第546話 やっぱり対人戦の経験が……。
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無防備に俺と柊さんに背中を晒した美佳と沙織ちゃんは、平手打ちされた背中を手で押さえながら批難する様な表情を浮かべながら少し涙目になっている。
いやいや、そんな顔をしても、あんな隙を晒した方が悪いって。
「……幾ら模擬戦とはいっても、明らかな格上相手に何の策も無く真正面から殴りかかるってのは無い。 その上、躱される事を想定していないような隙を晒すってのは論外だぞ?」
「そうね、流石に今のは無いわよ2人とも。正面から殴りかかってくるってのは相手の反応をみる為だとしても、フェイントの一つも入れないってのはダメよ。その上、攻撃を躱された先の事を考えていなくて無防備に背中を晒すだなんて……」
「もしも今、俺達が武器を持っていたら2人の背中にグッサリだったんだぞ? せめて防がれた、躱された後にどう動くかは考えてから攻撃すべきだ」
俺と柊さんが眉を顰めながら先程の行動に対する苦言を呈すと、美佳と沙織ちゃんはバツの悪そうな表情を浮かべながら顔を逸らした。
自分達でも、今の攻撃はダメだと理解出来たらしい。
「はぁ。始める前に言った様に余程の隙を見せない限り手は出さないけど、今みたいに考え無しの無謀な攻撃を仕掛けてきたら遠慮なく手を出すからな?」
「それなりに痛くするから、痛くされたくなかったら大きな隙は作らないようにね?」
俺と柊さんは小さく溜息を漏らしながら、もう一度美佳と沙織ちゃんに注意事項を伝える。
すると美佳と沙織ちゃんの顔に緊張が走り小さく息を飲んだ後、真剣な表情を浮かべながら頷いた。
「分かった、もっと考えて攻撃する」
「やってみます」
美佳と沙織ちゃんは背中に回していた手を放し、息を整えながら間合いの調整をし始めた。今度はいきなり突っ込んでくるような事はせず、慎重に俺達の隙を窺っている様だ。
まぁ俺達も特に構えている訳では無いが、特に大きな隙は作っていないので最終的には突っ込んで隙を作り攻撃をねじ込む必要があるんだけどな。
「「やぁっ!」」
そして俺達に不意を突けるような隙が無い事を理解した美佳と沙織ちゃんは、意を決した表情を浮かべながら先程の攻撃と同じ様に正面から殴りかかってきた。
さぁて、先程の反省を生かしココからどう攻撃を繋げるのか、見せて貰う事にしよう。
「えいっ! やぁっ!」
美佳は正面から俺の顔に殴りかかってきた後、先程の様に俺が躱すと急制動を掛けつつ攻撃を回避した俺に対し、俺の胸に向かって肘打ちを仕掛けてきた。まだまだ攻撃と攻撃の繋ぎ方が拙いが、先程と違い回避されたからといって大きな隙を晒さないのは良い事だ。
そして美佳の肘打ちをバックステップで俺が再度回避すると、美佳は地面を蹴り間合いを詰め勢いそのままに俺の腹部目掛け右足の水平蹴りを放つ。
「避けられてから即追撃、中々良い反応だ。だけど甘いな」
「きゃっ!?」
俺は美佳が繰り出してきた水平蹴りを、右の平手で軽く足先を叩く事で勢いの向きを逸らし迎撃する。
そして結果、無理やり追撃していた美佳は突然体の末端に加えられた横からの力に対応できず、左の軸足を中心にし大きく体が半回転し地面を転がる事になった。
「自分の隙を作り易い大技は、小技をつないで相手の体勢を崩してから繰り出すべきだぞ。じゃないと、こうやって簡単に迎撃されて逆に自分が致命的な隙を晒す事になる」
地面を転がるもすぐさま起き上がった美佳は何かいいたげな表情を浮かべているが、俺の指摘にはしっかり耳を傾けている。
まぁ怪我はしない様に、丁寧に転がしたからな。特に体に痛みとかは出ていないはずだ。
「それじゃぁ今度は技を繋げる事を意識して、無理な大技は控えてやって見よう」
「うん」
美佳は服に付いた土を軽く払いながら、何か考えている表情を浮かべながら再び俺に向かって構えを取る。
そして柊さんが相手をしている沙織ちゃんだが……。
「はっ! えいっ! やぁっ!」
沙織ちゃんは柊さんに拳による打撃中心に、隙の少ない攻撃をおこなっていた。ただ、コンパクトな腕振りによる連撃による隙のない事を重視しているせいか、柊さんも紙一重で回避している為に体勢が崩れ大きな隙が生まれるといった事も無い。
相手の守りを崩せず隙が生まれないという事は、決定打を打てないという事だからな。格下や同格までなら、長時間戦闘による疲れや集中力の欠如で隙が生まれるかもしれないが、格上相手に長時間戦闘を仕掛けるのは基礎能力の差から下策ともいえる。
「沙織ちゃん。隙を作らない攻撃というのは大事だけど、時には無理をしてでも相手に隙を作らせる為に動く必要があるわ。今のままだと、アナタだけが消耗していく事になるわよ?」
「はぁはぁ、そ、ですよね」
このまま続けてはダメだと思った沙織ちゃんは、一旦柊さんから距離を取り息を整える。
コレは美佳にもいえる事だけど、やっぱり二人とも対人戦闘の経験不足から崩しの技術が未熟なんだよな。攻めるだけならこれまでの素振りなどの練習である程度形になっているが、それなりに技術を持った相手に攻撃を当てる技術が不足している。モンスター相手ならレベルアップの恩恵もあって何とかなっているけど、それなりの武術経験がある相手だと厳しいだろうな。
「相手を牽制し隙を突かせない攻撃、相手の体勢を崩す為の攻撃、相手を倒す為の攻撃、その辺の差を意識して見ると良いわ。ただし、どの攻撃を繰り出した時でも、相手が対応してきた場合の対応を忘れてはダメよ?」
「はぁはぁ、はい!」
「それじゃぁ、続けましょうか」
といった感じで、柊さんによる沙織ちゃんへの指導も順調なようだ。
さて美佳も考えが纏まったようで、俺に向かってきてるのでもう少し頑張るとしますか。
模擬戦が始まり10分程が経ち、疲労で息が上がっている美佳と沙織ちゃん。最初に比べ大分動きにも陰りが見え始めたので、審判役の裕二が動いた。
「そこまで!」
裕二が終了の合図を出すと、美佳と沙織ちゃんは大きく息を吐き出しつつ地面に座り込んだ。探索者由来の強化された身体能力があるとはいえ、動きっぱなしだったからな。
その上、慣れない格上を相手に対人戦を行えばこうもなるか。
「どうだった?」
「まぁまぁだね。やっている内に段々と改善していったけど、やっぱり経験不足かな? 基本的な動き自体はこれまでの積み重ねがあるからそれなりにだけど、技と技の繋ぎが拙いね。それなりに経験を積んだ探索者なら、まずその隙を突いてくるかな」
「こっちも似たような感じで、相手を崩す技術が拙いわ。モンスターや同格、格下相手なら相手が隙を見せるまで耐える事は出来るでしょうけど、余計な怪我を負う可能性は拭えないわね。自分で相手を崩して一撃を決める戦法を覚えないと」
俺と柊さんの評価としては、美佳も沙織ちゃんも全体的に対人戦闘の経験不足といったモノだ。
まぁ元々この点を改善するための訓練だったので、問題ない問題ではある。
「そうか。傍から見ていた俺も同意見だからそうなんだろうな。という事は、コレを改善するには経験を積むしかないな」
「そうだね。襲撃相手がとりそうな戦法を一通り経験させた上で、模擬戦の回数を熟すのが一番かな?」
「それである程度経験を積んだら実戦……と行きたいけど、コレに関しては実戦なんて経験しない方が良いんでしょうね」
柊さんの言う様に、襲撃者と遭遇する様な事態には遭遇しないのが一番である。
しかし、無いと高を括って備えておかないのも駄目だからな。
「そうだな。まぁある程度経験を積んだら人型のモンスター、オークかミノタウロス何かを相手に実戦かな? 武術的な動きはしてこないけど、対人型という意味では丁度良い相手だろう」
「うん、まぁ……無いよりはマシって感じだろうけどね。基本的にあいつ等、力任せの攻撃が主だしさ」
攻撃力自体は高いけど、基本的に動き自体は雑だからなアイツ等。
まぁ技術的な面は俺達が補うとして、戦闘経験と度胸付けの為に頑張ってもらうか。
「そうだな。とはいっても、経験値稼ぎの為に一般探索者を襲うってなったら、俺達の方が犯罪者だよ。ウチの探索者をやってる門下生と模擬戦をやってもらうってのもありだけど、同レベル帯の奴らと美佳ちゃん達じゃ技術面で結構な差があるからな。出来れば同じようなレベルと技量の者同士の方が良い経験を積めると思うんだけど……まぁ経験は経験だし検討して見るか」
「幻夜さんの所と他流派交流戦……は止めておいた方が良いかな」
「その方が無難だろうな。俺達の後輩って事で、精一杯のオモテナシをされでもしたら目も当てられないぞ?」
幻夜さんの所で交流戦?が終わり帰ってきたら、美佳と沙織ちゃんが歴戦の戦士の風格を出しているようになっているかもしれないな。うん、流石にそんな所に放り込むのは気が引ける。
俺達も超高レベルの恩恵のお陰で乗り越えられたけど、普通の高校生にあのレベルの訓練は無理だって。多分アレは俺達なら出来ると思ってやったんだろうけどさ。
「随分不穏な提案をするわね? 流石に私も美佳ちゃん達にアレを勧めるのなら反対するわよ?」
「ないない、流石にしないって」
「ああ、俺ももう一度やってと言われたら絶対逃げる自信があるしな」
俺と裕二は少し顔を青褪めながら、昔幻夜さんに受けた訓練を思い出していた。アレは知らなかったから受けたし我慢できたけど、2度目は断固ゴメンである。
そして息が整ったのか、地面に座り込んでいた美佳と沙織ちゃんが立ち上がり俺達に近付いてきた。
「ねぇお兄ちゃん? すっごく不穏な雰囲気を感じるんだけど、気のせいかな?」
「何で皆で顔を青くしてるんです? その、凄く不安なんですけれど?」
俺達の話し合いの不穏さに気付いたのか、美佳と沙織ちゃんが不安そうな表情を浮かべながら何の話をしているんだと訊ねてくる。
教えるべきか教えないべきか悩んだが、昔の幻夜さんに施された訓練内容を軽く教える事にした。
「「……」」
美佳と沙織ちゃんは俺達が幻夜さんから受けた多少ぼやかして伝えた訓練内容を耳にし、信じられないといった表情を浮かべながら絶句していた。
そういう反応になるよな。訓練を受けた俺達にしても、終わった後にココまでする必要ある?と思ったしさ。まぁ訓練自体はその後のダンジョン探索の為にはなったけど。
「わ、私達もその訓練を受けるの?」
「む、無理です!」
「いやいや、流石にしないって。それにこの訓練をするにしても、下準備にどれくらいお金と労力がかかる事か……いや、生半可な事じゃ実施できないか」
「それはそうだ。アレはたまたま運が良かったから、向こうが好意で準備を整えてくれたから出来た事だよ。俺達がもう一度お願いしても、実現は難しいだろうな」
俺達がたまたま相手の欲しているモノを持っていて、俺達が相場通りでスムーズに提供したから実現した事だ。あの頃は伝手やお金があっても、数に限りがあって簡単に手に入るような代物じゃなかったからな上級回復薬は。
おかげで望んではいなかったが、相手に恩を売る状況で伝手を作る事が出来た。
「「ほっ」」
美佳と沙織ちゃんは、俺達が青褪める様な訓練を受けずにホッと一息ついていた。
しかしそんな安堵も一瞬、裕二が2人に先程の話に上がっていた提案を伝える。
「安心しているところに水を差すけど、対人戦闘の経験値稼ぎ的な模擬戦自体はするからな? まだ決まりでは無いけど爺さんと相談した上で、ウチの探索者をしている門下生との模擬戦をしようと考えてるからさ」
「探索者としてのレベルは低いかもしれないけど、武術家としての技量は上だと思うよ。美佳達と同レベルの相手だったら、技量も経験もかなわない相手だろうね」
「私達とだけ戦っていると戦闘経験が固定されてしまうから、幅広く経験を積むには広瀬君の所の人に協力して貰った方が良いと思うわ」
俺達は平均的な探索者といえないからな、そんな俺達とだけ模擬戦を行って経験を積み重ねたら大変な事になる。特に、手加減という分野の経験が致命的な事になりかねない。それなりのレベルアップ補正を受けている探索者としての力で思いっきり打ち込んでも相手にかすり傷一つ与えられない程度でしかない、そんな認識を無意識に持ちでもしたら大変だ。
もしもそんな認識を持ったままダンジョン内で襲われ、訓練通り思いっきり反撃した結果相手が……とでもなったら一大事である。過剰防衛だとされ、正当防衛が認められない可能性も出て来るかもしれないな。
「暫くは俺達や門下生を相手に模擬戦を重ねて経験を積んでもらうから、2人ともそういうつもりでいてくれ」
「「は、はい」」
「まあ基本自体は出来ているみたいだし、数を熟せば徐々に良くなっていくから頑張ろう」
「「はい」」
この先の訓練がある意味まともな模擬戦尽くしに決定した事で、美佳と沙織ちゃんは少し安堵の表情を浮かべていた。
これって最初にハードルの高い条件を出した後、少し緩い条件を出して要望を飲ませた……って事になるのかな?




