第537話 今回の面談は気が楽だな
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少し緊張した足取りで貸し会議室の扉の前にまで辿り着いた俺は軽く深呼吸をいれ、一拍間を開けてから
扉を軽くノックする。
すると扉の向こうから、少し明るい感じの男性の声が響いてきた。
「はいどうぞ、鍵は開いてるよ」
「失礼します」
声を掛けてから扉を開けると、4人の親御さん達の姿が目に入る。どうやら全員来てもらえたらしい。
急のお願いだったので、全員の出席は難しいかもと思っていたが、何とかなったようだ。
「お待たせしました、今日は急な呼びかけに応えていただきありがとうございます」
「「「「ありがとうございます」」」」
俺達全員が会議室に入ると、席に座る前に裕二が代表し軽く頭を下げながら面談の招集に応えてくれた事に感謝の言葉を述べる。
そして俺達も裕二に倣い、軽く頭を下げながら礼の言葉を口にする。
「いや、コチラこそ君達には私達の唐突な思い付きのせいで気苦労をかけてしまいすまない事をしたと思っているよ。それなのに、こうして面談の場を用意して貰えたことに感謝こそすれ、迷惑だなんて事は無いさ」
俺達の挨拶を受けた健吾さんは、大変申し訳ない事をしたといった表情を浮かべながら、俺達との面談の機会を得られたことを歓迎してくれた。他の親御さん達3人も、健吾さんと同じ様に申し訳ないといった表情を浮かべながら頭を下げている。
どうやら、今回の急な面談申し込みに関しての不満はないらしい。
「そういって貰えると助かります。こちらから面談したいと頼んだものの、前回からさほど間が空いてないので皆さんのスケジュール調整が難しいだろうと思っていましたので。こうして皆さんが揃った状況で面談を実施出来る事は、大変ありがたい限りです。面会して話したい要件が要件ですので、出来れば皆さんが揃っている場で話したいと思っていましたから」
まぁ話したい用件自体は既に内々に了承を得ている案件だが、正式な場を用意して正式に断ったという形は必要だからな。特に今回の件は学校サイドにも橋本先生経由で漏れているかもしれないので、正式に断りましたというパフォーマンスは必要だ。
内々の話だしと曖昧なままにしていると、痛くもない腹を探られる可能性があるので、潰せる不安要素は先に潰しておくに限る。
「そうだね。確かに内々の話としてではあるけど、依頼主と依頼者として話を進めた以上は、事の進展に関しては正式な形で話を進めた方が良い。だからこの場を用意して貰った事に関して私達としては一切不満は無いよ、当然の対応だからね。さっ、それよりそろそろ君達も席に着いたらどうだい? 君達が立ったままでは、私達も気まずいからね」
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて」
挨拶も話も一区切りつき、健吾さんに促され俺達6人は親御さん達の対面の席につき、舘林さんと日野さんはそれぞれの親御さんの隣の席に腰を下ろした。まぁ前回の面談の時と同じ並びの着順って事だな。
そして皆が席に着いた事を確認し、裕二が背筋を伸ばしハッキリとした口調で今回の面談の本題を口にする。
「それでは失礼だとは思いますが前置きは省かせてもらい、早速本題の方に入らせていただきたいと思います」
「伺いましょう」
裕二のその言葉を聞き、健吾さん達も背筋を伸ばし真っ直ぐ裕二の顔を見る。
「今回、舘林家および日野家から提案されたコンサルティングの件ですが、私達の方で様々な角度から検討した結果、お受けできないという結論に達しました。お受けできないと結論に達した大きな理由といたしましては、主に3つほどあります」
裕二はそういうと、親御さん達の方に向け右手の指を3本立てた。
「1つはコンサルティング料金の課題、1つは依頼期間中の安全面に関する課題、1つは私達の立場に起因する課題です」
今回の件を検討する中で、どうしてもクリア出来なさそうだったのがこの3つである。
「すまない。1つ目と2つ目に関しては娘達から聞いた話から何となく分かるのだが、3つ目について詳しく話を聞いても良いかな?」
「分かりました」
健吾さんの要求に従い裕二は3つ目の課題、俺達の立場に起因する課題の内容について説明する。
つまり学生と探索者を兼業している俺達の立ち位置と、学校が懸念している件についての説明だ。コンサルティングの話を受けた場合、橋本先生との話し合いからすると、学校における俺達の立ち位置がかなり微妙なモノになるかもしれないという話だな。他の生徒に対する影響も鑑み、自主退校及び退校勧告を含めた厳しい処分がいい渡されるかも知れないと。
「そ、それは……」
「まぁ学校側からすると、仕方がない対応だとは思います。学生の探索者に関するルールが正式に定まっていない以上は、生徒が在学中に探索者をやる事自体は各生徒及び各家庭の自主判断と解釈できると思いますが、在校生が金銭を貰い依頼者の生死が関係するような仕事をしようとするとなれば話は別でしょうからね。万が一の事故が起きた場合、何故学校は在校生のそんな活動を黙認したのか?と追及されるでしょうから」
「確かに、そうかもしれないね」
「はい。ですので学生という今の自分達の立場では、探索者のコンサルティングという依頼はお受けする事は出来ません。流石に依頼を受け金銭を得た結果、高校中退というのは……」
裕二が気まずそうに視線を逸らしながら告げると、健吾さん達親御さん達は両手で顔を覆い机に肘を突きながら大きな溜息をついた。まさか学校も関わる大事に発展しかねなかったとは、コンサルティングを依頼した当初は思いもしなかったんだろうな。
そして、やってしまったといいたげに陰鬱とした雰囲気を纏いながら顔を上げた健吾さんが、俺達の顔をユックリと一瞥してから深々と頭を下げる。
「本当にすまない事をしてしまった。その場の思い付きで提案したばかりに、君達にこんな気苦労を背負わせてしまったなんて……」
「あっ、いえ。俺達もこのコンサルティング話を検討した末にだした課題ですし、最初っから分かっていたわけでは無いので」
「それでもだ、だよ。もし君達があの場で話を了承してしまっていたら、とんでもない負債を君達に背負わせていたかもしれないんだ。とてもでは無いが、自分達の仕出かしを軽くは考えられないよ。まして、その対象が自分の娘達と同年代の子達だったかもしれないとなれば……」
「「「……」」」
健吾さんの考えは親御さん全員の思いだったらしく、4人の親御さんは揃って深々と頭を下げ謝罪の言葉を口にする。
「深く考える事なく無茶な依頼をしてしまい、本当に申し訳なかった」
「申し訳ない」
「「申し訳ありません」」
親御さん4人が一斉に頭を深々下げるという光景に、俺達はとても気まずい表情を浮かべながら慌てて頭を上げてくれとお願いした。
つられて舘林さんと日野さんも頭を下げていたので、気まずいったら無いよ。
「まっ、まぁそういう理由で、今回ご依頼していただいたコンサルティングのお話は断らせていただきたいと思います」
「分かりました。どうやらコチラがかなり無茶なお願いをしていた事が理解出来ましたので、コンサルティングのお話は取り下げさせていただきたいと思います。態々お時間を掛け、検討していただきありがとうございました」
こうしてかなり気まずい雰囲気が漂う中、正式にコンサルティング依頼はお断りするという形で話が決着した。
まぁ内々に結論は決まっていたので、スムーズにお断りが出来て良かったよ。
少々気まずい雰囲気が残る中、舘林さん達の近況報告を兼ね話題を変える事になった。
「という訳で、舘林さんと日野さんの基本的な身体能力は性別年齢平均以上に向上しています。もちろん、探索者をやっている学生を除いての平均ですけど」
「私達が昔学校でやっていた、スポーツテストの平均記録をって事だよね? 運動部とか運動が得意なメンバーが混ざっているヤツの平均を超えているというのなら、2人とも結構動けるって事かな」
「もう少し持久力は欲しいですが、探索者を始めるモノに必要な基本的な運動能力には問題ありません。後は一通りダンジョン内での体の動かし方や、モンスターと戦う時の動き方なんかを覚えて貰いたいと思っています」
まだ数日しか訓練に付き合ってはいないが、舘林さんも日野さんも持久力面以外はこのままダンジョンにいっても問題ないレベルではある。
まぁ普段碌な運動もしていない者でも、武器を振り回せるのなら1階層に出るモンスターなら勝てるからな。モンスターを目の前にして、武器を振り回せるのなら。
「? 基礎能力に問題が無いのなら、そのままダンジョンに行っても良いんじゃないかい?」
「まぁ探索者の経験が無い方でしたらそう思うでしょうけど、基礎能力が基準をクリアしていてもモンスターと戦えるかどうかは別の問題なんですよ」
「戦える……それはどういう事なのかな?」
裕二のいい方に疑問符を浮かべた健吾さんが、言葉の意味を問いただしてくる。
「戦える。つまりモンスター相手に怯まず武器を振るえるかという事です。初めてダンジョンでモンスターと対峙した新人の多くが、極度の緊張で上手く武器を振るえずに怪我をする事が多発しているんですよ。ちゃんとした防具を装備していれば軽傷未満で済みますが、お金が無い学生ですと防具が不十分で怪我を、って感じですね。1階層に出現するモンスターは動きも単純で、振り回した武器が良い所に当たれば一発で倒せるんですけど、そもそも武器を振るえないと意味がありませんから」
「なるほど。確かに運動能力があるのと、戦えるかどうかは別問題みたいだね」
「はい。ですので、ダンジョンに入る前に咄嗟に武器を振るえるぐらいにはなっておいた方が安全です。一発で急所に当てられなくとも、緊張をほぐし冷静さを取り戻す時間は稼げますからね」
チーム制が導入されてからも、新人探索者が最初の戦闘で怪我をする確率はたいして減ってないからな。大体の新人探索者は初撃を食らった事で正気を取り戻し、恐怖で我武者羅に武器を振り回して討伐か、同じく正気に戻ったチームメイトに助けられるっていうのが多いパターンだ。
そして運悪くチーム内で初撃を受けた新人探索者が、トラウマを抱えて初日で引退を決意するってのも良くあるパターンなんだよな。
「その為の練習、ってことだね」
「ええ。稚拙でも武器の振るい方を体に覚え込ませておいたら、咄嗟の時の反応が違いますからね。新人探索者にとって、モンスターとの初遭遇時が一番危険です。そこを無傷で乗り越えるためには、事前に練習しておくしかありません」
「身体能力が高いだけでは意味は無い、か」
「探索者という職業は、モンスターと戦って成果を勝ち取る職業ですからね」
モンスターと戦えないと、ドロップアイテムもレベルアップに必要な経験値も手に入らないからな。
「今2人には、武器を用いた基本的な型を覚えて貰っています。武器の振り方ひとつで威力も変わってきますからね。基本の型を知っているかどうかで結構違いますよ」
「すると、君達には武術の指導経験があるのかい?」
健吾さん達は俺達が2人に戦闘の基本を教えているという事に少し驚いた表情を浮かべていたが、まぁ娘と同年代の子供が指導者といわれたら親としてはそういう反応になるのも無理は無いだろう。
つまり、指導者には見た目も大事という事だな。
「決まった型といった基本的な部分でなら教えられますが、本格的な指導は難しいですね。そちらは武術道場やカルチャースクールといった専門家に頼って貰った方が良いです。いくつか紹介できそうな所はありますので、後程娘さん達とどこが良いか相談してみてください。探索者を続けるのなら、最低限の武術経験はあった方が良いと思います」
「ありがとう。その方面の伝手は無いので善し悪しが分からないから助かる、皆と相談の上で決めさせて貰うよ」
まぁ重蔵さんお勧めの道場やカルチャースクールだから、確り通えばそれなりの腕前にはなれると思いますよ。
そして一通り説明を終えた後、改めて舘林さんと日野さんの指導方針について賛成して貰えた。
「今回君達には色々と迷惑をかけてしまったのに、私達の娘達の事を真剣に考えてくれて本当に感謝している。娘達の指導の方針は任せるので、よろしく頼む」
「いえ、コチラとしては親しい後輩から相談を受け、先輩として出来る範囲で協力しているだけですから」
こうして紆余曲折はあったものの話は纏まり、舘林さん達は探索者への道を改めて進み始める事になった。本人達のやる気は十分かつ親御さんの了解も得られたのなら、後は確り準備を済ませ探索者デビューへ向けて邁進するのみだな。




