第528話 耐性があると意外と平気みたいだ
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相談室の前で橋本先生とは別れ、俺達は一旦部室へと向かった。それなりに時間は経っているので、美佳達が残っていたら少し話を聞くのも良いかなと思ってね。
まぁ橋本先生との相談の中で出て来た、学校側の立ち位置も教えておいた方が良いだろうしな。下手に話を進めると、学校から目を付けられるかもってさ。
「うん? 部屋の中から人の気配がしないな、もう帰ったのかな?」
もう少しで部室に到着するといった所で、裕二が部室に視線を向けポツリと漏らす。
「そうみたいだね、扉に鍵がかかってるよ」
裕二の呟きを耳にしつつ、俺は念の為に軽く扉を動かし施錠を確認する。
まぁ裕二がこの距離で気配を読み間違える事はないだろうけど、一応はね?
「話が終わった後、気分転換に移動したのかしら?」
まぁ、そうかもしれないね。大切な話ではあるけど、中々に辛気臭いというか辛辣な内容の話題もあったからな。ある程度話が落ち着いたら、気分転換に何か……という気にもなるだろう。
もしかしたら、4人でどこかのファミレスにでも行ったのかな? やけ酒ならぬ、やけスイーツとか?
「かもね。でもまぁ、どっちにしても皆がもういないのならココに用は無いし帰ろうか?」
「そうだな。それなりに長い事話してたから、そろそろ良い時間だし帰るか」
「ええ」
美佳達の不在を確信した後、俺達は誰もいない部室の前を後にする。
そして俺達はそのまま学校を後にし、暫く一緒に雑談しながら歩いてから各々帰路へと就いた。
「じゃぁ2人とも、また明日」
「おう、大樹も今日は美佳ちゃんの愚痴の一つにでも付き合ってやれよ。今日の話は、美佳ちゃんにとっても色々衝撃的だったろうからさ」
「頑張ってね?」
「ははっ、頑張るよ」
俺は裕二と柊さんの励まし?を受けながら、力無い笑みを浮かべながら生返事をした。
確かにいきなりあんな話を持ち出したんだ、文句の一つぐらい言われてもおかしくは無いな。
少々重い足取りで家に帰り玄関扉を開けると、玄関には2足の女性モノのスニーカーが並んでいた。1足は見覚えがあり、美佳が通学に使っているモノ。
つまり、同じような大きさのもう1足のスニーカーは……。
「あら大樹、おかえりなさい」
もう1足のスニーカーの主について悩んでいると、リビングの扉が開き母さんが姿を見せた。
「今日は遅かったわね、美佳と沙織ちゃんが上で待ってるわよ」
「えっ、沙織ちゃんも来てるの?」
「ええ。ちょっと前に2人揃って帰ってきて、アナタと話があるっていってたわよ。アナタが帰ってきたら、上で待っているって伝えてねって」
「ああ、そうなんだ。分かったありがとう、待ってるのは美佳の部屋だよね?」
母さんに伝言のお礼をいった後、俺は階段を上り自分の部屋に荷物を置いてから美佳の部屋へと向かった。待たせているとはいえ、不必要な荷物を持ったまま行くのもアレだしな。
その際、わざと大きな音を立てながら扉を開け閉めしたので、俺が帰って来た事は美佳と沙織ちゃんに伝わったと思う。
「美佳、居るか?」
荷物を自室に置き終えた俺は制服姿のまま、美佳の部屋の扉を軽くノックしながら声を掛ける。
すると反応は早く、返事がある前に扉が開き制服姿の美佳が姿を見せた。
「お帰りお兄ちゃん、待ってたよ。さっ、入って」
そういうと美佳は俺の手を取り、部屋の中に引き入れる。
「あっ、沙織ちゃん。いらっしゃい」
「お帰りなさい、お邪魔してます」
美佳に促され部屋に入ってきた俺の顔を見ると、部屋の中央に置かれたクッションに腰を下ろしていた制服姿の沙織ちゃんが軽く頭を下げながら挨拶をしてくれた。
「もう立ってないで、お兄ちゃんも早く座って座って。はい、コレ」
「ああ、ありがとう」
俺は美佳に渡された座布団を床に置き、2人と対面する様に腰を下ろした。
すると2人は軽く身を乗り出しながら、今日の事について苦言?を呈してくる。
「さてお兄ちゃん、今日はいきなり凄い話を聞かされて本当にビックリしたんだから! 麻美ちゃん達に途中経過を話すだけだと思ってたのに……」
「都市伝説みたいな話だと思って聞いていたんですけど、まさかお兄さん達が直面してただなんて……心底ビックリしましたよ。無事でよかったです」
美佳と沙織ちゃんが半目で不満げな表情を浮かべながら、俺のやらかしを非難してくる。
確かに舘林さん達の説得の為にと思って話したが、同時に美佳達にとってもかなりの不意打ち気味になっただろうからな。
「ごめんごめん。まぁ昔の話……とはいっても、数か月前の話なんだけどね。そういえば2人にはモンスターとの戦い方やダンジョン内の歩き方については色々話してたけど、ダンジョン内での対人警戒についてはあまり話してなかったからな」
「私達も探索者になってから、その手の事件が昔は起きていたって噂は聞いてたよ? でもまさか、お兄ちゃん達が当事者になっていたとは思ってもみなかったよ……」
「巻き込まれた形だけどな。初めから俺達に狙いを定めて不意を突いて、って訳じゃなかったから比較的対処は楽だったよ」
「対処が楽、ですか?」
俺の対処が楽という発言に、沙織ちゃんは不思議そうな表情を浮かべながら首を傾げた。
「ああ。まぁ当たり前の事なんだけど、奇襲ってのは基本的に初撃に全てが掛かっている。相手に自分の存在を知られていない、つまり襲撃対象の警戒が一番薄い状況で攻撃が出来るって事だからね」
「そうですね。初撃を外したら、奇襲相手が警戒し出して一気に難易度が上がっちゃいます」
「そうそう。で、俺達が遭遇した事件だと、その奇襲条件が最初っから崩壊してたんだよ。現場には怪我をした被害者が既にいて、どういった攻撃による怪我なのかを推測出来、ダンジョンという隠れられる場所が限定された閉鎖空間である。つまり、どこら辺にどういった襲撃者が潜んでいて、どんな攻撃を仕掛けて来ようとしているのかが推測できたんだ。そうなったら後は……」
俺はそこまで口にし、不敵な笑みを浮かべながら口元を緩めた。
そんな俺の姿に美佳と沙織ちゃんはすこし引き攣った表情を浮かべながら、美佳が躊躇しつつ思いついた事を口にする。
「ええっと、つまりお兄ちゃん達の思惑通りに相手を動かせたって事?」
「正解。現場に到着した段階では、あくまでも俺達はケガ人を見つけたってだけの立場だったからな。明らかに人為的な襲撃がされているとはわかっていても、実際にその襲撃場面に直面したわけじゃないからな。何の証拠もなく、勝手な推測で犯人(仮)を捕縛したら、俺達の方が襲撃者扱いされかねない。じゃぁどうするか? 襲撃者がまだ現場の近くにいる事を前提に考え、コチラの都合が良いように相手を誘導したんだよ」
明確な証拠が無い限り、しらばっくれる可能性も無きにしも非ずだからな。しかし相手はダンジョンでモンスターでは無く探索者を襲う様な危険な奴だ、自分達の今後の為にも野放しにしておくわけにもいかない。
ならばどうするか? 明確な証拠がないのなら、相手に作らせればいい。
「誘導って、つまりお兄ちゃん達が進んで襲わせたってことなの?」
「ああ、そいつらが襲撃犯だっていう確実な証拠として押さえる為にね。被害者を見る限り、俺達の登場が早かったのか襲撃者は成果の収穫をしてなかったみたいだったからな。危険を冒した上で得た成果なんだ、少々の邪魔が入ったからと手ぶらで帰るってのは心情的に難しいって考えたんだよ。そしてその推測はドンピシャ、俺達が無防備な救助者って姿を見せると意気揚々と襲ってきた」
「大丈夫、だったんだよね?」
「もちろん。襲撃が予想できてるんだ、待ち構えているのに対処できない訳ないだろ?」
俺は何を当たり前の事をといいたげな表情を浮かべながら、何の問題も無かったと断言する。
そんな俺の姿に、美佳と沙織ちゃんは感心したような表情を浮かべた後小さく溜息を漏らした。
「まぁ確かにお兄ちゃん達なら、襲われるって分かっているのなら対処できない訳がないよね」
「その襲撃者さんも相手が悪かったよね、飛んで火にいるなんとやらだった訳だもん」
美佳と沙織ちゃんは口々に、俺達のやった事を呆れた様な表情を浮かべながらそう評価した。
「……何でだろうな、褒められている気がしないのは?」
「褒めてないからね。確かにお兄ちゃん達なら対処は出来るんだろうけど、必要だったとしても態々危険を呼び込むような真似は素直に褒められないよ」
「そうですよ。普段は私達にダンジョン探索は安全にっていってるのに、自分達は危険な探索者相手に罠を張って捕まえようだなんて……」
若干非難の眼差しを浮かべる美佳と沙織ちゃんに叱られ、俺はバツが悪い表情を浮かべながら2人から視線を逸らした。なんか、ごめんなさい。
しかし言い訳をさせて貰うのなら、襲撃現場に居合わせた時点で俺達も犯人に目星を付けられていただろう。襲撃犯からしたら、犯行現場を見たかもしれない俺達の口を塞ぎたかっただろうからね。更に被害者を見捨て即座に現場から撤退という行動がとれなかった以上、襲撃者に襲われるのは避けられなかったと思う。
「一応、あの時とれる1番マシな選択をしたつもりなんだけどな」
「マシって……襲撃者と戦う事が?」
「見つけた以上被害者を放置できないし、襲撃者を野放しにしてたら繰り返し同じことをしていたかもしれないからね。そして無差別に犯行が繰り返されたら、ダンジョン内での探索者間の雰囲気が最悪になって、常時対人警戒をしないといけなくなってたと思う。何時誰かに襲われるかもと思っていたら、まともに探索や探索者同士の交流なんてできなくなる」
最悪、探索者が負傷している=襲撃犯が居るという考えが結びついてしまえば、負傷者を見捨てて即座に退避というのが常態化しかねない。
そうなったら誰かが御節介で初級回復薬の一つでも譲れば助かったのに、という状況が増えていた可能性さえある。襲撃者が混じっているかもしれないという疑心暗鬼に陥れば、いざという時にも誰かに助けを求めなくなったり、助けて貰えなくなるかもしれないからな。
「確かに、もし前を歩いているパーティーに襲撃犯が混じってるかもと思いながらじゃ、まともにダンジョン探索なんてできなくなるよね」
「ねえねえ美佳ちゃん、その状況だと多分前を歩いてるパーティーの人も、何時私達が襲いかかってくるんじゃないかって気が気じゃないと思うよ」
「うん。そして互いに疑心暗鬼になった結果、チョッとした事を切っ掛けに……って事だね」
美佳と沙織ちゃんは俺のいい訳の状況を想像し、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
まぁたった1組の襲撃犯のせいで、そこまで一気に状況が悪くなる事は無いだろうが、火種は出来てただろうな。
「ああ。身の安全を図る事も大切だけど、対処できるのなら襲撃犯なんて不良探索者は早めに狩った方が良いだろうな。無論、わざわざ出向いて迄対処しようとは思わないけど、降りかかる火の粉は払わないとね。あと念の為に、自分が被害者だって証拠を固めた上でさ」
そういいながら、俺は自分の胸元を指先で軽く突く。襲撃犯が攻撃を仕掛けてくる映像が残っていたら、どちらが正しい事を主張しているかは直ぐに分かるからな。
「そういわれると、お兄ちゃん達の行動を非難しづらいな」
「そうだよね。お兄さん達はあくまでも降りかかる火の粉を払っただけで、ついでで怪我人の救護とダンジョン内の治安悪化を未然に防いだって事だもん。寧ろよくやったって、褒められる事だよ」
美佳と沙織ちゃんは何ともいい難い眼差しを俺に向けながら、少し口元を緩めた生暖かい表情を浮かべていた。
襲撃犯の話については一旦落ち着いたので、今度は俺が気になっていた事について尋ねる。
「そういえば、舘林さんと日野さんの様子はどうだった? 説得の為にとはいえ、いきなりあんな話をしちゃったからさ」
「2人とも、結構堪えてた感じだったよ。私達も先輩探索者として色々教えてたけど、流石に襲撃事件の当事者になったって話は驚きの具合が違ってたみたい」
「お兄さん達が部屋を出た後も、2人共顔を青褪めさせたままでしたよ? 一応まだ探索者になる事はあきらめていないみたいですけど、もしかしたら意見が変わるかもしれませんね」
「そっか……」
やっぱり美佳達みたいに探索者として揉まれ培った耐性が無いので、相当なショックだったらしい。
まぁ無理もないとは思うけど、探索者になりたいというのなら避けては通れない類の話だからな。舘林さん達がどんな結論を出すか、今後注意深く様子を見ないと。




