第543話 まだ何もない私設訓練場
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皆で武器選びと買い物を終えた翌日、俺達3人に美佳と沙織ちゃんを加えた5人は自転車に乗り移動していた。5人揃って原チャリ並みの速度で一般道を走っているので、一部のドライバーさんには驚きの表情で見られている。
まぁロードバイクの様なレース車両に乗っているのならまだしも、ただのシティーサイクルが原付並みの速度で走っていればねぇ?
「皆! 少し先に道の駅があるから、そこで一旦休憩を取ろうか!?」
皆の先頭を走る俺は、風切り音に声が消されない様に声を張り上げ尋ねる。
因みに車列の順番は、俺、美佳、柊さん、沙織ちゃん、裕二の順だ。美佳と沙織ちゃんの身体能力強化度は俺達と比べると格段に劣るので、速度を出し過ぎて2人が脱落しない様にという措置だ。
「おう、いいぞ!」
「そろそろ走り始めて1時間ぐらいたつし、良いんじゃないかしら!?」
「「賛成!」」
裕二と柊さんは余裕を持った声色の返事だが、美佳と沙織ちゃんは少し息が乱れており疲れが滲み出ている声色の返事だった。
まぁ俺達は軽く流している速度でしかないが、美佳と沙織ちゃんにとってはロングライドとして速いペースになっているらしい。
「それじゃぁあと10分ぐらいで着くと思うから、頑張ろう」
「「「「おおっ!」」」」
そして頑張った結果、予定より3分程早く最寄りの道の駅に到着した。
いやぁ、気軽に利用できる休憩場があるのは助かるな。
「それじゃぁ、少し休憩して行こうか。目的地まではもう少しかかるからね」
自転車を駐輪スペースに停めながら、これから先の事を少し説明する。
「ええ、まだ走るの? ねぇお兄ちゃん、今どれくらいまで来てるの?」
「今か? 大体半分位って所だな」
「まだ半分なんだ……」
まだ道程半分と聞き、美佳と沙織ちゃんは少し疲れた表情を浮かべながら小さく溜息を漏らしていた。
俺達3人だけなら1時間も掛からない移動距離なのだが、今日は美佳達も一緒だからな。かなり抑えめに走っていたので、普段より時間が掛かっている。
「まぁ休憩を挟みながら行けば、すぐだよすぐ。それにあの辺りには何もないから、こういう所で昼飯の材料を買っていかないと、食べるモノを買いにまた……ってなるぞ?」
「それは、嫌だね。何で周りに、そんなに何もないの?」
「元は周囲一帯を一大リゾートにって計画されていた場所だったんだけど、計画が立ち消えたせいで広大な何もない土地だけが残ったって感じなんだよ」
元の計画通り作られていたら、もしかしたら今でも栄えていたかもしれないだろうにな。
美佳も沙織ちゃんも事情を聞き、何ともいえない表情を浮かべている。
「まぁお陰で、多少俺達が盛大に騒音をたてても文句を言ってくるような近隣住民はいないぞ。驚いて逃げ惑う野生動物はいるかもしれないけどな」
「訓練場ならそういう立地の方が良いとは思うけど、利便性は悪そうだね」
「まぁ、ちょっと足をのばせばそれなりにお店もあるから、お前が思うほど不便じゃないぞ?」
「お兄ちゃん達基準ならちょっとだろうけど、私や沙織ちゃんからするとちょっとどころじゃないって。麻美ちゃん達みたいに、探索者じゃない人だったら立派な遠出だよ」
まぁ信号の少ない田舎道を、自動車並みの速度で走る自転車に乗って20分だからな。
美佳がいう様に、一般人視点だとちょっととは言い難い距離か。
「おおい2人共、折角の休憩なんだから何時までもそんな所で話し込んでないでいくぞ。まだまだ先は長いし、何か食べていくか?」
「まだ先は長いし、あんまり食べてるとお腹が痛くなるよ? 飲み物だけで良いんじゃないかな?」
「小腹を満たす程度なら大丈夫じゃないか? 買い食いしやすそうなモノの売店もあるしさ」
そういって売店を見る裕二の視線の先には、美味しそうな香りを漂わせている回転焼きを売っている売店が鎮座していた。
確かにアレなら食べやすいし、小腹を満たすおやつになるな。
「回転焼きか」
「中身も色々種類があるみたいだし、疲れてるのならやっぱり甘いもんだろ」
確かに店前に張り出されているお品書きには、5種類ほど中身違いの回転焼きが表記されている。
黒餡、白餡、カスタード、チョコ、抹茶か……。
「それに皆、もうその気みたいだぞ?」
「えっ? あっ」
指さす裕二に促され顔をそちらに向けると、どれを食べようかとメニューを選んでいる女性陣の姿が見えた。うん、今更ダメとは言えないな、うん。
という訳で、俺も諦め皆と一緒になってどれを食べるかメニューを眺めはじめた。やっぱりここは定番の黒餡かな?
道の駅で小休憩を済ませた後、俺達は再び自転車に乗り、目的地目指して走り出す。段々と商店や民家が減っていき、道だけが伸びる僻地感が出てきた。幸い平地が続いているので、美佳と沙織ちゃんもさほど疲労している様子もなく速度を維持できており、あと30分ほどで到着できる予定だ。
「本当に何もないね、この辺」
「まぁな。元のリゾート計画が立ち消えてからは、他に新しい大型計画の話も出て来なかったらしい。用地はあるけど、バブル崩壊後は需要も見込めないからってこの辺り一帯は長く放置されていたみたいだぞ」
「そこをお兄ちゃん達が買ったって訳なんだ?」
「まぁ、な。元々リゾート地として使おうって場所だったから、僻地って事を除けば山崩れなんかの危ない要素も少なかったから良い物件だったぞ。俺達が使い方を間違えなければ、そうそう大きな事故は起きないだろうな」
土地の下が穴ぼこだらけって事はあるけど、隠し事が多い俺達としては有効活用できそうなので欠点にはならない。まぁ表に出せないスキルの練習とか、誰に見られているのか分からない地上では出来ないからな。
色々な意味で、あの物件は掘り出し物だったよホント。
「元リゾートか……元はどんなリゾートを作る計画だったの?」
「ホテルやゴルフ場、アトラクション系の施設も作る計画があったらしいぞ。ついでに周辺には別荘地も作る計画があったらしいけど、ソレもバブル崩壊とともに消えたらしい」
「それは凄いお金が掛かりそうな計画だね。そんな計画だと、確かに不況の最中には進められないか」
「土地の問題で、計画開始が一時的に中断したのが致命傷だったって不動産会社の人がいってたな。もし半分でも建設が計画通り進んでいたら、その後の経営が成り立つかは別にしてもリゾートの完成まで持っていっただろうからってさ」
美佳と沙織ちゃんに桐谷不動産で聞いた、あの土地の由来に関する話を教えている内に時間は経ち、俺達が購入した訓練場の近くまで来た。
速度を落とし、大通りから訓練場へと続く脇道に入っていく。
「もうすぐ着くぞ、こっから先の道は少し荒れてるから気を付けろよ」
「分かった。それにしてもお兄ちゃん達が訓練場を作る土地を買うっていった時は驚いたけど、本当に買ったんだね」
「何だ、信じてなかったのか?」
疑っていたのかと聞くと、美佳は頭を左右に振って否定する。
「信じてないというより、信じがたいって感じだよ。いくらお兄ちゃん達が探索者として稼いでいるとはいえ、高校生がいきなり訓練用に広い土地を買ったとかいい出しても信じられるような話じゃないから。初めて話を聞いた時なんて、思わず沙織ちゃんとお兄ちゃん達がダンジョンで頭を打ったんじゃって心配したんだから、ね?」
「えっ!? ああ、うん。いくらお兄さん達だからって、流石に土地を買ったといわれると……」
まぁ二人が疑うのも無理はないか。ある日突然、高校生の兄が数千万円の土地を買ったとかいい出したら、まずは正気を疑うよな。
父さんと母さんは土地権利書を見て信じたけど、美佳からしたら紙切れ一枚見ただけで信じられる訳ないか。こうして現物を目にしないと、本当に俺達が購入したという実感が持てないってのは無理もない感覚だろう。
「そんなものか」
「それはそうだろ大樹、俺だって自分達の事だけど友達が土地を買ったといい出したら、直ぐに信じる自信はないって」
「私も無いわね。実際に現物を見せられたら信じる気になると思うけど」
自分達の事で今更になるが、高校生という立場ながらかなり嘘くさい無茶苦茶な事をしているよな。
まぁ自分達でもすぐには信じ難い事柄を疑われたからといって、人が信じない事を責める事は出来ないか。
「じゃぁ、信じられる証拠を見せるしかないな。ほら美佳に沙織ちゃん、入り口のゲートが見えて来たよ」
そういいながら俺が微かに見え始めた前方に聳えるゲートを指さすと、美佳と沙織ちゃんの視線がゲートに向かう。補修跡が目立つ錆で古ぼけたワイヤーネットが張られたゲートではあるが、背丈よりは大きなゲートなのでパッと見は立派に見える。
ついでにゲートの左右に延々と続くフェンスもあるので、何となく土地の広さを感じて貰えると思う。
「アソコが俺達が購入した、練習場を作る予定の土地の入り口だ」
「「……」」
ゲートの前で自転車を止めると、美佳と沙織ちゃんは少し唖然とした表情を浮かべながら、入り口のゲートと左右に続くフェンスに何度も視線を行き来させる。
何となく勝った!という気持ちが湧いてくるのは何でだろうな?
「ほ、本当にお兄ちゃん達がここを買ったの? 門も大きいし、横のフェンスなんて遥か向こうまで続いてるよ?」
「フェンスの先が見えない……どれくらい広いんですかここ?」
「そうだな、ドーム球場並みには広いかな?」
土地の広さを少し過少気味に伝えると、美佳と沙織ちゃんは目を見開き驚愕の表情を浮かべ、一瞬の間を開け驚きの声を上げた。
因みに土地の広さをドーム球場とはいっているが、正確にはドーム球場+周辺関連施設といった感じだろうな。
「「ええっ!?」」
「まぁ大雑把に訓練に使えそうな場所は、って感じだけどな。土地自体はもっと広いぞ」
下に空洞が広がっている上で、俺達が全力で暴れる訳にはいかないからな。大丈夫だとは思うけど、万が一空洞が崩落でもしたら大事である。
「「……」」
「まぁ口でいっても信じられないだろうから、実際に見てみると良い。元々リゾート地にしようとしてただけあって、結構な風光明媚な絶景だぞ?」
呆然としている美佳と沙織ちゃんを尻目に、俺はゲートにかかるカギを外し錆びた金属が擦れる音を立てながらゲートを開いた。
このゲートも余裕が出来たら交換もしくは、潤滑油をさした方が良いかもしれないな。
「じゃぁ自転車をゲートの中に停めてから歩いて行こう、この先は不整地だからこの自転車じゃ進めないからね」
タイヤの太く不整地を走るマウンテンバイクならいけるかもしれないけど、町中で乗り回すシティーサイクルじゃパンクする可能性が高い。木の根っこや石なんかも出っ張ってる、荒道も良い所だからな。
俺達は自転車を停めるとゲートを閉め直し、歩いて敷地の奥へと歩いて進んだ。
入り口ゲート近くの森を抜けると視界が開け、青い空、白い雲、青い海が俺達の目に飛び込んできた。
森の中を歩いてきた美佳と沙織ちゃんは、風光明媚とは聞いていても思ってもみなかった光景が現れ、思わずといった感じで感嘆の声を上げる。
「「わぁ~、凄い!」」
「おお、今日は天気が良くて良かったな」
まだ珍しくといえる程ここには来ていないが、中々の絶景具合である。
美佳と沙織ちゃんは先程までの動揺なんて忘れたかのように、表情を綻ばせながら笑顔を浮かべていた。
「どうだ2人とも、中々良い所だろ?」
「「うん!」」
俺がここの事を少し誇らしげに尋ねると、美佳と沙織ちゃんは素直に良いと褒めてくれた。
「こんな景色が良い所があった何て、知らなかったよ。しかも、お兄ちゃん達がここの持ち主!」
「良くこんな所を手に入れられましたね!」
「それに何ここ、滅茶苦茶広くない!? どこまでがお兄ちゃん達が買った土地なの!?」
美佳と沙織ちゃんはは辺りを見渡しながら、見るものすべてに驚きの声を上げ続ける。
「とりあえず、グルっと見える範囲全部が俺達の買った土地だよ。全然整備の手が入ってないから、まだ 何もないだだっ広い土地があるだけだ。とはいっても、日帰りで訓練をするだけなら困らないけどな」
外周フェンスなどの許可申請を通る為だけの簡単な整備しかしてないので、まだ設備的なモノは何も整っていない。最低限、雨風を凌げる簡単な小屋と水回りだけでも早めに整えたいと思っているが、中々時間が取れない。舘林さん達の件が一段落したら、本格的にここの整備に乗り出した方が良いかもな。
とりあえず、桐谷さんの所に一通りの設備を整える場合の見積もりを頼んでみるか。




