第530話 重盛とお話をしてみた
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放課後部室で合流する事を約束し、俺達は昇降口で美佳達と分かれる。裕二の冗談?の影響か、少々表情が曇っていたがまぁ大丈夫だろう。
そして俺達は教室までの道すがら、柊さんに先程美佳達から聞いた舘林さん達の状態を伝える。
「そう。まぁいきなりあんな話を聞かされたら、迷いが生じるのも無理はないと思うわよ? 探索者を目指す以上、モンスター相手に戦う事は覚悟出来ていたとしても、いきなり同じ探索者と争う可能性を示されたらね」
「そうだね。でも知っておかないと、後々痛い目に遭うかもしれない。知らないって事は素早く対処出来ないって事だからさ」
「知っていれば怪しい状況を前にしても直ぐに警戒できるけど、知らないで気を抜いていたら致命傷になる。襲撃者を前に警戒に入るタイミングが遅れるって事は、それだけ攻撃を受ける可能性が跳ね上がるってことだからな」
いくら凄腕の探索者といえど、隙を突かれれば一溜りも無い。
そして想定外の場面に直面するという状況は、その致命的な隙を作り易い。
「万が一の場合には探索者同士で争う事もある、確かに想定できる状況ではあるけど、いざという時には戦うという覚悟を決めるには考える時間がいるわよね」
「うん。そしてそれは探索者になってからだと、遅いかもしれない。最悪は初めての探索で、同じ探索者からの襲撃に遭遇する可能性も無くはないからね」
「そうだな。撃退は出来なくとも、逃げる程度の事は出来る心積もりにはしておかないと」
思考を停止し棒立ちのまま襲撃を受けるってのが、最悪のパターンだからな。
新人探索者がそんな場面に遭遇した場合、逃げれば襲撃者も態々追っては来ないという可能性に賭けて全力で逃走するしかない。被害者を残し逃げるのは心苦しいだろうが、自分の身を守る事も出来ないものが残っても被害が増えるだけだ。寧ろ急いで逃げて、他の探索者やDPに状況を知らせて助けを求めた方が、被害者を素早く救出できる可能性は高い。襲撃者も下手に現場に留まり捕まるリスクを高めるより、身を隠すために撤退する可能性があるからな。
「そうね。まぁどちらに転ぶにせよ、2人の結論が出るのを待つしかないわ」
「一応、2人とも探索者にはなりたいとは思ってるみたいだから、時間が解決してくれると思うよ。今は話を聞いたばかりだから揺れてるけど、簡単に折れるようなら両親を説得してまで準備はしないだろうからね」
「そうだな。条件付きとはいえ両親から探索者活動の援助まで取り付けたんだ、気持ちが落ち着けば探索者になる事を目指すだろうな」
まぁ舘林さん達的にも、色々引くに引けないって考えてる可能性もあるよな。両親の援助に加え、友人や先輩まで巻き込んでいる以上、心情的に今更辞めるとは中々いい出しづらい状況だ。
俺達的には舘林さん達がやっぱり辞めるといっても、まぁ仕方が無いと思って素直に受け入れる気ではいるのだが、結局は本人たちがどう感じるかだからな。だからこそ変に意固地にならず、素直な意見をいって貰いたいものだ。
「2人が素直に意見をいえると良いのだけど」
「そうだね」
柊さんも俺と同じ懸念があるらしく、少し憂鬱な表情を浮かべていた。人の顔色を窺わずに自分の意見を通すというのは、意外と難しいからな。今日の部活では、舘林さん達の話を聞く事に専念した方が良いかもしれない。
そしてそんな話をしている内に、俺達は教室の前までたどり着いていた。
授業も無事に全て終わり、俺達は放課後を迎えた。昼休みに美佳達から何か連絡が有るかもと思ったが、特に何も無かったので舘林さん達もまだお悩み中といった感じなんだろうな。
コレはやっぱり、今日の部活は二人の話を聞く時間にした方が良さそうだ。
「ふぅ、やっと終わった」
椅子に座ったまま背伸びをして体を解しながら、俺は大きく息を吐いた。特別何かあった訳でも無かったので、平穏無事に過ごせたはずなのに1日が妙に長く感じた。
俺は勉強道具を片付けてバッグに仕舞い、同じく帰り支度を整えた裕二に声を掛ける。
「お疲れ裕二、部活行く?」
「おう、ちょうど片付けも終わったし行くか。柊さんは?」
裕二に聞かれた俺は、顔を柊さんの机がある方に向ける。
「んん? まだ話してるみたいだね、声を掛けるのはもう少し待った方が良い感じかな?」
「そうかもな」
柊さんが席の近い友達と話している姿が見えたので、俺と裕二は椅子に腰を下ろし少し話をしながら待つ事にした。別に急いで部室に行く必要はないからな。
すると、椅子に腰を下ろした俺達を見つけた帰り支度を整えた重盛が近寄り話しかけてくる。
「よう、お二人さん。珍しいな、何時も放課後になったらすぐに部活に行ってるのに」
「ん? ああ、重盛か。どうした?」
「いや、珍しく話し込んでるな……って思ってさ」
重盛は近くの空いている椅子を引き出し、腰を下ろして俺と裕二の話に入ってくる。
「それで、何を話してたんだ?」
「何を話しているのかも把握しないで、良く間に入ってくる気になったな。何か深刻な話題だったらどうする気だったんだ?」
「そんな話題の話を、こんな人が一杯いる所ではしないだろ? どうせ時間潰しのつまらない世間話なんじゃないのか?」
「ん、まぁ時間潰しといったら時間潰しなんだけどさ」
重盛の指摘に、俺と裕二は何ともいえない表情を浮かべる。
まぁ実際に時間潰しの為に話をしているだけなので、反論のしようもないしな。
「まぁいいや。それはそうと丁度いい、重盛にちょっと聞きたい事があるんだけど聞いても良いか?」
「何だ、聞きたい事って?」
俺は小さく溜息を漏らしながら、ちょうど良いと思い重盛に質問を投げかける事にした。
何せ重盛はこのクラスというか、学年でも数少ない非探索者だからな。
「実はさ、ウチの部の後輩が探索者になりたいって相談してきてるんだよ。でさ、ちょっとした想定外というか、問題が発生してな? このまま探索者を目指すか、やっぱり辞めておくべきかって悩んでるらしいんだよ」
「ああなるほど、後輩って事は1年生だよな? 確かに夏休みを終えたこの時期だと、1年生の半分くらいは年齢制限をクリアして、結構な数が探索者資格持ちになってて焦ってる感じか?」
俺の相談話を聞いた重盛は、軽く頷きつつ後輩……舘林さん達の心情に理解を示す。
「焦ってるかどうかは分からないけど俺達や妹達、部のメンバーの殆どが探索者をやってる状況じゃ、まぁ焦るよな」
「だろうな。俺も似た様な事は感じた事あるから焦ってると思うぞ。俺の時は探索者募集がちょうど今頃だったから、周りの奴がドンドン資格持ちになってどうしようかって結構迷ったからな。特に魔法なんてモノがあるって知った時には、俺も探索者になったら魔法が使えるかもって心躍ったからな」
「えっ、そうなの? 重盛って資格取ろうとしてないから、興味ないのかと思ってたんだけど」
「あったんだよ、俺だって。とはいっても、実際にモンスターなんてものと戦わないといけないって思うと、中々最初の一歩を踏み出せなくてな」
重盛は気恥ずかしさを誤魔化す様に少し怒ったような表情を浮かべながら、少し驚いた表情を浮かべる俺と裕二に当時の事を話してくれる。
「で、そんなこんなで資格を取るかどうか悩んでいる内に知り合いがダンジョンに行って大怪我をしてな? 幸い、回復薬を使った事で早く怪我から回復したんだけど、出費が嵩むやらモンスターが怖いから引退を考えてるって話を聞いたりもしたよ。景気が良い話が聞こえる一方、景気が悪い話も良く聞こえてきてさ、どうしても一歩は踏み出せなかったな」
「ああ成る程、確かに資格を取るかどうかで悩んでいる所にそんな話を聞いたら、一気にやる気がなくなるってモノだよな」
「そうなんだよ。そして休み明けに探索者になったクラスメート達が、ミイラ姿で登校してきた姿を見て止めを刺されたって感じだ。確かに魔法には憧れは感じるけど、自分がミイラ姿になってまで使いたいか?ってな」
重盛は当時の事を思い出したのか、嘆息の溜息を漏らしていた。
そういえば探索者制度が始まって直ぐの頃は、学校で生徒のミイラ姿をよく目にしたな。確かにアレを実際に目にしていたら、考えも変わるというものだ。
「まぁそれに冷静になって考えると、別に焦って探索者になる必要はないかなってな」
「ん、どういう事?」
「いやさ、俺って元々が魔法を使ってみたいって考えで探索者になろうとしていたからさ。別に攻略組のトップになりたいとか、探索者で一山当てて大金持ちにって考えも無かったしな。あのダンジョンの仕組みについて右も左も良く分からない時期に探索者になって、皆と一緒になってミイラ姿になる必要は無いかなって」
「確かにあの時期のダンジョンでは、皆が良く分からないまま、ルールも曖昧なままに手探りでダンジョン探索をやっていたからな。下手をしなくとも、あの時に探索者を始めていたら重盛もミイラの仲間入りしてたと思うぞ」
確かに一旦冷静になって考えると、あの時期に焦って探索者になる者達の多くは程度の大小はあれど怪我を負っている。
「そうだろ? だったら暫く待ってから、ある程度ダンジョンの仕組みが判明してからでも遅くはないかなって考えたのさ。確かに流通量が増えてドロップアイテムの換金額が減って大変だって話は聞くけど、俺が探索者になってまでやりたい事ってのは、魔法を使ってみたいだからな」
「なるほどな。確かに明確な目標があるのなら、別に焦って探索者を始める事も無いか」
「ああ。まぁ最悪探索者になってから、バイト何かで貯めたお金で魔法が使える様になるスキルスクロールを買うって方法もあるしな」
魔法を使いたいという目標の為に、具体的な方針を語る重盛に俺と裕二は感心の表情を浮かべた。
確かに魔法を使いたいというだけなら、急いで探索者を始めなくても良い。ある程度ダンジョンやモンスターの攻略情報が揃ってから、安全性を高めた上で探索者を始めるのは間違った選択じゃない。トップ探索者といった名誉や、レアドロップアイテム入手による高報酬などといったモノを気にしないのなら、正直ありだと思う。
「まぁ苦労して冒険した上で手に入れた力といったロマン性は無いけど、俺としては魔法が使えればそれでいいからな。別にどうしてもモンスターと魔法を使って戦いたい、とかって欲求も無いしさ。前に調べたんだけど、協会が用意する練習場を使えばダンジョンの外でも魔法を使えるだろ? それで十分だよ」
「夢が無いなといいたいけど、魔法を使いたいって欲求を満たす事に絞れば実に堅実なプランだな。だけどまぁ、魔法を使う為にはある程度のレベルに達してる必要があるから、それなりにモンスターと戦う必要はあるぞ?」
「その辺は覚悟の上、だからある程度攻略情報が出るまで待つつもりなんだよ。下手に焦ってダンジョンに突っ込んでも、怪我をするのが落ちだろうからな」
重盛はそういうと、すこし悩ましげながらも覚悟が決まった表情を浮かべている。
そんな重盛の姿に、目的に向かって着実に準備を進めている奴だなと、俺と裕二は感嘆の眼差しを向けた。
「まぁそういう事だ。その後輩がどうするか迷っているのなら、探索者になってからの目標があるのか話を聞いてみると良い。確りとした目標があるのなら、探索者をやるって言うと思うぞ」
「なるほどな。ありがとう重盛、参考になったよ。まずちゃんと話を聞いてみる」
「参考にさせて貰うよ」
「おう、頑張れよ」
俺と裕二は重盛にお礼を述べた後、柊さんの机の方に視線を向ける。するとどうやら話が長引いていたらしく、柊さんの方が先に話が終わっていたらしい。
そして俺達の向けた視線に気づいた柊さんが席を立つ姿が見えたので、俺と裕二は重盛に断りを入れてから席を立った。
「おまたせ、悪かったね柊さん」
「別に良いわよ。私も途中からだけど重盛君の話が聞こえたから、参考にさせて貰おうかなって思ったしね」
「そうだね、この後部室で舘林さん達と話す時に聞いてみようかな。何か探索者になってからやりたい目標はあるって?」
思い返してみれば、俺達も探索者になってからやりたい目標ってのがあったからな。
確りとした目標があるのなら、悩んでいる舘林さん達もちゃんと答えを出せるだろう。
「それじゃ急いで部室に行こう。そこそこ話し込んでたから、結構時間が経ってるみたいだしね。美佳達も首を長くして待ってるかもしれないしさ」
「そうだな、行くか」
「ええ」
俺達は教室を後にし、美佳達が待っているだろう部室へと向かった。




