幕間七拾九話 遂に持ち込まれる幻想金属 その2
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その電話がかかって来たのは、だいたい3時過ぎだった。ちょうど急ぎの業務も一段落し休憩でもしようかと思っていた時だったので、特に気負う事なく電話に出たんだ。
そして出て直ぐに後悔したよ、ああ今日は残業確定だなってさ。
「はい、もしもし? ダンジョン取得物管理課、馬場です」
「あっ、お世話になっています。〇✕△ダンジョン出張所の所長をしている袴田です」
電話に出ると、まさかの出張所所長からの直電である。電話先から自分の姿は見えない筈なのに、思わず背筋が伸びたのは仕方がないと思う。
本部勤務とはいえ、一介の平社員と出張所の所長との間にどれだけの差があると思ってるんだ?
「お世話になっています。それで袴田所長、本日は何か御用でしょうか?」
「ええ、急ぎ報告を上げないといけない案件が発生したので、そちらの課長さんに電話を繋いでいただけますか? 第一級機密指定ドロップアイテムの取得事項が発生した、とお伝えしていただければ伝わると思います」
「……第一級?」
消え入りそうな呟きを漏らしながら、一瞬我が耳を疑った。第一級機密指定といえば、その発見が社会に多大な影響力を与えかねないドロップアイテムに与えられている区分だ。指定されているドロップアイテムの多くは、最初期にダンジョンから産出されたドロップアイテム、いわゆるファーストドロップアイテムと呼称されるものに与えられている。
そしてファーストドロップの多くは機能性や希少性が極めて高く、現時点での探索状況ではほとんど入手が不可能なものが多い。つまり、そんなヤバいアイテムが見つかったという報告だ。
「ええ、お伝えいただけますか?」
「はっ、はい! しょ、少々お待ちください!」
正直この時に返事は、声がかなり上擦っていたと思う。
ついでに急に大声を出した俺に、他の課員たちが何事かといった表情を浮かべながら注目していたが、今はそんなもの一切気にならない心境だった。
「課長!」
電話を保留状態にした後、俺に注目する課員たちの視線を振り切り、駆け足気味に課長のデスクに歩み寄る。普通の内容なら内線を回すだけでいいが、第一級機密案件ともなれば現時点では情報を知る者は少ない方が良いので、対処方法が決まるまでは内線ではなく聞き耳がたてられない様に直接報告する必要があるからだ。
まぁさっきの電話口での反応を見られていれば、絶対何かがあったというのは察せられているだろうけど。
「何だい馬場君、騒がしい。そんなに急いで何があったっていうんだい?」
「すみません課長、急ぎ内密で報告する事があります。お耳を」
俺は周辺を確認した後、怪訝な表情を浮かべる課長に袴田所長からの言伝を小声で耳打ちする。
「〇✕△ダンジョンの所長から、第一級機密指定のドロップアイテムが取得されたとの報告がありました」
「!」
怪訝な表情を浮かべていた課長も、第一級機密という単語を聞き顔色を変えた。
そして素早く周りを見渡した後、直ぐに次の指示をだす。
「分かった。ここで報告を受けるには場所が悪い、所長にはこちらから直ぐにかけ直すと伝えてくれ。それと相手の番号の控えを、私はミーティング室の方に移動しているから」
「分かりました」
課長の指示に従い俺は急いで自分のデスクに戻り、保留にしていた電話を再開する。
「お待たせしました。課長に用件を伝え確認した所、場所を移し直ぐに折り返すそうなので少しお待ちいただけますか?」
「分かりました、お手数をおかけします」
報告が報告だけに袴田所長も場所を移すという伝言に納得してくれ、素直に電話を切る事が出来た。
そして着信履歴を確認しメモ用紙に電話番号を控えると直ぐにミーティング室に移動、課長に控えた番号を渡す。
「お待たせしました、コチラが袴田所長の番号です」
「ありがとう、助かるよ。それとこの件の対応が決まるまでは、暫く馬場君にはサポートをして貰いたい。事案が事案だけに、出来るだけ情報を知る人間は少ない方が良いからね」
「分かりました。必要なときは声を掛けてください」
断れない口調でお願いしてくる課長に素直に返事をするが、電話を受けただけなのに面倒事に巻き込まれちゃったよ。
そして軽く一礼してミーティング室を後にし、オフィスに併設してある休憩スペースで休憩を取る事にした。
「疲れた。それにしても、深くかかわりたいとは思わないけど、一体何が見つかったのかは気になるな」
給湯室に福利厚生の一環として設置されているコーヒーサーバーから一杯貰った後、椅子に腰を下ろし一服し大きな溜息を漏らす。30分にも満たない短いやり取りだったのに、酷く精神的に疲れた。
それにしてもファーストドロップといえば、自分が把握している範囲のアイテムだけでも極めて貴重な品ばかりだ。更に第一級機密に指定されている様なアイテムはマジックアイテムが主で、例えどれが見つかったとしても大騒ぎになる。デカいダイヤの塊とか即物的なモノの方が、まだ騒動の種としてはマシなんだけどな。
「それに課長のサポートか、それなりに仕事を抱えてるんだけどな」
現在自分の抱える仕事を思い出し、もう一度溜息を漏らす。
そして休憩室でコーヒーを飲みながらこの後の忙しさに思いを馳せて黄昏ていると、休憩スペースに困惑と焦りの表情を浮かべる同僚が走り込んできた。
「いた! おい馬場、お前何をしたんだ!? 課長が滅茶苦茶焦った様子で、お前の事を呼んでるぞ!」
「……は?」
「は?じゃない、は?じゃ! とにかく急いで課長の所に行け、ミーティング室だ!」
「おっ、おう。ありがとう?」
同僚の様子に困惑しつつコーヒーコップを処分し、ミーティング室に急いで駆け寄ると課長が焦った表情を浮かべながら俺を中に迎え入れる。
俺はミーティング室で課長の対面の席に座ったが、課長は何もしゃべらずに肘を机につきながら両手を顔の前で組み思案顔を浮かべていた。圧迫面接かな?
そして5分程が経過し、ようやく課長が口を開く。
「すまないね馬場君、ちょっと考えが纏まらなくてね」
「あっ、いえ。それでどうしたんですか、急に呼び出すだなんて……」
「ああ、驚かせてしまったようだね。実は先程の件で、大至急対処に動かなければならなくなってしまったからだよ。君にはサポートをとお願いしていたが、実際こうなってくるとどう動くのが良いのかと思案してね。ちょっと、想像していたより面倒な事態になりそうなんだ」
「面倒というと、やはり先程の第一級機密が関係して?」
俺は巻き込まれるのが確定したかと思い、意を決し課長に深掘りする様な質問を投げかける。
すると課長は小さく溜息を漏らしながら、力なく頷いた。
「ああ、その通りだよ。第一級機密指定ドロップアイテムおよび、公開条件付きのモンスター出現情報に関する問題だ」
「……えっ、1度に2つですか?」
「ああ。袴田所長からの報告によると、公開条件付きモンスターが出現した事により、第一級機密指定ドロップアイテムが出現したとの事だ。お陰で面倒事が2つ同時に発生してしまった」
課長は何ともいい難い表情を浮かべながら、途方に暮れた様に天井を仰ぎ見ていた。
天を仰ぎたいのはこっちの方だよ、何で一介の平職員である俺がそんな機密事項に巻き込まれるんだよ。
「それで馬場君、君は今何か急ぎの仕事は抱えているかね?」
「あっ、いえ。いくつか仕事は抱えてはいますが急ぎの物は一段落付いたので特には」
「そうか、それは良かった。後で指示を出しておくから、君はこの件を担当してくれ。今君が抱えている仕事は、他の子達に振り分け担当して貰う事にするよ。皆には申し訳ないが、この件が最優先で対応すべき案件だからね」
「えっ、あっ、はい」
いやいやいや、確かに機密度を考えれば俺が担当すべきってのは分かるけど、俺が抱えている仕事を急に皆に振り分けるって……後でお詫びの品を配り歩かないと。
俺が少し遠い目をしつつ課長からの業務命令を了承すると、課長は今回の案件の概要を説明し始めた。
「まず今回の事案の経緯だが、袴田所長が管理するダンジョンにおいて、とあるパーティーが29階層でオーガと戦闘を行った際に発生したそうだ」
「オーガだとすると、どこかの探索者企業所属のパーティーが報告者ですか?」
現在、民間探索者でオーガが出現する階層まで潜れているパーティーの9割は企業所属である。
流石に30階層近くまでの道程にもなると、長期にわたりダンジョン内に留まる必要がある。そうなると、バックアップ体制が整っていないと探索が困難なためというのが理由だろうな。
「いや、どうやら学生探索者のパーティーが遭遇したらしい。軽く話を聞いただけだが、実績確かな優秀なパーティーらしい」
「学生探索者のパーティー……優秀なパーティーなんでしょうが事故が起きなくて良かったですね」
「そうだな。まぁそれは一旦おいておくとして、そのパーティーがオーガとの戦闘の際にイレギュラー現象が発生したらしい。一応そのイレギュラー現象は発生数は少ないが自衛隊の探索者パーティーから報告はされていたが、民間探索者のパーティーがそのイレギュラー現象に遭遇したのは今回が初だろう」
「それは……運が良いというか悪いというべきか」
未知のイレギュラー現象に遭遇するなど運が悪いといえるが、大きなケガも無く切り抜けられたというのなら運は良いともいえるからな。
課長も苦笑いを浮かべながら、続きを口にする。
「そしてイレギュラー現象を乗り越えた彼等はドロップアイテムを取得したのだが、そのドロップアイテムがね……」
「第一級機密指定のドロップだったと?」
「ああ、このイレギュラー現象に遭遇した事がある自衛隊にしても、数度しか取得できていない品だそうだ。そういう意味では、彼等はとても運が良いのだろうね」
「それで同時に面倒事が発生したという事ですか」
面倒事が付随するとはいえ、レアなドロップアイテムを取得できたのならやはり運は良いのだろう。
「そういう事だ。第一級機密指定のドロップの扱いをどうするかには少々話し合う必要があるが、イレギュラー現象については早めに情報公開をしておくべきだろうな。今回の彼等は初見で乗り越えられたが、皆が皆初見で乗り越えられるわけでは無い。少なくとも、こういったモンスターが出現する可能性があると知っておけば、何らかの準備や対応は出来るだろうからね」
「そうですね、事前情報の有無は探索者にとっては生存率に直結する事柄です。それなのにイレギュラー現象を把握しているにもかかわらず情報を公開していないともなれば、ウチの不手際だと指摘されます」
「そうだね。元々イレギュラー現象自体は自衛隊から報告が上がって来ていたので、民間探索者から報告が上がった際に真偽を確かめた後公開することが決められていた。尤も情報を公開する時期には、もう1、2年ほどの猶予があると思っていたのだが」
「それだけ民間の探索者達が優秀だった、って事なんでしょう。優秀な探索者が増えること自体は、ウチとしては歓迎すべき事だとおもいますよ?」
実際に民間探索者は毎月の様に増えており、ドロップアイテムの量や種類、質は日々向上している。
まぁその分色々な問題が起きてはいるが、おおむね探索者の活躍に比例し順調に日本のダンジョン産業は向上していた。
「そうなんだがね。さて馬場君、そういう訳で君にはこの件が片付く迄サポートに専従して貰うよ。関係各所への連絡に折衝、会議のセッティングに資料作成。機密解除されるまでは悪いが、出来るだけこの事を知る者は増やせないんだよ」
「分かっています。詳しい話を聞いたかぎり、確りとした下準備を整えてから公開しないと混乱の元になりますからね。公式見解が確りしていないと、万一性質の悪いデマが流れたら探索者から犠牲が出るかもしれません」
「ああ大変だろうが、よろしく頼むよ馬場君」
「はい」
それから袴田所長の報告を受けた課長は急ぎ上層部と連絡を取り、第一級機密指定のドロップとイレギュラー現象への対応を始めた。俺はその間サポートに回り、関係各部署との橋渡しを行う。
そして目の回る様な忙しい毎日を過ごした結果、オーガが起こしたイレギュラー現象に関しては年内に広報課が探索者達への情報を発信し周知を始める事になり、今回取得された第一級機密指定のドロップであるミスリルに関しては今年度末に発表される事が決まった。コレはイレギュラー現象の情報が十分に探索者達にいきわたる期間を考慮してとの事だ。同時に情報を公表してはイレギュラー現象に対し理解を深める前にミスリルを得ようと探索者達が動きだし、無駄なトラブルや無用の犠牲を出させないためにと配慮したらしい。はぁ、まだまだこの件は終わりそうにないな。




