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朝起きたらダンジョンが出現していた日常について……  作者: ポンポコ狸
第20章 後輩とダンジョンへ

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第560話 小細工は大切なんだよ

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 美佳が前に進み出た事でモンスターの警戒ラインに触れ、通路の奥の暗がりから1体のモンスターが低い唸り声と共に姿を見せる。

 黒い体毛に覆われた4足歩行の犬っぽいモンスター、ハウンドドッグだ。


「「!」」

「落ち着いて2人とも。初めて直にモンスターを見るから仕方ないかもしれないけど、どんな状況においても頭は常に冷静にね。冷静に相手の挙動を観察し、次に相手がどう動くかを考え続ける事が大切だよ」

「「はっ、はい!」」


 初めて生で見るハウンドドッグの姿に少し気圧された様な表情を浮かべる舘林さんと日野さんに、俺は冷静な声でダンジョンでモンスターと対峙した際の心構えをアドバイスする。


「それと驚くのは仕方ないけど、出来るだけ表情には出さない様に。相手(獲物)が怯えていると悟ったら、モンスターは勢いづいて襲ってくるからね」

「えっ、あっ、はい」

「す、すみません」


 俺の指摘に舘林さんと日野さんは自分の頬に手を当て、強張っている表情を軽く揉み解すような動作をする。指摘された事を直ぐに改善しようとするのは良い事だけど、流石に敵を目の前にしてやるのはダメだな。相手への警戒は解いてないみたいだけど、余計な動きをしている分だけ相手への対応が一歩遅れる事になるからな。

 油断では無いけど一歩間違えると怪我に繋がる事だから、これは戦闘終了後にでも注意しておこう。


「そろそろ美佳の間合いにハウンドドッグが入る。見逃さない様に良く観察するように。次の戦闘では、2人がやる事になるんだからさ。自分ならどのタイミングで動き出せば相手の攻撃を受けずに済むのか、どのタイミングで動けば攻撃を当てられるのか。それらを考えながら観察する事、良いね?」

「「はい」」


 舘林さんと日野さんは美佳とハウンドドッグから視線を離さず観察を続けながら、小さく息を飲みながらも力強く頷きつつハッキリとした声で返事をする。

 その間も美佳とハウンドドッグの間合いは少しずつ縮まっていき、何時戦闘が開始されるか緊張感が強まっていた。


「もうすぐ始まるよ、見逃さないようにね」

「「はい」」


 開始のタイミングを教えると、舘林さんと日野さんは小さく押し殺した様な声で返事をした。

 そして場の緊張感がピークを迎えた次の瞬間、ハウンドドッグが咆哮と共に美佳へと跳躍しながら襲いかかる。


「グオォォッ!」

「……」


 美佳は躍りかかってくるハウンドドッグの動きを冷静に観察し、ハウンドドックの右前足の爪が当たる間合いに入る直前に体を半歩ずらし回避行動をとる。

 その結果、ハウンドドッグの繰り出したひっかき攻撃は空を切り美佳の体に触れる事は無かった。


「……」


 そして美佳は回避行動をとると同時に、ハウンドドッグにカウンターを仕掛けていた。美佳は右手の中に納まる赤い液体の入った小さなスプレーボトルの先をハウンドドッグの顔先に向け、交差する瞬間に一押しし素早く距離を取った。

 その結果……。


「ギャウゥゥン!?」


 ハウンドドッグは絶叫を上げながら着地姿勢も取れずに、顔から地面へと飛び掛かった勢いそのままに叩き付けられた。叩き付けられたハウンドドッグは自分の顔を前足で必死に掻きながら悶絶し、憐れみを感じるレベルの弱弱しい鳴き声を上げ続ける。

 うん、見事な死に体だな。


「うん。見事なカウンターだな、熟練の手際を感じるよ」

「「えっ?」」


 目の前で繰り広げられた予想外の戦いを理解できなかったのか、舘林さんと日野さんが呆気にとられた表情を浮かべながら首を捻りつつ思考停止している様だった。

 2人とも、気持ちは分からないでも無いけどモンスターとの戦闘中に思考放棄するのはダメだぞ。


「ふぅ、上手くいった」

「流石だね、美佳ちゃん」

「もう何回もやってるからね。単体相手なら失敗はしないよ」


 ハウンドドッグの無力化に成功した美佳は軽く一息つきつつ、沙織ちゃんと喋りながらも油断する事なくもがき苦しみ地面に倒れ伏す敵を冷徹な眼差しで眺めた。

 

「さてと、それじゃぁ動かない内に止めを刺そうか」

「そうだね」


 トドメを刺そうとゆっくりともがき苦しむハウンドドッグに歩み寄る美佳、未だ混乱から立ち直れていない舘林さんと日野さんは少し信じられないといった眼差しを向けていた。

 自分達が想像していたモンスターとの戦いからかけ離れた光景に、思考が追い付いていないといった感じかな。


「エイッ」

「ギャウン!?」


 小さく短い掛け声と共に繰り出された攻撃は狙い違わず、もだえ苦しむハウンドドッグの首筋に突き刺さる。ハウンドドッグは苦しそうに身を悶えさせた後、少し間を置き動かなくなった。

 そして美佳が油断なく確認を始め十数秒後、ハウンドドッグの体が光の粒子へと変換され始める。ハウンドドッグを倒した事が確定した証拠だ。


「お兄ちゃん、終わったよ」

「ああ、お疲れ様。良いお手本だったぞ」

「もう何回もやってるから、これ位はお手の物だよ!」


 美佳はなんでもないといった表情を浮かべながら、少しも疲れた様子を見せない。まぁこの程度の相手なら、中堅探索者に手をかけている美佳が特に消耗する様な事も無いか。

 そして粒子化を終えハウンドドッグの死体が消えた跡には、小さな石ころが一つ転がっていた。


「あっ、一発目でコアクリスタルがドロップしたよ。今日は幸先が良いね」

「そうだな。まぁ往復の電車代にもならないんだけど」

「そうなんだよね。最初の頃はもっと高く引き取って貰えてたんだよね?」

「ああ、往復分の電車代ぐらいにはなってたぞ。それが探索者の数が増えて採取数が増えた結果、段々値下がりしてって感じだな」


 昔もコアクリスタルの買い取り額は高くはなかったが、電車代ぐらいにはなってたからな。モンスターを1体倒せば最低限赤字にはならない、という環境は心的ストレスを大分緩和してくれていた。ダンジョンの上層が探索者で過密な状態になる時期では、1体のモンスターと遭遇するまでに数時間歩きまわる事がざらにあったからな。

 探索者に憧れ色々と揃え挑んだ結果、これでは初期資金が少ない新人学生探索者には酷な話だ。少ない資金が無くなるのが先か、レア物の大当たりを引いて猶予期間を伸ばせるのが先か……。


「まぁジュース代くらいにはなるし、何も出ないよりはマシだろ?」

「そうだね。あっ麻美ちゃん涼音ちゃん、終わったよ!」

「「……」」


 美佳はコアクリスタルの換金額のしょっぱさに肩を落としつつ、初めてのモンスター戦を見学していた舘林さんと日野さんに話しかける。

 だが、話しかけられた舘林さんと日野さんは心ここに在らずといった様子で、美佳とハウンドドッグがいた場所を交互に何度も視線を移動させて見ていた。


「どうしたの麻美ちゃん涼音ちゃん、大丈夫? やっぱり初めてモンスターと戦う所を見て、気持ちが悪くなっちゃった?」

「そういう、訳じゃないんだけど……」

「何というか、思ってたのと違うなって……」

「思っていたのとって……ああっ!」

「ああ成る程、確かにそうなるかも……」 


 少し様子がおかしかった舘林さんと日野さんの態度に、美佳と沙織ちゃんは少し同情めいた表情を浮かべながら納得がいったと何度か頷く。

 

「確かに皆が思い浮かべるようなモンスターとの戦いを考えてたら、さっきみたいな戦い方は想定外だよね」

「まぁそうなるよね、私達も最初は戸惑ったもん。思い描いていたのと違う、ってなるのは当然だよ」

「確かに怪我のリスクは減るし効率的だけど、何だかねって感じはあるもんね」

「そうそう。えっ良いの?って、つい思っちゃうよね」


 美佳も沙織ちゃんも小さな溜息を漏らしつつ、舘林さんと日野さんの心情に同意する様に何度も頷く。

 そんな2人の反応に困惑の表情を浮かべつつ、舘林さんと日野さんは俺達3人の方に視線を向けてきた。


「良いんだよ、ちょっとした小細工で怪我をするリスクが減るのならね」

「そうだな。いくら弱いモンスターだからといっても、モンスターはモンスターだ。明確に探索者を害そうと襲い掛かってくる、簡単に無力化できる手段があるのなら積極的に使うべきだ」

「ええ。特にレベルの低い新人探索者に対する脅威度は依然として高いわ、無力化までいかなくとも弱体化させられる手段があるのなら使わない手はないわ。卑怯だの、後味が悪いといった感想を持ちたいのなら、そういった手段を用いなかった時に怪我無く倒せるようになってから口にすべきよ」


 俺達3人が淡々とした口調で美佳の行った戦闘を肯定すると、舘林さんと日野さんは少し戸惑いつつも頭を縦に振って賛同の意を示した。


「はっ、はい」

「わ、分かりました」

「まぁこの手の小細工を使い続けたら、それはそれで通常戦闘の経験不足になってマズイ事になるからさ。だからこの手の小細工は、新人がモンスター戦に慣れる段階や最初のレベル上げに用いるのが良いだろうね。ある程度レベルが上がれば、小細工無しでも安全に戦えるようになるからさ」

「そうだな。この手の小細工が通じづらいモンスターも居るし、小細工無しで戦えない様では探索者は続けられない。やはり、最初の方だけ使うのが良いだろうな」


 長く使い続ける様な手段ではないが、新人の安全な成長を考えるのなら有効な小細工だ。

 それよりもまずは2人に、初めての対モンスター戦を直に見た感想を聞いておこう。






 初めてモンスターとの戦闘を経験した事で緊張したであろう舘林さんと日野さんを休ませる為、俺達は少し休憩を取る事にした。

 見通しの良い通路の壁際により、周囲を警戒しつつ水分補給をする。


「それでどうだった、初めての実戦の場に同席した感想は? モンスターを倒すところを見て、気分が悪くなったりはしてないかな?」

「あっはい、大丈夫です。モンスターの姿自体はネットの画像なんかで何度も見てますし、倒す必要性は理解し覚悟してましたから」

「私もモンスターが向けてくる敵意に少し緊張しましたけど、今の所は大丈夫です」


 2人とも緊張こそしているものの、無理をして嘘をついている様には見えないので本当に大丈夫そうだ。自分の手ではないとはいえ、目の前でモンスターを倒しているので気分が悪くなっている可能性はあったからな。

 どうやら、このまま探索を続行しても問題なさそうだ。


「そっか、じゃぁ次はいよいよ二人に戦って貰う事になるからね」

「「……はい!」」

「良い返事だ」


 緊張で少し声が上擦った様にはなっているが、2人とも真っすぐに俺の顔を見ながら返事をする。

 それじゃぁ次にやる事は……。


「じゃぁさ2人とも、まずはジャンケンをしようか?」

「「えっ?」」

「いや、どっちが先に戦うかを決めておかないと。モンスターを目の前にして、どっちが先に戦うのかを悠長に決める暇は無いよ。先に決めておかないと」

「そ、そうですね」

「は、はい」


 何をいわれるのかと身構えていた舘林さんと日野さんは、毒気を抜かれたような表情を浮かべながら互いに顔を見合わせていた。

 いや、結構大事な事だからね?


「ほらほら、それじゃぁ早速いくよ。最初はグー、ジャンケン……」

「「えっ、あぁ、ポン!」」


 そして厳正なるジャンケンの結果、日野さん舘林さんの順で戦う事に決まる。

 ジャンケンに勝った瞬間は唖然とした表情を浮かべたが、直ぐに覚悟を決めた表情を日野さんは浮かべていた。


「良し、それじゃぁ休憩もとれた事だし探索再開と行こうか。また暫くは遭遇しないと思うけど、油断はしないようにね」

「「は、はい」」

「今から緊張していたら身が持たないからね、警戒しつつリラックスリラックス」

 

 難しい事ではあるが、集中力や緊張といったものはそう長続きしないからな。何時何処から敵が出てくるのか分からない場所では、即応態勢を整えつつ緩く長く隙間無くだ。

 敢えて軽い口調で伝えたことが功を奏したのか、2人の表情が少し緩くなったことを確認出来たので出発する事にした。






 探索再開して15分程、幸か不幸か俺達は早々と2体目のモンスターと遭遇する事が出来た。最初の1体目と同じくらいかかると思っていたのだが、こんなに短時間で見つけられるとは。

 うん、薄暗い通路の先にいるな。


「見つけたよ、通路の奥に一体。さっきと気配の感じが違うから、ハウンドドッグじゃないと思う」


 前衛を務める美佳は通路の奥にいるモンスターの気配を感じ足を止め、次の行動への指示を訊ねてきた。


「そうか、とりあえず現状維持で。さぁ日野さん、いよいよ本番だよ。準備は良いね?」


 俺は素早く待機の指示を出し、発見の報告に緊張で肩が少し跳ねた日野さんに話を向けた。


「は、はい」

「大丈夫。これまでの厳しい訓練を熟してきた君なら、初めての戦いでも十分に勝算はある」

「……はい」

「それにちゃんと小細工も用意してるから、大丈夫大丈夫」


 緊張で強張った表情を浮かべる日野さんに、俺は安心させるようにバッグパックから小細工の種を取り出し見せる。


  














思ってた戦闘と違う!ってなりますよね。


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挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
カプサイシンは警察の特殊部隊なんかでも催涙弾として暴徒の鎮圧に用いるそうですから。ある意味でコンバットプルーフ(実戦証明済み)ですので安心して使えますね。 人間相手なら卵の殻に胡椒の粉末を入れて蓋をし…
更新、ありがとうございます。 妹たちは129話で1階層のホーンラビット相手でしたが、今回はハウンドドッグでちょっと格上でしたね。まあ、途中経過(唐辛子水)も結果(止め)も同じでしたが。 まあ地味に手製…
極論だが毎回死闘や死線越えなんて繰り広げてたら探索なんて出来ないんよw
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