだ。探索者になって以来、日曜日は大抵ダンジョンに来ていたからな。
俺達はバス停に向かって歩きながら、ゴールデンウィーク後半の予定を話し合う。
「裕二は、ゴールデンウィークはどうする予定なんだ?」
「俺か? 今の所、特にコレっと言う用事はないな。大樹は?」
「俺も特に家族で旅行に行くとかの予定はない。多分、美佳の買い物に付き合わされる位かな?」
「ははっ、大変だな」
俺の答えに、裕二が苦笑を漏らす。
レベルアップ効果の御陰で荷物持ちをしても苦にならないけど、精神的には疲れるんだよな……長いから。
「柊さんは?」
「私は今の所、店の手伝いをする予定よ。ゴールデンウィークは書き入れ時だから」
「へぇー、そうなんだ」
柊さんは明るい声と表情で、俺に答える。
どうやら家族関係は順調なようだ。この間の説得工作のお陰かな?
「あっ、バス来た」
俺達がバス停に着く少し前に、バスがロータリーに入ってくる姿が見えた。この時間のバスは利用した事無かったが、ちょうどいいタイミングだったようだ。
「じゃっ、帰ろうか?」
「ああ」
「ええ」
俺達はそのまま停留所に到着したバスに乗り込み、帰路に就いた。
ゴールデンウィーク前半の休みは終了、後半の休みは家族サービスに当てます。
緊急時用に、回復薬は取り置きです。




