第52話 本命の説得
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3杯目のお茶を飲み始めた頃、お店の入口が突然開き、買い物袋を持った黒いTシャツに店のロゴが入った藍色の前掛けをした男性が入って来た。この人が、柊さんのお父さんかな?
柊さんのお父さんらしき男性は、俺達に気付かず厨房の中で作業していた美雪さんに声をかける。
「いやぁ、参った参った。遅くなって済まなかったな」
「お帰りなさい、アナタ。随分時間がかかったけど、どうしたの?」
「そこで紀田さんにバッタリ会っちゃってさ、長話しちゃったよ」
「そう」
美雪さんの反応から見て、この人が柊さんのお父さんで間違いないようだ。
柊さんのお父さんは前掛けを外しながらカウンターの中に入り、厨房スペースに置かれている小型の冷蔵庫に持っていた買い物袋の中身を移し替えていく。
そこでふと顔を上げた柊さんのお父さんは、カウンターの隅に座る俺達に気付いた。
「ん? ああ、雪乃。帰ってたんだな」
「ええ。ちょっと前に」
ちょっと……1時間近く待ってたんだけどな。
まぁその御陰で柊さんは美雪さんを説得し、お父さんの説得にも協力してくれると言う約束を取り付けられたから良しとしよう。
「そうか。で、彼等は?」
「雪乃のお友達よ」
雪乃さんの説明に、柊さんのお父さんの目が俺達を見た瞬間に若干鋭くなった。娘に付く悪い虫と思われたんだろうか?
今の所そう言う関係ではないんだけどな……。
「お父さん、紹介するわ。一緒にパーティーを組んで、ダンジョンに行ってる九重大樹君と広瀬裕二君よ。二人共、この人が私のお父さん、柊英二よ」
「そうか。娘が世話になっているね、柊英二だ。よろしく頼むよ、九重君、広瀬君」
「九重大樹です」
「広瀬裕二です」
英二さんが俺達に握手を求めて手を差し出してきたので、俺と裕二は自己紹介しつつ握手をする。その際、英二さんは俺の手を力いっぱい握ってきた。微塵も痛くはないが……英二さんなりの牽制なのかな。
どう反応すれば良いのか分からず俺が表情を変えないまま英二さんと握手を続けていると、次第に英二さんの頬が赤らみ始めた。
俺達との握手を終えた英二さんは、柊さんと美雪さんに向き直る。
「で、美雪。雪乃の説得は終わったのか?」
「ええ」
「そうか、それは良かった」
英二さんは美雪さんが柊さんを説得し、探索者を辞める事を了承したと思っている様だな。
でも、残念。
「そうじゃないわよ、アナタ」
「ん?」
「雪乃は探索者を続けるそうよ」
「何!?」
英二さんの顔を素早く動かし、顔を赤らめさせながら柊さんに食って掛かる。
「雪乃! どう言う事だ!? 俺は探索者を辞めろと言っただろ!」
「……お父さん」
「朝のTVでも言っていただろ!? ダンジョンは未成年でも、死人が出るような所なんだぞ!」
「お父さん」
「ダンジョン食材の仕入れ価格も落ち着いた今、お前がダンジョンに潜る理由はないだろ! だから、お父さんの言う事を聞いて探索者は辞めなさい!」
「お父さん!」
余りにも一方的に自分の言い分を捲し立てる英二さんに耐え兼ね、柊さんが大声を上げ抗議する。柊さんの大声に驚き口を閉ざした英二さんは、顔を赤らめたまま柊さんを睨み付けていた。
柊さんは英二さんの顔を真っ直ぐ見ながら、ハッキリと自分の意思を伝える。
「お父さんが何と言っても、私は探索者を辞める気はないわ」
柊さんの宣言を聞き、英二さんは赤らめていた顔を更に紅潮させヒートアップする。
「馬鹿な事を言うんじゃない!」
「馬鹿な事じゃないわ。ちゃんと考えた上での結論よ」
「!?」
毅然とした態度でハッキリと言い切る柊さんの姿に、英二さんは顔を赤らめたまま絶句する。
まさか娘がこれ程ハッキリと拒絶するとは思ってもみなかったのだろう。
「お店用のオーク素材を集めなくて良いのなら、私は自由に探索者業をやらせて貰うわ」
「ちょ、ちょっと待て、雪乃! ……本当に辞める気はないのか?」
「ええ。少なくともお父さんが言う様に、今すぐに辞めるつもりはないわ」
「……」
赤らんでいた英二さんの顔色が次第に落ち着き、元の色に戻っていく。
柊さんは英二さんの変化を見て、畳み掛けるように説得を行い始めた。
「お父さんはTVニュースで未成年探索者が死んだって報道されたから危ないって騒いでいるけど、ダンジョンが危ないのは元々よ? 私が何時も持って帰ってくるオーク肉と骨を、どうやって手に入れていると思ってたの?」
「えっ? ……協会から探索者割引料金で買っていたんじゃないのか?」
「そんなお金ないわよ。ダンジョンに潜って、自分でオークを倒して手に入れていたの」
「……何?」
英二さんが柊さんの言葉を聞き、目を見開いて驚く。同じ様に、横二人のやり取りを見ていた美雪さんも、目を見開き口元に手を当て驚いている。
はぁ? えっ、もしかして……知らなかったの!? マジで!?
俺は思わず柊さんの顔を見る。表情に変化がない所を見ると、両親が入手方法を誤解している事には気が付いていたのだろう。となると、柊さんは敢えて誤解を解かなかったのか……。
「雪乃、本当にオークと戦っていたのか? 弱いモンスターを倒して手に入れたドロップアイテムを換金して、協会でオーク食材を買っていたんじゃ……」
「その方法じゃ、スキルスクロールやマジックアイテムが定期的に出ないと無理よ。今でこそオーク食材も安くなっているけど、私がオーク食材を持って帰って来る様になった頃は凄く高かったでしょ?」
「なんで言わなかったんだ!」
「言ったら、もっと前に探索者をやめさせていたでしょ? そうなったらお店が潰れるじゃない、お父さん商品を値上げする気なかったんでしょ?」
「……」
「言っても信じられないのなら……九重君?」
柊さんが俺に声をかけて来た。要件は分かっているので、俺は軽く頷いてスマホを取り出し一つの動画ファイルの再生操作をし英二さんに渡す。
スマホの画面に、ヘッドライトの光で照らし出される2体のオークの姿が映る。
棍棒を片手に持ち、荒い息を吐きながら威嚇の咆哮を上げていた。
「こ、これがオークか?」
「はい。見た事無いんですか?」
「あ、ああ、いや。TVや雑誌何かで写真は見た事はあるんだが、動いている姿はこれが初めてだ……」
オークの動く姿を初めて見たと言う英二さんは、オークの咆哮を聞きスマホを持つ手を僅かに震えさせていた。
英二さんはスマホの画面を食い入る様に凝視しながら、唖然とした様子で俺の質問に辿たどしく答える。
数秒後、スマホ画面に単独で前に歩き出す槍を構えた柊さんの後ろ姿が映り、英二さんが思わず声を上げた。
「雪乃!?」
英二さんの悲鳴に反応する事無く、映像は無情に進む。柊さんと対峙する棍棒を持った2体のオークが、威嚇の咆哮を上げながら柊さんに駆け寄ってくる。柊さんは右手に持っていた槍の先端を、先行して近付いてくるオークに定め大きく一歩踏み込む。棍棒を振り上げようとするオークとの、柊さんとの距離はその一歩の踏み込みで、柊さんの槍が届く間合いまで瞬時に縮まった。
「ふっ!」
柊さんが短く息を吐くと、槍をオークの胸目掛けて素早く突き出す。柊さんの槍は狙い違わず、棍棒を頭上に振り上げようとしていたオークの胸を貫く。オークはその一撃で絶命し、目が反転し膝から力が抜け崩れ落ち始めた。
「はっ!」
柊さんは崩れ落ちるオークの体に前蹴りを繰り出し、胸に突き刺さった槍を抜くと共に後続のオークへの攻撃手段にした。
後続のオークはこの攻撃を避けきれず、蹴り飛ばされた胸から血を垂れ流すオークの死体に巻き込まれ激しく転倒する。絡まる様にして転倒したオークは手に持っていた棍棒を手放し、死んだオークの下敷きになっていた。
「……」
柊さんは反撃を警戒しつつ転倒しているオークに素早く近寄り、流れ出した血で赤く染まるオークの眉間目掛けて槍を突き出す。転倒したオークは槍を避ける事も出来ず、抵抗らしい抵抗も出来ず絶命する。
ここでスマホの映像は終了したが、英二さんは映像が消えたスマホを凝視したまま、呻き声も上げる事も出来ずに絶句していた。
俺はスマホの画面を凝視したまま身動き出来ない英二さんの手から、スマホを回収する。それを切っ掛けに、英二さんは再起動した。英二さんは顔を上げ、無表情で自分を見詰める柊さんと視線を交える。
「ゆ、雪乃……」
白昼夢でも見たかの様に、英二さんの声には生気がなかった。
「見て貰った通り、お店に持って帰ってきていたオーク肉は私が倒したオークの物よ」
「……」
英二さんは柊さんの顔を見たまま、何も言えず只々虚ろな眼差しで凝視していた。
柊さんは、そんな英二さんの姿に小さく溜息を吐き、無表情を崩し優しく語りかけ始める。
「ねぇ、お父さん?」
「な、何だ?」
「私が最初、探索者になる事を嫌がっていた事は知ってる?」
「……」
英二さんは柊さんの問いに、気まずげに無言で顔を逸らす。……薄々は気付いていたらしい。
「私はあの時、九重君や広瀬君とダンジョンについて話をしていて、ダンジョンが危ない所だって思っていたのよ? 正直、自分が探索者になる事は考えていなかったわ……」
「……」
「だから、お父さん達が探索者を持ち上げるようなTVニュースや雑誌の情報を鵜呑みにして、私に探索者になってオーク食材を取って来てくれって言われた時は、正直色々考えたわ……」
柊さんが色々考えたと言った所で、英二さんが逸らしていた顔を柊さんに戻し疑問の声を上げる
「……だったら、何で探索者になる事を受け入れたんだ? お前がどうしても嫌だと言えば……」
「言ったら、お父さんはダンジョン食材を使ったラーメンを諦めていたの?」
「……いや。あの時、ダンジョン食材を使ったラーメンを出していなかったら、早晩家の店は潰れていたかもしれない。だから、諦めていなかっただろう」
一瞬言い淀んだが、英二さんはダンジョン食材の使用は諦めていなかったと明言した。
それを聞いた俺と裕二は、えっ?と目を軽く見開き、英二さんを凝視する。以前、柊さんのダンジョンに潜る理由を聞いていた時、英二さんに持った印象は、料理バカのダメ親と言う物だった。
しかし、今日実際に対面した英二さんの印象は、情報精査に甘く疎いが娘を思いやる優しい父親と言う物だ。
それなのに、何故明らかに無謀と言える経営をやると明言するのだろうか?
「確かに、仕入れ値が馬鹿高かったあの時期にダンジョン食材を使い、値段を据え置きで商売する事は無謀だ。素人目にも、そう遠くない内に経営難に陥ると明確に映るだろう」
その通りだ。だったら何故、やっただろうと言うのだろう?
「確かに、ダンジョン食材の仕入れ値が下がった時に採算が取れる商品を出した方が無難だろう。多くの店はそうする筈だ。だがそれだと、重要な時期を逸すると俺は考えたんだ」
「時期?」
「ダンジョン食材の登場は、飲食業界にとって変革の切っ掛けと言って良い。ダンジョン食材を使えば、従来品に比べて明らかに食味が向上するんだからな」
確かに、最近色々な飲食店でダンジョン食材を使った料理がメニューに載っている。俺達がダンジョンの帰りに良く立ち寄るファミレスのメニューにも、数ヶ月前からダンジョン食材を使ったメニューが出てきていたからな。割高料金ではあるが、美味であると評判も上々だ。
「仕入れ値が安くなった今の時期に、採算が取れる完成度を高めた商品を出しても良いが、それだと遅いんだ。商品を出した頃には、既に先行して商品化している店に市場を席巻されている可能性が高い。完成度が低くてもあの時期にダンジョン食材を使った商品を出せば物珍しさから客は来るが、ダンジョン食材が普遍化した時に完成度を高めた商品を出しても何の物珍しさもないから客は来ない。所詮、2番煎じで客は入らないからな。客離れした後に、幾ら完成度が高くて美味しい商品を出しても……」
何となくだが、英二さんの言わんとする事は分かった。
俺も閑古鳥が鳴いている店より、そこそこの客が入っている店の方に入るからな。伝統だ常連客が多いだのと言って胡座をかいていたら、確かに英二さんが言う時期を逸して店が潰れていたかもしれないな。
「だから、ダンジョン食材の仕入れ値が安くなるまでは、店の改装費として貯めていた資金を使って耐えようと思っていたんだ」
うーん、なる程。こうやって話を聞くと、英二さんの行動も一概に悪いとは言い切れないな。
商売人として機を見て、思い切って行動したと言う事だろう。かなり無謀だとは思うけど……。
「そう言う考えだったんだ……」
「だから雪乃。お前が嫌だと言えば、無理強いはしないつもりだったんだ。すまん、ちゃんと説明していれば……」
「ううん。私もちゃんと話していなかったのが悪かったんだから、お互い様だよ……」
うん、何か急にシンミリとした雰囲気になったな。
まぁ、双方の誤解を解く事は出来たみたいだから良いんだけど。
「それに、九重君と広瀬君の御陰でダンジョンに潜っても、危ない目には遭わなかったから」
「ん? どう言う事だ?」
柊さんと和解出来、和やかの雰囲気だった英二さんの目付きが若干鋭い物に変化した。
「2人が一緒にダンジョンに潜ってくれたから、怪我も無くオーク肉を手に入れられたのよ」
「ほ、ほほー」
柊さんの嬉しそうに語る表情を見た英二さんは、ユックリと顔を俺達に向け薄笑いを浮かべながら鋭い眼差しを向けてきた。
いや、そんな目を向けられても困るんですけど。
「なぁ、九重君、広瀬君。ちょっと男同士で話さないか?」
「え、あっ、はい」
「……分かりました」
俺と裕二は、妙な覇気を発する英二さんに引き連れられ、スタッフルームで暫く男同士で話し合う事になった。
その後の話し合いの結果、柊さんの探索者業続行は認められる事となる。
スタッフルームでの男同士の話し合いの後、店前の駐車場で軽く俺と裕二が模擬戦を見せると、美雪さんと英二さんは驚き、目を見開き唖然としていた。これでもかなり軽い模擬戦なんだけどな。
模擬戦後、こっそり俺と裕二に英二さんが、“娘を頼む”と言ってきたが、妙な意味は含まれていないよね?
報連相は大事ですね。
些細な認識の違いで、大事に至りますから。




