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朝起きたらダンジョンが出現していた日常について……  作者: ポンポコ狸
第5章 ダンジョン中層階に向けて
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第51話 父親の説得の前に

お気に入り9490超、PV3140000超、ジャンル別日刊18位、応援ありがとうございます。

来年も、よろしくお願いします!



パッと見……柊さん家のラーメン屋は、コンビニの居抜き物件の様な感じのお店だ。

 外壁を木目が綺麗な木材が覆い、屋根の上にある大きな一枚板風の看板はライトで照らし出されている。店の前には自動車5,6台分の駐車スペースが確保されており、国道を走る車も気軽に入り易そうな作りである。 


「ここが家の店、“らーめん本舗ひいらぎ”よ」

「「へー」」


 柊さんの紹介を受け、俺と裕二はお店を見上げ感嘆の声を上げる。 

 

「さ、何時までも立っていないで行きましょう。今日は早めに店を閉めて、家族会議をするって言っていたから」

「えっ、良いの? 今からが夕食時で、飲食店には稼ぎ時じゃないの?」


 店の方に歩き出しながら漏らした柊さんの言葉に驚き、俺は思わず声を上げる。

 飲食店が、夕食時と言う一番の稼ぎ時に店を閉める?定休日でもないのに?


「確かに、今からが一番の稼ぎ時よ。でも、私が登校する時にそう、お父さんが言っていたから……」

「……へぇ」


 柊さんの探索者試験を受ける志願動機を聞いた時にイメージした、柊さんのお父さんの人物像と少し違う感じだな。自分の理想の為に娘を平気でダンジョンに放り込む親、って言うイメージをしていたんだけど……。娘の説得の為に、稼ぎ時でも臨時休業する決断を出来るのか。

 柊さんの後ろに付いて店に近付くと、入口近くに設置してあるメニュー表の立て看板に“臨時休業のお知らせ”と書かれた大きな張り紙が出ていた。

 どうやら本気で、娘に探索者を辞めさせるつもりらしい。


「さっ、どうぞ。入って」

「えっと……お邪魔します?」


 ラーメン屋に入るのに、お邪魔しますと言うのはどうかと考えたが、他に良い言葉も思い付かなかったので仕方が無い。

 入口の扉を押し開き店内に入ると、某牛丼チェーン店の様なT字配置のテーブルと椅子が並んでいる。無人の店内にはトンコツ系のラーメンスープの匂いが漂っており、俺の腹が空腹を訴えていた。


「ただいま! お父さん、お母さん……どっちか居ないの!?」


 柊さんは無人の店内を見回した後、バックヤードの方に向かって声をかけた。

 柊さんが声をかけて数秒後、バックヤードの入口があると思わしき厨房の奥から、店のロゴが白抜きされた藍色のエプロンと藍色のバンダナを付けた女性が姿を見せる。


「お帰りなさい雪乃。……あら? 雪乃のお友達かしら?」


 柊さんのお母さんは軽く目を見開き、俺と裕二を興味深げに観察してくる。まぁ、行き成り娘が同年代の男を……それも二人も同時に連れてくれば驚くか。 

 俺は柊さんのお母さんを、鑑定解析を使わず観察する。柊さんのお母さんの容姿は、髪を後ろで纏めた眼鏡を付けていない成長した柊さんだ。柊さんって、お母さん似なんだな。


「ええ、そうよ。紹介するわね、九重大樹君と広瀬裕二君よ。私と一緒にダンジョン探索をしている、探索者仲間よ。二人には、今日の話し合いに参加して貰おうと思って来て貰ったの」

「ええっと……雪乃? 貴方、男の子と一緒にダンジョンに潜っていたの? 私、聞いてないわよ?」

「言ってないんだから、知らなくて当然よ」


 柊さんのお母さんは、柊さんの衝撃発言に戸惑いの声を上げている。対して柊さんは、何処吹く風といった様子でお母さんの疑惑の眼差しを受け流していた。

 って、言っていなかったの?

  

「じゃぁ、2人にお母さんの事を紹介しておくわ。私の母親で、柊美雪(ひいらぎ みゆき)よ」


 動揺する柊さんのお母さん……美雪さんを尻目に、柊さんは俺と裕二に母親を紹介する。

 美雪さんと目があったが、何となく気不味い。でも、まぁ、取り敢えず……。


「九重大樹です。柊さんには何時もお世話になっています」

「広瀬裕二です。柊夫人が心配している様な事は、一切有りませんのでご心配無く」


 俺と裕二は軽く頭を下げながら、美雪さんに挨拶をする。 

 裕二が美雪さんの不安と疑念を解こうと、一言付け加えているが……効果はあるのだろうか? 


「ええっと……柊美雪です。こちらこそ、家の娘がお世話になっているようで……」


 美雪さんも俺達に軽く頭を下げ挨拶をするが、俺達に向けてくる眼差しには幾分か疑惑の色が見える。

 まぁ、仕方ないか……一人娘みたいだし。美雪さんの疑惑は、ユックリ解いていこう。


「さっ、自己紹介も終わった事だし、話を始めたいと思うんだけど……お父さんは?」


 バックヤードの方を覗いていた柊さんは、お父さんが何時まで経っても出て来ない事に首を傾げ、美雪さんに顔を向けお父さんの行方を聞く。


「お父さんなら、少し前に出かけたわ。もうそろそろ、戻ってくる筈よ」

「そう」


 柊さんはお父さんの行方を聞き、少し顔をホッとさせる。

 

 

 

 

 

 

 立ち話もなんだと美雪さんに言われ、俺達はお店のカウンター席の椅子に座る。美雪さんに出して貰ったお茶を俺と裕二が静かに啜っている間、少し離れた位置に移動した柊さんと美雪さんで親子の話が進んでいた。 

 レベルアップの御陰で強化された耳には、同じ部屋で行われるヒソヒソ話程度は丸聞こえだ。

   

「それより雪乃。お母さん、少し貴方に聞きたい事があるんだけど……」


 美雪さんは柊さんに、小声で疑問を投げかける。


「本当に貴方、あの2人と一緒に3人でダンジョンに行っていたの?」

「ええ。探索者試験以来、ずっと三人で行動していたわ」

「そう……何もないわよね?」

「ええ。広瀬君も言っていた様に、お母さんが考えている様な邪な事はしてないわ」


 美雪さんは柊さん本人の口から直接聞いて、漸く納得したのか溜息を吐き柊さんに苦言を呈す。


「いい、雪乃? 今は何もなくて大丈夫でしょうけど、貴方も女の子なのよ? 軽はずみな事をしない様に、気を付けなさい。良いわね?」

「分かってるわよ」

「……本当に分かってるのかしら、この子は? はぁ……私も貴方から友達とダンジョンに行っているとだけ聞いていたから、女の子友達と行ってるとばかり思っていたわ」


 うーん。

 どうも美雪さんには、俺と裕二がいつ送り狼になるんじゃないかと疑われている様だな。早めに誤解は解いておいた方が良いな。

 ちらりと隣に座る裕二に視線を送ると裕二も俺に似た様な視線を送って来ており、俺達は無言で頷きあった。


「それで雪乃。貴方、コレからどうするつもりなの? お父さんが言う様に、探索者を辞めるのかしら?」

「ん? 私、探索者を辞めるつもりは無いわよ?」

「……本気なの?」

「ええ。本気よ。それに、今辞める訳にはいかない理由もあるしね」

「理由?」


 美雪さんは柊さんが言う理由に心当たりが無いのか、首を傾げている。

 オーク素材も最近は流通量が増え価格が落ちているからな。


「借金があるのよ」


 柊さんは言葉短く、探索者を辞めない理由を美雪さんに告げる。


「……えっ!? 雪乃、貴方借金があるの!?」


 一瞬、美雪さんは柊さんが言った言葉の意味を理解出来ずに呆けていたが、直ぐに顔色を変えながら驚愕の声を上げた。

 柊さんはお茶を一口飲んで喉を潤した後、美雪さんの疑問に答える。


「ええ。今までダンジョンに持って行っていた武器が壊れて、新しい武器を調達する為の費用を借りたのよ」

「借りたって、何処に!? 幾ら借りているの!?」


 美雪さんは、借金をしたと言う柊さんを激しく追求している。まぁ、武器の購入費用となるとそれなりに高額だからな。そんな額を高校生に貸す所など、先ず真っ当な所ではない。


「安心して、お母さん。借りたと言っても、闇金何かの類いからは借りていないから安心して」

「じゃぁ、どこから借りたのよ? 高校生にお金を貸し出す所なんて……真っ当な所じゃないわ」

「借りたって言う意味で言うと、私達3人から借りているよ」

「?」


 柊さんの言葉に、美雪さんは頭に疑問符を浮かべている。


「私達3人で出し合ってプールしている、パーティー資金から足りない分を借りているのよ」

「……ああ、そう言う事」


 美雪さんの顔に理解の色が浮かぶ。


「私がダンジョンから、何時もオーク素材を持ち帰っているのは、お母さんも知っているわよね? 私達のパーティーでは、基本的にドロップアイテムを換金して山分けにしているのよ。私がオーク素材を換金せずに持って帰るから、2人が気をきかせてくれたのよ。換金総額からオーク素材分の鑑定額を3人分差し引いて、残りの金額をパーティー資金としてプールしているの」


 まぁ、俺の空間収納のスキルが無ければ、普通出来無いやり方だけどな。何時もバランス良く換金総額が、オーク素材の換金額3人分より多くなると言う事はないだろうし。

 金銭的トラブルほど、人間関係が壊れる原因になる要因もないからな。


「そう……で、雪乃は幾ら借りている事になっているの?」

「そうね……50万円くらいかしら?」

「えっ!? そんなに!?」


 柊さんがサラリと借金が50万円あると言うと、美雪さんが悲鳴の様な引きつった声を上げる。まぁ、高校生の娘が50万円も借金が有ると言えば驚くか。

 でも、そんなに驚くような金額でもないと思うんだけど……。

 

「ええ。でもお母さん、そこまで驚く様な金額かしら?」

「貴方、何を言っているの!? 50万円て言えば、家のラーメンを何杯売らないといけないと思っているの!?」

「……あっ」


 言われてみれば、美雪さんの言う通りだ。

 普通50万円を稼ごうと思えば、何れ程大変な事か……。最近ダンジョンに行けば楽にお金を得られるから、どうも世間一般と比べて金銭感覚が狂っているようだ。

 チラリとカウンターの上に置いてあるメニュー表を見ると、一番安いラーメンは一杯500円程。これで50万円稼ごうと思えば1000杯ほど売る必要があり、更に色々な経費を除いてたらその倍は売る必要があるだろうな……。仮に1日100杯売れるとしても、20日近くかかる。

 ……うん、俺達の金銭感覚のズレがヤバイ事になっているな。一度どこかで、普通のバイトをして金銭感覚を養っておいた方が良いかも知れない。

 俺は、自己嫌悪で酷く憂鬱な溜息を吐く。隣に座る裕二にチラリと目線を送ると、裕二も俺と同じ様な憂鬱な表情を浮かべ苦笑いを漏らしていた。 


「どうしてそんな金額を借りる前に、私達に一言相談しなかったの!? 言ってくれれば、用立てて上げたのよ。ねぇ……雪乃。お母さん達は、そんなに頼りないのかしら?」


 美雪さんが、やり切れなさそうな悲しい表情を浮かべ柊さんに真意を問う。 

 

「そ、そんな事ないわよ」

「じゃぁ、どうして相談してくれなかったの?」

「えっと、あの、その……」


 柊さんは、美雪さんへの返事に窮していた。これは……助け舟を出すべきだろうか?

 俺は裕二に視線で、柊さんを助けるべきかと尋ねると静かに首を横に振った。どうやら、柊さんが自分で解決すべき問題だと裕二は判断したようだ。まぁ、家族間の問題に、余り他人が深入するのもどうかと思うしな。俺も柊さんから直接助けを求められるまでは、静観しておくか。


「ねぇ、どうして?」

「あ、あのね、お母さん。確かに50万円って言葉にすると大金だけど、そこそこの実力がある探索者なら、一ヶ月もダンジョンに潜れば稼げる金額なの。だから、無計画に借りた訳じゃないのよ」

「……雪乃」


 柊さんの必死の申し開きを聞いても、美雪さんの疑念は解消するには至らなかった様だ。

 美雪さんの表情は、親を安心させようと奮闘する娘を気遣う様な痛々しい物だった。


「ほ、本当だから、そんなに疑わし気な顔をしないでよ。九重君、広瀬君! お願いだから、二人からもお母さんに何か言ってよ!」

 

 思ったよりも早く、柊さんから救援要請が来た。

 美雪さんの視線が、柊さんから俺達に変わる。その眼差しが、何処か非難めいているのは気のせいだろうか?

 俺は軽く咳払いをした後、口を開く。


「えっと、あの、柊さんのお母さん?」

「……美雪で良いわよ」

「そうですか。では失礼して、美雪さん。柊さんが言った、一ヶ月で稼げると言う事は事実ですよ」

「……ほんと?」


 俺の言葉に、美雪さんは疑わしげな眼差しを送ってくる。まぁ、初対面の人物が言ってもすぐには信じられないか。

 となると、何か証拠を見せる必要があるな。一番良いのは協会発行の換金証明だけど、今手元にないし……仕方ない。アレを見せるか。 

 俺はスマホをポケットから取り出し、ネット銀行の口座入金記録を表示する。

 

「はい。その証拠に……コレを」


 俺は席を立って柊さん達に近付き、口座入金記録が表示されたスマホを美雪さんに渡す。


「表示されている金額は、最近ダンジョンに行きドロップアイテムを換金した金額です」

「えっ!? こんなに!?」


 美雪さんは、スマホを覗き込み目を見開く。

 スマホの画面には、10万円を超す金額が表示されていた。


「はい。ですので先程柊さんが言った、一ヶ月で稼げると言うのは大げさな事ではありません」


 俺はスマホを回収しながら、美雪さんに柊さんの話は間違っていないと念を押す。美雪さんは唖然とした表情を浮かべながら柊さんを凝視し、柊さんも俺の発言に同意する様に何度も上下に顔を振る。

 そして、唖然とする美雪さんの心の隙を突く様に柊さんは説得を畳み掛けていった。

 


 

 

 

 

 どうやら話は纏まった様だ。

 俺と裕二は2杯目のお茶を飲みながら、柊さん母娘のその様子を静かに眺めていた。


「分かったわ、雪乃。貴方が探索者を続けると言うのなら、私はもう何も言わないわ」 

「ありがとう、お母さん」

「でも、お父さんの説得は貴方がちゃんとしなさいよ?」

「うん」

「一応、私も口添えはして上げるわ」

 

 美雪さんの説得には成功したようだ。これで、あとは柊さんのお父さんだな……。

 にしても、柊さんのお父さんは何時帰ってくるんだ?時計を見ると、俺達がここに来て既に30分ほど経過していた。

 

 

 

 

 

 

 

子供が内緒で高額借金していたら、保護者は驚きますよね?


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― 新着の感想 ―
いや、50万は普通に大金なんだわ…… 先週と今週の週末にパチンコで25万溶かした俺が言うのもおかしいが大金なんだわ 割のいい肉体労働系でも生活費とか遊ぶ金抜いたら月5万返せたらいい方やぞ
[良い点] 50万を大金とおっしゃるが、相場が高かった時に店で使っていたオーク肉と骨の十日分程度の金額でしかないのだが。 登場人物を非常識にすることで、主人公たちが相対的に常識人に見える定番のトリッ…
[一言] 何も分かってない親がきもいわ
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