第531話 そういえば運動部って?
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教室を出た俺達は部室へ向かう道すがら、先程聞いた重盛の話について意見を交わす。
探索者に興味はあれどなる気は無いとばかり思っていたのだが、重盛の奴なりに確り目標を見据え動いていたんだな。
「まさか重盛の奴が、探索者についてあんなに確りした考えを持っていたなんてね」
「そうだな。でも確かに魔法を使いたいって目標が確りしていれば、ダンジョンについて不明瞭な時期に急いで探索者を始める必要も無いよな。ある程度情報が出そろってからでも、探索者になるのは遅くはない」
「そうね。確かにトップ探索者になりたいとか、お金を稼ぎたいって考えが無ければ、急いで探索者になる必要はないわ。魔法自体はスクロールさえ手に入れられれば、探索者なら誰でも使えるようになるもの。まぁ手に入れる手段が購入か、自分で手に入れるかの違いはあるけど」
昔に比べ、魔法が使えるスキルスクロールも出品数が増えた影響で、物によるが購入する難易度自体は大分低くなったからな。まぁ大幅に値下がりはしていないけど、モノによっては数十万円から百数十万円で買えるモノもある。
そうだな、重盛が求めそうな魔法っぽいのだと百万円ぐらいで買えるかな? 高校生にはかなり高額な買い物になるが、軽自動車を新車価格で買うよりはマシ、かな?
「そうだね。まぁ魔法を使いたいって目的が明確なら、入手手段は別にどっちでも良いんじゃないかな? ただ、買うならどうやって購入金額を稼ぐのかって問題はあるだろうけど」
「魔法が使える様になるスキルスクロールは、まだまだ高いからな。探索者をやっていない高校生が貯めるには、中々な金額だぞ? あいつ、稼ぐ当てはあるのかな?」
「買うって決めているのなら、重盛君もバイトをしているんじゃないかしら? 後、お小遣いやお年玉をそこそこ貯めていたとか?」
まぁ確りと考えているっぽい重盛の事だ、ちゃんと購入資金を貯める為に動いている事だろう。バイトしてるって話は聞いた事ないけど……やってるよな?
今度タイミングを見計らって聞いてみるか。
「世間話のついでに聞いてみたんだけど、思わぬ良い話を聞いたよ。舘林さん達に、こういった考えの奴もいるよって教えないとね」
「そうだな。今の所、舘林さん達からは探索者をやりたいって話しか聞いてなかったから、探索者になったら何をやりたいのかを聞いてみよう。何かやりたい事が定まっているのなら、色々迷ったとしても探索者になる事を諦めはしないだろうからな」
「二人とも、昨日の話を聞いてから迷ってるみたいだし、何で探索者をやりたいのかって目的を再確認する為にはちょうどいいと思うわ。探索者をやる為の目的が確りしているのなら、どちらを選ぶにせよ2人も答えを出せるでしょうね」
舘林さんも日野さんも目的が曖昧なまま、流れで辞めるかどうか判断をすると後悔するだろうしね。迷っているのなら、一度立ち止まって初心を思い出すという行為は有効な手段だと思う。
何かに追い込まれる様に焦って出した答えは、だいたい後になって後悔するモノだからな。
「あっ、そろそろ部室に到着するね。もう美佳達も来てるかな?」
「まぁ来てるんじゃないか? 重盛とそこそこ話し込んで時間使ってたしな」
視線を少し先に見える部室に向けると、室内に人の気配を感じたのですでに美佳達は到着しているようだ。
俺達が扉を開け室内に入ると、美佳達から視線が一斉に向けられる。
美佳と沙織ちゃんからは少し不満気な表情を浮かべた遅いといった無言の視線を、舘林さんと日野さんからは少し緊張した面持ちで来ちゃったといいたげな視線を。
「おまたせ皆、ちょっと友達と話し込んでたら遅れちゃったよ」
軽く右手を上げながら、俺は軽い感じで謝罪の言葉を口にする。
そして後に続き室内に入ってきた裕二と柊さんも軽く頭を下げ、美佳達に遅れた事を謝った。
「そんなに待ってないよ、私達もさっき来たばかりだよ。それでお兄ちゃん、何を話して盛り上がったの?」
「ん? 探索者をやってない友達に、何で探索者をやらないのかって聞いたんだよ。そしたら中々興味深い返事だったんで、思わず感心して聞き入っちゃってな」
俺達は定位置の椅子に腰を下ろしながら、遅れた理由を説明する。
すると美佳達の興味を引いたのか、話の続きを催促する様な眼差しが向けられた。
「えっ何々、その話。お兄ちゃん達が聞き入るなんて、どんな話だったの?」
「ん? それはだな……」
裕二と柊さんに軽く視線を向け確認した後、俺は先程重盛と交わした話を美佳達に聞かせる。
そして俺が重盛との話を話し終えると、美佳と沙織ちゃんは感心したような表情を浮かべ、舘林さんと日野さんは衝撃を受けた様な表情を浮かべていた。
「まぁそんな感じだ。アイツもこの学校でダンジョン開放からの探索者騒動を最初っから見て来たから、色々と考えた上での判断だったんだろうな。確かにあの時の熱狂的な競争劇を見ていたら、逆に冷静になって一歩引いた位置から本当に自分がやりたい事を考え動いたってのも理解できる。確かに勢いも大事だけど、全身包帯まみれのミイラ状態になりたいのかって聞かれたら嫌だからな」
「確りとした目標を決めてるから、アイツも焦らずにジックリ事を進められているんだろな。そうじゃなかったら、クラスメイトの殆どが探索者をやっている状況で未だに資格を取らずにノホホンとは出来ないだろうさ」
「確かに、ウチのクラスだと非探索者って片手で数えられるくらいしかいないモノね。学年全体でも、20人位しかいないんじゃないのかしら?」
ウチのクラスで重盛以外の非探索者の生徒とは、運動部系の部活に所属している生徒だけだ。探索者資格を持つ選手の参加をどうするのかって議論が出ているので、本気でスポーツに取り組み大会に出ようとしている生徒は様子見をしているって感じだ。
ダンジョンブームに乗り軽い気持ちで探索資格を取ったせいで、今まで何年も頑張って来たのに大会参加資格を失った、では泣くに泣けないだろうからな。探索者資格保有者だけの別大会を作るって話も聞くが、まだ何も決まっていない状況で選手が資格取得するのはリスクが高いと思う。
「多分、その位じゃないかな? ウチの学校って今、まともに大会に参加できてる運動系の部活って殆どないもんね。部員達が勢いで探索者資格取っちゃったから、大会参加に必要な人数が揃わなくってさ」
「そうだったな。4月に1年生が入部して少し盛り返したとは聞いたけど、この調子で1年生部員が探索者資格を取得しまくったらまた活動休止か? 個人戦の大会ならまだしも、チーム戦が基本のスポーツは頭数が居ないと無理だからな」
「そういえば、1年生部員が夏休みを境にどんどん辞めていくって愚痴を聞いたことあるわ。確かにこれだけ1年生の資格取得率が上がったら、その辺も影響が出るのは当たり前よね」
考えてみれば、部員が探索者資格持ちであるかどうかは文化部所属なら活動にあまり影響はない。ウチの部を含め、部室が集まるこの校舎を利用しているのは殆ど文化部なので、表立ってそういった影響を感じる事は無かった。
しかし思い返してみれば、最近放課後にグラウンドや体育館で活動する部活の数が減っていたような……特にチームスポーツの部が。
「あっ、そういえば夏休み前に部活を辞めたっていってた子が何人かいた様な」
「いたね、先輩にしつこく引き止められたけど振り切ってやめたって」
「そういえば、上級生が教室に何度か来てたような気が……」
「少し揉めてた感じだったよね」
美佳達にも思い当たる節があったらしく、何ともいえない表情を浮かべながらその時の事を思い出しているようだった。まぁ美佳達もある意味当事者の立場だったろうからな、思い当たる節の1つや2つはあるだろう。
そして美佳は小さく溜息を漏らしながら、ユックリ顔を上げながら口を開く。
「そのお兄ちゃんの友達、そんな状況なのによく探索者資格を取らないままでいられたね。確かに慎重にって考えは分かるけど、私がそんな状況だったら我慢できずに資格を取りに行ってたかも」
「まぁそうだろうな。実際何度か一緒にダンジョンに行かないかって誘われていたらしい。本人がかたくなに断ってたから結局その誘った方も諦めたらしいけど、その後に誘った相手のチームがモンスター相手に怪我をして探索者を引退したらしいぞ。結果的に、その時に断ったっていう判断は間違ってなかったってわけだ。まぁあの頃はダンジョンやモンスターの事については、ロクに判明していなかった状態だったから不覚を取るのも仕方がない感じだったけどな。まぁ四肢欠損といった大怪我を負って引退、という感じじゃなかったのは不幸中の幸いだったんだろうけどさ」
魔法に興味津々だったくせに重盛のヤツ、よくお誘いを断りきれたものだよ。あの頃の状況なら、勢い任せに誘いに乗っても不思議じゃなかっただろうに。
まぁそのせいで探索者をやっているクラスメイトからは、ダンジョンに興味が無いやつって認識されてるけど。
「そっか、そういえばお兄ちゃん達が探索者を始めた頃って、私達が始めた頃より何も分からない状況だったんだよね」
「ああ、あの頃はダンジョンが開放されて直ぐで、周りがブームに乗り遅れるなって感じで熱狂してたから、ダンジョンやモンスターの事が良く分からなくても皆で闇雲に突っ走っていたからな。色々成果も上がって後に続く流れも出来たけど、それと同時に多くのケガ人や引退者が出たぞ。冬休み明けなんて、学校の至る所から消毒液や血の匂いがしてたよ」
「あったな、一時期。ミイラ姿で校内を徘徊する生徒の群れ、校内で仄かに漂ってくる消毒液と血の匂い。回復薬を買えるほど稼げてなかった生徒が多くって、普通の治療をしたから起きた事件だけど」
「気分が悪くなって青褪めてる子もいたけど、ダンジョンブームに対する熱狂の方が大きくて何時の間にか多くの生徒がその状況に慣れてたわね。先生達は顔を顰めてたけど」
俺達は当時の事を思い出しながら、ほとほと可笑しな状況だったなと懐かしむ。
まぁ逆に当時がどういった状況だったか聞いた美佳達4人は、懐かしむ俺達を見つめながら引き攣った笑みを浮かべていた。
「ねぇ、沙織ちゃん。私達って、相当恵まれた環境で探索者デビューできたんだね」
「う、うん。先輩達にダンジョンの基本を指導して貰った上に、先人が切り開いてくれた攻略情報を元にダンジョン探索できる……今の話を聞くと、本当に私達っていいタイミングで探索者になったんだね」
「ダンジョンが解放された頃の校内って、そんな壮絶な状況だったんだ」
「血の匂いが漂うって……」
うん、まぁ皆の反応が正しいと思うよ。
それと美佳と沙織ちゃんの探索者デビューのタイミングについては、本当にいい時だったと俺も思っている。ある程度ダンジョンに関する情報が出そろっていた上、ドロップアイテムの買い取り額も安くなっていたとはいえ、今現在と比べればそれなりに高額だったからな。
重盛関連の話も一段落したので、改めて舘林さんと日野さんに向き直り話しかける。
「それで話は変わるけど、2人は昨日の話を聞いてどうするか考えた? 美佳からは悩んでるって聞いたけど、何を悩んでいるか話してくれれば俺達も相談に乗れるよ?」
「「……」」
俺の問いかけに、舘林さんと日野さんは互いに顔を見合わせた後、意を決したような表情を浮かべながら口を開く。
「昨日先輩達から聞いた話は、まだ両親には伝えていません」
「コンサルティングの話を受けるのが難しいというのも、昨日の話を聞いたら無理もないと納得できています。でも……」
「ダンジョン内で同じ探索者を襲う襲撃犯がいたっていう事実が上手く飲み込めない、って感じかな?」
「「……」」
俺の問いかけに、苦し気な表情を浮かべながら舘林さんと日野さんが頷く。
まぁ無理もないなと思う反面、飲み込み警戒して対応しようとしている美佳達との姿勢の違いに少し困った。実戦を経験している美佳達程早く飲み込むのは難しいにしても、探索者を目指すのなら何れは飲み込む必要があるからな。
「まぁそうだね。昨日の今日だし、飲み込めないってのも理解できるよ。その上で探索者になるかどうか迷うってのは、無理もない反応だと思う。誰だって、もしかしたら襲われるかと思えば足を踏み出すのには躊躇するからね」
「「……」」
「でも、探索者になるというのはそういう危険も覚悟しなくちゃならない。そしてそれを乗り越えるには、万一そういう場面に遭遇しても対処できる強さを持たないとね」
俺はそこで一旦言葉を切り、舘林さんと日野さんの顔を見てから問いかける。
「ねぇ、舘林さんに日野さん。2人には探索者になってから、やりたい事ってあるかな?」
俺は緊張した面持ちを浮かべる2人に、何故探索者をやりたいのかと問いかけた。




