第539話 練習はやっぱり基礎が大切だよな
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舘林さんと日野さんの親御さん達との面談も終わった翌日、さっそく本格的な訓練を始める事になった。
とはいえ、まぁ学校のグラウンドでやれる範囲の練習なので、そこまで激しいものではない。基本的には、今まで美佳達とやって来た事と同じなんだけどね。
「それじゃぁ、まずは準備運動からだね。確りストレッチ運動をして、体の柔軟性を上げる事は怪我防止の第一歩だからさ」
「はい。美佳ちゃん達もまずは、しっかり準備運動するのが大事だって言ってました」
「そっか、その辺もシッカリ教えてたんだな美佳」
舘林さんの返答に、俺はしっかりと基本的な指導しているらしい美佳達に感心したような視線を向ける。
「うん、私達もお兄ちゃん達に何度もいわれていたからね。お陰でコレまで、ダンジョン内で大きなケガはしてないから」
俺の問いかけに美佳は自慢げな表情を浮かべながら、今でもちゃんと柔軟運動は継続していると答えた。
ダンジョンでモンスターと戦う際、探索者は瞬発的な動作が多く求められる。例えば静止している状態から、モンスターからの攻撃を反射的に回避する為に飛び跳ねる様に距離を取るといった動作などだ。こういった動きは関節や筋といった部分に大きな負担が掛かり、悪い意味でタイミングが揃えば簡単に壊れたり断裂する。
「そうだな。探索者の中には事前の準備運動やストレッチといった、運動前の基礎を軽視している者は多い。でも、そういうヤツらに限ってダンジョンでは怪我をするんだよ。とっさの動きに体が付いてこなかった、とかいい訳をしてさ」
「確かに居るよな、そういうヤツ。普段碌な運動してないのに、良く分からない自信を根拠にいきなりモンスターと戦い出すヤツだよな?」
「そうそう。特にダンジョンが民間に解放された最初の頃なんて、高額取引されるドロップアイテムに目が眩んで、運動不足のサラリーマンがダンジョンに挑んでアキレス腱を切った何て笑い話をよく耳にしたな」
「その噂話、私も聞いたことあるわ。モンスターと対峙して攻撃を回避しようとしたら、足から変な音がして動けなくなって攻撃を避けられなくて怪我をしたって話でしょ? しかも話のオチとして、診断したらモンスターの攻撃の怪我より、アキレス腱断裂の方が大怪我だったって」
ホント、笑い話である。件の探索者が死んだり重篤な後遺症を負わなかっただけマシではあるが、ちょっとした事前準備の手間を避けたばかりに、自業自得的な大怪我を負うなんてな。
一応、その探索者は回復薬を使って即日回復はしたらしいが、回復薬が無ければ全治数か月単位の大怪我である。
「へー、昔はそんな事があったんですね」
「あったんだよ。まぁお陰で準備運動の大切さが知れ渡ったから、今では大体の探索者が軽くでもやってるよ。適当なものを含めてだけどね」
舘林さんと日野さんは俺達の話を聞き、運動前の準備運動の大切さを改めて認識していた。
いやホント、ダンジョンに入る前に軽いラジオ体操をしてるだけでも大分変わってくるんだよ。特に普段運動しない層の人なんかにはさ。
「という訳で2人とも、運動前の準備運動はしっかりとね。一応回復薬を使えばアキレス腱断裂でも治せるけど、準備運動を確りしていれば防げる事に手持ちの貴重な回復薬を使用したり無駄な出費を重ねるのは馬鹿らしいんだからさ」
特に新人探索者の期間は、無駄な出費は避けないと資金不足に喘ぐことになる。
そして、その苦労を実感している美佳と沙織ちゃんが当時の事を思い出したのか、苦い表情を浮かべながら舘林さんと日野さんに助言をする。
「うんうん、そうだよね。お兄ちゃんがいう様に、回復薬を使えば治るかもしれないけど注意すれば防げる怪我に、回復薬を使うための費用を捻出するのはかなりキツイと思うよ。特に探索者を始めたばかりだと、交通費や食事代なんかの探索にかかる必要経費をドロップアイテムの収入だけで賄うのもきついんだから」
「そうだよね。私達も探索者を初めた頃は、ダンジョンまでの行き帰りの交通費を稼ぐだけでも難しかったもん。ダンジョンに入っている人が多くて、中々モンスターと遭遇出来ないまま時間だけが過ぎていくし、遭遇できたとしてもレアドロップアイテムじゃなければ二束三文の買い取り額。その稼ぎも美佳ちゃんと2人で分けてたから、雀の涙のような額になってたしね」
「ドロップアイテムの収入だけで経費を賄って黒字に出来たのって、確か5階層辺りまで潜った頃だったよね?」
「うん、確かその辺じゃなかったかな? 複数体のモンスターが1度に出現するようになって、ソレに何回か遭遇出来る様になったから、ドロップアイテムの回収効率も上がって収入も増えてって感じだったよね。その前に何度かレアドロップを拾えたから、私達は何とか赤字にはならなくて済んだ感じだよね……運が良かっただけだと思うよ」
遠い眼差しを天井に向けながら、美佳と沙織ちゃんは自分達が探索者を始めた頃を思い出していた。美佳達が探索者を始めた頃は、ドロップアイテムの買い取り額が俺達の頃から比べ、大分下がった頃だったからな。1階層や2階層を回るだけではロクにモンスターと遭遇する事も出来ず、1度の探索では遭遇出来ても1,2回。コレでは真面な収入は期待できないというものだ。
因みに運が良ければレアドロップアイテムを得られ資金的に一息つけるが、スキルスクロールが出た場合は使うか売るかを悩み、結局使ってしまい資金的にアウトに陥り辞める事になったという場合もある。
「そうだな。運良くレアドロップを手に入れられたのなら資金的には一息つけるだろうけど、1,2階層ではモンスターと遭遇すること自体が少ないだろうから、レアドロップは期待しない方が賢明だろうね。アレはそれなりの戦闘回数を熟さないと出ないと思っていた方が良い、だから、極力無駄な出費は抑えないと駄目なんだよ」
「「はい」」
美佳と沙織ちゃんの昔話を聞き、舘林さんと日野さんは少し引き攣った表情を浮かべながら、新人探索者期間の無駄な出費の危うさと節約の大切さを感じている様だった。
舘林さんと日野さんの放課後の練習は順調に終了した。基本的に美佳と沙織ちゃんが教えた練習メニューを熟して貰いながら、俺と柊さんが修正した方が良い所を助言をするという形である。
基礎だからこそ、変な形で動く事を覚えると後々まで影響が出るからな。まだ基礎が固まっていない内に正しい形に修正しないと。
「向こうは終わったみたいだな、それじゃぁ俺達の方もここら辺で終わりにするぞ」
「はぁ、はぁ、ありがとう、ございました」
「ありがとう、ございます」
そして俺と柊さんが舘林さんと日野さんの練習を見ている間、裕二は美佳と沙織ちゃんの2人に素手での対人戦闘の基礎を教えていた。この間、ダンジョン内での襲撃事件の事を話した時に、対人戦の練習をしたいといっていたので、裕二が相手をしてくれているのだ。
そんな訳で、美佳と沙織ちゃんが息を切らせながら裕二に軽く頭を下げながら礼の言葉を口にしていた。
「お疲れ様裕二、どう2人は?」
「うん、まだまだって感じだな。2人ともモンスターとの実戦経験があるから動き自体に迷いはないけど、やっぱり戦い方の基本が対モンスター戦だからな。間合いや呼吸といったモノが少しずれているから、模擬戦を繰り返して対人戦に慣れるしかないだろう」
なるほど。確かにモンスターと人では戦い方も異なるし、美佳達は基本的にダンジョンでモンスター相手に腕を磨いた叩き上げ探索者タイプだからな。モンスター戦に慣れているからこそ、対人戦になればうまくいかないって事もあるだろう。
「なるほどね。じゃあ戦い方自体は問題ないって事?」
「ああ。ちゃんと相手を観察し有利な間合いを保ちながら立ち回ってるし、攻撃も思いきりが良い、防御もシッカリ急所を守るし良く回避していたぞ。ただ逃げたり戦えそうなのは、あくまでも格下か対人戦に慣れてない同格あたりまでだな。対人戦に慣れた同格や格上が相手だと、無傷で逃げ切るってのは難しいかもしれない」
裕二は美佳と沙織ちゃんの現状での戦闘能力に及第点を出しつつ、戦い慣れた同格や格上は厳しいと判断を下した。
「ただし、今回の模擬戦はあくまでも素手での戦いを想定したものだ。普段使っている武器込みなら、もう少しいけるかもしれないけど、相手が武器を持っていたりスキルを駆使してくる場合だと……正直現状の戦闘能力じゃ安心は出来ないな」
「確かに、ダンジョン内で襲ってくる様な相手が素手だけって事は無いよね」
「ああ。ダンジョンに潜るのに、武器無しって状況は中々ないだろう。相手が武器を持っている事は当然って考えておいた方が良いだろう」
裕二の言う事はご尤もである。襲撃者も探索者である以上、何かしらかの武器は当然持っていると考えて良いだろう。そして探索者を襲撃する以上、目に見える武器だけでなく、スキルや隠し武器といった隠し玉も持っているだろうな。
そう考えると、少なくとも素手での戦いで同格や格上からも逃げられる程度の戦闘能力は欲しいな。
「そうなると、美佳達にも色々な対武器の経験をさせておいた方が良いかもしれないね」
「その方が良いだろうな。仮にその武器を自分が使えなくとも、どういった使い方をするのか、どういった間合いをした代物なのかを把握していれば、ある程度対処も可能だからな。初見の武器という物ほど、対峙した時に厄介なモノは無い。何せ、モノによっては不意打ち用の隠し機能なんてものがついてる武器もあるからな」
「あっ、それって映画や漫画なんかに偶に出て来る、柄にバネが仕込まれている刃が飛び出すナイフとか?」
「ああ、そういった類の代物だ。そういう機能があるかも?という可能性を事前に知っていれば、実際に遭遇した時に避けたり防ぐ事も出来るからな。人間の想像できる代物なら、だいたいは実現可能だって爺さんも苦々しい表情を浮かべながらいってたぞ」
重蔵さんが苦々しい表情を浮かべながらって、それってそういう武器に遭遇して不覚を取った事があるって事なのかな?
あっもしかして、裕二の家に色々な武器がコレクションしてあるのって、重蔵さんがその時の事を反省して色々集めた結果って事なのか。
「そうなんだ、じゃぁ流通しているスキルに関しても少し調べた方が良いかもしれないね。最近は確認してないけど以前見た時には協会のHPに、取引されてるスキルスクロールの一覧があったような気が……」
「あるぞ。俺も偶にだけどソレに目を通して、今どんなスキルが流通しているのかは一通りは把握してるぞ。襲撃者の存在は知ってたし、現場にも以前遭遇したしな。あの時は何かされる前に制圧出来たけど、次があった時に知らないスキルなんかを使われると厄介だ。だけど、そういう輩が使いそうなスキルの存在を知っていればある程度は対処できる」
「なるほど。やっぱり定期的に最新のリストには目を通しておかないと駄目だね。裕二だけが知っていても、他のパーティーメンバーが知らなかったら対処が一歩遅れちゃうしさ」
「そうしておいた方が良いぞ。万一俺が真っ先に襲撃されて落とされたら、誰も相手の手札を予測できなくなるってのは避けたい事態だ」
裕二の話を聞き、俺は少し危機意識が足りなかったみたいだと反省する。そういった危険があると理解していたのに、一度無傷で対処出来た事だからと油断し、更に狡猾になるかもしれない襲撃者への備えをしていなかった。折角貴重な情報が一般公開されているのに、調べていなかったのは俺の落ち度といえるからな。
コレは美佳達と一緒にしっかり勉強しないといけないな。
「確かにね。分かった、ちゃんと対処できるようにシッカリ勉強しておくよ。折角だし、美佳達の勉強に使える様に協会のHPからリストをプリントしておこうかな」
「それが良いだろう。この手の情報は、美佳ちゃん達だけじゃなく舘林さん達も知っておいた方が良い知識だ。知っていれば避けられる事故というのは多いからな」
「ははっ、そうだね。気を引き締め直すよ」
いやホント、事故が起こる前に気付けて良かったよ。
「良し、それじゃぁ今日はここまでにして帰るか」
「そうだね」
美佳達の乱れていた呼吸も落ち着いたようだし、そろそろ帰るとしよう。
そういえば週末は裕二の家で、舘林さん達の武器適性を見るって事になっていたけど、ついでに皆で買い物に行くかな? 皆でお揃いのトレーニングウエアを用意しようっていってたし、美佳達に同行して貰った方がモノを間違えることも無いだろうしな。




