第542話 買い物は楽しく
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舘林さんと日野さんの武器選びが終わった後、俺達は部員お揃いのジャージを求めて美佳達が買い物をしたというお店に向かった。まぁ昼食を食べに行くついでだけどな。
という訳で、まずは飯だ飯。
「うーん、ここで良いかな?」
「まぁ良いんじゃないか、空いてそうだし」
「そうね、あそこなら皆でも一席に座れるだろうから良いんじゃないかしら」
「じゃぁ入ろうっか」
暫く町中を歩きまわった後、空いてそうな回転寿司チェーン店に目がとまりそこに入る事にした。
人数が多いので、広めのテーブルがあるお店の方がいいしね。
「いらっしゃいませ」
店に入り発券機で受付手続きを済ませると、直ぐに席に案内された。どうやらピーク時間を少し外れていたようで、待たなくて済んだようだ。
案内されて席に皆で腰を下ろし、お茶をすすりながら一息つく。
「ふぅ。一先ず皆、お疲れ様。無事に武器選びが終わってホッとしたよ」
「そうだな。とはいっても、まだ適性がありそうなものを選んだだけだ。使いこなせるようになるかは未知数だから、しばらく様子を見ながら練習あるのみだな」
「となると、広瀬君から基礎的な型を習った後、模擬戦を繰り返してって流れかしら?」
まぁ、暫くはそういう流れになるかな。ある程度適性があるとはいえ、鍛えないと意味はないし、型稽古ばかりじゃダンジョンでの実戦では役に立たないしね。
まぁ舘林さんと日野さんにはまだ探索者補正が無いから、無茶な稽古が出来ないから急成長は見込めないけど。稽古本番は、探索者になってレベルアップ補正が付いてからかな?
「私達も模擬戦の相手を手伝うから頑張ろうね!」
「先輩達ほどうまく相手できるか分からないけど、頑張るね!」
「う、うん。よろしくお願いします?」
「て、手加減してね?」
稽古相手を頑張ると張り切る美佳と沙織ちゃんに対し、舘林さんと日野さんは少し怯えた様な引き攣った様な表情を浮かべながら軽く頭を下げつつ返事をしていた。
まぁここ最近は2人とも、探索者と非探索者の間にどれくらい基礎能力に差が生じているのかは朧気ながら実感しただろうからね。そんな格上の友人が張り切って相手をしてくれるともなれば、嬉しい面はあれど稽古中に事故が起きないか不安になるのも仕方が無いだろう。
「舘林さんと日野さんの相手をする前に、美佳達はまず上手く手加減をする練習からだな。今のままだと手加減を誤って、事故が起きそうで怖いって」
「ああ、模擬戦の練習相手を務めたいのなら、それ相応の練習をやっておかないのは不味いだろうな。探索者をやっていないうちの門下生達だって、稽古中に防具はつけてるけど打ち身で青痣だらけになるってのはざらにある。まして探索者と非探索者で模擬戦をともなれば、下手な当たり方をすれば防具を着けていても骨折ぐらいはするだろうからな。美佳ちゃん達は自分達でやる分には慣れてるだろうけど、模擬戦の受け手としては経験不足も良い所だからさ」
「そうね。どんな攻撃にも冷静に対処出来る技量が無いと、咄嗟に相手が繰り出された攻撃に対処できず力加減を誤った一撃を……なんて事にもなりかねないわ」
受け手の技量によって、安全性にも習熟速度にも差が出るからな。受け手と一言でいっても、ただ攻撃を受け止める人形になるのが役目ではない。間合いの取り方、隙の見つけ方、防がれ躱され受け流された後の対処の仕方等々、受け手の技量によって学べる経験に幅が出て来る。
そして稽古で得られる経験に差が出るという事は、実戦に於いての対処能力に差が出るという事だ。人間知らない事には咄嗟の反応が遅れるからな、まして致命的な一瞬にその経験不足が露呈すれば……である。
「まあそういう訳で、美佳達も舘林さん達の稽古相手をしたいのなら、まずは稽古をする為の稽古からだな。ちゃんと力加減を覚えてからじゃないと、相手をする舘林さん達も不安だろうからな」
「「は~い」」
「「ほっ」」
美香と沙織ちゃんは少し不満気な表情を浮かべていたが、舘林さんと日野さんは小さく安堵の息を漏らしていた。
「じゃぁ、そろそろ食べようか。ここ、今は何かフェアやってたっけ?」
「今はマグロのフェアをやってるみたいだぞ。大トロが安いらしい」
話も一段落したので、タブレット端末を使いお寿司を注文する事にした。
そして、その際に一言。
「あっそうそう、ここの支払いは俺達が持つから好きなものを食べて良いからね」
「「「「やった!」」」」
俺が裕二と柊さんと相談し事前に決めていた事を伝えると、美佳達4人は歓喜の声を上げる。
まぁ高級食材を使ったメニューを頼まなければ、6人で食べてもそうそう高い金額になる事は無いからな。
「さぁて、何を食べようかな」
順番にタブレット端末を持ち回しながら、メニューを注文していく。
回転寿司屋を出た俺達は、美佳達がトレーニングウエアを購入したというスポーツ用品店に移動する。寿司屋からあまり離れていなかったので、さほど移動に時間は掛からなさそうだ。
因みに寿司屋のお会計は1万円ちょっと、1人頭2千円いかなかった。
「あっここ、ここのお店で買ったんだよ!」
美佳は前方に見えたスポーツ用品店を指さしながら、ここでトレーニングウエアを購入したんだと説明してくれた。店前に品物入れ替えセールの旗が揺らめいており、そこそこ大きい総合スポーツ用品店である。
「ここか、まだセールやってるみたいだな。同じものが残ってると良いんだけど……」
「まぁ探してみるしかないだろうな」
「そうね」
正直美佳達がトレーニングウエアを購入してからそれなりに時間が経っているので、同じものがあるかは怪しいが似たデザインの物は置いてあるだろうと淡い期待を抱きながら入店する。
店内はかなり余裕を持った商品陳列がされており、各分野別にまとめられていて目的の物を探し易そうだ。
「結構色々と揃ってそうだね」
「そうだな。これなら店員さんのお世話にならなくても、自力で見つけられそうだな」
「そうね。あっ、売り場の総合案内板があったわ」
入り口近くの床に、店内の売り場案内図が貼られていた。
それを見ると、スポーツウエアは店内正面中央左側に纏められている様だ。
「あっちか、じゃぁ探してみよう」
案内図に従って店内を進むと、各分野毎にある程度纏められる形で陳列されたスポーツウエアが見えてきた。基本的なトレーニングウエアから、各スポーツの代表的な形式のユニフォームが並んでいる。
ただ、何というか少し違和感を覚える陳列だ。
「あれ? 妙な配列というか、何か偏ってる?」
「そうだな、何かメジャースポーツのユニフォームが少なくないか? こういう専門店って、もう少し商品を多く置いてるようなイメージがあるんだけど」
「そうね。何というか普通のトレーニングウエアが幅を利かせてる感じだわ」
パッと見の印象でしかないのだが、普通のトレーニングウエアが男女別に一列ずつ両掛けハンガーラックを占有しているのに対し、メジャースポーツと呼ばれる分野のユニフォームが1列を複数分野でシェアしている。
うん、見間違えじゃないよな。明らかに各スポーツ分野の商品陳列数が少ない。
「これって、あれよね? 探索者が増えた影響で、各スポーツ分野の人気や活動が下火になってるって」
「そう、かもね。普通のトレーニングウエアなら、探索者も普段のトレーニングで使う機会も多いから需要はあるだろうし、今まで運動しなかった層が探索者として活動を始めたら販売シェアも変わるよね」
「そうだろうな。下火になり需要が減りつつあるメジャースポーツ、人気が出て需要が増えつつある探索者分野。商売をする者なら、人気があり需要が見込める分野の商品を増やすのは当然の判断だ。栄枯盛衰って奴だな」
「そうなんでしょうけど、こうやって目に見える形で示されると何となく申し訳なさと寂しいって気持ちが湧いてくるわね」
学校の部活なんかでもスポーツ分野の苦境は知っていたけど、こうやってスポーツ用品販売店の売り場面積という形で目にすると、本当に既存スポーツが下火になりつつあるというのを感じさせられる。
無論、これは一時的なものかもしれないけど、各スポーツ業界が探索者というものをどう扱うかという議論に結論を出さずに先延ばしし続ければ、こういった現状が固定化するかもしれないな。
「お兄ちゃん、何してるの? 多分こっちの方にあると思うよ」
「ん? ああ、そうだな。先に目的の物を見つけないとな」
美佳に引っ張られる形で、俺は商品が沢山吊るされたハンガーラックからトレーニングウェアを探し始める。
ちなみに、美佳と沙織ちゃんが俺と裕二のトレーニングウエアを探すのを手伝ってくれ、舘林さんと日野さんが柊さんのトレーニングウエアを探すのを手伝っていた。
「ん、これじゃないか?」
「うーん、なんか似てるけど違うくない? ほらここ、袖の所のデザインが少し違うよ?」
「そうか……やっぱりメンズとレディースで、デザインが少し違うんじゃないか? ある程度色と形が似ていれば、良くないか?」
「そうかもしれないけど、もうちょっと探してみようよ」
数が多いだけに似た様なものが沢山あり、中々美佳達と同じものは見つからなかった。
そんな風に4人であれでも無いこれでもないと探していると、目的の物を見つけた柊さんが舘林さん達を連れこちらにくる。
「どう? こっちは見つかったわよ」
「似た様なのはあるけど、同じものは見つからないね。やっぱり、メンズとレディースでは少しデザインが違うのかも」
「それだけ探してないとなると、そうかもしれないわね。その似ているというもののメーカーは同じなの?」
「メーカーは同じだったよ」
柊さんが見つけたものを見せて貰いながら似ているデザインのトレーニングウエアを比べてみると、やっぱり些細な違いしかなかったので、メンズとレディースの違いとして妥協する事にした。
まぁ袖口の些細な違いでしかないので、近くによって良く良く見なければ気が付かない程度のデザインの差でしかないからな。
「私達が買った時より、2,3割高いって感じだね」
「セール対象外の品だから少し高いけど、まぁ許容範囲内だな」
割り勘した昼食代よりは安いので、まぁ定価でも問題ない値段ではある。
まぁそれよりこうして皆お揃いのトレーニングウエアが手に入ったんだ、また明日から練習を頑張るとしよう。
目的のトレーニングウエアも確保出来たので、ついでに俺達は店内を見て回る。店内はメジャースポーツ分野の売り場が縮小した分、探索者関係の売り場が幅を利かせていた。
流石に武器類は置かれていなかったが、ダンジョン探索の役に立ちそうなキャンプ用品類が多く展示販売されている。そして特に目立つ大型テントの前で、俺達は足を止めた。
「うわぁ、このテント大きいね。何人ぐらい入れるんだろ?」
「説明によると、大人10人が寝泊まり出来るって書いてある。ダンジョン内で1度に10人も一緒に寝泊まりするってのか、どこの企業パーティー用だよ?」
「まぁ一般パーティーじゃ、1度に10人が寝泊まりする機会なんてまずないからな。大体民間探索者パーティーの構成人数は、4~6人が主流なんだよな。モンスターの襲撃を警戒する見張り要員を立てる必要もあるから、4人が寝泊まりできる大きさのテントがあれば十分だろうさ」
「それにダンジョン内なら雨なんか降らないから、目隠しできる幕が有れば十分なのよね。わざわざ組み立てが面倒なテントを持ち込む必要はないと思うわよ」
この大きさのテントは要らないだろと、俺は少し呆れた表情を浮かべながら思う。俺達の様な反則技を持っていない限り、ダンジョン遠征では可能な限り荷物を減らす事が重要になる。食料や医薬品の優先度は高いが、テントは正直なくても良い装備品なのである。
更にこれ見よがしに泊りがけのダンジョン探索に御勧めといったポップが貼られているが、これって遠征素人探索者を騙そうとしてないか? 泊りがけの遠征が出来る様な探索者なら、それなりに収入も安定しているので、この少し高価な大型テントも購入できるからな。
「えぇ、要らないの?」
「ああ、要らないな。普通にキャンプをする為に使うというのならこの広い居住性は良いが、ダンジョン内で使おうというのなら正直厄介な荷物にしかならない」
「そっか……」
俺達の酷評に、美佳達は残念そうな表情を浮かべながら大型テントを見ていた。
いや、大きなテントに憧れる気持ちはわかるんだけど、本当にダンジョン探索においては邪魔なだけだからな? 間違っても買って持っていこうだなんて考えるなよ、無駄な出費でしかないんだからさ。
「あっ、アレも良いんじゃない?」
「おいおい、それは……」
その後俺達はしばらく楽しく騒ぎながら店内を見て回ったあと、トレーニングウエアを購入し各々帰路へと付いた。
さて、さっそく明日使ってみるかな。