第544話 探索者らしい模範試合
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物珍し気に周辺を見て回る美佳と沙織ちゃんが落ち着いたタイミングを見計らい、俺は2人に声を掛ける。観光をしにここに来たわけでは無いので、流石に何時までも旅行気分で見て回られても困るからな。
「2人とも、そろそろ良いか? 見て回りたいという気持ちは分からないでもないけど、ここの広さだと見て回るだけで半日は掛かるからね? 流石にそんな時間は無いよ」
「「あっ、はい」」
自分達が少しはしゃぎ過ぎていた事に気付き、美佳と沙織ちゃんは少し恥ずかしそうな表情を浮かべながら視線を逸らした。
「ここの見学はまたの機会にでもしようか。訓練場ではあるけど、別に訓練だけする場所でもないしね。ある程度インフラが整ったら、部員全員で一泊キャンプってのも良いかもしれないしさ」
「ああ、そういうの面白そうだな。ここなら派手に騒いでも、誰にも文句なんていわれないし」
「あら良いわね。確かにここなら周りに誰も居ないから、気兼ねなく花火やカラオケなんかやっても誰の迷惑にもならないわ」
ちょっとした思い付きで口にしたが、意外と裕二も柊さんも乗り気らしい。まぁ折角手に入れた自分達の広い土地だし、これまでやれなかった事を色々やってみたいという気持ちはわかる。
それにしても花火か……ここならプライベート花火大会とかも出来そうだよな。訓練合宿した後に、慰労会のサプライズ演出でやるのはありかも? 幾ら掛かるのかとか、そもそも出来るのかは知らないけどさ。
「まぁ色々とやってみたい事はあるけど、その辺はまた話し合って決めようか。それはそうと本題だよ本題。今日来た目的は、美佳と沙織ちゃんに探索者相手の対人戦の基本を教える為だろ?」
「そうだったそうだった。お楽しみについて考えるのはやる事やった後に考える事だよな」
「そうね。まずは本題について話を進めましょう」
まぁやるとしても舘林さんと日野さんがダンジョンに入って、それなりにレベルアップしてからかな。そうじゃないと、ここに自転車で来るまでで疲労困憊といった有様になりかねない。今の状態だと、移動だけで半日以上時間を使う事になるんじゃないかな?
そして俺は美佳と沙織ちゃんの顔を真っ直ぐ見つめながら、少し話が逸れていたので強引に話の流れを元に戻し、まずは基本的な質問を投げかける。
「探索者同士で行う対人戦について基本的な所から学んで貰うんだけど、まずは基本的な前提について確認しておくよ。対人戦において、2人が考える探索者と非探索者の違いって何かな?」
俺の問いかけに美佳と沙織ちゃんは少し考え込んだ素振りを見せた後、少し自信無さげな様子で答えを口にする。
「レベル、じゃないかな? 探索者はレベルアップの影響で、非探索者の一般人より桁違いの身体能力を発揮できるしさ」
「私も美佳ちゃんと同じ答えです。やっぱり探索者と非探索者の違いとなると、レベルというものが最初に頭に浮かびました」
「うん、まぁそうだよね。探索者といえば、レベルアップの恩恵による驚異的な身体能力の向上、ってのがまず最初に思い浮かぶよね」
探索者とは何かと聞かれたら、超人的な身体能力を発揮できるというのが直ぐに思い浮かぶ。様々なメディアで取り上げられているし、ダンジョン外ではスキルの使用が制限されているので、ふとしたタイミングで目にする驚異的な身体能力というのは分かり易いかな。
例えば、一般人が苦戦する様な大きく重い荷物でも、それなりにレベルアップを経験した探索者なら小物を持つのとあまり変わりない感覚で持ち運ぶことが可能になる。そんな姿を日常生活で度々目にすれば、やはり探索者は違うなと一般的に印象付けられるというものだ。
「確かに探索者は、超人的な身体能力を駆使した高速高威力の戦闘が可能だよ。でもそれは、あくまでも基本的な戦闘速度が高速化しただけで、基本的な戦闘方法が変わった訳じゃない」
だからこそ、経験から来る読みや圧倒的な技術で俺達の速さに対応出来る重蔵さんには勝てないんだよ。重蔵さん曰く、スペックのゴリ押しで来るだけなら慣れは必要だが対応できなくはない。相手の間を乱し、相手の意表を突き、相手の隙を産み出せるだけの技量と引き出しを持てと。
昔は色々とヤンチャしてたとかいってたけど、あの人本当に何者なんだ? 聞くのも怖いけど、何をしたのか気になる。
「だから俺が思う非探索者同士の対人戦との一番の違いはズバリ、“スキル”の有無。魔法スキルなんかが、分かり易い良い例かな? 探索者同士の対人戦の場合、戦闘中にスキルを使う事により普通では考えられない攻撃方法や、挙動を取る事が出来る様になるからね」
「そうだな。射出系の魔法スキルも使い慣れれば魔法を体の各部から打ち出せるようになるし、戦闘補助系スキルを使えば空中で2段ジャンプや脚力に頼らない瞬間的な加速なんかも出来る様になる。探索者同士の対人戦を想定するなら、これらに対応する準備もしておかないと手痛い不覚を取るだろうな」
「そうね。鍔迫り合いをしている最中に魔法で不意打ちとかも、難易度は高いけどやろうと思えば出来るわ。見た目は悪いけど、目からビームとか口から炎とか……ロボットか怪獣の戦い方よね」
所謂あれだ、アニメや漫画の異能バトル。武器や素手による格闘主体の戦いだと思っていたら、痛い目を見る事になるな。
ゆえに対探索者戦を考えるなら、使われる可能性が少ない様な攻撃手段でも万一を考慮し備えるしかない。色々な可能性を知っていれば、対応までのラグを減らせるからな。攻撃を回避できなくても、防御が間に合えば御の字だ。
「そんなことまで考えておかないといけないんだ……」
「まぁそこまでの技量を持つ探索者が、無闇矢鱈に喧嘩を売りまくるとは考えたくないけど……人間どう転ぶか分かったものじゃないからな。痛い思いをしたくないのなら、備えておいて損はないと思うぞ?」
だがまぁ、そんな戦闘を想定した訓練なんて普通の道場では行えない。未許可区域でのスキル使用模擬戦など、見つかったら普通に警察に捕まるからな。現状、対探索者を想定した模擬戦を行おうと思えば、スキル使用許可が下りている訓練場やダンジョン内でないと行えない。
俺達が裕二や幻夜さんの所で、スキルを用いない基礎練習を主にしているのはその辺が理由だな。多分早々バレる事はないだろうけど、可能な限り疑われるような怪しい行動は控えるべきだろうな。特に最近は色んな意味で、協会の注目を集めている事だし。
「まぁそんな訳で、俺達も探索者らしい訓練をしたいからここを購入したわけだ。一応協会が整備したスキルの使える訓練場もあるけど、あそこは何時も利用予約が満杯だからな。月に何回予約が取れるかも分からない訓練場じゃ、俺達が満足できる訓練は出来ないだろうさ」
「それにしたってお兄ちゃん、こんな大きな土地を買うなんてスケールが大きすぎるよ」
「そうですよ。こんな広さの訓練場が必要だなんて、先輩達はどれだけ派手な訓練を想定してるんですか?」
美佳と沙織ちゃんは少し呆れたような表情を浮かべながら周囲を見渡し、俺達3人は少しバツが悪い表情を浮かべながら頬をかく。
「最初っから、ここまでの広さは考えてなかったんだよ。ただ探している内に出て来たというかなんというか……」
「おススメですよって提案されて見て見たら、本当におススメだった結果だな」
「こんな物件は2度と出会えない、と思ったらつい……」
値段もこの土地の広さを考えたら格安だったしな。僻地といった立地的な欠点もあるけど、色々と利用が出来そうなこの広さは魅力的だった。
正直ここまでの広さは必要ないよね?とは俺達も思っている。
「「そうなんだ……」」
「とは言え、俺達が自由に使える訓練場を手に入れたって事実に変わりはないよ。ちゃんと協会に申請して、スキルの使用許可も取っているからね。ここでなら、自由にスキルを使った探索者らしい訓練や模擬戦が出来るよ」
「うん」
「はい」
派手にやっても大丈夫だと太鼓判を押すと、美佳と沙織ちゃんは少し戸惑いの表情を浮かべていた。
まぁ激しい訓練も出来ると保証されてても、その訓練を受ける立場からするとマジか……って気持ちにはなるよね。
「それじゃぁ2人の訓練を始める前に、まずは俺と裕二でスキル有りの軽い模擬戦をやって見せるね」
「スキル無しの模擬戦は何度も見た事はあるだろうけど、スキル有りの模擬戦は見た事無いだろうしな」
「じゃぁ私は流れ弾を警戒して、2人の傍でガードするわね」
俺と裕二はそういうと美佳と沙織ちゃんに被害が出ない距離まで離れ、柊さんは2人の傍に控え万が一に備える。
さぁて、探索者らしい模擬戦ってやつをやってみるか。
見学する美佳達から離れた俺と裕二は、10メートルほど距離を開け対峙する。
今回は軽い手合わせという事で、互いに武器は持たずに素手での模擬戦だ。ただし、探索者らしい模擬戦という事でスキル使用ありで。
「それじゃぁ2人共、準備は良い?」
「うん」
「おう」
「念の為にいっておくけど、今回は美佳ちゃん達が見る為の模擬戦だからユックリ分かり易くお願いね。ダンジョンでやる様な動きでやったら、多分見えないでしょうから」
「「了解」」
まぁ柊さんの言う様に、俺達が普段通りの動きで模擬戦なんてやったら、多分美佳達には何が何だか分からない事になるだろうな。美佳達に見せる為の模擬戦なのに、何が何だか分からないものを見せる訳にはいかない。
まずは最初に程々の動きでぶつかって、美佳達の反応を見つつ徐々に速度を上げていくか。後、分かり易くというリクエストがあるし、使うスキルは1つに絞った方が良いかな。
「なぁ裕二、今から使うスキルは1つだけにしない?」
「ん? ああ、良いぞ。何使う?」
「分かり易くって要望が出てるからね、水魔法を使おうかなと思ってる。やっぱり探索者が持つスキルっていったら、魔法ってイメージだしね」
「じゃぁ俺は風魔法にしとくか。あっ、危ないから切断系は無しでボール系オンリーな」
「了解」
俺達の防御力なら初歩的な切断系魔法もそこまで危ないものではないが、美佳達が真似して模擬戦で使い出したら拙いからな。変に圧縮したりしなければ打面が広く打撃で通せるボール系の方が、模擬戦での使用には適しているだろう。
それでも美佳達レベルなら、回復薬は用意しておいた方が良い。怪我をするかもしれないけど。
「お話はその辺で良いかしら?」
「うん」
「おう」
俺と裕二の返事から準備が整ったと判断した柊さんは、右手を上に真っすぐ伸ばす。
「それじゃぁ行くわよ……始め!」
柊さんが始めの合図と共に腕を振り下ろす、俺と裕二は弾かれたように互いに間合いを詰め初撃を繰り出しあう。
そして互いに繰り出した初手は、示し合わせたように相手の顔を狙った右ストレート。
「「……」」
まぁ当然、お互いに左手の手の平で受け止め防ぐけどね。その際にパンチを受け止めた衝撃波じみた派手な衝突音が周辺に鳴り響き、互いにどれほどの威力が籠っていたのかを想像させる。
多分、ブロック塀位なら簡単に粉砕できるだけの威力は出ていたと思う。
「ふっ!」
「せいっ!」
そして次の手は相手の拳を掴んだまま、相手の脇腹目掛けて右足でミドルキックを繰り出す。体勢が体勢だけにそこまで威力は出ないが、俺達レベルの探索者が繰り出す蹴りの威力がどういったモノかは容易に想像がつくと思う。
まぁ直撃すれば、の話ではあるが。
「「……」」
俺と裕二が繰り出した蹴りは、何かに当たった衝突音を発しながら相手の脇腹に当たる直前で動きを止めていた。無論、相手の蹴りが止まったのには仕掛けはある。互いに蹴りと脇腹の間に風と水の塊が存在していたのだ。
つまり、魔法スキルを用いた防御を実行し成功させたのである。相手の攻撃を相殺できる威力を保ったまま、射出待機状態で位置を維持するってのは中々難しい技術なんだよな。
「やるね、裕二」
「そっちこそ」
俺と裕二は互いに不敵な笑みを浮かべあった後、視線を見学している美佳と沙織ちゃんに向ける。
2人とも目を見開き驚愕の表情を浮かべながら俺達を凝視しており、口を少し開け呆けていた。
「とりあえず、今の動きは見えてはいるみたいだね」
「ちょっと放心している感じだけど、まぁその内見慣れるだろう。柊さんも傍に控えてるし、このままやって問題ないさ」
「それもそうだね。それじゃぁこのまま流れで……行こうか!」
「おう!」
俺と裕二は互いに相手の掴んでいた手を放し、左足一本のバックステップで間合いを開ける。
さぁて見栄えを気にしつつ、探索者らしいスキルを使った模擬戦といくか!




