幕間八拾一話 娘の先輩達って…… その2
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約束通り娘が動いてくれた事で、思ったより早く探索者をやっているという部活の先輩達との会合がセッティングする事が出来た。その際、一緒に探索者を始めるという娘の友人の日野さんのご両親から話し合いに同席したいと連絡があり、事前準備をしていたとはいえ無茶をいい出した子供を持つ親として同席を許可した。子供が良く分からない業界に進むと言い出したら、やっぱり親としては不安になるだろうな。
そして今回の話し合いの内容が内容なので、人目がある変な所で会う事も出来ないのでネットで貸会議室を検索し近場の部屋を予約する。むろん話し合いの場所としてどこか食事処の個室でも良いかもしれないのだが、流石に探索者をしている先輩とはいえ高校生を恐縮させたり威圧する様な場所に招くのはダメだろう。最初の会合場所としては、シンプルな内装の貸会議室の方が幾分かはマシだろうな。そして……。
「良し、それじゃそろそろ行くか?」
「はい、今から向かえばちょうど良い位だと思いますよ」
娘の先輩達との話し合い当日のお昼少し前、私は妻の晴美と共に少し早めに家を出る。娘達と合流する前に、まずは日野さんのご両親とお昼を共にしながら事前の話し合いをという事になっているからだ。
まずはこちらの方で話を合わせておかないと、娘の先輩達とのスムーズな会話は難しいだろうからな。少なくとも、何を質問するかぐらいは事前に取り決めておかないと。
「待ち合わせのお店は、駅前のイタリアンだったかな?」
「ええ」
そして予約していたお店に到着した私と妻は、店員さんに来店を伝えると頼んでいた奥の個室席へと案内される。
すると部屋の中にはすでに、一組の男女が着席していた。
「すみません、お待たせしてしまいました」
「いえいえ、こちらが少し早めに到着しただけですのでお気になさらず」
「そういっていただけると助かります、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ急な同席のお願いを聞いていただき、ありがとうございます」
軽く頭を下げつつ娘の友人である日野さんのご両親、日野達郎さんと日野霧江さんと挨拶を交わす。
そして一言断りを入れてから、私と妻は空いてる席に腰を下ろした。
「いやはや、それにしても娘達の提案には驚きましたね」
「ははっ、そうですね。本人達は事前に色々準備をしていたみたいですが、私達からすると急な話でしたから」
店員さんに注文を済ませた後、互いに苦笑を浮かべながら愚痴という名の苦労をねぎらい合う。
高校生という周りの友達が多く探索者資格を取っていく環境故か、娘達も入学当初からダンジョン業界に興味がある様な素振りは見せていた。ここ暫く世間の話題を総なめにしているのが、ダンジョンと探索者だからな。何れはいい出すかもしれないと思っていたが、もう少し前兆というものを見せて欲しかったよ。
「ええ、でもお陰で娘達の本気具合は知る事が出来ました。これが何の準備もしておらず、ただ探索者になってダンジョンに行きたいと主張するだけだったなら、私はたとえ娘に嫌われたとしても苦言と共に門前払いしていましたよ」
「分かります。同じ状況になれば、私も健吾さんと同じ対応を取っていたでしょうね」
「まぁだからこそ、探索者をやっている友人に協力して貰ってしっかり事前準備をしていたんでしょうね」
「そうですね。分かっているというべきか、用意周到というか。少なくとも頭ごなしに否定せずに、ちゃんと話を聞いてやるべきでしょう。これだけ本気を示しているのですから」
この食事の後に人と会うのでお酒という訳にもいかず、烏龍茶片手に達郎さんと共に何ともいえない表情を浮かべながら苦笑を浮かべ合った。
何故なら、ダンジョンや探索者について少し調べれば、良い面の話だけではなく悪い面の話もよく目にする。経験者の協力を得て準備しているからといって、心配するなというのは難しい。
「そうですね。こうなってくると表面的な情報は知っていても、ダンジョン業界の実情に疎い自分が恨めしい。それなりにでも知っていれば、アドバイスも出来るんでしょうけれどね」
「それは私も同じです。TVやネットに上がっている様な情報に目は通していますが、実際の所はどうなんだ?といった状態ですからね」
年齢や仕事といった理由はあるが私自身、ダンジョンが民間に開放されたからといって中に入った事は無い。TVやネット動画という形でダンジョン内やモンスターの姿を見た事はあるが、実感としてそれがどれだけ恐ろしいのかはしらないのだ。伝え聞く話でしか、私はダンジョン業界の事をしらない。
だから、そんな業界に娘が飛び込むというのに、何かしてやりたいが何をして良いかが分からない状況なのだ。
「ええ。ですから実際に初期の頃からダンジョンに潜って活躍している娘の先輩達の話を聞けるというのは、大変にありがたい。どういったモノを揃えておいた方が良いのか、何を準備していたら良いのか? 全くの手探りの状態ですから」
「私もですよ、実際のところ今の探索者事情はどうなんだ?等といった、率直に色々と聞きたい事が沢山あります。本当にダンジョンで怪我をしても、回復薬を使えば綺麗に怪我が治るのか?といった事など。幸か不幸か今まで回復薬など使った事が無いので話には聞きますが、回復薬が怪我を綺麗サッパリ治した等と聞いてもイマイチ信じ切れないのですよ」
達郎さんは不安と期待が入り混じった表情を浮かべながら、気持ちを落ち着ける様に烏龍茶を飲んだ。
「分かります。探索者には怪我がつきものだと聞きますから、本当に大怪我でも治せるのかと経験者の方に聞いてみたいと思っていました。話が本当なら最悪、娘が大怪我をしても生きて戻ってくれさえすれば……と思えますからね」
「そんな最悪は無い方が良いのでしょうが、万が一に備えておくに越した事はありませんからね。少なくとも、色々いわれている回復薬関係の話が本当だという確信は欲しい」
ダンジョンというコレまで御伽噺だったものが現実になった以上、回復薬のお陰で小さな切り傷や骨折が直ぐに治ったという話はまだ信じられるとしても、流石に失った臓器や四肢が生えてきたという眉唾な話までは信じがたいというのが本音だ。
だがもし回復薬にまつわるこれら眉唾の様な話までもその全てが真実なのだとしたら、これからダンジョンに行こうとする娘達の万が一に対する安心材料の一つにはなる。
「そうですね、その辺の話の真偽も出来れば今日の話し合いの場ではっきりさせられると良いんですが」
「私達はダンジョン業界に対して知らない事が多いですからね、こうやって経験豊富な現役探索者から直接話を聞ける稀有な機会を得られたのです、この機会に聞けることは聞いておきたい」
折角得られた機会だ、TVやネットでは中々得られなかった知識を学ぼう。
そう私と達郎さんは無言で頷き合い、話し合いで問いかける質問の内容について話し合った。
「確かに色々道具を揃えるとなると、初心者用でもそれなりのお金が掛かりますからね」
「本人達も物品購入に備えて貯めていたみたいですが、足りない部分は出て来るでしょうからね。ある程度は支援するつもりですよ。装備をけちったせいで大怪我を負ったともなれば、悔やむに悔やみきれませんからね。全面的にってのは考え物ですが、最低限のものは揃える程度にはだそうかなと」
「ええ、うちもそのつもりです。探索者はドロップ品をダンジョン協会に買い取ってもらい収入を得るという仕組みですから、モンスターと最低限戦える装備は用意しないといけませんからね」
「ダンジョンが民間に開放された初期には防具の一つも身に着けずに入り、大怪我を負う者が続出したという話は有名ですからね。どれだけ安全だ簡単だという情報が出ていても、最低限の備えはしておかないと」
娘達への金銭的支援の必要性を互いに確認し、どれくらい必要になるかを皮算用をする。
必要なお金とはいえ、出来るだけ出費は抑えたいからな。
「最近は値下がりしているみたいですよ? ちょっとSNSを覗いてみたら、特に新人探索者の人達の上げる愚痴で溢れていました」
「私も見ましたよ、それ。いわゆるレア物の買取価格は維持されているものの、ダンジョンの浅い階層で良く出るドロップ品の買い取り額がガクンと落ちたってヤツですよね?」
「ええ。うちの娘達は、今からその階層で活動するんですよね? 大丈夫ですかね、交通費も稼げなかったって悲痛な書き込みもちらほら目にしましたし」
「供給元が増えれば商品がダブついて価格が下がる、というのは理解できますがね」
仮に娘達が順調に探索者として活動出来ても、暫くは収入面で苦労するのでは?と私と達郎さんは心配する。始めて直ぐに稼げないというのは、探索者に限らず普通の職業でもあるあるだからな。
不躾に足を踏み込む事になるが、折角だから探索者のお財布事情についても少し聞いてみよう。応援はするが、流石に私達も何時までも援助は続けれられないからな。
「こうやって話し合ってみると、聞いてみたい事が色々と出てきますね」
「そうですね。それよりそろそろ時間なのでは?」
「ん? ああ、何時の間にか時間が経ってますね。そうですね、そろそろ移動し始めた方が良いかもしれません」
「ではいきましょう、娘達の先輩達に会いに」
こうして私と妻は日野夫妻と共にイタリアンの店を後にし、予約している貸会議室があるビルへと向かった。
娘の先輩達との話し合いも無事に終わり、疲れた表情を浮かべながら私達は家に帰り着いた。話し合いは考えていたよりも白熱、いや思い返してみると自分達だけがテンパって変な要望を出してしまっていたな。初めは娘の学校の先輩、つまり凄腕の探索者をやっているがただの高校生だという前提で向かい合っていた為、実際に彼等と相対し話してみるまで彼等の事を見誤っていた。
彼等は間違いなくプロだ。娘の学校の先輩や高校生というのではなく、プロの探索者。
「気の良い先輩だと聞いていたのに、実際にあって見れば大違いじゃないか」
「実際に良い先輩だよ? 色々教えてくれるし、こうやって面倒な話に態々時間を取ってくれてるじゃない」
「ああそうだね、お前達の事を真剣に心配してくれる良い子達だったよ。しかしそれだけじゃない、彼等は紛れも無きプロの探索者だ。だからこそ、こうして時間を取ってまで話をしてくれたんだよ」
彼等は現役探索者として、私達に色々話してくれた。事前に調べていたものと同じ内容の話だったり、まったく初耳の内容の話だったりと。
しかし一貫して彼等の話は、現場を知るプロ目線の意見だった。探索者として後輩が出来る事に浮かれて誘っている様な事も無く、淡々と探索者の現実を話してくれたのだ。
「普通あの年頃の子供は多かれ少なかれ、良い所を見せようとして盛った話をするものだが、彼等の話はその辺が徹底的に削ぎ落されていた。それは分かるね?」
「……うん。先輩達って、その辺の事は本当に容赦なく話してくるんだ。その上で、どうするんだって問いかけて来るの」
「まぁ今日話してみた感じだと、普段もダンジョン関係の話をするときはそんな感じなんだろうね。でもお陰で他の子達みたいに浮かれる事は無いだろ?」
「うん。ダンジョン内は危ないし、初めは思ったより儲からないし、続けるには努力も苦労もするって分かってる。でも私は、私達は探索者になってダンジョンに行ってみたいの。皆の話をただ横で聞いてるだけなのは嫌なの、皆と同じ話題で盛り上がりたい」
確かに娘の周りにいる子達の大半は探索者資格を取得し、一度はダンジョンに潜っている子が多い。自分だけが取り残されている様に感じる要因は十分にある。
それに現実問題として、これから先はある程度ダンジョンに潜りレベルを上げておいた方が良い時代が来るかもしれない。今日の彼等との話し合いを経て、具体的にどうとはいえないのだがそう思った。
「それにさ、現実問題として探索者とそうじゃない人の差ってのを薄々感じるんだ。この間資格試験を受けた時に、それを強く感じたの」
「? どういうことだ?」
「探索者ってさ、レベルが上がると身体能力が上がるってのは知ってるよね?」
「ああ、勿論知ってるよ。今日会った彼等も外見は何処にでもいる高校生だけど、実際には体育祭で見せて貰ったあんな凄い演武が平然と出来るだけの能力を持っているからね」
実際に対面に座って話をしてみると、本当に彼等があんな凄い動きをしていたのかという疑問が思い浮かんだからな。まぁ話し合いが進むにしたがって、彼等ならやれるという確信は持てたんだけどさ。
しかし資格試験と何の関りが?
「そう、探索者ってレベルを上げると常人離れした身体能力……体力や集中力を発揮できるんだって。それってさ、ダンジョン以外でも十二分に有用だよね? 学校の試験や大学受験勉強とかにさ?」
「!?」
私は娘のその言葉を聞き、思わず大声を上げそうになった。
いま高校1年の娘の年代で学生探索者が増加しているという事は、それだけ同年代に探索者としての恩恵を学業に活用し効率的に学力を上げた者が増えているという事だ。それは数年後には受験を控える学生にとっては、驚異的な事態といえる。ダンジョンでのレベル上げが志望校への合格率と直結する、そういわれるようになるかもしれない。そうか、ダンジョンでのレベル上げが学力に直結する時代が来るのか……。




