第557話 交通費って意外と大きいんだよ?
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いよいよ舘林さんと日野さんがダンジョンデビューを迎える当日の朝、俺と美佳はいつものダンジョン探索道具一式の入ったバッグを抱え家を出る。
今日は1階層目での探索がメインだが、手を抜く訳にはいかないからな。舘林さんと日野さんにいかな場合であっても油断してはいけないと印象付ける為にも、今日は全員フル装備である程度の消耗品も入れての参加だ。
「いよいよ本番だな」
「そうだね……麻美ちゃん達は大丈夫だよね?」
隣を歩く美佳が、少し不安げな表情を浮かべながら俺にそう尋ねてきた。
しかし、その問いに俺は小さく頭を左右に振りながら何ともいえない表情を浮かべながら短く答える。
「分からん、実際にやって見ない事にはな? 普段の訓練の様子を見ていたら、モンスターを倒すまでは問題ないと確信できるんだけど……」
「そう、だよね。私もあの感触、今でも覚えてるもん」
美佳は自分の胸の前に出した右手をじっと見ながら、昔自分が初めてダンジョンでモンスターを倒した時の事を思い出している様だった。
「それは俺もだよ。今でこそ思い出してもそう感じる事はないけど、倒して暫くの間は思い出すたびに何ともいえない気持ちになったからな。慣れる事はあっても、忘れる事は出来ないからさ」
「……うん」
今でこそモンスターを倒す事にも慣れたが、慣れるまでは結構くるものがあったからな。3人で行っていたからこそ同じ悩みを互いに相談できて乗り越えられたが、単身でダンジョンに赴いていたら一人で思い悩み抱え込んだ末に折れていたかもしれない。
ああ、もしかしたらそれもあって国はパーティー探索を推奨……ルールにしたのかもな。探索者の数を増やすのなら、折れて脱落する人をどうやって減らすかも考えないといけないしさ。
「多分、舘林さんも日野さんも今日のダンジョン探索が終わったら悩むと思う。その時は2人の愚痴を聞いてやってくれ。無理に慰めたり元気づけたりする必要はない、ただ話を聞いてくれればいい。胸の中に溜まったものを吐き出すだけ吐き出せば、ある程度冷静にその後を考えられるようになるからさ」
「そうだね。今日の事を経験した上で、探索者を続けるかどうかは2人が自分で決めるべきなんだから」
愚痴を聞くついでに、2人に探索者を続けるよう説得しようと思えば可能だろう。だが、本人の意思で続けるかどうかを決めないと、無理に我慢した末にストレスで心のバランスが壊れる可能性もあるからな。そうなった際の本人や周りの事を考えたら、無理強いは絶対に良くない事だ。
そういえば協会のHPに、探索者向けのカウンセリングについてなんて項目があったような……。
「ああ。まぁこうやって心配しても、実際に終わってみれば2人ともケロッとしている可能性もあるしな。心配し過ぎて俺達の方が精神的に参ったら本末転倒だ、結果を見て対処するしかないさ」
「うん、そうだね。今は2人とも大丈夫だって思っておく事にするよ、自分達の為にも」
それが良いだろうな、その内あの時は心配したんだよと軽口で話せる様になってるさ。
俺と美佳は互いに苦笑いを浮かべながら、集合場所である駅へ向かう足取りを少し早めた。
駅に到着すると、既に少し緊張した面持ちの舘林さんと日野さんが待っていた。
そして俺と美佳が到着した事に気付いた2人は、大きく手を振り自分達の存在をアピールしてくる。
「おはよう、まさか2人が一番乗りしてるとは思ってもみなかったよ」
「おはよう、麻美ちゃん涼音ちゃん」
「「おはよう御座います」」
俺と美佳が小さく手を上げながら挨拶をすると、舘林さんと日野さんは小さく笑みを浮かべながら挨拶を返してくれた。
「いよいよダンジョンデビューだと思うと待ち切れなくて、少し早めに家を出たんですよ」
「私も同じです。待ち切れなくて早めに家を出たんですけど、私より先に麻美ちゃんが待っていて少し吃驚しました!」
どうやら2人とも、今日のダンジョン探索が楽しみで仕方がなかったらしい。
遠足当日の小学生かな?
「へー、そうなんだ。麻美ちゃん達は何時から待っていたの?」
「私は30分ぐらい前かな?」
「私は20分だよ! それでも随分早く来たと思ってたのに、麻美ちゃんがもう来てるって驚いちゃった」
俺達も集合時間に遅れない様にと10分ほど前に到着するように来ていたので、それを加味すると2人とも集合時間の30分以上前から待っている事になる。
別にダンジョンが逃げる訳でもないんだし、もう少しゆっくりして大丈夫なんだけど?
「あっ、3人とももう来てる!」
「ん?」
声がした方に顔を向けると、少し驚いた表情を浮かべた沙織ちゃんがこっちに向かって歩み寄って来ていた。
「おはよう沙織ちゃん、俺と美佳もいま来たばかりだよ」
「おはようございます。自分達はって事は、麻美ちゃん達はもっと早く来てたんですか?」
「そうみたい、その事で今3人で盛り上がってるから沙織ちゃんも混ざって来れば?」
「そうします、では。皆おはよう!」
挨拶もそこそこに、沙織ちゃんは美佳達の会話に参加しにいった。
まぁ良いんだけどね。
「裕二はまだ来ないかな……」
隣で楽しそうに会話を弾ませている美佳達を眺めながら、少し疎外感を覚えつつスマホのメッセージを確認して時間を潰す。
本当に早く来て欲しいな……。
「よう大樹、おはよう」
「おはよう九重君」
「あっ柊さんに裕二、おはよう。2人一緒にってのは珍しいね?」
スマホを弄りながら待っていると、集合時間5分前に裕二と柊さんが到着した。
俺は小さく笑みを浮かべながら、到着した2人と軽く挨拶を交わす。
「そこであってな。しっかし、どうやら俺達が最後だったみたいだな」
「まぁ集合時間前だし良いんじゃない、それより向こうで盛り上がってる4人に声を掛けようか?」
「そうだな」
裕二と柊さんが到着した事に気付かないまま、お喋りを続ける美佳達に俺は声を掛ける。
「おおい4人とも、裕二と柊さんが来たぞ。お喋りはその位にして、改札の方に移動するぞ」
「「「「えっ、ああ!? お、おはようございます」」」」
「おう、おはよう」
「おはよう皆、その様子なら体調の方は大丈夫そうね」
裕二と柊さんの姿を確認し美佳達4人は、少し焦った様に挨拶する。
お喋りに夢中になり過ぎていて、注意力散漫になっていたらしい。別にここでそれは良いんだが、ダンジョン内では一つの事に注力し過ぎるなよ、怪我するからな。
「それじゃぁ皆揃った事だし、まずはダンジョンのある駅に行こうか」
「おう」
「ええ」
「うん」
「「「はい」」」
全員揃ったので、各々荷物を持って改札へと向かう。今日は日曜日なので自分達と同じように、探索者っぽい大荷物を持った乗客の姿をチラホラ目にする。通勤ラッシュ時程ではないが、そこそこ混んでいる車内だと結構邪魔になるんだよなこの大荷物。幸い俺達が乗る車両はそこそこ席に空きがあったので、邪魔にならない様に隅の方の空いている席近くで一塊になって乗車した。
そして電車に揺られること十数分後、近場のダンジョンの最寄り駅に到着した。
「到着っと。一応ここからダンジョンまではシャトルバスが出てるけど、まぁ見ての通りの状況だ」
「「うわぁ」」
俺たちの視線の先には、バスロータリーで次のシャトルバスが来るのを待つ長蛇の列が出来ていた。一度に30人~40人が乗車できるとしても、2,3巡は待たないとバスに乗車できなさそうである。
そんな光景に引き攣ったような表情を浮かべる舘林さんと日野さんに、ちょっとした豆知識を教えておこう。
「因みにある程度レベルを上げた探索者だと、下手にここでバスを待つより走ってダンジョンまで移動した方が早く到着できる。まぁ探索前に疲れるのが嫌ならバスを待つのもありだろうけど、待ち時間でのストレス、すし詰め乗車のストレスなんかを考えると……ある程度レベルが上がっている前提だと走って移動する事をお勧めするかな? レベルが上がると入場手続き待ちの間に、移動で消費した分の体力ぐらいは回復出来るからね」
「「はぁ、はい」」
ジョギングぐらいのペースなら少し待てばすぐに回復できるし、ある程度レベルが上がった探索者のジョギングペースは原チャ並みだからな。
探索者が採れる移動手段としては、走るのが一番手軽でコスパが良いだろう。
「まぁ運転免許を持っていない学生探索者なら、家から自転車で来るのが一番無難かな? 広い駐輪場も用意されてるから夏休みなんかの長期休み中じゃなければ、満車で駐められないって事も無いだろうからね。何よりダンジョンまで行くまでの交通費を節約できるよ」
実際問題、探索者を始めたばかりの者が最初に直面する金銭問題として1,2を争うのは移動費だ。ある程度レベルが上がれば時間は掛かれどお金を掛けずに自力での長距離移動も可能だが、レベルが低い状態でそれをやるとダンジョン探索前に体力の大部分を消費してしまい消耗品の増加や治療費などで本末転倒な結果になる。
苦労してダンジョン探索で得た収入の大半が、往復の移動費で消えるというのは割と初心者あるあるの話だ。特に上層部で得られるドロップアイテムの買い取り額が下がってからは、暗い表情と共に漏れる愚痴や溜息を耳にする機会は珍しくもない。
「交通費が、ですか?」
「今交通費ぐらいって思っただろうけど、何回かダンジョン探索をしたら直ぐに実感できるよ。運良くレアドロップをゲット出来たら話は別だけど、レア物なしだと今の1,2階層辺りの収入はかなりしょっぱいからね? 多分絶句するよ?」
「そうだよ麻美ちゃん。最初にレア物なしで換金に出した時は、えっこれだけ?って本当に口から洩れちゃったんだよ? その上、沙織ちゃんと2人でパーティを組んでたから得た収入は半分こ」
「そうだったね、あの時の査定額は結構衝撃的だったよ。1日ダンジョン内を歩き回った上、ようやく遭遇したモンスターはたったの数体、何回かは運悪くドロップしなかったから初めから諦め気味で提出したけど、まさか本当にたったこれだけ? って感じだったんだよね」
「「……」」
美佳と沙織ちゃんが悲し気な表情を浮かべながら当時の惨状を説明すると、舘林さんと日野さんは引き攣ったような表情を浮かべながら絶句していた。
気持ちはわかるけど、本当の事なんだよね。
「でもね? だからといって焦ってレベルが足りない、経験が足りない状態で実力以上のモンスターと戦うと、モンスターは倒せたとしてもまず間違いなく怪我をする。そして怪我をするという事は治療しないといけなくて治療費が掛かり、防具や武器が壊れれば修理費や再購入費がかかるんだよ」
「その結果としてギリギリ釣り合っていた収支バランスが崩れ、探索者を続けられないといったヤツも出て来るって訳だ。初心者探索者がまず覚えておく事は、ダンジョン探索は焦らず慎重に、だな」
「ええ。レベルが上がって探索する階層が深くなれば収入面も楽になるから、最初は焦らず慎重に続けることが大切よ」
「「……はい」」
さて、交通費の話から初心者探索者の悲しい収入について話す事になってしまったが、何時までもここに居ても仕方がないので、さっさとダンジョンに行くとしよう。
俺達は何事も経験だとシャトルバス待ちの長蛇の列の最後尾に並び、シャトルバスが来るのをまった。
「3台目でやっと順番が回ってきたよ」
「大樹、感慨に浸ってないで早く乗れよ。後ろが混んでるんだからさ」
15分ほど待って、やっと俺達はシャトルバスに乗る事が出来た。シャトルバスの内装は大荷物を持つ探索者向けに改装しているらしく、座席数を減らし広めのスペースが確保されていた。こういう所もダンジョンが浸透し、熟れて来た感があるな。昔は普通のバスを使っていたから、荷物をどこに置いたら良いのか、どう持てば周りの迷惑にならないか苦慮した事を思い出す。
そしてシャトルバスに揺られ暫くすると、目的地であるダンジョンに到着した。
「ここがダンジョンの入り口がある施設ですか……」
「何か思ってた感じと違うというか……」
「まぁ見た目はダンジョン感は無いけど、必要な施設が機能的にまとめられてるから便利なんだぞ?」
ダンジョンの入り口を覆う様に作られたこの建物はまぁ現代的な建物だから、皆がイメージする様なファンタジー味あるダンジョンって感じはないからな。急いで作らないといけない施設だったろうから、建築速度や機能性が優先された結果だろう。
「ほら2人とも、何時までも建物を見てないで入場手続きをしにいくよ。今日は日曜日で利用者が多いから、入場手続きでもそこそこ並ばないといけないから時間かかるんだから」
「「あっ、はい!」」
バスから降りた他の探索者達を追いかけ、俺達は建物の中へと足を進めた。
さぁ、いよいよだな。




