第529話 対人戦闘能力を鍛えたい
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舘林さん達とちょっと深刻な話をした翌日、俺と美佳は一緒に家を出て登校していた。昨日は沙織ちゃんと一緒になって俺達が体験した襲撃話の件について問い詰められたが、ちゃんと経緯を説明すると一応納得はしてくれたので良かった。
ただまぁ結果として、美佳と沙織ちゃんから自分達に探索者相手の対人戦闘の訓練を付けてくれと頼まれたけどな。あの話を聞いたせい?お陰?なのか、2人は現状に少々危機意識を持ったらしく自衛力を高めたいとの事だ。
「お兄ちゃん、昨日の件お願いね?」
「おう、ちゃんと2人には話は通しておくよ。ただ、多分大丈夫だろうけど結論が出るまで正式な返事は待ってくれよ?」
美佳と沙織ちゃんが対人戦闘での自衛力を高めること自体には賛成なので、裕二と柊さんの時間が取れるのなら訓練には付き合うつもりだ。幸い今の俺達は、探索者として思い切り訓練をする場所には苦労しないからな。
「でも、まさか美佳達が対人戦の訓練をしたいって言い出すとは思わなかったよ」
「流石にあんな話を聞いたら、私達だって危機感を持つよ。モンスター戦なら最悪救援を受けられるまで耐えきる自信あるけど、本格的な対人戦なんて考えてなかったからどうなるか分からないし」
「まぁそうだろうな。美佳達の対人戦の経験なんて、せいぜい俺達と軽く打ち合った稽古ぐらいだろ?」
「うん」
まぁ自衛隊や警察など出身の探索者は別にして、一般出身の探索者の中で対人戦闘の経験が豊富な者は少ないだろうからな。いるとしても、せいぜい元々武術関係者位か?
人型モンスターを相手に戦う事はあるが、探索者向けの訓練では基本的に対人戦をメインには考えないからな。いかに上手く立ち回り、隙を少なくし攻撃を当てるか。探索者がモンスターと戦う時の基本である。確かに武器を振るう基礎は対人武術にあるが、非人型モンスターが跳梁跋扈しているダンジョンでは既存の型を崩してでも臨機応変に対応するしかない。
「そうだよな。真面目に探索者をやっているというのなら、人型モンスター以外の対人戦の経験なんて積める訳ないんだよな」
「ゴブリンとかオーク相手は結構数を熟してるけど、アレも結局はモンスター戦だもんね」
「ああ。確かに人型モンスターだから人に近い戦い方をしてくるけど、結局の所は武術とかを意識した動きじゃなく、身体能力任せに武器を振り回しているだけだからな。戦い方は至って素直、虚実を混ぜた戦い方は一切しない。モンスターのスピードやパワーに対応できる戦い方に慣れた探索者なら、そうそう後れを取る様な相手じゃない」
基本的にダンジョンでモンスターと戦う場合、確りと適正レベルまでレベルを上げてから戦えばそうそう後れを取る事は無い。ダンジョンで怪我をする探索者の多くは、戦う事自体に慣れていない新人や、適正レベルまでレベルを上げていない者などだ。
しっかり事前の準備を整え、適正レベルの階層のモンスターと戦う。ダンジョンで探索者として、上手くやっていく基本だ。
「だから私達の乏しい対人戦能力を上げる為に、お兄ちゃん達みたいな探索者で対人戦の経験が豊富そうな人と練習をしておきたいんだよ。ダンジョン内で起きる対人戦の相手なんて、それ相応にレベルを上げた探索者だろうしね。格上を想定しておく方が無難じゃない?」
「まぁ探索者を襲うってなら、犯人はそれなりに自分の力に自信がある探索者だろうな。確かに対人戦の経験を増やそうと思ったら、実戦や模擬戦を繰り返すしかないからな。実戦なんてそうそう起きないし無い方が良い以上、万が一の時の備えに模擬戦を繰り返して経験を積んでおいた方が良い」
それなりにレベルを鍛えている探索者なら、そんな犯罪行為に手を染めなくても稼げるとは思うが……まぁおかしな輩というのは何処にでも湧くからな。
少なくとも襲撃にあった際に、現場から逃げ出せる程度に鍛え備えておくというのは悪い選択肢では無いだろう。
「うん。そう思ったから沙織ちゃんと一緒に考えて、お兄ちゃん達に鍛えて貰えないか聞いてみようって事になったんだよ」
「なるほどな。確かに美佳達にとって探索者としてレベルが格上の相手かつ、模擬戦に付き合ってくれそうなやつといったら俺達ぐらいになるよな。ダンジョンで知り合ったヤツとかいないのか?」
「居ないよそんな人。私達がメインに探索している階層だと、私達と同じぐらいか下のレベルの人しかいないよ。しかも動きを見てると、武術系の経験がある人って意外と少ない感じなんだよね。大体の人が、レベルの恩恵で上がった身体能力に頼り切った、力任せの戦法が多い感じだよ」
「ああ、なるほど。確かにそれじゃ模擬戦をしたとしても、余り良い経験は積め無さそうだな」
モンスターとの戦闘が力任せでどうにかなるのなら、大きな壁に当たるでもない限りそうそう武術を利用した戦法なんかに切り替えたりはしないだろうな、時間も手間も掛かるし。
そうなると、美佳達が有益な対人戦の経験を積めそうな人材は居ないって事なんだよな。
「そうそう、だからお兄ちゃん達にお願いしたいの」
美佳の主張には納得できるので、俺は軽く頷き同意した。
もし裕二達が無理だと断ったら、俺だけでも軽く相手するかな。
暫く通学路を歩いていると、前に裕二と沙織ちゃんが一緒に歩いている姿を見つけた。どうやらタイミングよく合流したらしい。
そして俺と美佳は少し足取りを速めて、前を歩く2人に声を掛ける。
「おはよう裕二、沙織ちゃん」
「おはよう」
「ん? ああ大樹か、おはよう」
「おはようございます」
俺と美佳が声を掛けると、裕二と沙織ちゃんは足を止め挨拶を返してくれた。
裕二は何時も通りだが、沙織ちゃんは昨日の件もあるので少し表情が緊張で硬い感じがする。
「そうだ大樹。さっき沙織ちゃんから話を聞いたんだけど、何でも模擬戦の相手を頼まれたって?」
「ん? 何だもう話を聞いたんだ。後で相談しようと思ってたんだけどな」
裕二が昨日頼まれた模擬戦の話を振って来たので、俺は視線を沙織ちゃんに向けつつ返事をする。
「昨日家に帰ったら、美佳と沙織ちゃんが話をしたいって待ち構えててな。その話の中で、対人戦闘の経験を積みたいから模擬戦の相手をして欲しいって頼まれたんだよ。ほら、例の件の話をしたから」
「確かにあの話を聞いたら、少しは鍛えようって気にはなるよな」
「で、その鍛える相手を俺達にして貰いたいから、裕二と柊さんにも相手をして貰えないか聞いて欲しいってお願いされてたんだよ。まぁ裕二は先に沙織ちゃんから話を聞いたみたいだけど」
裕二に疑問に答えつつ沙織ちゃんを軽く流し見ると、沙織ちゃんは小さく頭を下げていた。
まぁ、良いんだけどね。
「なるほどな。それで大樹はOKしたのか?」
「うん。万一に備えて、対人戦闘能力を鍛えておくこと自体には賛成だからね。無いのが一番だけど、鍛えて損はないしさ。ほら、人型モンスターと戦う時にも応用は出来るしさ」
「確かに鍛えて損になる様なモノじゃないし、良いんじゃないか?」
「うん。それで裕二はどうかな、二人の模擬戦の相手は?」
美佳達が対人戦闘の経験を積む事は有意義と判断したのか、裕二は美佳と沙織ちゃんに視線を向け問いかける。
「対人戦闘能力を鍛えるという事は、何度も模擬戦を繰り返す事になる。一応俺達も手加減はするけど、それでも生傷が絶えない事になると思う。それに襲撃者対策として鍛えるとなると、訓練中に騙し討ちなんかも含めて警戒感を高める不意打ちの訓練もするから……結構辛いと思うよ?」
裕二のその言葉に、俺は幻夜さんの訓練を思い出した。あれは……辛かったな。
まぁ流石にあそこ迄の訓練はしないだろうが、必要な能力を得るために似た様な事はするだろうな。
「大丈夫です、お願いします。あんな話を聞いたら、訓練中に怪我のリスクがあっても最低限の対策は必要だと思いますから」
「私も美佳ちゃんと同じです。事件後の被害者の話を聞くと、最低限の対処能力を得るための訓練中のリスクは仕方ないと思います」
訓練中のリスクについて裕二が問いかけると、美佳と沙織ちゃんは真剣な表情を浮かべながらハッキリ問題ないと答えた。リスクを説明しても怯まない以上、どうやら模擬戦をしたいという2人の意志は固いようだ。
まぁ多少のケガは回復薬を使えば治るので、大怪我をしないのであればリスクといっても回復薬代のお金がかかるだけで済むか。
「どうやら、対人戦闘能力を鍛えたいというのは本気みたいだな。良し分かった、俺も参加するよ。幸い、訓練場所には困らなくなったからね」
「そうだな。まぁそれはそうとして、模擬戦をする前に回復薬集めをメインにする探索をしないか? 回復薬が有れば、訓練中の多少のケガは治せるからさ」
「ああ良いな、それ。回復薬が有れば多少のケガは気にせずに訓練を続けられるしな!」
「「えっ!?」」
俺の誘いに乗る裕二の発言に、美佳と沙織ちゃんは驚きの表情を浮かべながら思わず声を漏らした。まぁ怪我をしたら治して訓練を続けるよ!なんて言われたら驚くよな。
するとそんな反応を見せる美佳と沙織ちゃんに向かって裕二は、少し意地悪そうな笑みを浮かべながら話しかける。
「ん、何を驚いてるんだ2人とも? キツイ訓練でも必要なら我慢するっていったじゃないか、回復薬を使えば多少の怪我なら直ぐに治るんだぞ。その分密度の高い訓練をする事が出来るんだ、コレは良い事じゃないか。長々と訓練を続けなくても、直ぐに技量が身に付くぞ?」
「いやいやいや、本気ですか!?」
「怪我してもすぐ治るから大丈夫だっていうのは、流石にソレは……」
美佳と沙織ちゃんは引き攣った表情を浮かべながら、裕二の提案に難色を示す。
俺は裕二の本気とも冗談とも取れる話を聞き、幻夜さん流の訓練を実行するのか……と、少々遠い目をしながら考えていた。
「ははっ、冗談だよ冗談。流石にそこまでの無理はしないよ」
「ほ、本当ですよね? よ、良かった」
「そ、そうですよね。本気な訳ないですよね……」
笑いをこらえた様な表情を浮かべる裕二の様子に、美佳と沙織ちゃんは安堵の息を吐きながら疲れた様に肩を落とした。
だがそんな2人の姿を眺めつつ、俺は裕二の浮かべる笑みに隠れて目の奥に潜む本気の色を見逃さなかった。多分裕二は、機会があれば幻夜さん流の訓練を施すのも良いんじゃない?と思ってるんじゃないかな。
「あら、朝から随分楽しそうね。おはよう皆」
裕二が揶揄った事を美佳と沙織ちゃんに軽く頭を下げながら謝っていると、俺達のやり取りに不思議そうな表情を浮かべる柊さんが合流した。
「あっ柊さん、おはよう。いやちょっと裕二が美佳達の事を揶揄ってね。大した事じゃないんだけど裕二の迫真の演技?が光っちゃってさ、見事にって感じだよ」
「あらあら、それは惜しい所を見逃しちゃったみたいね」
苦笑を浮かべながら柊さんに、ついでとばかりに俺は美佳達が頼んできた模擬戦の事について話す。
「なるほど、それで美佳ちゃん達を広瀬君が脅し……揶揄ったのね?」
「脅したつもりはなかったんだけどね」
「その方が美佳ちゃん達には悲報よ。つまり提案を本気で実行する気があったって事じゃない」
「ははっ」
柊さんの指摘に裕二は笑って誤魔化そうとしているが、柊さんと裕二のやり取りを横で聞いていた美佳と沙織ちゃんの表情が一気に青褪めていた。冗談だと思っていた提案を、裕二が本気で実行しようとしていたのがバレたからだ。
「まぁ流石に、いきなりそんな無茶をやる気は無いよ。時間もないしね」
「時間があればやるって聞こえるけど、まぁ深く追及はしないでおくわ」
柊さんも幻夜さん流の訓練を思い出しているのか、若干嫌そうに表情を歪めている。アレ、受ける方も大変だけど、やる方も準備とか大変そうだからな。
疲労で体力や集中力が低下した状態で、下手な仕掛けをすると大怪我しそうだしさ。
「それはそうとして、美佳ちゃん達にやる気と覚悟があるのなら、対人戦闘能力を鍛える為に模擬戦を行うのは賛成よ。あって困るモノでもないし、普段の探索にも応用できる技能だもの」
「ありがとう、じゃぁ3人とも模擬戦に参加可能って事だね。そういう事だから美佳、沙織ちゃん。今は時期的に難しいけど、時間が出来たら模擬戦をやろうか?」
「う、うん! ありがとうございます!」
「わ、分かりました。ありがとうございます!」
裕二のせいで美佳と沙織ちゃんは何ともいえない表情を浮かべながらも、俺達が対人戦闘能力を鍛える模擬戦に参加してくれることに感謝し頭を下げながらお礼の言葉を口にした。
うーん、美佳達も何時か幻夜さん流の訓練……やる事になるのかな?