第532話 コンサルタントの話は断ります
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俺の問いかけに館林さんと日野さんは一瞬息を飲んだ後、戸惑いの表情を浮かべながら互いに顔を見合わせる。まぁ心づもりが出来ていない所に、いきなり目標は何だ?と聞かれれば戸惑うよな。
なので、俺は2人に助け船を出すことにした。
「まぁ難しく考えないで、こんな事をしてみたいと思ったから、で良いからさ」
「「……」」
まぁそういわれても、直ぐには出てこないよな。
そして館林さんと日野さんは少しの間、顔を見合わせたまま目を伏せて考え込んだ後、少し躊躇しつつ口を開く。
「えっと、そうですね。目標というわけではありませんけど、やっぱり探索者になるのなら魔法やスキルを使ってみたいです」
「私も美佳ちゃん達がスキルを使っているのを見て、良いなって」
館林さんと日野さんはそういうと、少し驚いたといった表情を浮かべている美佳達に視線を向けた。
つられて俺達も美佳達に視線を向け、不意に浮かんだ心配事について尋ねる。
「スキルって、おい美佳。まさか攻撃系のスキルは使ってないよな?」
「も、勿論! 流石にそれ系のスキルをダンジョン外で使ったりしてないよ」
俺の問い掛けに、美佳は少し慌てた様子で否定する。
探索者が攻撃性のあるスキルを、使用許可された練習場やダンジョン外で使用するのは違法行為、逮捕されかねない案件だからだ。
「じゃぁ何のスキルを見せたんだよ?」
「えっと……あっ、多分【洗浄】だったと思う! そうだよね麻美ちゃん?」
美佳は少し慌てた様子で、館林さん達に何のスキルを使って見せたのか確認する。俺も少し不安の表情を浮かべながら、館林さん達に顔を向けた。
使って見せたというスキルが【洗浄】ならセーフなんだが……。
「えっ? あ、はい。美佳ちゃんが使って見せてくれたのは、【洗浄】というスキルで間違いなかったと思います。一緒にお昼御飯を食べている時に、ソースが付いたオカズを制服の上に落としちゃって困っていたのを見て、スキルを使って汚れを落としてくれましたから」
「確かおかずが落ちたのが制服の白い部分だったから、ソース汚れが酷く目立ってました。それを見かねた美佳ちゃんが、さっと手を翳しただけで汚れを消してくれたんです。あの時は凄く驚きましたし、まるで手品みたいに一瞬で綺麗になりましたから」
美佳と俺の反応に一瞬驚いた様な表情を浮かべた館林さんと日野さんだったが、スキルを使用した当時の状況を思い出したのか、感嘆というか憧憬といった表情を浮かべながら当時の状況を説明してくれた。
そんな表情を浮かべる2人の様子に俺は毒気を抜かれ、小さく溜息を漏らしながら美佳に一言告げる。
「はぁ。まぁ【洗浄】スキルならダンジョン外で使っても問題無いだろうけど、人が多い場所なんかで見せびらかすように使わないようにな。非攻撃性のスキル使用に関してはお目こぼしされているような状況だけど、目聡く気にする人間はドコにでもいるし、余計な諍いの火種にもなる。自宅や人目が無い所ならまだしも、外でスキルは極力使わない方が良いぞ」
俺は美佳の目を見ながら、ダンジョン外でのスキル使用について少し釘を刺す。
館林さん達や重盛のように、魔法や魔法染みたスキルに憧れを持つ人間はいる。しかし、魔法が使いたくて探索者になったのにドロップ運が悪くスキルを習得出来ない者、魔法スキルのスクロールを買おうとしても高額かつ探索者で稼げず買えない者。そのような人間達からすると、ダンジョン内での使用ならまだしも、ダンジョン外で魔法染みたスキルを気軽に使っている姿を見せられたら腹立たしくなる可能性もある。
「館林さん達は良い方で受け止めてくれているけど、悪い見方をされるとお前達が魔法を見せつけている、と捉えられるからな?」
「あっ」
特に今から探索者を始める高校生だと、俺達が始めた頃より条件は厳しく歯痒い思いをしている者も少なくないだろう。同期の同業者が多いのに遭遇率やドロップ率は低く、買取額も低いので購入資金は溜まらない。欲しいのに手が届かない、なのに目の前には見せつけるように気軽に使っている者が……。
そして、そういった者の多くは美佳と同年代。そういった意図や悪意が無くとも、何度も見せつけられたら一体どう感じるようになるだろうな?
「まぁ心配のし過ぎかもしれないけど、用心するに越したことはないからな」
「うん、確かに少し不用心だったかも知れないね」
「私も気をつけます」
嫉妬に狂ったアホが攻撃性のあるスキルを使用していたと嘘をついて警察に通報した、とかってなったら面倒だからな。警察も真偽は兎も角通報があったら確認の為にも動かない訳にはいかないだろうし、警察が動いたとなったら悪意がある者だと推測という名の悪質なデマを流布したりするかも知れない。
そういった余計な面倒事に巻き込まれない為にも、ダンジョン外で目立つような使用は避けるべきだろうな。
「ああ、話が逸れてゴメンね?」
「「あっ、いえ」」
話を逸らしてしまったことについて俺が謝ると、館林さんと日野さんは少し困ったような表情を浮かべていた。
そして俺は仕切り直すように軽く咳払いを入れ、本題の話を進める。
「それで魔法やスキルが使ってみたいって事だけど、俺達の友人も同じ事を考えて暫く待つって選択をしたヤツが居るんだけど……2人は如何かな、待つという選択肢は?」
「「……」」
俺がそう尋ねると、何ともいえない戸惑いの表情を浮かべた。
2人もまさか自分達と同じような志望動機を持っているのに、待つという選択をした者が身近に居るとは思っても見なかったのだろう。俺達も重盛は探索者に興味が無いのだとばかり思っていたからな。
「えっと、正直驚きました。先程の話を聞いて当時の状況も理解出来たので、そういった選択をとられたのも理解出来ます。もし目の前で先輩達のいうミイラ集団をみていたら、探索者になるかどうか考え直していたと思いますし」
「私も魔法やスキルは使ってみたいですけど、目の前でそういった状況が広がっていたら二の足を踏んでいたと思います」
館林さんと日野さんは、重盛のとった選択に理解を示しつつも覚悟を決めたような力強い眼差しを向けてくる。
「でも、魔法やスキルが使いたいというのも探索者をやりたい理由ですが、一番は友達と一緒の思い出を作りたい。一緒に挑戦をしてみたいです」
「勿論そんなことは無いという事は理解していますが、やっぱりこの部活で私達だけが探索者では無いというのには少し疎外感を感じているんです。同じ部員なのに、同じ話題で盛り上がれないというのは」
「麻美ちゃん……」
「涼音ちゃん……」
2人の胸中に秘めていた告白に、美佳と沙織ちゃんは申し訳なさそうな表情を浮かべている。
それは俺達3人も同様で、2人がいうように蔑ろにしていたつもりは無かったのだが、2人が探索者では無いという事で避けていた話題というのもあった。もしかしたら、その辺が2人に疎外感を覚えさせる原因になったのかも知れない。
「この間やった文化祭の発表でも、私達はネットから情報を集めていたのに対し、皆は実際のダンジョンで経験した話を元に資料を纏めていましたよね? ああいった時に話に混ざれないのは、分かっていても少し寂しかったです」
「私も皆さんがダンジョンで体験した聞いた話を聞いている時、一緒に話に混ざれたらなって思ってました。只聞いているだけじゃ無く、一緒にこんな事をしたよねとかって」
俺は頭の後ろを右手でかきながら、申し訳無いといった表情を浮かべる。いわれてみれば確かに、話題にしやすいという事もあり、部室での話題にダンジョン関連の話は良くしていた。
どういったモンスターと遭遇したや、どういうドロップアイテム品を手に入れたとか、ダンジョン帰りにどういったお店で食事をしたなんてのもあったな。話を持ち出した俺達としては、ちょっとした世間話での話題のつもりだったが、館林さん達には話に混ざれない寂しさを感じさせ続けていたという事か。
「ダンジョンに入る探索者が危険と隣り合わせだという事は、コレまでの先輩達や美佳ちゃん達から聞いた話で理解しています」
「先輩達が忠告して下さる万が一の事態は怖いですし、今探索者を始めるのが色々厳しい状況だというのも理解しています」
館林さんと日野さんはそこで1回言葉を切り、俺達3人と美佳達の顔を見渡した後、意を決した表情を浮かべながらハッキリとした口調で自分達の思いを口にする。
「「でも、魔法やスキルを使いたいという憧れは諦められませんし、皆と一緒にダンジョン探索をしたいという気持ちに変わりはありません」」
真っ直ぐな眼差しで思いを告げてくる館林さんと日野さんの姿に、俺達は目標がハッキリ定まり探索者をやりたいという意思が固まったんだなと感じた。
もうそこに座る2人の姿からは、話し始めの頃に感じていた迷いは感じられない。
館林さんと日野さんの口から探索者になりたいという意思が宣言されたので、俺達は2人のご両親にどう説得するかを考えることになった。
俺達がコンサルタントの話を受けるには無理があるので断る事は確定として、2人を探索者として指導するか、おおよその粗筋だけでも決めておいた方がご両親を説得しやすいだろうからな。
「2人の意思は確認出来たから、探索者資格を取ること前提でコレからのことについて話を進めようか」
「「はい!」」
「じゃ先ず、2人のご両親から依頼されたコンサルの話についてからなんだけど……」
俺はそこで言葉を一旦切り、全員の顔を一瞥してから口を開く。
「まぁ、結論は出ているかな?」
「だな。昨日2人に伝えた理由だけでも十分だと思うけど、あの後俺達が橋本先生と一緒に出て行ったのは覚えてるよな?」
「私達あの後相談室で橋本先生と話したんだけど、先生から学校の立場から懸念を伝えられたわ。流石にコンサル話は、ライン越えになるって」
俺達3人は昨日橋本先生と相談室でした話を、美佳達4人に説明する。
「ああ、そっか。確かに学校からすると、学生が仕事を受けるのは見過ごせないよね」
「そうだね。それも依頼者の生死に関わるかも知れない仕事となれば、学校も黙ってはいれないという事か」
「ええっと、そのすみません。まさか家の親があの場の勢いで出したような話が、そこまで大きくなるだなんて」
「すみません、ご迷惑をお掛けして」
美佳と沙織ちゃんは少し唖然としたような表情を浮かべ、館林さんと日野さんは心底申し訳ないといった表情を浮かべながら縮こまっていた。
うん、まぁ俺達もこの話を聞いた時には流石にヤバいなと感じたからな。先生の忠告を無視してコンサルタントの話を受けたら、かなりの確率で問題が発生する前に自主退学を勧められるんじゃないかな?
「いや、まだ何も起きてないし謝らなくていいよ」
「それにせっかく先生に忠告して貰ったんだ、コレを活かせばご両親にコンサルタントの話を断る良い理由になる」
「そうよ。2人のご両親だって、私達に首を掛けてまでコンサルタントの話を受けろとはいえないでしょうからね」
元々2人のご両親からは、無理そうならコンサルタントの話を断って貰っても構わないという言葉は貰っている。学校の先生から事前に懸念を伝えられるような話だ、他にも色々理由はあるので断るには十分だろう。
「まぁそういう訳だから、ご両親にはコンサルタントの話はお断りしますと伝えて貰って良いかな?」
「はい。どう考えても、この話を先輩達に受けて貰うのは無理ですよね、両親にはしっかり理由を含めて説明します」
「はい、しっかり伝えます」
「本当なら、もう一度顔を合わせて断る方が良いんだろうけどよろしく頼むね」
俺達が軽く頭を下げながらお願いすると、館林さんと日野さんは申し訳なさそうな表情を浮かべながらもしっかりと頷いてくれた。後はご両親が納得してくれるかだけど、まぁ問題無いだろう。
こうして色々考えさせられたが、これでコンサルタントの話は一旦終わりだ。
コンサル話について話し終わったので、探索者をやっている部活の先輩から探索や資格習得を目指す後輩への指導について話をすることにした。
あくまでも、先輩から後輩への指導だからね?
「さて、それじゃ先ずは2人が現状でどれくらい動けるのか確認する事から始めようか? 探索者になろうとしているんだから、それなりに動けるよね? もしかして体力作りに、軽いランニングとかしてたりするのかな?」
「「……」」
えっ、何その反応?
館林さんと日野さんの反応に、俺は嫌な予感がした。




