第550話 意識の差って出るよな
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今朝の出来事について柊さんに説明しながら部室に到着すると、美佳達はまだ来ていないみたいで部屋の中は静まり返っていた。
まぁ急ぐ用事もないし、別に少し遅れたからといって目くじらを立てる様な事でもないしな。
「美佳達はまだ来てないみたいだね。HRが長引いてるのかな?」
「もしくはまだ筋肉痛が酷くて、移動するのに時間が掛かっている、だな」
「ここって建物の上の方だし、階段の上り下りが辛いのかもしれないわね」
まぁ筋肉痛って酷い時だと、平坦な道を歩くだけでも辛いからな。朝の様子からすると美佳は大丈夫そうだけど、沙織ちゃんはまだ痛みが抜けてないのかもしれない。
そうなってくると、部室までの階段を上るのは辛いだろうな。
「そうなると、今日の訓練はどうしよう? 美佳と沙織ちゃんは休みにして、舘林さんと日野さんだけにやってもらうかな?」
「それでもいいけど、今回のこれはある意味でチャンスだからな。不調な時の体の動かし方を学ぶには、筋肉痛で体を動かしづらい今が最適だ。ダンジョン内では、いつも万全の体調でモンスターと戦いに挑めるわけじゃないしな」
「確かに怪我や疲労で体の動きが鈍る事もあるから、体が動かし辛い状況での戦い方を経験しておくのは無駄にはならないでしょうね。2人には辛いでしょうけど」
俺達3人は少し悩んだ後、美佳と沙織ちゃんには申し訳ないが頑張って貰おうと結論を出す。
まぁこれも一つの得難い経験と思って諦めて貰おう。
「じゃぁ、美佳達が来る前に先に着替えるか」
「そうだな。柊さん、悪いけど外で美佳ちゃん達が来るのを待っててくれるかな? 先に俺と大樹が手早く着替えるからさ」
練習を行う事が決まったので、先に俺と裕二が着替えておこうかと相談する。
俺と裕二なら、トレーニングウエアへの着替えるのに5分も掛からないからな。
「美佳ちゃん達もまだ来なさそうだし、先に広瀬君達に着替えて貰う方が効率的よね。分かったわ、部室の外で待ってるから先に着替えちゃって」
「ごめんね、直ぐ着替えるよ」
少し考えると柊さんは軽く頷き裕二の提案を了承、バッグをテーブルの上に置き席を立ち部屋を出る。
そして俺と裕二は柊さんが部屋を出たのを確認し、そそくさと着替えを始めた。
着替えを済ませた俺と裕二は、部屋の外が少し賑わい始めたのを感じた。
恐らく美佳達が来たのだろうと思い、部室の扉を開き声を掛ける。
「お待たせ柊さん、着替え終わったよ」
「あら、早かったわね。ちょうど良かったわ、美佳ちゃん達も今来た所よ」
扉に一番近かった柊さんに声を掛けた後、少し首を振るとそこには美佳達4人が立っていた。
「あっ皆、お疲れ様」
「お待たせ、お兄ちゃん」
「遅くなりました」
「「お待たせしました」」
美佳は朝別れた時より明らかに元気な様子で挨拶をし、沙織ちゃんはまだ少し辛そうだが朝よりかなり良い表情を浮かべている。湿布薬が効いて、筋肉痛もかなりマシになったって感じだな。
因みに舘林さんと日野さんは美佳と沙織ちゃんの様子を気にしつつも、普段より少し硬い表情で挨拶をしてくる。その表情を見るに、俺達が美佳と沙織ちゃんに一体どんな訓練をしたんだといっている様に感じられるな。
「美佳は大丈夫そうだけど、沙織ちゃんはまだ辛そうだね?」
「うん、朝よりかなりマシになったよ。体を動かしても、そんなに痛みを感じないかな」
「美佳ちゃんに湿布薬を借りたので、大分マシにはなりましたけどまだ少し辛いですね。でも、激しく動かなければ大丈夫です」
俺の問いに美佳は小さく笑みを浮かべながら軽く肩を回し元気さをアピールをし、沙織ちゃんも少し辛そうな表情だが普通に動く分には問題ないと答えた。
うん、美佳は大丈夫そうだが沙織ちゃんが少し心配だな。やっぱり昨日の段階でちゃんとケアできていたかの差が出ているな。
「とりあえず、朝程動くのは辛くなさそうだね」
「簡単に言ってくれるけど、大分辛かったんだよ? 幸い体育は無かったけど、移動教室の時なんて荷物を持って動くのも辛かったんだしさ」
「今日体育の授業があったらアウトでしたね。午前中は走る所か、歩くのだって辛かったんですよ?」
今日一日の学校生活が、いかに大変だったのかを美佳と沙織ちゃんは力説してくる。
またその力説を聞いている隣で、舘林さんと日野さんが俺達3人に少し非難がましい眼差しを向けていた。
「それは大変だったな。でもまぁ、慣れてくればそんな苦労も無くなるからこれからも頑張ろうな?」
「そうだな。大丈夫だよ2人とも、直ぐに慣れるって」
「練習後のケアの仕方は教えてあげるから頑張ってね」
美佳達が非難してくるのは分かり切っていた事なので、俺達3人は美佳達の恨み言を受け止めつつも今後も練習を頑張ろうと笑顔で突き放す。
そんな俺達の反応に美佳と沙織ちゃんは天井を仰ぎ見、舘林さんと日野さんは本気かといいたげに目を見開き驚きの表情を浮かべていた。
「えっと、本気?」
「ああ、本気だぞ。それに実際、慣れればどうって事なくなるってのは、探索者に限らずスポーツとかやってれば当たり前の事だしな。初めは辛いだろうけど、乗り越えればさほど辛くなくなるって」
「だと良いんだけど……手加減してよ」
「手加減した結果、ダンジョンで大怪我をするより、訓練で疲れる方がマシだろ?」
何を当たり前の事をといいたげな口調で怪我をするよりはマシだろと伝えると、ダンジョンで活動した経験のある美佳と沙織ちゃんは何かいいたげだが口を閉じ、ダンジョンで活動した経験の無い舘林さんと日野さんは少し不満気な表情を浮かべていた。
実際に怪我をしたままダンジョンから撤退する探索者の姿を見た事があるか無いかが、この辺の意識の差に出ているといった感じだな。
「まぁ確かに、ダンジョンで大怪我を負うくらいなら練習で疲れる方がマシだよね」
「そうだね、ダンジョンで大怪我を負って担ぎ出される人がいるのを思えば、安全な訓練場で疲れ果てて倒れる方がまだマシだよね」
「「ええっ!?」」
筋肉痛で疲れ果てた姿で学校生活を送っていた美佳と沙織ちゃんの姿を見ていた舘林さんと日野さんが、2人が素直に俺達の意見に賛成した事に驚きの声を上げる。
まぁ舘林さんと日野さんからすると、あれだけ苦労したのに何で賛同するんだ?って感じなんだろうな。
「どうして美佳ちゃん達はそこで賛同するの? 今日1日見てたけど、2人ともかなり苦労してたじゃない……」
「特に沙織ちゃんなんて、席を立つだけでも顔を顰めてたじゃない。学校生活にも支障が出るほどの訓練っていうのは、ちょっと……」
少し焦った様子の舘林さんと日野さんの指摘に美佳と沙織ちゃんは一瞬首を傾げた後、2人が何に引っかかっているのかを理解し、俺達の意見に賛同した理由を説明し始める。
「ああ、まぁそっか。麻美ちゃん達はまだ実際に、ダンジョンに潜ったことが無かったね。それならまぁ、そう思うのも無理もないかな」
「そうだね。えっと、何で私達が先輩達の意見に賛同したかっていうと、実際にダンジョンでモンスターの攻撃で大怪我を負った探索者の姿を見た事があるからだよ。防具や服を血に染めてぐったりしている仲間を悲壮な表情を浮かべながら肩に担ぎ、大急ぎで地上に向かって駆け上がっていく人達の姿を、ね」
「「……」」
美佳と沙織ちゃんはその時の情景を思い出しているのか、何ともいえない後味の悪そうな表情を浮かべながら、真剣な眼差しで舘林さんと日野さんの目を見つめる。
そして淡々とした口調でその情景を語る沙織ちゃんの言葉に、舘林さんと日野さんは息を飲んで押し黙っていた。
「確かにお兄ちゃん達の訓練は厳しいけど、ちゃんとケアをすれば動けなくなる様な疲労は残らないと思うよ。今回の訓練は初めてで、事前の準備が不足していたから起きた事かな」
「私も訓練前に湿布の在庫を確認しておけば、ここまで酷い筋肉痛に襲われる事も無かったと思う。それに高い出費にはなるけど、緊急性がある場合は回復薬を使えば筋肉痛も治るしね。今日は体育の授業もないし、我慢すれば乗り切れると思ったから使わなかっただけだよ」
そして沙織ちゃんは小声で、朝登校する時に高くても回復薬を使ってればよかったと後悔していた。
余程痛かったんだろうな、筋肉痛。
「そっか……探索者になるには、そこまで覚悟しないといけないんだね」
「そう深刻に受け取らなくても良いと思うよ? 要するに、本番で失敗するより訓練で苦労する方がマシだよね?って事なんだから」
深刻そうな表情を浮かべる舘林さんと日野さんに、美佳は小さく笑みを浮かべながら安心させるように話しかけていた。
確かに深刻に受け取り覚悟を決める必要はないが、軽々しく考えるのも駄目だ。日々の積み重ねをしっかりしておかないと、いざ本番という時に困った事に遭遇する事になるからな。
「まぁそういう事だからさ、舘林さんに日野さん。さっき柊さんに訓練後のケアの仕方を教える様にお願いしてあるから、確り覚えて実践してよ。ちゃんとケアしておけば、そんなに酷い事にはならないから」
「……はい、分かりました」
「はい」
美佳と沙織ちゃんの説得もあって渋々といった感じではあるが、舘林さんと日野さんも必要な事だと感じたのか素直に返事をする。
美佳達の惨状?を目にした上で、これから施される自分達の訓練を想像すると憂鬱なんだろうけどね。
「それじゃぁ納得?もして貰えた事だし、着替えてグラウンドに移動しようか。柊さん、俺と裕二は着替え終わったから先に行って準備しておくね」
「分かったわ。でもまず練習を始める前に、美佳ちゃんと沙織ちゃんは軽く筋肉の揉み解しをしておいた方が良いでしょうね。まだ筋肉痛も残ってるでしょうから、多少はマシになるはずよ」
柊さんは美佳と沙織ちゃんを上から下に一瞥し、先に軽いケアをしてからの方が良いと提案する。
確かに朝よりはマシにはなっているだろうが、特に沙織ちゃんの方は動きがまだまだぎこちない。練習前に軽く解しておいた方が良いだろうな。
「了解、それじゃぁお願いするね」
「ええ任されたわ。それとマッサージに少し時間が掛かるから、先に練習を始めて貰っていいわよ」
「じゃぁ軽く準備運動しながら待ってるよ」
俺と裕二は柊さん達と交代する様に、練習に使う道具を持ち部屋を出る。
俺と裕二がグラウンドに移動し30分程が経ってから、トレーニングウエア姿の柊さん達が姿を見せた。先程部室の前で見た美佳と沙織ちゃんの動きと比べかなりマシになっている。マッサージの効果が早速出ている感じだな。
「お待たせ、ごめんなさい。少し時間が掛かってしまったわ」
「いや、大丈夫だよ。軽くとはいっても2人もマッサージして貰ったんだし、時間が掛かるのは当然だって。それに時間が掛かった分、確り効果は出てるみたいだしね」
時間が掛かったと軽く頭を下げる柊さんに、俺は気にしないでよと右手を左右に軽く振る。
そんな俺達のやり取りを見ていた美佳と沙織ちゃんは、小さく笑みを浮かべながら軽く腕を回しマッサージの効果のほどをアピールする。
「ほら見てよお兄ちゃん、かなり軽く腕を回せるようになった!」
「軽く動いても痛みをあまり感じなくなりました! 軽くしてもらっただけなのに凄いです」
「適当にやるのと違って、ちゃんとポイントを押さえたマッサージだもの。無理なマッサージだと逆効果になるから、注意が必要よ?」
柊さんがマッサージをやる場合の注意を軽く伝えるが、昨日から感じていた痛みがマッサージ一つで軽くなったことでテンションが上がっている美佳と沙織ちゃんに届いているかどうだか。
後でもう一度注意しておかないと、無理なマッサージをして筋肉を傷めるかもしれないな。
「とりあえず、美佳も沙織ちゃんも軽く動く分には問題なさそうだな」
「筋肉痛の場合、痛みを感じない範囲での適切な運動は回復を促進させる事もあるからな。無理しない範囲で軽く体を動かした方がいい」
「じゃぁ美佳と沙織ちゃんは、軽い立ち合いとストレッチ運動を中心にやって貰うか」
「それが良いだろうな」
無理に激しい運動をして病状を悪化させたら意味が無いからな。
とはいえ、体が不調な時の立ち合いを練習をする絶好のチャンスなので、無理のない範囲で美佳と沙織ちゃんには練習して貰おう。
「それじゃぁ美佳と沙織ちゃんはそんな感じで、舘林さんと日野さんは普段通りのメニューを熟して貰った後に立ち合いの練習だね」
「うん」
「はい」
「分かりました」
「頑張ります」
今日の練習内容を説明すると、4人は軽く頷きながら返事をする。
そして俺の初めの号令を合図に、全員で準備運動を始めた。




