第536話 そこそこ鍛えられてるのでは?
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活動中の部活生の邪魔にならなさそうなグラウンドの片隅に移動した俺達は、さっそく舘林さんと日野さんの現在の運動能力のチェックを始める事にした。
勿論、確りと準備運動をした上で。
「それじゃまずは短距離走、50m走のタイムから測ろうか?」
「「はい!」」
「それでコースなんだけど、えっと……」
確か以前、体育の授業で50m走を計測した時に作ったコースが大体あそこからあそこまでだったから、メジャーも無いので感覚的な距離になるんだけど……まぁ、あくまでも目安だし適当でいいか。
「とりあえず、そこの木からあそこのポール位までかな?」
「うん、まぁ50mだったら大体そんな物じゃないか? 正確な距離は分からないけど、凡そのタイムが測れればいいんだしさ」
「そうね。今日は正確なタイムが出したい訳じゃないんだし、2人の運動能力が確認できれば良いんじゃないかしら?」
3人揃ってかなり適当な事を言っているので、舘林さんと日野さんは少し困ったような表情を浮かべていた。まぁ、先輩達に良い所を見せるぞと気合を入れている所に、気の抜けるやり取りを見せたらそうなるよな。
「良いんですか、それで?」
「良いんじゃないかな、何かの大会に出ようとしている訳じゃないんだし」
ダンジョンにおいて探索者に求められるモノとは、環境の整ったグラウンドで計測した記録ではなく、いざという時に発揮される火事場の馬鹿力的な能力だからな。整えられた環境やルールのもとでしか発揮できない能力と、咄嗟の判断や動きが求められるダンジョンとでは目安以上のモノにはならない。
まぁ目安に出来れば良いんだけどさ。
「そうですか」
「そういう訳。じゃぁサッサと計測しようか、他にも見たい項目はあるしね」
「「はい!」」
という訳で、さっそく計測を開始する事にした。
スターター役には俺が付き、裕二がゴールでタイムをスマホで計測する。
「一人ずつ測るよ、まずは舘林さんからだね」
「はい!」
舘林さんは気合のはいった返事をすると、少し緊張したような足取りでスタートラインにつく。
俺は舘林さんの準備が整った事を確認し、ゴールに居る裕二に視線を向け軽く手を左右に振り準備完了の合図を送る。そして……。
「じゃぁ行くよ。位置について、用意……スタート!」
「っ!」
スタートの合図と共に、まっすぐ上に伸ばしていた右手を振り下ろす。
すると舘林さんはゴールを目指し勢い良く走り出した。
「……ゴール!」
館林さんが勢いよくゴールラインを走り抜けた直後、ゴールした事を知らせる裕二の声が聞こえる。
そして立ち止まり息を切らせている舘林さんに裕二は歩み寄り、スマホの時計を見せながら軽く声を掛けていた。
「いまの、8秒後半くらいかな?」
「そうじゃないかしら。特別早いって訳じゃないけど、特別遅いって感じでもないわね。去年探索者をやる前に、体力測定の時に測った女子の平均的タイムより少し早いって感じじゃないかしら? 今年のタイムは探索者やってる子達が多かったから、記録としては当てにならないけど」
「そっか。平均以上のタイムなら問題はないかな」
平均以上のタイムが出せるのなら、舘林さんの走力に問題は無いだろう。
そして戻って来た舘林さんから、先程の走りで出したタイムを告げられる。
「8.57秒……まぁまぁのタイムじゃないかな?」
「はい。前に測った時より、少し速くなってました」
「そっか、それは良かった」
館林さんは少しだがタイムが縮まったと、すこし嬉し気に教えてくれた。
目に見える形で訓練の成果がでれば、嬉しいよね。
「それじゃぁ、次は日野さんの番だね」
「はい!」
館林さんの力走を見た日野さんは自分も続くぞとばかりに、気合十分といった足取りでスタートにつく。
そして俺は先程と同様の手順で裕二に合図を送り、ユックリと腕を上にあげる。
「それじゃぁいくよ日野さん。位置について、用意……スタート!」
「っ!」
俺が腕を振り下ろしながら発したスタートの合図と同時に、日野さんは勢いよく走りだす。
日野さんはスムーズに加速していき、先程走った舘林さんよりも早く短いタイムでゴールラインを走り抜けた。
「おっ、足が速いな日野さん。さっきの舘林さん以上のスピードだ」
「そうね。8秒……7秒台かしら? 男子のタイムに近いんじゃないかしら?」
日野さん、思っていた以上に運動能力が高かったらしい。
美佳達との訓練の成果かもしれないが、これだけ動けるのならいざという時の逃げ足には期待できそうである。
「どうでした!?」
「いや、想像以上に速かった。元々足が速かったの?」
「はい! 部活とかはやってませんでしたけど、体を動かす事自体は得意でした!」
「そうなんだ」
日野さんは特定のスポーツなどはやっていなかったらしいが、運動が得意という分類の人だったらしい。その証拠というか、先程の50m走のタイムは7.83秒だったらしい。女子平均を大きく上回る、かなりの好タイムだ。
そしてタイム計測を終え一緒に戻って来た裕二も、2人の走りに感心していた。
「2人とも、走力には問題ないみたいで良かったよ。走るフォームも綺麗だったし、アレなら荷物や武器を持っていても問題なく走れそうだ」
「ああ、そういう視点もあったね。確かにあの走りなら、重心を崩して転倒って事にはならないか」
不安定な荷物を担いだまま走るという事は、重心が移動するという事。重心の制御が下手な者だと、荷物を持ったら転倒なんて可能性もあり得るからな。
もしダンジョンでそんな間抜けな姿を晒したら、確実に怪我をする事になる。
「まぁそうだな、さて、次の項目の計測を始めようか」
「そうだね。館林さんに日野さん、次の計測を始めても良いかな?」
「「はい!」」
「よし。それじゃぁどんどん測っていこうか」
好調な出だしに不安を払拭された俺達は、予定していた計測項目を次々に測り始めた。
50m走、握力、反復横跳び、前屈、上体逸らし、立ち幅跳び、ボール投げ、3㎞の持久走。舘林さんと日野さんには、体力テストで行われる一通りの種目を熟して貰った。
かなりいい加減な計測方法だったが、2人の記録は凡そ平均以上。期間は短いものの、美佳達との訓練の成果が出ていると見て良いだろうな。
「お疲れ様、お陰で現状での2人の運動能力が把握できたよ」
「「お疲れ、様です」」
俺の労いの言葉に対し、舘林さんと日野さんは少し息を切らせながら返事をしてきた。
最後の計測に持久走を持ってきたので、まだ体力が回復しきれていない様である。
「基本的に問題は無いけど、出来ればもう少し体力や持久力は鍛えた方が良いかな。探索者ってお仕事はスキルやレベルが大事だけど、最終的には体力や持久力が一番重要だからね。どれだけ技量が優れていたとしても、体力切れで動きが鈍りました動けませんでは話にならないからさ」
「そうだな。大樹がいう様に探索者がダンジョンで怪我をする要因の多くは、体力切れによる集中力の低下や判断ミスが大きい。どれだけ激しく動いても容易に体力切れをしない持久力、短時間で回復しきる回復力を備える事は探索者にとって必須事項だよ。常に緊張感を強いられ、体力を常時消耗させられるダンジョンにおいてはさ」
「そうね。特に探索者に成りたてのダンジョン初心者だと、モンスターと戦う事よりダンジョン内を警戒しながら歩き回る事こそが一番の難事なのよ。気を張っているから本人は疲労を感じてないけど、確実に体力は削られていて、自覚した時には……って感じになるわ」
俺達3人は舘林さんと日野さんに、探索者をやるにおいて体力向上及び持久力の向上が如何に大切かを説明しておく。
すると話を隣で聞いていた美佳と沙織ちゃんも、俺達の話に同意する様に何度か頷いた後口を開く。
「確かにお兄ちゃん達のいう様に、初めてダンジョンに行った時は凄く疲れたんだよね」
「そうだったね。初めてモンスターと戦った時は少し怖かったって感じはしたけど、そんなに疲れたって感じは無かったのに、ダンジョンから出たら直ぐに凄い疲労感に襲われたんだった」
「そうそう。更衣室に入って武器や防具を外して一息ついたら、急に立ち眩みというか暫く足腰がたたなくて座り込んじゃったんだよね。ダンジョンの中にいた時はちっとも疲労を感じなかったのに、何でだろうって混乱しちゃったんだった」
「うんうん。アレって周りを警戒し過ぎた気疲れで、知らず知らずの内に疲労を溜め込んだ結果だって教えられた時はビックリしたのを覚えてる」
美佳と沙織ちゃんはシミジミとした表情を浮かべながら、あの頃の自分達がいかに体力不足のままダンジョンに足を踏み込んだのかと思い出しながら反省していた。
そんな俺達の話を聞き、舘林さんと日野さんは少し焦ったような表情を浮かべながら、現状での自分達の体力不足に危機感を覚えていたようだ。
「レベルアップすれば確かに体力を含めた身体能力は向上するけど、実感できるレベルまでには時間が掛かるからね。それまでは素の身体能力と体力でダンジョンを探索し、モンスター達と勝負しないといけないからさ」
「話半分だけ聞いて、自分もレベルアップすれば……って思って失敗する新人探索者が結構いるって話はよく耳にするな」
「実感を感じるレベルに達する前に怪我をして引退……よく聞く話なのよね」
「始めた最初の頃が一番きついんだよね」
「レベルアップの効果を実感できるようになり始めたのって、ダンジョンに挑戦して何回目ぐらいだったかな?」
現役探索者の5人が口を揃え同じ意見を出している以上、探索者志望の舘林さんと日野さんができる返事は1つだった。
「「頑張ってトレーニングを続けます」」
「地味で退屈かもしれないけど、毎日コツコツと訓練を積み重ねていけば確実に効果は出るから頑張ってね」
少し意気消沈したような表情を浮かべながら、舘林さんと日野さんはトレーニングを継続する事を約束した。まぁ基礎的な運動能力には問題ないので、後は時間を掛けて体力向上を目指す感じだな。
まぁそれと同時に、対モンスター戦を見据えた戦闘技能向上訓練もすることになる。
「じゃぁ、皆で一緒に訓練をしようか?」
学校が終わった放課後にグラウンドの隅で部員全員で訓練をしながら日々を過ごしている内に、日は経ち第2回目の舘林さんと日野さんの親御さん達との面談をする日を迎えた。
面談会場は、前回も利用したビルの貸会議室だ。
「さて、皆揃った事だし待ち合わせ場所にいこう」
学校を終えた俺達は一旦部室に集合した後、全員で約束の時間に間に合う様に移動を始めた。
その道すがら、舘林さんと日野さんにこれから面談する親御さん達の様子を尋ねる。
「それで2人の親御さんの様子はどうなのかな? コンサルティングの件は断るとはいったけど実際の所、不満に思ってるなんて風に見えなかった? 急な面談をお願いしちゃったし迷惑そうにしていなかったかな?」
「それは無いと思います。今日の朝だって、家を出る時にお父さんとお母さんから先輩達によろしくいっておいてくれっていわれましたし」
「ウチも同じです。先輩達を困らせる様な提案をしてしまって申し訳なかったっていってました」
「そっか、それならいいんだけど……」
どうやら大丈夫らしいと、俺は小さく安堵の息を漏らす。自分達から面談を申し込みはしたモノの、やっぱり不躾すぎたかなといった不安はあったからな。もう少し相手側のスケジュールを確認してからでもよかったのでは? なんて事も、舘林さん達にお願いしてから思い返したりもした。
必要な事とはいえ、学生にするにはなかなかハードルの高いお願い事である。
「それに最近は美佳ちゃん達や先輩達に色々教えて貰っている事も伝えていますので、両親はとても感謝していました。自分達の無茶なお願いのせいで困らせてしまったのに、丁寧に教えてくれているって」
「まぁ後輩が夢に向かって一生懸命に頑張ってるんだから、先輩としては手助けしたくなるよね」
「おかげでまだ少しですけど、ここ数日の訓練だけでも自分達の成長を実感できています」
対モンスター戦における、戦闘技能が向上しているという形での成長だけどね。まだまだ未熟な面が目立つけど、それなりに振れる様にはなっている。
確かに成長といえば成長だけど、及第点を出せるようになるにはまだまだ時間が掛かるだろうけどね。
「あっ、あそこのビルだったね」
そして話しながら歩いている内にビルの近くまでたどり着いていたようで、少し先に見覚えのあるビルの姿が見えた。1週間ほど前にも来た、貸会議室のあるビルである。
さぁて、ココまで来たんだ。尻込みしてないでいくか。




