第538話 さぁ、明日から鍛えるぞ
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無事に保護者面談?を終えた俺達は、舘林さん達と貸し会議室の前で分かれ近くにある喫茶店に足をのばし一休みする事にした。
前回ほどではないとはいえ、流石に精神的に疲れたからな。
「ふぅ、皆お疲れ様」
「おう、お疲れ。上手く話が纏まって良かったな」
「そうね。事前にある程度結論は出ていたけど、急に気が変わったなんて事になって話がややこしくならなくて良かったわ」
「麻美ちゃん達もホッとしてたよね」
「大丈夫かなって、朝からお腹押さえながら心配してたもんね」
大仕事を終えた俺達は、口々に安堵の息をつく。
今回は結論ありきの面談ではあったが、ここ暫く頭を悩まされ続けた案件だ、まったく心配しないで済むわけでは無いからな。変に話が拗れたら、また頭を悩ませる日々だったしさ。
「そうだね、無事に厄介事が片付いて良かったよ。この後は、相談に乗った先輩として後輩を指導するって形で色々やれば良いかな?」
「ああ、とりあえず初心者探索者がやりそうなミスをカバー出来る程度が目標かな?」
「そうね。最終的には自分達で経験してノウハウを増やしていくしかないけど、初心者が躓き易い部分は先回りして潰しておいても構わないと思うわ」
面倒事が片付き精神的な重しが無くなった俺達3人は、明日から舘林さんと日野さんへの指導をどうするか口々に意見を出し合う。お陰で色々案が出てくる。
「ねぇねぇお兄ちゃん、まず何か頼まない? そろそろ席について結構時間たつよ? ほら、店員さんも何か頼めよって目をしてるし」
「ん? ああそうだな、とりあえず何か頼んだ方が良さそうだな」
話に夢中になり、ふと気が付くとそれなりに時間が経っていた。店内もそんなに混んでいる訳では無いので、美佳がいう様に店員さんが何かいいたげな眼差しをチラチラ俺達の座るテーブルに向けている。
うん、早く何か頼んだ方が良いな。
「とりあえず夕食前だし、何か軽い物を頼むか」
という訳で、俺達はデザートと飲み物のセットを注文する事にした。
そして注文を済ませると店員さんの圧が消えたので、注文の品が届くまで話し合いの続きをする。
「それでまぁ、2人とも基礎運動能力は問題なさそうだから、明日からは持久力を伸ばしつつ実戦的な動きをメインに鍛えようと思うんだけど……どうかな?」
「良いんじゃないか。持久力の方は時間を掛けて鍛えるしかないし、普段やらない動作に慣れるには時間は多目にとった方が良いだろうしな」
「そうね。でもまずは、2人に合いそうな武器探しからかしら? 今は棒術や剣術の基礎を練習させているけど、合っているかと聞かれると少し違和感があるのよね」
柊さんの指摘に、俺と裕二も先日見せて貰った素振りの練習時に感じた違和感を思い出しながら頷く。
まぁ、まだ練習を始めたばかりなので不慣れなだけともいえなくもないけどな。
「そうだね、メジャーな奴を一通り試してもらっておいたほうがいいかもね」
「ああ、ウチの道場にあるやつで試してみるか」
「出来れば実物じゃなく、危なくないモノをお願いね?」
「練習用のヤツもあるから、その辺は大丈夫だよ。さすがに扱い方も知らない素人には、いきなり本物を持たせるのは危ないからね」
どうやら裕二の所の道場には、竹刀みたいな練習用のやつも一通りそろっているみたいだ。
流石というかなんというか、重蔵さんの趣味かな?
「よくそんなに種類があるね、裕二は全部使えるの?」
「いや、流石に全部の武器を使いこなすのは無理だって。いくつかはそれなりに使えるけど、殆どはその武器を持った相手への対処方法を学ぶための勉強道具だよ。それぞれの武器を持ったらどういった動きをするのか、どれくらいの間合いがあるのかってさ」
「ああ成る程、そっちの為に」
裕二の説明に納得し、俺と柊さんは軽く頷く。
しかし、イマイチ理解しきれなかったらしい美佳と沙織ちゃんが首を傾げながらどういうことなのかと聞く。
「えっ、それってどういう事?」
「ん? ああつまり、敵対する相手の持つ武器の特性を素早く把握する練習の為に揃えているって事だよ。ほら、ダンジョンとかでも初めて戦うモンスターより、2度目に戦うモンスターとの方が相手の注意すべき点とかが分かって戦いやすいだろ? 仮にそれが武器を持つ人間が相手だったとしても、技量の差はあれど相手の持つ武器の特性や間合いが分かっていれば対処が楽だからね」
「ああ、それも1対多だったりする場合なんかは、いかに素早く相手の戦い方を把握し自分の間合いを保つかが大切だからな。それにコレは探索者としても、大切な事だよ。例えば戦うモンスターが異種混合だった場合、1種類のモンスターとの戦いに警戒していたら、別種のモンスターの攻撃方法や間合いを見誤って……って事にもなりかねないしね」
裕二は平然とした顔で、ベテラン探索者でも中々に実践が難しい事を口にする。
そのせいで美佳も沙織ちゃんも、その事に気付いたようで眉を顰め何ともいえない表情を浮かべているじゃないか。
「確かにそうですけど、それってかなり難しい事なんじゃ?」
「ま確かに難しい事だけど、意外に何度かやってれば慣れるもんだよ? 上手く対処出来ないと痛い目を見るから、それが嫌で自然とね?」
「……それって出来るまで、怪我をするって事ですよね?」
「訓練だからね。まぁ訓練なら軽い打撲程度で済むけど、実戦じゃ痛いじゃすまないよ」
裕二は少しウンザリとしたような表情を浮かべながら、美佳と沙織ちゃんに訓練の方がマシだよと返事をした。あの表情を見るに異種混合の1対多の訓練をやらされたんだろうな、重蔵さんに。
痛い思いしたんだろうな。
「何というか、大変だったね」
「……ああ、大変だった」
裕二は遠い目をしながら、その訓練を思い返している様だった。
うん、必要かもしれないけど裕二がこうなる様な訓練は辞めておこう。ダンジョンに入る前に別のトラウマを作りそうだしな。
「九重君広瀬君。2人の適性を見る為に試しはするけど、流石にソレは無しよ?」
「うん、勿論そんな事はしないよ」
「ああ、アレはまだ素人がやるには早いからな。やるとしてもかなり後で良いと思う」
裕二、そこはやらないってハッキリいおうよ。美佳と沙織ちゃんなんて、えって顔してるぞ。
柊さんも小さく溜息を漏らしながら、頭を左右に振りハッキリ告げる。
「無しよ。確かに必要かもしれないけど、探索者初心者が潜る様な階層じゃ1対多の異種混合戦なんて起きないわ。10階層程度なら私達だって遭遇した事ないでしょ?」
「まぁそうなんだけど、やっておいて損はないぞ?」
「損はないでしょうけど、時期尚早よ。ダンジョンに行く前に探索者になるのを諦めるわよ」
まぁ実施したら、そうなる可能性は高いだろうな。先行して探索者をやっている美佳や沙織ちゃんだって、今の段階でそんな訓練をしたら精神的に折れかねないと思うぞ。
柊さんの指摘に、裕二は諦めたように少し不満顔を浮かべながら軽く頷く。
「了解、諦めるよ。でもその分、模擬戦なんかの訓練の方はしっかりやるぞ」
「寧ろそっちは重点的にしないと駄目でしょうね。2人とも武術系の経験なんてないでしょうし、確り訓練しておかないと実戦では動けないと思うわ」
「だな」
無理な訓練内容は無くなりそうだが、その分高密度な訓練になりそうだな。舘林さんも日野さんも疲労で体を壊さない様に、確りマネージメントしないといけなさそうだな。
うん、柊さんとその辺の相談しておいた方が良いかもしれない。
「お待たせしました、ご注文の品をお持ちしました」
話を中断する様に店員さんの声が響き、俺達が注文した料理を運ばれてきた。
注文したモノは皆な同じで本日の日替わりデザートセット、小さめのフルーツタルトとそれぞれ好みのドリンクのセットだ。
「ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」
「はい、ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
軽く一礼し、店員さんは去っていった。
「さて、話は途中だけど美味しい内に頂こうか?」
「そうだな、じゃぁいただきます」
「「「「「いただきます」」」」」
「いただきます」
フルーツタルトに乗ってるのはイチゴ、キウイ、オレンジ、ブルーベリーの4種類か。
うん、タルト生地もサクサクしてるし、フルーツの酸味とクリームの甘みがちょうどいい。中々当たりじゃないかな、コレ?
「美味しいね、コレ」
「ああ、ちょうど良い塩梅だな」
裕二もタルトの味が気に入ったのか、美味しそうな表情を浮かべながらコーヒーを一啜りしている。
因みに柊さん達3人はいうに及ばず、幸せそうな表情を浮かべながらタルトと飲み物を交互に口に運んでいた。
「何か、ホッと落ち着くね」
「そうだな」
甘いタルトとコーヒーのお陰で、ヒートアップしていた場の雰囲気が穏やかなものになる。
ヤッパリ精神的に疲れていたらしく、甘いものは効くな。
「まぁダンジョンに行くまではまだ時間あるし、慌てずに練習すれば大丈夫だよ」
「そうだな。まぁ初めてダンジョンに行った時、ケガをしないでモンスターを倒せれば良いんだしな」
「そうそう、いきなりモンスター相手に一騎当千の活躍を求める何てのは、初心者には無茶だよ。怪我をせずに帰ってこれる、それで十分なんだからさ」
「ああ、その通りだ」
甘味の効果か、少々性急だった裕二の意見が軟化した。
「怪我をせずに帰ってくる、初心者の最初はそれで良いのよ。無茶をして怪我をしたら意味が無いんだから」
「ああ、少し気がせいていたらしい。無茶な意見を出してすまなかったな」
「別に良いわよ。探索者を続けていくというのなら、いずれ必要になる訓練なんだから間違った事は言ってないわ」
「そうだね、少し急ぎ過ぎたってだけだよ」
「「そうですよ」」
裕二は軽く頭を下げながら自分に出した意見を取り下げ、俺達も別に問題はないと受け入れた。
タルトを食べ終わり一先ず落ち着いた俺達は、さっそく明日からの訓練と週末の予定について話し合う。
「明日の放課後から本格的に訓練を始めようと思ってるけど、皆は何か問題あるかな?」
「俺の方は特に問題は無いぞ」
「私も大丈夫よ」
「問題ないよ、元々一緒に練習してたしね!」
「私も問題ありません」
どうやら明日から訓練を始めても問題はないらしい。
となると問題は。
「訓練する場所は、また昨日みたいに運動場の片隅かな?」
「そうだな。折角訓練場所が近場にあるのなら、わざわざ遠くまで行く必要はないだろう。特に平日はそこまで時間も取れないだろうし、移動時間でただでさえ短い練習時間を圧迫するのは非効率だ」
「そうね。まだ本格的な模擬戦をする訳でもないし、暫くは運動場を間借りさせて貰いましょう。幸か不幸か、他の部が活発に活動している訳でもないしね」
柊さん、多分それは不幸の方だと思うよ。部員が足りずに活動停止中の部活が一杯いるってのはさ。
まぁそれはさておき、空いてるのなら利用させて貰うのはありかな。
「そうだね。となると、正式に運動場の使用許可を貰った方が良いのかな?」
「別に取らなくても良いんじゃないか? 部活の邪魔といわれたら退けばいいんだし、学校の生徒である以上は俺達にも運動場を迷惑にならない程度に使う権利はあるって」
「そうね。まぁ何かいわれたら、先生経由で許可を取りましょう。どうせ使わせて貰う期間も、そう長くはならないでしょうしね」
まぁ昨日見た運動場の惨状を考えれば、短期間片隅を間借りするくらいなら文句はいわれる事はないかな。
「じゃ明日の練習はグラウンドでやろうか。俺達も着替えを持って行った方が良いかな?」
「そうだな、とりあえず学校指定のジャージを持って行くか」
「私達もトレーニングウエア用意しないといけないわね」
美佳に聞いて、同じメーカーのトレーニングウエアを用意するかな。どうせなら同じもので統一しておいた方が、連帯感が出るし。
それに、俺達で高いメーカー品を用意するのもあれだしな。
「明日はそんな感じでやるとして、週末は裕二の所に良いかな? 舘林さんと日野さんの都合しだいだけど、2人の武器適性を見たいしさ」
「ああ良いぞ、じゃ色々用意しとくな」
「よろしくね。美佳、悪いけど舘林さん達に後で予定を確認して貰って良いか? 空いてるなら、今いった事をしたいって」
「了解、とりあえずメッセージ入れとくね」
「頼む」
舘林さん達への連絡を美佳に頼み、一先ず週末の予定はコレで良いかな。
こうして一通り話も纏まり、俺達はそろそろ良い時間だったので喫茶店を出る事にした。
「さぁて、明日から頑張りますか」
喫茶店を出た俺は、少し清々しい気分でそう口にした。