第54話 試用と柊さんの提案
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不知火等が打ち直しから戻ってきた翌週、重蔵さんとの稽古で武器の慣熟訓練を終えた俺達は何時ものダンジョンに足を運んでいた。
人の多い表層階を抜け、低層階のモンスター達を相手に生まれ変わった不知火改を使ってみる。
「ふっ!」
「ッ!」
ハウンドドッグは悲鳴も上げられず、不知火改によって綺麗に頭から上下に分断された。
抜群の切れ味である。
「……凄い切れ味だな」
「そうだな、こっちも中々凄いぞ?」
「私のもよ」
俺の呟きに同意するように、裕二と柊さんも同意する。
裕二の足元には3つに輪切りされたハウンドドッグが転がっており、柊さんが手に持つ槍にはハウンドドッグが頭から尻まで一直線に貫かれていた。
分断、輪切り、串刺し……周囲一帯血の海の中々凄い光景だな。
「……歪みも無いし、恭介さんは良い仕事をしてくれたね」
柊さんに洗浄スキルを使って貰った後、不知火改を鞘に収めると使用前と変わらず抵抗なく収まった。
もし、刀身が歪んでいたら鞘に上手く収まらないからな。
ああ因みに、モンスターの損傷具合が酷く、今回ドロップアイテムは得られなかった。
「本当だな。これなら下に行って使っても問題ないな」
「ええ。少なくとも、以前と同じ様に使っても大丈夫そうね」
「でもまぁ、無茶な使い方をすればその分、武器の寿命が短くなるって事には変わりないだろうから気を付けないとだね」
以前、ゴブリン集団と戦った時のように、鈍器として使用するのは出来るだけ控えた方が良い。多分あれも、不知火等の寿命を縮めた一因だろうし。
「それじゃぁ今日は、不知火等の調子を確かめながら10階層のオークを目指すって事で良いよね?」
「ああ。今日は初めての実戦使用だしな、無理はしないでおいた方が良いだろう」
「ええ、私もその方針で異論はないわ」
「じゃぁ、行こう」
俺達は準備を整えた後、その場から移動を開始した。
不知火等を色々なモンスター相手に試しつつ、普段の数倍の時間をかけて10階層までたどり着く。
そして、武器を構えた俺達を前に、オークが威嚇の声を上げていた。
「さてと、今日はコイツを倒したら上に戻ろうか?」
「良いんじゃないか? 武器の調子も十分に確認できたし」
「そうね。それに、そろそろ良い時間だしね」
「じゃぁ、早速……」
話も纏まったので、俺は素早くオークとの間合いを詰める。オークは俺の接近に気付き棍棒を叩き付けようと振り上げようとするが、振り上げ切るより早く俺は不知火改をオークの首筋目掛けて振り抜く。
そして、地面にオークの首が落ちる鈍い音が響くと共に、頭部を失ったオークの体から血の噴水が上がった。
「……よし、終わった」
首を切り落とした俺が残心で振り向くと、頭部を失ったオークの体が倒れた。それを確認した俺は、血の付いた不知火を手に持ったまま裕二と柊さんの元に戻る。
「さっ、上に戻ろうか?」
「ああ」
「柊さん、洗浄をお願い」
「ええ、良いわよ」
柊さんの洗浄スキルで、不知火改に付いた汚れと少し浴びた返り血が消える。
「ありがとう」
「どう致しまして」
お礼を言った後、俺は綺麗になった不知火を鞘に収める。
柊さんの魔法の御陰で、随分と手入れが楽になった。ほんと、早く俺も自分で洗浄スキルが使える様になりたいよ。折角、洗浄のスキルスクロールを買う為に貯めていたお金も、今回の不知火等の打ち直しで散財してしまったからな。
何か、マジックアイテムを売りに出すかな?
「それにしても大樹。不知火に付いた血糊は兎も角、返り血はもう少し距離をとれば浴びないですんだんじゃないか? 今回は複数戦じゃなかったんだし……」
「まぁ、そうだね。柊さんの洗浄スキルがあると思うと、どうしても其の辺が疎かになっていたかも」
「今は良いかも知れないが、血が毒薬になっているモンスターもその内出てくるかも知れないぞ? 今から返り血を浴びない様に注意しておいた方が、後々の為にも良いんじゃないか?」
裕二の言う事にも一理ある。確かに、今までに遭遇したモンスターの中には、そうした特殊な体質をしたモンスターはいなかったが、今後も出て来ないとは限らない。ヒュドラとか居たら事だ。
極力返り血は、浴びない様にした方が良いだろう。
「確かにそうだな。今後はその辺りの事も考えて、モンスターの倒し方には気を付けた方が良いか」
「そうね。私は武器が槍だから間合いが広い方だけど、間合いが短い二人は特に気を付けた方が良いわ」
「出来るだけ出血させない、若しくは攻撃したら直ぐに間合いを取るだな」
「其れ位しか無いかな……」
「耐性スキルや無効化スキルを習得するって言う方法もあるけど、パッシブ系になるだろうからコストがな」
「余り、EPに余裕がない状況にはしたくはないわね。イザと言う時にEPが足りないっていう状況は避けたいわ」
耐性系や無効化系のスキルスクロールは、スライムダンジョンで得た物が空間収納庫に保管してある。
しかし、概ねEPの消費が激しい物ばかりである。どうしても耐性系や無効化系のスキルが必要と言う場面でない限り、EPを圧迫するので使うのは控えたい代物だ。
「装備アイテム系で、耐性スキルや無効化スキルが付与されている物があればいいんだけど……」
「そう言う品は、もっと下層で出てくるんじゃないか?」
「そうね。協会のオークションサイトにもそれ系の装備品が出て来ていない事を見ると、広瀬君の言うようにもっと下層で出ると思うわ」
ゲームで言う所の、特殊効果が付与されたアクセサリーが心底欲しいと思った。
残念ながら今の所、スライムダンジョンからもそれ系の品はまだドロップした事はない。
「まぁ、無い物を強請っても仕方がない。今は返り血を浴びないと言う方向で、対策を取るしかないな」
「まぁ、そうだな」
「ええ」
3人揃って溜息を吐く。
俺は溜息を吐いた後、軽く両頬を手で叩き気合いを入れ直す。
「さっ、何時までもこうしていてもしょうがない。上に帰ろう」
「そうだな」
「あっ、九重君。今日の分の、オーク素材を出しておいて貰えるかな?」
「良いよ。どれ位の量を出す?」
「保冷バッグ、2つ分でお願い」
「分かった……はい」
俺は空間収納庫から、保冷バッグとオーク素材を取り出す。
「ありがとう」
「でも、それだけで足りるの? 前はもっと持って帰っていたけど……」
「最近はオーク食材の仕入れ値も下がってきているから、業者さんから仕入れる量を増やして行ってるのよ。もう少ししたら、業者さん経由の仕入れに切り替えるって、お父さんが言ってたわ」
「へー、英二さんが」
「だから今は、保冷バッグ2つ分で足りるのよ」
「なる程」
柊さんは俺が取り出したオーク素材を保冷バッグに入れ終え、立ち上がる。
「お待たせ。さっ、行きましょ」
保冷バッグを担いだ柊さんを先頭に、俺達はダンジョンを登り始めた。
ダンジョン傍の協会事務所で、俺達は換金の順番待ちをしていた。
既に数組のパーティーが、俺達より前にアイテム換金の順番待ちをしている。
「番号札23番、俺達最強にTUEEE様。買取査定が終了しました。7番窓口までお越し下さい」
「「「ぶふっ!」」」
順番待ちしていたパーティーの名前が呼ばれた瞬間、待合室のあちらこちらから吹き出す音が響いた。
慌てて口元を手で押さえ、待合室の中をキョロキョロと見渡す者達が幾人もでる。
そんな微妙な雰囲気の中、待合室の一角から7番窓口に歩み寄って行く集団が目に付く。意気揚々と歩む俺達と同年代の少年達と、恥ずかしそうに顔を俯かせて後ろを歩く保護者らしき大学生位の青年だ。
「……うわぁ」
「……おいおい」
「ええっ、と?」
コメントに困る。俺達は何も言えず珍獣を見るような眼差しで、7番窓口に近付くパーティーを眺めた。
居たよ、ネタの様な名前の探索者パーティー……。何で彼等は、ああも堂々としていられるんだ?後ろを歩く大学生らしき青年なんか、顔は伏せているので表情は見えないが耳が真っ赤に染まっているのに……。
「アレは……嫌だな」
「ああ、どんな羞恥プレイだ」
「良かった。無難なパーティー名にしておいて。本当に……」
俺と裕二は大学生らしき青年に憐れみの眼差しを送り、柊さんは自分達の選択に心底胸をなで下ろしていた。大学生らしき青年には悪いが、自分達が無難なパーティー名を付けた決断を喜んでおく。
待合室中から向けられる、眼差しに気が付いたのか、青年は更に身を縮めた上、耳を両手で塞ぎ窓口へ歩いていた。
「……南無」
俺達は青年に手を合わせ、短い黙祷を捧げた。
今は意気揚々としているあの少年達も、来年頃には今の事を思い出し部屋の床を転げまわる事になるんだろうな。そう思いながら俺は、遠い目で“俺達最強にTUEEE”の後ろ姿を見送った。
黒歴史って、こうやって作られるんだな。
俺達最強にTUEEE騒動の十数分後、俺達の順番が回ってきた。
「番号札35番の方、7番窓口にお越し下さい」
俺達は席を立ち、窓口へ向かった。
「お待たせしました。本日のご用件は?」
「買取と肉素材の持ち帰り手続きをお願いします」
「はい。では、ドロップアイテムをお預かりします」
「お願いします」
照会作業の後、俺達はオーク素材が入った保冷バッグとモンスター討伐で得たドロップアイテムを窓口に提出した。
「査定が終了したらお呼びしますので、席に座って少々お待ちください」
「はい」
俺達は査定を待つ為、元の待合室の椅子に戻った。
「番号札35番、チームNES様。買取査定が終了しました。7番窓口にお越し下さい」
数分後、査定が終了し窓口に呼ばれる。
俺達のチーム名が呼ばれた時、待合室から噴き出す様な音は聞こえなかったので、俺は密かに胸をなで下ろす。ここで吹き出す音や憐れむ様な眼差しが集中したらと思うと……羞恥心で悶え苦しむな。
あの青年は良く、あんなパーティー名を認めた物だ。まぁ、少年達に数で押し負けたんだろうけど。
「お待たせしました。買取査定が終了しました。こちらが、ドロップアイテムの買取額の明細になります」
「ありがとうございます」
俺達は素早く明細に目を通す。
「……オーク素材の買取査定額が、下がりましたね」
「はい。探索者の方による採取量が増えていますので、買取額の方は下がってきています」
「そうですか」
以前の様に、オーク食材は美味しい換金物ではなくなったな。まぁその方が、柊さん的には良いんだろうけど。
「肉素材はお持ち帰り希望とありましたので、こちらの書類にサインをお願いします」
「あっ、私がサインします」
「では、ココとココにサインをお願いします」
柊さんが、持ち帰り手続きの書類にサインを入れていく。
サインを終えた書類を受付の人に渡すと、持ち帰り手続きは終了した。
「では次に、買取額の支払い方法についてですが、お一人の口座に一括でお振込しますか? それともアイテム毎の買取金額を、それぞれの口座にお振込しますか?」
「買取金額を3分割にして、それぞれの口座に振り込んでもらえますか?」
「3分割ですね?」
「ちょっと待って、九重君。私の分はオーク素材分を引いてもらわないと」
「ああ、そうだったね。出来ますか?」
「ええ、出来ますよ。では、少々お待ちを」
受付の人が素早く手続きを行い、それぞれの振込額の書かれた確認書類を作成してくれた。
「こちらの金額で宜しければ、それぞれの口座にお振込しますが、よろしいですか?」
「はい。これでお願いします」
「分かりました……はい、これで買取金の振込は終了です。本日は、ご利用ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ面倒な分配手続きをありがとうございました」
俺達はオーク素材が入った保冷バッグを持って、窓口を後にした。
自販機コーナーで、それぞれ飲み物を購入し駅行きのバスを雑談をしながら待っていた。
「それにしても、オーク肉の買取額がかなり下がっていたね」
「ええ。やっぱり、ちゃんとダンジョンに潜れる探索者が増えたお陰ね」
「前は、数が多いだけって言う状況だったからね」
「ええ」
「入場規制の御陰で探索者もそれなりに各階層にバラけたから、ドロップアイテムの種類も量も増えたよ」
少し前まで掲示板に貼られていた、ドロップアイテムの買取強化を知らせるポスターが撤去される程度には順調らしい。
換金査定額を上げるには、正攻法でダンジョン深くに潜ってレアリティの高いドロップアイテムを取って来るしかなさそうだな。
「ねぇ、九重君、広瀬君」
「ん? 何、柊さん?」
「少し相談なんだけど……もう少し深い階層まで潜ってみない?」
「……えっ?」
柊さんの提案に、俺と裕二は少し目を見開き少し驚いた。
どう言う事だ?
新武器の調子は良さげです。
そして、ついに窓口にて悲劇発生!保護者南無です。




