幕間七拾八話 遂に持ち込まれる幻想金属 その1
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その知らせが届いたのはお昼過ぎ、昼食を済ませ午後の業務を開始して少し経った頃だった。積まれていた書類の山もある程度片付き一休み入れようとしていた時、所長室に設置された電話が大きな音で鳴り響く。
せっかく休憩を取ろうと思っていたのにタイミング悪いなと思いつつも、内線だったので急ぎの用事が発生したのかもと思い、小さく溜息を漏らしながら受話器を取る。
「はい、もしもし? 所長の袴田だ」
「お忙しいところすみません所長、受付窓口担当の者です。緊急で対応していただきたい案件が発生しました」
「緊急対応? 物々しいですね、受付で何か問題でも?」
「はい。協会から要注目指定された探索者チームからここの責任者、所長への面会の希望が出されました。どうやらダンジョン内でイレギュラー現象に遭遇したようで、緊急で報告したい情報があるそうです」
受付からの報告を聞き、私は軽く目を見開きながら眉を跳ね上げる。
うちが管轄しているダンジョンにおいて、協会から成果を鑑み要注目指定を受けた探索者チームといえば1つしかない。最近貴重なアイテムの発見をし本部の方を騒がせ、ダンジョン探索自体においてもうちで最高潜行階層記録を上げるトップチームの事だ。確か……。
「要注目指定……確か学生探索者3人が所属するチームだったかな?」
「はい、その学生達の探索者パーティーです。探索者カードの方もデータベースに照会し確認が取れていますので、間違いありません。特記事項に、要注目指定の文字も記載されていました」
「そうか。そんなパーティーが緊急で報告したい案件、それも私を指定してか?」
「いえ、彼等は責任者と話がしたいとだけ。ですが、私としては所長に面会をお願いしたいと思います。彼等の口振りからしてかなり重要な報告のようで、所長に対処してもらう必要がある案件の様な気がしてなりません」
私との面会希望自体は受付担当者の独断のようだが、電話口から感じられる担当者の声の感じにこの案件の本気具合を感じた。故に……。
「分かった、彼等とこの後に会おう。相談室の予約の確保は任せていいのかな?」
「はい。こちらで手続きを済ませた後、またご連絡をいたします」
「よろしく頼むよ」
私は受話器を置き電話を切った。
そして大きな溜息を漏らしながら、机の上に置かれたPCを操作し当該探索者チームの情報を確認しはじめる。
「……成る程。確かにこれだけの成果を上げていれば、協会も要注目指定探索者にするな」
PCの画面に表示された当該探索者チームの情報を確認し、私は感嘆の声を漏らす。
企業に所属していないチームでありながら到達階層は30階層を超えており、ドロップアイテムの換金状況を見るに40階層に到達していてもおかしくない。更に未確認ダンジョンの発見に加え、ダンジョン協会が秘匿指定しているマジックアイテムの取得に有償譲渡……。
「そんな探索者チームが秘密裏に緊急で報告したい案件か……厄介事の匂いしかしないな」
そして対象の情報を確認しつつ待っていると、再び内線電話が鳴り響く。
眉間を揉みつつ情報を確認している内に、先程電話を切ってから既に10分程が経っていた。
「はい、所長の袴田だ」
「お疲れ様です、受付担当の者です。先程の案件についてなのですが、空いている相談室が確保出来ました」
「分かった、ありがとう。では、部屋の方に彼等を案内してくれるかな? 私もすぐに移動する」
「お手数をおかけしてすみませんが、よろしくお願いします」
業務連絡を済ませ私は電話を切り、ある程度机の上を片付けてから所長室を後にする。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
私は表情を引き締めながら、ユックリとした足取りで相談室へと向かった。
どうやら彼等は既に待っているらしく、扉に近付くと部屋の中から話し声が聞こえてきた。
私は少し待たせてしまったかなと心配しつつ、ゆっくりと部屋の扉を開き声を掛ける。
「お待たせしました。私はここの所長を任されている、袴田です。何でも内密の御相談があるとの事ですが?」
軽く挨拶をし彼等3人の対面の席に私が腰を下ろすと、3人は軽く頭を下げながら簡単な自己紹介をしてくれる。
「お忙しい所、急な相談のお願いを受けて下さりありがとうございます。自分は広瀬と申します、普段からここでの探索をメインにしています」
「九重です、お忙しい所ありがとうございます」
「柊です、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。皆さんの事はここに保管されている記録資料を軽く見た程度ですが、ある程度は把握しています。これまでの探索において、かなりの実績と経験を積まれているそうですね」
お世辞でもなんでもなく、彼等3人が上げた成果は民間探索者としてはトップクラスといって良い物だった。というより、企業に所属していない民間探索者としてはダントツでトップだろうな。
比較出来る成果の対象が、ダンジョン企業所属のエース探索者チームのみという時点で上澄みも上澄みだ。しかも相手は組織的バックアップ体制が整っているのに対し、彼等は本当に3人だけで活動しているらしいし……末恐ろしいというか、現時点でも大概だ。
「だからこそ、そんな皆さんがダンジョン探索を急いで切り上げてまで緊急で相談をしたい事があると要望され、私達としても少し驚きを隠せません。……何かあったのですか?」
そんな彼等が緊急でというのだ、私はまどろっこしい前振り無しに本題へと入る。
その結果、確かにこれは緊急で対応しなければならない案件であった。
「では、少々お待ちください」
私は出来るだけ平静を装いながら軽く頭を下げた後、彼等に見送られながら部屋を後にした。
そして私は足早に自分の部屋に戻った後、応接用のソファーに腰を下ろし一度天井を見上げてから……胸の中に溜まった感想をポツリと漏らす。
「鬼が出るか蛇が出るかとは言ったけど、まさかどっちも出るなんてな……」
私は片手の手のひらに収まるハンカチにミスリルらしき金属を転がしながら、大きな溜息を吐き出した。確かに要注目指定のパーティーから持ち込まれた緊急の用件だ、大事になるかもしれないとは覚悟していたがこれは無いだろうと途方に暮れる。
「オーガの上位種について自衛隊の探索者チーム経由で報告は上がっていた。極々稀に上位種から幻想金属がドロップされる事も報告は上がっていた。だがしかし……」
まさか、その両方が同時に発生するというのはどういう事なんだ?
報告を上げた自衛隊の探索者チームにしても上位種との遭遇出来たのは100回を超えず、幻想金属のドロップの報告については両手の指を超えない。
「いや、まだだ、まずはこいつの正体を確定させてからだ。対応を決めるにしても、まずはこいつの正体をはっきりさせてからだな」
私は頭を数回左右に振った後、内線でアイテムの査定を担当する部署に電話をかけ至急鑑定眼鏡を持って所長室まで来るようにと指示を出す。
その際、鑑定眼鏡は貴重なマジックアイテム故に鑑定室からの持ち出しは渋られたが、所長命令だと無理を言い持ってこさせる。鑑定するものがものだけに鑑定にかかわる者は少ない方が良いからな。
「失礼します所長、ご要望の物をお持ちしました」
そして数分後、少し不満顔を浮かべた鑑定係の係長が頑丈なアタッシュケースを抱え所長室に姿を見せた。やはり命令とはいえ、自分達の仕事の根幹を支える貴重なマジックアイテムを持ち出すのは気に食わなかったようだ。
しかし、事の重要性を考えれば我慢してもらうしかない。
「無理をいってすまない、どうしても秘密裏に緊急で鑑定をしなければならないドロップアイテムが持ち込まれてね。本来なら君の所でやって貰うべきなんだろうが、可能な限り知る人間はいない方が良い類の代物ゆえの措置だ」
「いえ、そういう事でしたら」
「それでこれは、私でも使えるかね?」
私がそう聞くと係長は一瞬呆気にとられたような表情を浮かべた後、アタッシュケースに視線を落としてから小さく咳ばらいをし返事をする。
「はい、使用する事自体問題ありません。ただ鑑定資格を持つ者が鑑定作業を行っていないと、正規の鑑定結果としては認められませんが……」
「それは大丈夫だ、あくまでもドロップアイテムの正体を知りたいだけだからね。それによって今後の取るべき行動が変わるので、正式な鑑定は後々の事だ」
「そういう事ですか。では、私もそのドロップアイテムを鑑定している間は離席した方が?」
「そうしてくれると助かる、態々持ってきてもらったのにこのような対応になりすまないね」
私が軽く頭を下げると、係長は少し引き攣ったような表情を浮かべながら事の重大性を正しく認識したらしく、慌てて鑑定眼鏡の取り扱い方を私へ簡単にレクチャーし部屋を後にした。
さて、時間もない事だし鑑定してみよう。
「……間違いない、やっぱりこれはミスリルだったか」
鑑定眼鏡を使いハンカチで包まれた金属を鑑定して見た結果、やはり金属の正体は幻想金属の一つであるミスリルだった。幻想金属は優れた性質を持ち、将来的な産業利用が大いに期待される準特定重要物資である。ダンジョンが出現して以来、ファーストドロップ以外では極々少量の幻想金属が極稀に確保されるだけで、未だ大量取得に至っていない貴重なアイテム。
現段階では、表だって一切の取引がされていない極めて希少で高価なドロップアイテムの一つである。更に……。
「とうとう民間探索者チームからも、ドロップアイテムとして幻想金属を得る者達が出て来たのか。同時にオーガの上位種と遭遇する者達も」
自衛隊の探索者チームから報告が上がっていたので、ダンジョン協会としても何れ民間でも発見遭遇する事は予見はされていた。
その為、民間探索者が発見遭遇した際にとる一通りの公開プロセスは決められてはいる。
「とはいえ、まずは待たせている彼等の対処が先だろうな」
私は心底疲れた表情を浮かべながら、まずは部屋の外で待機している係長にお礼をいいながら鑑定眼鏡を返却し、上位種遭遇報告時や幻想金属発見の際にとる対処マニュアルを確認した後、軽く頬を叩き気合を入れ直してから部屋を後にした。
私が急いで相談室に戻ると、少し退屈そうな表情を浮かべる彼等が出迎えてくれた。急いでいたとはいえ、彼等からすると只々待たされるだけの時間だったので仕方ない。
軽く詫びの言葉を掛けた後、私はハンカチに包まれたミスリルをテーブルの上に置き早速本題に入る。
「このドロップアイテムはミスリルでした。幻想金属と呼ばれる希少ドロップの一つで、政府が安定的な供給を目指している準特定重要物資……いわゆる戦略物資と呼ばれる代物です。申し訳ありませんが、今回の件についての対応が決まるまで、イレギュラー現象と共にこれの存在についても暫し口外禁止とさせて貰います」
厳しい表情を浮かべながら淡々としつつも断固とした口調で今後の対応について告げると、彼等は緊張で強張った表情を浮かべながら真剣な眼差しを向けてくる。
そして私はこの措置を取る理由を彼等に丁寧に説明していく。
「分かりました、確かに何の事前準備も無く公表出来る様な情報ではなさそうですしね」
「ご理解いただき幸いです、対応協議の進捗により変わると思いますが、そう長くは掛からないと思います。念押しになりますが、暫くの間ですが今回の件に関して口外はしないでください」
「はい」
特記事項に記載されていた通り、以前にも似たようなドロップアイテムに関する面倒事に巻き込まれた経験がある為か、3人とも仕方が無いといった表情を浮かべながら期限付きの口外禁止要請を素直に受け入れてくれた。
一時は口外禁止要請で第一発見者としての名誉が!等と揉めるかもしれないと思っていたが、彼等はその辺の意欲は少ないらしく、寧ろ面倒事に巻き込まれたくないと考えるタイプだったのが功を奏した形だ。
「では、買取手続きの書類を準備しますので、少々お待ちください」
「分かりました、よろしくお願いします」
そして購入金額で揉める事も無く、彼等とのミスリルの買取手続きは終了し緊急面談は終了した。
無事に終了した事に私は安堵の息を漏らしたが、直ぐに表情を引き締め手元に置かれたままになっているミスリルに視線を落とす。
「いや、私がやるべき本番はこれからだな」
私はミスリルをハンカチで包み、人目につかない様に懐のポケットにしまう。ここで他の誰かに見られると、折角秘密裏に対処した意味がなくなるからな。
そして軽く頬を叩き気合を入れなおした後、私は重い足取りで所長室へと向かう。今日は残業決定だな、はぁ……。




