第547話 やっぱりネックは移動時間
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批評を交えつつ数回の模擬戦を終えた後、そろそろ美佳と沙織ちゃんの限界が近いと判断した俺達は訓練を終了した。動けなくなるまでやると帰れなくなるからな、帰り道分の体力は残しておかないとな。
そして訓練が終わった後、美佳と沙織ちゃんの希望で短時間だが訓練場を少し見て回る事にした。
「それじゃぁ、足早にぐるりと一周してみるか。それで大体の地形は把握できるだろうからな」
先程まで模擬戦の疲労で心底草臥れていた感じだったのに、見学をする事が決まると急に生き生きとした感じになったな。
「まずは海岸線の方に向かって移動しよう。急に足場が切れてる場所もあるから、足元には気を付けてくれ。踏み外して落ちでもしたら大変だからな」
「うん!」
「はい!」
注意点を説明した後、美佳と沙織ちゃんを引き連れて海岸線へと向かって歩き出す。
まだ何の安全対策もしていないので、それなりに危険ではある。その内転落防止ロープぐらい張っておかないと、明るい内はまだいいけど暗くなると極めて危険だよな。
「結構、足元に岩がゴロゴロしてるね。変な所に足を置くと、踏み外して転んじゃいそう」
「切れてるというか、結構な断崖絶壁じゃないです?」
「台風や高潮の時なんかはここら辺まで波を被るそうだから、岩壁が波で削られた結果だろうな。落ちたら簡単には助けに降りられないから、落ちない様に気を付けろよ」
崖の縁から下を覗き込みながら、美佳と沙織ちゃんは少し不安気な表情を浮かべていた。まぁ中々断崖絶壁の上から下を覗き込むような経験は無いだろうからな。
近い体験としては、マンションの高層階のベランダから下を覗き込むような感じになるのかな?
「ここって下に行く場所は無いの? ほら、砂浜とか?」
「残念ながら、砂浜は無いな。崖に出来た切れ込みを伝って降りれそうな場所はあるけど、波が常に打ち寄せてくる場所だから降りるのはおススメ出来ないぞ。下手をしなくても、波にのまれて岩壁に体を打ち付けられる事になる」
「そっか、残念」
一応、リゾート開発時に人工の砂浜を作ろうという様な計画はあったみたいだが、計画だけで終わり基礎工事にも取り掛かってはいなかったらしい。
まぁ軽く数億は掛かる計画らしいので、俺達に実行出来るようなものではないけど。
「じゃぁ、魚釣りなんかはどうなんです? どんな魚が釣れるとかって分かってるんですか?」
「釣り自体は出来るだろうけど、まだやった事ないから何が釣れるかは分からないよ。今度釣竿を持ってきて、気分転換にするってのも良いかもしれないね。普段誰も釣りをやらない場所だろうから、意外な大物がいるかも?」
「逆に小魚しかいないかもしれませんよ?」
からかい気味の笑みを浮かべる沙織ちゃんに、俺は小さく苦笑を浮かべながら無くも無いと思った。
それにしても役所関係の許可取りの為に設備環境整備ばかりしていたので、これまでそういった娯楽関係の利用は全くしていなかったな。無事に許可も取れたんだし、訓練だけでなく気分転換に皆でココで遊ぶのはありかもしれない。バーベキューでもするかな?
「そういえばお兄ちゃん、ココから海に向かって魔法とか打ったりはするの? さっきの模擬戦ではあまり派手な魔法は使ってなかったけど、ネットの動画で見るような派手な魔法も使えるんだよね?」
「ああ、その件か。実はな……」
俺はダンジョン協会の検査員に聞いた、訓練場運用時に関する注意話を美佳と沙織ちゃんに話した。話を聞く迄は盲点だったが、確かに考えてみると当然といえば当然の禁止事項ではある。
安全性が確保されているはずの許可された射撃場の外に、訓練で使用する弾が飛んでくる事態なんてありえないよな。大事故だよ大事故。
「ああなるほど、確かにいわれてみると当然だね」
「そうだね。何時敷地の中から魔法が飛んでくるかもなんて考えていたら、怖くてたまらないよ」
「そうだな。まぁそういう訳で、ココから魔法を海に向かってというのはご法度だ。その内ちゃんとした射爆場を作るから、魔法の練習はそっちでやろうな?」
「「はぁい」」
海に向かっての魔法発射がダメな理由に納得した美佳と沙織ちゃんは、少し残念そうではあるが確りと頷き返事をした。
まぁまだ2人は魔法スキルを持っていないので直ぐに影響を受ける事ではないが、早い内に土を盛ってそれっぽい射爆場を作るか。幸い土魔法が有るので、練習がてらに造成してみよう。
「それよりお兄ちゃん、次に行こうよ次に。他にもここには見どころはあるんでしょ?」
「他に、ね? まぁ、あるにあるかな?」
見どころという訳じゃないけど、森とか地下空洞とかあるな。まだ何の整備もしてないから地下空洞はまだ利用できないけど、見学ぐらいは大丈夫だ。
まぁその内、秘密スキル練習場所になると思うけど。
「ホント! じゃ行こうよ」
俺は先を急がせる美佳に手を引っ張られながら、海岸線を離れ森の方へと向かって移動し始めた。
まぁ帰る時間を考えると、余りユックリとは見て回れないからな。
鬱蒼と木々が生い茂り少し薄暗い森の中に足を踏み入れると、美佳と沙織ちゃんが一瞬周囲を警戒する。いきなり何を警戒しているのかと聞いてみると、俺達が罠を仕掛けていないか警戒したとの事。
うん、流石にまだやってないかな。
「おいおい流石に疑い過ぎだって、そんな事まだやって無いって。なぁ裕二?」
「ああ、まだやってないな。許可取りの検査とかあったから、流石にそんなものは仕込んでないって。そうだよね柊さん?」
「ええ、まだやってないわね。万一検査員の人達が引っかかりでもして、許可が貰えなかったら大変だもの」
俺達3人の返事を聞き、美佳と沙織ちゃんは少し呆れた様な表情を浮かべながら大きな溜息をついた。
何だよその反応は?
「それって、そのうち仕掛けるって事だよね?」
「もちろん。折角ちょうど良い場所があるんだ、訓練に使わないのは損だろ?」
「ははっ、そうなんだ」
美佳と沙織ちゃんは引き攣った笑みを浮かべながら、何を想像したのか眉間を押さえつつ頭を軽く左右に振っていた。
何を想像したのかは何となく予想は付く……うん、それは多分正解だよ。
「まぁ特に何かある訳じゃないから、普通に散策すればいい。ただ、野生動物が入り込んでるかもしれないから、その辺は注意しておいてくれ。後どんな植物が自生しているかも余り分かってないから、知らない植物やキノコ何かには触れないように、皮膚がかぶれても知らないぞ?」
「そっか、野生動物もいるんだ」
「かぶれるのは嫌ですね」
他に蜂やヘビなんかもいるかもしれないしな。まぁ人の手がロクに入っていない森の中を歩くのなら、罠など無くとも十分に注意すべき事だ。
幸いトレーニングウエアが長袖長ズボンなので、露出している手足を虫に刺されるとかはある程度無視できそうである。
「じゃぁ行こうか、ココの一番の目玉?にさ」
「目玉? ああ、地下空洞!」
「そっ、一応整備された入り口がこの奥にあるんだよ」
長年放置された結果、階段が錆びて腐り落ちてるけどね。
まぁ中に入りたいといわれても今日はライトなんかの装備は持ってきて無いので、中には入れないんだけどさ。
「地下空洞って、観光地にある鍾乳洞みたいな感じですか?」
「そんな感じだね。あそこ迄整備はされていないけど、そこそこの広さがある空洞だよ」
「そんなのが有るんですね」
「そのお陰でココを大分安く買えたんだよ。使い道が限定されるからって」
バブル経済が弾けていなければ、リゾートホテルは無理でも何かしらかの施設が作られていただろうな。平屋の施設、道の駅的な何かとかさ。
「それでそれで、何処にあるのその洞窟の入り口って!」
「そんな奥じゃないって、数分も歩けばつくよ」
「すぐそこなんだ、じゃぁ早く行こうよ! こんなな木ばかりで何もない所を歩いてるより、早くその洞窟を見てみたいしさ。沙織ちゃんもそうだよね?」
「えっ、あっ、うん、そうだね」
美佳に強引に背中を押された沙織ちゃんも、森の中の散策より地下洞窟に興味が引かれている様だ。
まぁこの辺は何もないからな、無理もないか。
「おおい美佳、入り口はそっちじゃないぞ。もっと右だ右」
沙織ちゃんの背中を押しながら強引に先へ進む美佳に、俺は洞窟の入り口がある方へと進路修正の声を掛ける。変な方に進んだら迷子になるぞ。
そして森の中を進むこと数分、洞窟の入り口がある建物が見えてきた。
「お兄ちゃん、入り口ってアレ? 外壁に苔も生えてるし、扉も錆びついてるよ?」
「ああ、アレが入り口だ。昔ココの開発工事をしていた時に作られた、洞窟の中に降りる為の階段が設置された建物さ」
美佳は少し不安げな表情を浮かべながら、ボロボロの空洞の入口の建物を指さしていた。
まぁ転落防止と雨除けぐらいにはなるからさ。
「中に階段が設置されていたけど、今では錆びて崩れ落ちてるから使えないよ。今日は下に降りる装備を持ってきてないから、入り口から中を覗くだけだな」
「ええっ、中に入れないの!?」
「何の準備もしてきてないから仕方がないだろ? 下手に中に入ったら出られなくなるって」
「そんな……」
美佳は心底残念といった表情を浮かべながら肩を落とし、沙織ちゃんも残念そうな表情を浮かべながら落ち込む美佳を慰めていた。
可哀そうだけど、流石に何の準備もなく中には降りれないからな。
「それじゃ扉を開けるぞ」
持っていたカギを使い、地下洞窟への扉を開ける。
錆びついた甲高い音を立てながら扉が開き、視線の先には真っ暗な空間が広がっていた。
「中に足場が有るけど、腐っていて危ないから絶対に足を踏み入れるなよ。体重をかけたとたんに崩れ落ちても不思議じゃないんだからな」
「えっ、そんなに危ないの?」
「長年潮風に晒された結果だ、階段の踏み板はもう何枚も跡形なく崩れ落ちてるからな。覗き込み過ぎて落ちるなよ」
俺は光魔法を使い、洞窟内の明かりを確保してから美佳と沙織ちゃんに場所を譲る。
「「うわー、凄い!」」
入り口から中を覗き込んでいる美佳と沙織ちゃんは、想像以上に立派だった地下空洞の姿に感嘆の声を上げる。
俺の作り出した光源のお陰で、真っ暗だった入り口付近の洞窟内の様子が照らし出されていたからだ。
「今見えているのは入り口だけじゃなく、更に奥の方にも洞窟が続いているんだぞ」
「ねぇお兄ちゃん、これってどれくらいの大きさの洞窟なの?」
「さぁ? この土地の結構な範囲まで広がっているとは聞いてるけど、正確な所は俺達も把握していない。奥の方には結構開けた空間もあるし、下手に入り込んだら洞窟内で迷子になって出て来れなくなるかもしれないから、無理な洞窟探検はするなって注意されてるくらいだ」
「それって、ここに大洞窟が広がってるって事?」
そのせいで、大規模ホテルを建てようとしたら地下が穴だらけ、補強工事をしようとしたら当初計画の数倍の予算が必要になるとかって事で遅延してた所にバブル崩壊、開発企業が潰れて計画自体が頓挫したんだよ。
最初から地下の大洞窟があると分かっていれば、地下洞窟を利用する形で違う展望もあったんだろうにな。
「そういう事。まぁ急に地面が崩落して大穴が空くという事は無いだろうけど、地面の下にそういったモノがあるというのはしっかり把握しておけよ。普通なら問題ないけど、地震や大雨といった災害が有ったら分からないからさ」
「分かった」
まぁその災害に、高レベル探索者同士の無制限模擬戦といった人災が含まれるかもしれないんだけど。
俺達が全力で地面を蹴ったら、もしかしたら穴が開くかもしれないといった不安は拭えないんだよな。
「さて、地下洞窟見学はここら辺にしておこう。今度来る時は、中を見学できるように装備を整えて来ないとな」
「うん、今度来る時はちゃんと洞窟の中も見学させてね。ねっ、沙織ちゃん?」
「うん。私もその開けた空間という場所を見て見たいです」
美佳と沙織ちゃんは消化不良気味といった表情を浮かべながら、俺達に次に来る時は是非洞窟の中まで見学したいと強く希望した。
まあ洞窟内部を見学する事自体は問題ないので、俺達は2人の要望を聞き入れる。
「別に良いぞ、その分持ってくる物が増えるから自転車移動頑張れよ」
「「あっ」」
「ハシゴとかの重い物は俺達が持ってきても良いけど、嵩張る荷物を持って自転車移動をするってのは周りの迷惑にもなるからな」
「「が、頑張ります」」
偶に大荷物を積んでフラフラしている自転車を目にするが、アレってかなり心配な上に邪魔なんだよな。近くを歩いていると、何時倒れて来るんじゃないのかと気が気じゃない。
やっている本人は大丈夫と思っているのかもしれないけど、周りがどういった目で見ているのかも気にして欲しいものだ。
「それじゃぁ大体見て回ったし、そろそろ帰るか。お昼も食べないといけないし、余り遅くこっちを出ると帰りが大分遅くなるからな」
帰りも来た時と同じ時間が掛かるし、色々寄り道していたらさらに時間が掛かる。俺達3人だけなら直ぐなんだけど、模擬戦で疲労した美佳達も一緒だと移動時間は多目に見ておくしかない。
やっぱりダンジョンに限らず、遠方まで出向くのは移動時間がネックなんだよな。




