第534話 しっかり育てないとな
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一通りの方針は定まったのでコレから暫くは、基礎訓練と物品の品定めと購入の期間かな。舘林さん達的には早く探索者資格を取りたいとは思うが、下準備が不足している状況で直ぐに動く事は出来ないだろう。
それと、時間があるのならやっておかないといけない事もあるしね。
「とりあえず暫くはこの方針で進めて行けば良いと思うけど、舘林さんと日野さんにお願いしたい事があるんだけど良いかな?」
「お願い、ですか?」
「うん、まぁそんなに難しいお願いじゃないから」
少し不安げな表情を浮かべる2人に、俺は安心する様に小さな笑みを浮かべながら話しかける。
まぁこれだけ色々と世話を焼いてくれる先輩が、態々お願いがあるなどといったら不安になるよな。
「ほら、さっきコンサルティングの話を断るっていったよね? 2人の親御さんにもそう伝えて欲しいとはいったけど、出来ればこの間みたいに全員が集まった正式な場を設けて断っておきたいんだよ」
「場の勢いみたいな形で出された話だけど、一応とはいえ正式に契約検討を依頼された話だからな。急ぎ連絡という形で舘林さん達から伝えて貰うのは良いだろうけど、正式に断る場があった方が良いだろう」
「そうね。ついでに2人の育成方針についても、その時に伝えて了承を貰った方が良いと思うわ。コンサルティングって話が出てくるくらいだし、どういう指導方針で動いているのか分からない状況は親御さんとしても心配でしょうからね」
様々な理由からコンサルティング話を断るのは確定だが、依頼した親御さんからしたら何故?ってなるだろうからね。いくら事前に断って貰っても構わないといって貰っているとはいえ、ちゃんと断る理由は説明しないとな。
断る理由自体は舘林さん達に説明しているので伝わるかもしれないが、正式に断ったという形式と誠意の問題でもある。
「また時間を割いて貰って全員に集まって貰うのは心苦しいけど、ちゃんと断る場を設けとかないとね。一応舘林さん達の方からある程度の経緯は伝えて貰えるだろうから、集まるまで多少の時間は空いても大丈夫だから」
明日明後日に急ぎ集まって貰いたいとかいう要件では無いので、ある程度日が空いても大丈夫だ。
まぁ1,2週間もあれば会う事が出来るんじゃないかな?
「分かりました。今日の事を報告した上で、両親にはその様に伝えます」
「頼むね。特に急いでいる訳じゃないから、無理に予定を調整とかしないで貰っていいから」
「はい」
俺達からのお願いを、舘林さんと日野さんは頷き了承してくれた。
話も終わり中々に良い時間になっていたので、俺達は部活を終え帰る事にした。昨日は必要とはいえ重苦しい話がメインになり何ともいい難い雰囲気になってしまったが、今日は皆穏やかな雰囲気で帰る事が出来そうだ。
やっぱり気になっていた案件が無事に解決したのが大きいな、後始末は残っているけど。
「それじゃぁ、2人とも気を付けて。親御さん達にもよろしく」
「「はい!」」
校門を出て暫く歩いてから、俺達は舘林さん達と分かれた。
そして次に柊さん、裕二、沙織ちゃんといった順で別れ、残った俺と美佳は一緒に家路につく。
「何とか上手くまとまったな」
「そうだね。昨日の感じだと、麻美ちゃん達が探索者になるのを諦めちゃうかもと思ってたんだけど……」
美佳は一瞬寂しげな表情を浮かべた後、小さく笑みを浮かべながら安堵したような表情をする。
「皆とダンジョン探索に行きたい、か。確かに俺達が探索者をやっているのに、自分達だけが探索者をやっていないってのは疎外感を感じる環境だよな」
「うん。私達もダンジョンに行った時の事を良く聞かれてたし、2人も探索者に興味があるんだくらいにと思って色々話してたから。思い返してみれば、話をしている時に沙織ちゃんとだけで話が盛り上がっていた事も何度もあったから、アレも良くなかったのかもしれないね」
「身内話で盛り上がる、か。俺達も知らず知らずにやっていたかもな」
美佳はすまなさそうに自嘲の笑みを浮かべ、俺も後頭部を右手で掻きながら何処かでやっていたかもと思い返した。
俺達が知らず知らずに積み重ねた結果が、舘林さんと日野さんに探索者にならなければと無用のプレッシャーになっていた可能性は否定できないよな。
「でもまぁ、何だ? 友達が夢を諦める事なく、一緒に冒険したいっていってくれて良かったじゃないか」
「そうだね。確かに昨日の話は私達的にも衝撃的だったけど、探索者をやっていくなら知らないでいる訳にもいかない話だもん。アレで麻美ちゃん達が怖がってやめても仕方ないと思っていたから、続けるっていってくれたのには驚いたけど嬉しかった」
「そうだな」
心が揺れている所に初心を思い出させるという揺さぶりで半分仕向けた感はあるが、良く諦めずに先に進む決断を出来たものだ。
「そういえば、美佳と沙織ちゃんで舘林さんと日野さんを鍛えていたんだな」
「ああ、うん。探索者になるにはどうしたら良いのかって相談を受けて、まずは基礎体力をつける所かなって話になってね」
「それでランニングに筋トレか」
「うん。2人とも、特にスポーツとかをやっていたっていう経験はないっていっていたから、まずは軽い運動からって感じで」
詳しく美佳から話を聞いてみると、相談を持ち掛けられたのが文化祭の終わった直ぐの頃らしく、丁度俺達が訓練所探しに駆け回っていた頃の事だったらしい。
そりゃ、俺達が知らない訳だ。
「基本的に大体学校が終わった後に、学校のグラウンドの隅っこを借りて走ったり筋トレをして貰ってたよ。今は活動している運動部も少ないから、活動の邪魔にならない場所って結構あるからね」
「……それは良い事なのか悪い事なのか分からないな。美佳達的には良い事なんだろうけど、学校や運動部からすると頭を抱える問題だよな」
活動している運動部の邪魔にならない場所がいっぱいあるという事は、それだけ活動を休止している、あるいは縮小している運動部が多いという事だ。
運動部系に入部した新入生が、夏休みが明けてから探索者活動を理由に辞めているとは聞いたけど、こんな所にも影響が出ているんだな。
「ははっ、そうだね。でもおかげで麻美ちゃん達のトレーニングも捗ってるよ。でもまぁ、まだ始めて間もないから、劇的な成果は出てないんだけどね」
「今から始めるよりは時間短縮できるから、十分だよ」
館林さんも日野さんも最低限、動けるくらいの基礎は出来てるみたいだ。
全くのゼロから始めるのと、少しでも鍛え始めているのではまるで違うからな。
「モンスターを前にして武器を振るって正確に目標に当てるというのは、簡単なようで難しい動作だからな。力を入れ過ぎたり目を瞑り目標を大きく逸れる、そもそも武器を振れない、といった、一般人探索者志望が初期の頃のダンジョンには溢れていた。今でも下調べも下準備もせずに突撃して、モンスターに返り討ちにされて近くの探索者に救助されるってのはままある事だ」
「そうだね。私達もだけど、最初は武器の重さに振り回されて真っ直ぐ振るのも難しかったな。麻美ちゃん達も始めたばかりの頃は、素振りで振り下ろした棒を止められずに地面を叩いて手を痛そうにしてたよ」
素人あるあるだな。力いっぱい振れといったら、止める時の事を考えずに力いっぱいに振って地面を強打し痛がる光景は。
まぁあれも考え無しに振るったらどうなるかを体で覚える役に立つので、必要な失敗の教訓ともいえるんだけどな。
「素振りをしている時なら手が痺れたという程度で済むけど、ダンジョンでモンスターを前にしてそれをしたら大怪我一直線だからな。探索者が自分の不手際で自爆したとしても、モンスターが攻撃を待ってくれる訳ないんだからさ」
「……そういえば、そんな事やってる人をダンジョンで見たね。周りに仲間の人が居たからすぐにフォローしてたけど、モンスターを前にしてアレは無いよね」
「そうだな、でもアレは事前に軽く武器を振るう練習していれば防げる類の失敗だ。そんな事もしてこなかった輩にはいい薬だよ。チーム制がまだ導入されていなかった昔なら、その失敗で何人も大怪我をしていたらしいからな」
「チーム制が導入されてよかったよ」
初期の頃のダンジョンでは、探索者が怪我をする原因の上位にランクインしていたという、笑えない原因だからな。チーム制が導入された事で怪我をする新人探索者は減ってはいるが、新人ばかりのチームなせいで援護対応が遅れて怪我をする者はいなくならないけどさ。
まぁ多少の怪我なら回復薬を使えば跡形もなく治るから、高い授業料だと思うしかない。
「まぁそんな訳だから、美佳達が指導している基礎トレーニングをしている分、舘林さん達は現時点でも考え無しで下準備もせずにダンジョンに飛び込んでいく新人探索者より大分マシな状況だ。後は相応の体力と筋力、装備品なんかを揃えたらダンジョンに行く準備としては及第点だろうな」
「そこら辺と比べると、確かに及第点だね」
美佳も軽く頷き、俺の意見に同意する。
「そうだろ? 後は実際にダンジョンに向かって、モンスターを前にしても怯まない根性とモンスターを倒す耐性を手に入れたら一端の新人探索者だ」
「その辺は、実際にダンジョンに行ってみないと分からないよね」
「まあ今日の2人の気概を見る限り、乗り越えられない事は無いと思うぞ。無理そうなら、今日の問いかけをした時点で探索者になる事を断ってただろうからな」
対モンスター戦に限らず対人戦の可能性も示唆した上で、探索者になるかどうかを問いかけていたからな。戦う事を忌避するような心持ちだったのなら、あの時点で2人とも身を引いていたはずだ。
それでも目標を定め探索者になる道を進む事を決めたのなら、まぁ乗り越えられる見込みはある。
「そうだね。でもモンスターと戦う最初の頃は忌避感で一杯になるだろうから、私と沙織ちゃんで確りサポートするよ。一応私達も経験者だから、気持ちは分かるしね」
「そうしてくれると助かる。俺達もサポートする気では居るけど、俺達じゃ2人も気兼ねするだろうからさ。やっぱり2人にとって気軽に話せるのは、身近な同級生である美佳達だろうからな」
年上の先輩に相談するというのは、心情的になかなか難しいだろう。学生にとって1学年差というものは、結構大きい壁だからな。
身近とはいっても、相談するならまずは同級生同年代の者となるのが大半だろう。
「うん、分かった」
「頼むな。後は向こうの親御さん達がどう判断するか、理由を聞けばコンサルの話はもういいってなるだろうけど、指導方針の方はうんといってくれるか」
既に美佳達が軽く教えてはいるが、親御さん達には武術系カルチャースクールをいくつかピックアップし紹介すると伝えている。話し合いの後にその辺を調べているのなら、俺達より豊富な指導実績がある専門家にと判断する可能性もあるからな。
断ったからといっても、話し合いの感じだと俺達に任せてくれそうだけど、その辺がハッキリするまでは基礎固めに終始するのが無難だろう。
「麻美ちゃん達も今日帰ったら話すだろうから、明日何か教えてくれると思うよ?」
「そうだな。まぁなる様になる、だな」
そんな話をしている内に、俺達は自宅の前にたどり着いた。まぁ今の段階であれこれ考えても仕方がない、どうするか返事を聞いてから対応するだけだな。
さて、今日の晩飯は何かな?
翌日、学校の授業も終わった放課後、先に部室に到着した俺達3人は美佳達を待つ間、舘林さん達の指導内容について少し話し合っていた。
基本的に美佳達がやっている訓練を継続しているが、俺達としても何か教えた方が良いのではないかと。
「いやいや裕二、流石に模擬戦はまだ早いんじゃないか? もう少し基礎体力をつけてからの方が良いって」
「そうか? 戦闘感てのは素振りだけしていても身につかないから、結局は模擬戦か実戦で鍛えるしかないんだぞ?」
「それは否定しないけど、まだ自分に合う得物も決まってないんだし、それからでも遅くなくないか? 変な癖が付くと、修正するのに苦労するよ?」
「なに、ソレも経験だよ」
裕二は早めに舘林さん達の戦闘感を鍛えようと主張しているが、俺は時期尚早だと反論する。
柊さんはどちらの方針も間違っていないと思っているからか、俺達の話し合いを見守りながら沈黙している。
「「「「お待たせしました」」」」
とまぁそんなこんな話をしている内に、美佳達が部室に到着した。
そして一緒に舘林さんと日野さんの表情が穏やかそうに見えるので、親御さん達との話し合いが上手く行ったのかな?




