第545話 早速2人の訓練を始めよう
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最初のぶつかり合いを終えた俺と裕二は、10メートルほどの間合いを開け対峙していた。
まぁ高レベルの探索者である俺達からすると、2人が一緒のタイミングで動いたら10メートル程度では、一息で詰められる程度の距離でしかないんだけどな。
「はっ!」
「ふっ!」
間合いを詰めた俺と裕二は、互いに牽制を兼ねた軽い一撃を繰り出す。俺は右手の手刀で裕二の首筋を狙い、裕二は頭一つ分体勢を沈めながら水平蹴りを俺の腹部目掛けて繰り出してきた。
因みに軽く繰り出しているように見えるけど、普通にどっちもコンクリ壁位なら砕ける威力は出てると思う。
「「!」」
そして2人ともあえて避けずに防御し相手の攻撃を受け止めると、辺りに衝撃波じみた激しい衝突音が響き渡る。美佳と沙織ちゃんに、探索者同士の攻撃が直撃したらどんなことになるのか知らせる為だ。レベルの高い探索者同士が、真正面でぶつかり合う場面なんてあまり見ないだろうからな。
しかし、明らかに人体同士がぶつかった際に出る現象と音では無い気もするが、それなりにレベルの上がった探索者同士なら普通に起きる事……だと思う。
「「ええっ……」」
衝突音を聞いた美佳と沙織ちゃんは、驚きの表情を浮かべながらドン引きした様な呻き声をあげた。
まぁ激しい戦闘になる事は想像していただろうけど、素手のぶつかり合いでこんな音が鳴り響くなんて事は想像してなかっただろうからな。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん! それ大丈夫なの、凄い音がしたよ!?」
「2人とも急所にモロに当たってますよ!?」
美佳と沙織ちゃんはハッとした表情を浮かべながら、少し慌てた様子で心配げに怪我の有無を確認してきた。
まぁこんな音がしたら、怪我の心配の一つもするよな。
「大丈夫大丈夫。裕二、このまま続けても問題ないよね?」
「ああ、特に痛かったり痺れたりもしてないからな」
俺と裕二は至って平然とした表情を浮かべながら、美佳と沙織ちゃんに問題ないと返事をした。
実際、攻撃を受け止めた際の衝撃こそ感じるモノの、これといった痛みはないからな。レベルアップの恩恵さまさまである。
「本当に大丈夫なの?」
「ああ、特に痛みも無いよ。それじゃ裕二、模擬戦続けようか?」
「ああ」
とりあえず美佳と沙織ちゃんが納得?したと判断し、俺と裕二は模擬戦を再開することにした。
再び10メートル程の間合いを取り俺と裕二は対峙し、今度はどうなるんだと美佳と沙織ちゃんは不安の表情を浮かべながら固唾を飲んで見守る。
「はっ!」
「ふっ!」
今度のぶつかり合いは、回避を主体とした拳と蹴りによる乱打戦だ。俺と裕二は連続した攻撃を繰り出しながら同時に回避を実行し、美佳と沙織ちゃんの目に映る速度を意識しつつ徐々に攻撃速度を上げていく。周囲には俺と裕二の繰り出す攻撃で発生した風切り音が連続して鳴り響き、足元の地面からは土煙が舞い上がる。
そして暫く打ち合いをした後、俺と裕二は示し合わせたように距離を開ける。
「「はぁ……」」
美佳と沙織ちゃんは、俺と裕二が距離を開けて動きを止めると大きく息を吐き出していた。息も詰まる激闘、という風に見えていたのかもしれないな。
しかし、ココまでは単に探索者としての身体能力を駆使して行う殴り合い、でしかない。スキルを絡めた探索者らしい模擬戦とはいえない。
「それじゃぁ体も温まって来たし、そろそろスキルを交えていくよ」
「おう」
という訳で、俺と裕二の言葉に驚きの表情を浮かべている美佳と沙織ちゃんを尻目に、再び乱打戦を再開する。今度は風魔法と水魔法のスキルを交えた乱打戦だ。
相手に拳や蹴りを繰り出しつつ回避先を予測し魔法を打ち込み、蹴りや拳を魔法で防御しつつ回避先に置かれた魔法を回避する。また逆も然り、魔法を魔法で迎撃しつつ拳を打ち合わせたりした。
「「うわ……」」
美佳と沙織ちゃんは俺と裕二が行うスキルを織り交ぜた格闘戦に驚愕の眼差しを向けながらも、
真剣な眼差しで俺達の一挙手一投足を目に焼き付けるかのように観察していた。
仮想敵である襲撃者がこのレベルの戦闘を行えるかは分からないが、探索者なら出来る動きだからな。もしかしたら?と考えながら見るだけでも勉強にはなると思う。
「とりあえず、デモンストレーションとしてはこんなモノかな?」
「そうだな。とりあえず探索者らしい模擬戦て形にはなったと思うぞ?」
最後に拳同士をぶつけた後、俺と裕二は飛び跳ねる様に距離を取ってから構えを解いた。
探索者っぽいスキルを交えた戦い方は一通り見せたので、まぁデモンストレーションとしては十分だろうと判断したからだ。
「「……凄かった」」
俺と裕二が構えを解いた事で、美佳と沙織ちゃんは模擬戦が終わった事を察し酷く疲れた様で安堵の息を漏らしながら、ぽつりと感想を漏らしていた。
時間にして5分にも満たない模擬戦だったが、美佳と沙織ちゃんには数十分にも及ぶモノに感じれたのかもしれないな。
「お疲れ様2人とも、スキルを織り交ぜた中々見事な打ち合いだったわよ」
「ははっ、ありがとう」
もう護衛の必要はないと判断した柊さんが、俺達の傍に近付いてきながら声を掛けてくる。
「それでどう? 誰かに見られながら、ダンジョン外で思いっきりスキルを使っての模擬戦は?」
「様子見って感じでやったけど、中々難しいね。スキルを使う探索者っぽく出来たかな?」
「中々上手く出来てたと思うわ。ただスキルより格闘主体だったから、まだ動きは早かったけど普通の格闘戦の延長って感じね。魔法を遠距離から打ち合うとかの方が、一般的な探索者がスキルを交えて戦う姿のイメージに合うんじゃないかしら? 多分さっきのも模擬戦だと、エフェクト付きの格闘戦って感じで見られるかもしれないわね」
いわれてみると確かに、一般的なスキルを駆使する探索者ってイメージからは離れた戦い方だったかも? 魔法を打ち合った方が良かったかもしれない……。
人に見せる前提の模擬戦をするのなら、もう少し一般的なイメージに沿った探索者っぽい戦い方を研究しないとな。
「エフェクト付きの格闘戦……格闘ゲームみたいな感じって事かな?」
「そうね、そんなイメージになるのかしら。それこそ、もっとそれらしくした方が一般人向けには見栄えが良いかも?」
「謎の発光エフェクトの後に繰り出される必殺技とか? 確かにそれっぽいスキルを持ってれば出来るかもしれないね」
まぁヒーローショー擬きをするのでも無ければ、そんな演出は要らないだろうけど。真面目に探索者を目指している人向けなら、美佳と沙織ちゃんの反応を見る限り今やった模擬戦で十分だと思うしね。
「別に見世物になりたい訳じゃないから、そこまではしたくないかな」
「俺もソレは遠慮したいな」
「そうね。出来る出来ないは別にして、私もやりたくないわ」
自分達が魔法を駆使しヒーローショー擬きを行っている姿を想像し、やりたくないという事で3人の意見が一致した。
そしてそんな話をしている内に、模擬戦の衝撃から抜けだした美佳と沙織ちゃんが少し遠慮気味な足取りで近寄ってくる。
「えっと、お疲れ様?」
「ん? ああ、ありがとう。でもまぁ、たいして動いてないから、そんなに疲れては無いぞ」
「……アレで?」
俺の返事に信じられないといった表情を浮かべながら、美佳と沙織ちゃんは俺と裕二の顔に向けた視線を何度も往復させる。
「ああ。高レベルの探索者なら、あの程度の動きなら少なくとも30分ぐらいは続けられると思うぞ。戦うモンスターのレベルや数によっては、あのくらいの戦いを続ける必要があるからな?」
「確かに、モンスターが一度に複数体出現した時に疲れたからといって動きを鈍らせるようじゃ、下手をすれば大怪我どころか致命傷を負う事になるな。俺達も昔、モンスタートラップ部屋みたいなところに足を踏み入れた時には、数十体のモンスターと一度に戦う事になったよ。あの頃は何処にそういった致命的なトラップがあるとか情報が無かったから、戦闘力に不安が残る未熟な探索者だろうがぶっつけ本番って場合もあったからな」
「あったわね。あの頃はそこまでパーティーで連携して戦闘を行うって意識が乏しかったから、手当たり次第に目の前のモンスターを倒した感じだったわ。お陰で盛大に返り血を浴びたりして……思い出したら気持ち悪くなってきたわね」
昔経験したトラップ部屋での戦闘を思い出し、俺達は戦闘力を維持したまま長時間動き続ける必要性を美佳達に語る。今でこそ探索された階層に設置された致命的なトラップの位置などの情報はある程度知られているが、俺達がダンジョンに潜り始めた頃はそういった情報はあまり出回っていない、もしくは不正確で余りあてにならないといった状況だった。
お陰でロクに検証されていない事前情報を信じすぎた結果、怪我を負う事になった探索者も結構な数いたとも聞く。
「そんな事があったんだ……」
「そういわれてみるとダンジョンの受付で、危ないトラップがあるから近付くなって注意喚起されてたような……掲示板にも危険情報コーナーがあるし」
「最初の頃は、そういったのは無かったからな。協会としても、確定情報じゃない曖昧な情報は流せないしさ」
おかげで最初の頃は探索者間でのうわさ話や、ネットに上がる体験談といった真偽の怪しい情報が主な情報源だった。おかげで「聞いていた情報と違う!」といったのは往々にしてあったんだよな。
今は危険なトラップやモンスターの情報だけとはいえ、検証された情報が事前に手に入るだけマシになったものである。
「だから、あのくらいの手加減した動きで動き続けても大して疲れたりしないよ。もちろん、美佳と沙織ちゃんにあのレベルの戦闘を長時間維持し続ける事は求めてないから。2人に出来る範囲で、長時間戦闘に耐えられるペースと動きを身に付ければ良いんだ。無理して全力を出し続ければ戦闘時間は短くなるし、抑え過ぎたら勝てる戦闘も勝ち切れなくて消耗戦になるだけだからさ」
「そのいい塩梅を見つけるのが難しいんだけどな。まぁ模擬戦なり実戦を繰り返して、身に付けるしかないさ」
「大丈夫よ2人とも、探索者をやっていれば自然と身につくわ」
本当に出来る様になるのかと美佳と沙織ちゃんは不安げな表情を浮かべているが大丈夫、ソレも出来るようになるためにココに来ているんだからさ。
「それじゃぁデモンストレーションも終わったし、そろそろ美佳と沙織ちゃんの訓練も始めようか? 帰りの事とかも考えると、それほど長居出来る訳じゃないしね」
その宣言に、美佳と沙織ちゃんは緊張で少し頬が引きつった表情を浮かべながら背筋を伸ばした。
さぁ、楽しい訓練の始まりだぞ。
休憩所兼更衣室として持ってきたワンタッチ式のテントを広げ、交代でトレーニングウエアへの着替えを済ませる。昨日買ったトレーニングウエアが、早速活躍するな。
そして着替えを済ませた俺達は準備運動を済ませ、美佳と沙織ちゃんのトレーニングを始めた。
「まずは手始めに、軽い手合わせから始めようか? 現状で2人がどれくらい動けるのか確認したいからさ。最初はさっき見せたように素手から始めてみよう」
「美佳の相手は俺がするから、沙織ちゃんは柊さんに相手をして貰うよ」
「よろしくね、沙織ちゃん」
そういう訳で、2組同時に手合わせを行う。
因みに裕二には、審判をして貰う。
「それじゃぁ美佳、好きなように打ち込んでこい。こっちからは、よっぽどの隙を見せない限りは手を出さないからさ」
「うん! 手加減無しでいくから、覚悟してよお兄ちゃん!」
「沙織ちゃんも手加減しなくて良いからね?」
「はい! よろしくお願いします!」
美佳も沙織ちゃんも気合十分。相手が俺と柊さんという事もあり、2人とも手加減の必要はないと一発当ててやるといった意思が見て取れる。
まぁ実力差を考えれば、よっぽど上手くやらない限り美佳と沙織ちゃんが俺と柊さんにクリーンヒットを与えられる可能性は低いからな。
「うんうん、2人とも気合十分だな。それじゃぁ始めるぞ……始め!」
そういうと裕二は右手を真直ぐ上げ、開始の号令と共に振り下ろした。
「やぁっ!」
「えいっ!」
「「……」」
裕二の合図と共に美佳と沙織ちゃんは間合いを詰め、勢い良く腕を振り上げ俺と柊さんに叩き付けようとした。
しかし、フェイントも無く真っ直ぐ正面から殴りかかってくるのは……明確に格上と分かっている相手にそれはダメだろ。当然、俺と柊さんがとる対応としては……。
「いった!?」
「あうっ!?」
2人の拳が俺達に当たる寸前で素早く回避し、無防備かつ隙だらけに晒した背中に平手で軽い一撃を与える事だな。
うん、中々いい音がする。




