第56話 スキルアップを目指す
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ミノ肉採取に奮戦した翌週。ゴールデンウィークの初日に、俺達は25階層までダンジョンを潜って来ていた。ゴールデンウィークと言う事もあり、入り口の表層階付近には多数の探索者で賑わっていたが、ここまで潜ってこれる探索者はそれほど数がおらず静かな物だ。
この階層はミノタウロスも複数同時に出てくるようになり、攻略難易度は中々高くなっている。
「裕二! そっちに一体行ったぞ!」
「分かった、任せろ!」
今回は4体のミノタウロスが同時に出現していた。
俺は裕二に警告の声を掛けた後、左右から俺を目指して近付いてくる2体のミノタウロスの対処に集中する。俺は不知火を上段に構え、霞の構えをとった。
そして、俺に近い方のミノタウロス目掛けて飛び出し、一気に間合いを詰める。ミノタウロスは一瞬で間合いに踏み込んだ俺に反応を示す事無く、無防備に胸を開けていたので不知火を胸の中央に突き立てた。
心臓を貫かれ絶命しミノタウロスは、走った勢いのまま俺目掛けて前のめりに倒れて来る。
「邪魔っ」
俺は倒れて来るミノタウロスの腹を前蹴りして弾きつつ、刀身が埋まった不知火を抜く。
素早く体を反転させもう一体のミノタウロスの方を向くと、ミノタウロスは足を止め咆哮を使用する為に大きく息を吸い込もうとしていた。
「っち!」
集団戦を行っているさなか、大音量の咆哮を挙げさせるのはいささか都合が悪い。
俺は舌打ちをしつつ、地面を踏み割るつもりで思いっきり踏み締め、ミノタウロスとの間合いを詰める。ミノタウロスが咆哮上げるギリギリ前、不知火の刃が届く間合いに踏み込めた俺はミノタウロスの首筋目掛けて不知火を振り抜いた。不知火はミノタウロスの首筋を正確に捉え、頭と胴体を分断し切り飛ばす。ミノタウロスの首が宙を舞っている間に、俺は首を切り飛ばした勢いのままミノタウロスの脇を走り抜けた。
だが、咆哮の直前に首を切り飛ばしたのは些か失敗だった。
「うわっ!」
「おいおい!」
「きゃっ!」
首を切り飛ばした事で吹き出した血を、咆哮用に溜めた空気が吹き飛ばし、周囲一面に血を盛大に撒き散らしたのだ。撒き散らされたミノタウロスの血は俺だけに限らず、近くで別のミノタウロスを倒していた裕二と柊さんにも降り注ぐ。
慌てて血の降る範囲を出ようとするが、時既に遅しと言う状態だった。
「うへぇ……」
一番近くに居た俺は、全身にミノタウロスの血を浴びていた。
鉄の様な生臭い匂いが、鼻につく。
「おいおい、大樹。これは一体どう言う事だ? かなり血を浴びたぞ」
「私もよ」
「ごめん。ちょっと、しくじっちゃった」
怒っている裕二と柊さんに、俺は血が滴る頭を下げ失敗を謝罪した。
二人は素直に頭を下げ謝罪する俺に、毒気を抜かれたのか怒りを鎮めた。
「柊さん。大樹に話を聞く前に、先に血を落として貰えるかな?」
「……良いわよ」
柊さんの洗浄スキルが発揮し、ミノタウロスの血に塗れていた俺達の体は匂いも残さず綺麗になった。
「……ふぅ。で? 大樹は一体何をしくじったんだ?」
「咆哮を上げる直前のミノタウロスの首を切り飛ばしたら、切った首から吹き出していた血を咆哮用の空気が周囲に撒き散らしたみたいなんだ」
「……えっと、それは」
タイミングが悪かった、と言えばそれまでだが、回避出来たかもしれない事態でもある。
首を刎ねるのではなく、もう一体のミノタウロスの様に心臓を貫いていれば、咆哮や血の雨を防げたかもしれない。
「……まぁ、そう言う事なら仕方無いか」
「そうね。あのタイミングで咆哮を上げられていたら、こっちの討伐にも支障が出ていたかも知れないわ」
柊さんの話を聞くと、血の雨が降る直前に柊さんが相手をしていたミノタウロスにトドメを刺し倒した所だったらしい。あのタイミングで咆哮を上げられていたら、トドメを刺し損ない不覚を取っていたかもしれないと言う。それを考えれば、血の雨はまだましなのだろうか?
しかし、裕二は納得はいっても渋い顔をしている。
「でもまぁ、返り血を浴びない様に注意しようと言った矢先にコレだからな……」
「でも広瀬君、今回の場合は仕方ないんじゃないかしら?」
柊さんが俺を擁護してくれるが、裕二は顔を左右に振って否定する。
「ミノタウロスの咆哮は、深呼吸をして溜めた空気を使ってするものだと言う情報は手元にあったんだ。咆哮の直前に首を刎ねれば、溜めていた空気が気道を通って噴き出すと言う可能性は考えられた筈だ」
「……」
「初見なら兎も角、既に何回もミノタウロスとは戦闘をしているんだ。首を切り飛ばすと同時に、首の切断面を誰も居ない方向に蹴り倒すくらいの処置は出来た筈だよ」
……確かに、裕二の言う通りだな。
あの場合、ミノタウロスの脇を走り抜けるのではなく、死体に拳か蹴りで一発入れておくべきだった。走り抜ける勢いで押せば、死んだミノタウロスの体くらい簡単に倒れたのに……。
俺は肩を落としつつ、大きな溜息を吐いた。
「……九重君」
「……まぁ、何だ? 何だかんだ言っても、俺達はまだまだ経験不足って事だな」
「そう、みたいだな」
ダンジョンに潜り続けて、それなりの戦闘経験は積んでいると思っていたんだが……まだまだ未熟って事だな。最近調子が良く、新武器も手に入れたので浮かれていたみたいだ。
……気を引き締め直さないといけないな。
俺は気合いを入れ直す為、自分の頬を両手で強めに叩く。
「よし! 反省も終わった事だし、ミノタウロスのドロップアイテムを回収して帰ろうか?」
少し強く叩き過ぎて頬が痛むが、俺は痛みを無視して裕二と柊さんに帰還の声をかける。時計を確認すると、潜り始めて既に4時間を過ぎていたからだ。
「ああ、もうそんな時間か」
「時間が経つのが、早いわね」
俺の提案に、裕二と柊さんも自分の時計を確認する。
「4時間潜り続けて、25階層か……」
「階段を探しながら潜ったからな、次来る時はもう少し深く潜れるさ」
「そうね。最短経路を使えば、3時間もあればココまで潜れるわ」
尤も、こんなスピードでダンジョンを潜れるパーティーは、このダンジョンでは他には無いだろうけどな。トラップは俺の鑑定解析で一目で看破し、モンスターの存在も柊さんの気配感知で事前感知可能。しかも、俺達の個人戦闘力も高いとくる。
他の探索者パーティーでは、再現不可能な潜行スピードだろう。
「単純計算で、4時間と言う制限の中だと……30階層辺りが潜行限界かな?」
「30階層か……」
「中層階に、ギリギリ手が届くって所ね」
柊さんが言う中層階とは、ダンジョン協会がHP上で公表している30階層以降のエリアの事だ。
ダンジョンの一般開放以前に、自衛隊や警察のダンジョン探索隊が低層階と中層階の変化を確認している。中層階からは、モンスターの質もトラップの凶悪さも上昇し、危険度が増していると報告されていた。
しかも、30階層前の29階層にはエリアボスとでも言えるモンスターが陣取っており、探索者の中層階入りを拒んでいると聞く。まぁ、低層階でまごついている普通の探索者には、縁遠いエリアである。
「中層階か……ドロップアイテムの質も向上するんだっけ?」
「ああ、低層階で希に出る中級回復薬なんかも、中層階では普通に出るらしい」
「回復薬か……そう言えば九重君」
「何?」
「篠原さん達から、回復薬代金って回収したの?」
「そう言えばそんな事もあったな……どうなんだ?」
柊さんの言葉で、俺はハッとする。
そう言えば、結果を言ってなかったな。
「勿論、回収しているよ。協会経由だけどね」
「協会経由?」
「篠原さん達、回復薬の代金を協会の窓口に預けたらしく、口座に治療費の名目で振り込まれてたよ」
事件があった2週間後、通帳を確認した時に見慣れない振込項目があったので、電話で協会に確認を取ったので間違いない。
裁判もまだ途中で賠償金の支払いもされていないのに、迅速な振込だと感心したのを覚えている。
それだけ感謝されていると言う事なのだろうか?
「だから、回復薬の代金は大丈夫だよ。言い忘れていて、ゴメン」
俺は軽く頭を下げ、連絡ミスを謝罪する。
「いや、ちゃんと回収しているのなら別に良いさ」
「私、九重君が何も言わないから、回復薬の代金、踏み倒されたのかと思ったわよ?」
「心配かけて、ゴメン」
「まぁ、ちゃんと回収して居るのなら良いわ」
俺はもう一度、柊さんに向かって頭を下げた。
報連相って大事だな。
「まぁ、その件は良いとして……中層階か」
「今みたいな日帰り探索じゃ、中層階の探索は無理じゃないか?」
「そうね。圧倒的に時間が足りないわ」
今の所、俺達は行き帰りの時間を含めて11時間、ほぼ半日をダンジョン探索に注ぎ込んでいる。これ以上潜行時間を伸ばそうとすると、色々と無理が出てくる。
「学校が夏休みなんかの長期休校の間なら兎も角、日曜日だけダンジョンに来ている今の状況だと、中層階の探索は無理だね」
「うちの学校、土曜日も授業があるからな」
「土曜の午後から泊まりがけでダンジョンに……ってのは無理ね」
柊さんが頭を左右に振りながら、自分が言った事を否定する。
ダンジョンの現状を正しく認識した以上、英二さん達はそれは許さないだろうな。家の親にしても、ダンジョンからの帰りが遅くなった事に渋面していた事を考えると、長期休校期間中でもないと泊まりがけの探索は認めてくれないだろうな。
「日帰りで探索出来る範囲は、低層階が限界だね」
俺はそう結論付けた。
戦闘力的限界ではなく、階層移動に掛かる時間での行動限界だ。潜行時間を増やせば解決出来る問題ではあるが、その時間を捻出出来無い以上は限界である。
裕二と柊さんも俺と同じ結論に達したのか、特に異論を唱える事もなく首を縦に振って同意してくれた。
ダンジョンを出た後、俺達は帰りの電車の中で、今後の方針について話し合っていた。
「取り敢えず、中層階の探索は夏休みにするとしようか?」
「そうだな。今の所、無理に潜る必要もないしな」
「私はそれでも良いけど、広瀬君は良いの? 重蔵さんに一撃を入れるって課題を達成しようと思えば、低層階のモンスターを相手にするより、中層階のモンスターを相手にした方が良い経験になるんじゃない?」
柊さんの言う事も尤もだ。
裕二が重蔵さんに一撃入れようと思えば、より強い相手との戦闘経験を積んで行くことが有効だろうに……。
俺と柊さんが裕二の返答に注目していると、裕二は静かに首を左右に振った。
「いいや。今日の大樹の失敗を見ると、低階層のモンスター相手にまだまだ経験を積んでおいた方が良いと思う」
「えっと……」
俺の失敗が原因なのか?
「無論、大樹の失敗だけが原因って言う訳じゃないぞ? 経験不足って言うのは、俺達全員に関係する事だ」
「……」
「基本的に、低階層に出てくる様なモンスターが相手なら、俺達が力負けする事はまずないだろ。でもその分、どうしても攻略は強引な力押しになっている」
まぁ、そうだろうな。
低階層のモンスター相手なら、そこそこ力を込めて殴れば特に技など要らず倒せるからな。
「モンスターの質が上がる中層階に行く前に、低階層のモンスター相手に技を磨いておいた方が良いと思うんだ。無論、返り血を浴びない倒し方とかもな」
「……確かに、広瀬君の言う通りかも知れないわね。思い返せば、私達の対モンスター戦闘って力技が目立つわ」
「確かに、スペック任せに戦っていた様な気もするね」
レベルアップで強化された身体能力に任せて、相手のモンスターが反応する前に不知火で首を切り飛ばしている事が殆どだからな。
「だろ? だから、低階層のモンスター相手に……連携や援護を含めた上手な戦闘方法を磨いておいた方が良いと思うんだ」
上手な戦闘方法か……。
確かに他の探索者に比べ、戦闘力と言うスタートラインが圧倒的に有利だった分、他の探索者が覚えるような戦闘での工夫なんかは身につけていないかもしれないな。
俺と柊さんは顔を見合わせ、顔を縦に振る。
「分かった。裕二がそう言う考えなら、俺に異論はないよ」
「私もよ」
裕二も俺達の言葉を受け、黙って頷く。
これで、基本となる方針は決まったな。
「じゃぁ、夏休みまでは低層階を中心に探索するって事で良いかな?」
「ああ」
「ええ、その方針で良いわ」
全員が同意した事で、夏休まで中層階探索のお預けが決定した。
この後、地元駅に着くまで細かく方針を話し合い、低層階の全域マップ作成、29階層のエリアボス撃破等の目標が決まる。その中で、俺達が最初に定めた達成目標は29階層のエリアボスの撃破であった。早ければ次回、もしくはその次の探索で達成出来るだろう。
「エリアボス戦か……」
車窓の外を流れる街灯の光を眺めながら、俺は静かに呟いた。
失敗したりしながら段階的に覚えていく、細かいノウハウの不足が目立ち始めました。
戦闘力が高い故の、経験不足ですね。




