第527話 冷静になって相談する事は大切なんだと実感した
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俺達は橋本先生から向けられるジト目に些か居心地の悪さを覚え、先生から視線を逸らし互いに顔を見合わせ、少し頬が引き攣った苦笑を浮かべ合う。
これ、何と説明をして誤解を解いたらいいんだ?
「ああ、その、先生? 一応言っておきますけど、俺達は別に高いリスクを冒してまで換金査定の大きなドロップアイテムを求めてダンジョン探索はしていませんよ?」
「そ、そうですそうです。俺達ちゃんと安全マージンを取った上で、無理をしないダンジョン探索をやっていますって」
「ええ、その証拠に私達コレまで大きな怪我を負ったことは一度もありません。私達が換金査定が高いドロップアイテムを手に入れられたのは偶々ですよ、偶々」
何だろ? 真実をそのままに伝えている筈なのに、弁解している自分達でもドコトナク胡散臭さを覚えるこの感覚は? 言葉にすればするほど、いい訳染みてくる。
その証拠に俺達の弁明を聞いている橋本先生の顔には、コイツら嘘臭いこと言ってるなという疑惑に満ちた表情が浮かんでいた。
「……」
「「「……」」」
互いに顔を真っ直ぐ見ながら暫し無言の間が空いた後、橋本先生は大きな溜息を吐きながら疲れた表情を浮かべた。
「まぁ私にはそれが本当なのか嘘なのか判断は付かないけど、貴方達がそういうのなら事実そうなのでしょうね。貴方達が大きな怪我をしたという話も聞いたことはないし、無理をしていないというのなら信じることにするわ」
「は、はぁ、ありがとうございます?」
これ以上は深掘りしても仕方が無いと、橋本先生は軽く肩を落としながら俺達のいい訳?を信じることにしたようだ。
「でも実際に、貴方達も危ない目には遭ってるようなんだし、貴方達自身が無茶をしなくとも巻き込まれる事はあるでしょうから、コレからも十分に注意を払って無理はしないこと、いいわね?」
「「「はい」」」
事実とはいえ、ドコか胡散臭さを感じつつも俺達の行動を心配してくれる良い先生だ。
そして橋本先生は小さく溜息をつきながら、逸れていた話の筋を元に戻す。
「それはそうと貴方達、運良く高額ドロップを手に入れたお陰とはいえ、それほどの大きな収入を得ているとなると適切な料金設定というのも決め辛いわね。お仕事として受ける以上、コンサルタントをしている期間は休業期間という事になるでしょうから、期間中の補填という意味合いもそれ相応のお金は貰わないといけないでしょうし。もし貴方達がコンサルタント専門で仕事をしていたのなら既に料金設定なんかは出来ていたんでしょうけど」
「はい。俺達はあくまでもダンジョン探索をおこなってドロップアイテムを得る、只の探索者ですからね。それにコレが1日や1回で済む様なお仕事でしたら、知り合い価格で格安で請け負うなんて事も出来たんでしょうが……話を聞く限り最低でも1月は掛かる様な内容ですからね」
1日や1回なら誤魔化しも利くだろうが、何日も何回も継続してとなると誤魔化しきれるような物では無い。
「そうでしょうね。貴方達ほど稼げる探索者が知り合いからの頼みとはいえ、丸々1月ほど休業してお仕事を受けたのに碌な報酬を受け取らなかったとなれば、今は良くとも後々に色々と悪い影響が出るわ。その上、その悪い影響の元凶という扱いにでもなれば、仕事を受けた貴方達だけで無く仕事を頼んだ館林さん達にも影響が出るでしょうね」
「なるほど、確かにそのリスクもありますね。もし俺達が格安仕事を受けて成果を上げたって話がネットに出まわったら、同じようなコンサルを受けている人が"向こうは安価でやってくれているのになんでココは高いんだ!"とか"向こうは短期間で成果を上げているのに……"とかって話が出てきますよね。そしてその影響を受ける同業者やお客の不満の矛先は……ですね」
「無くは無いと私は思うわ。ウチの学校にも、似た様な不満や苦情がくるしね」
そういうと、橋本先生は疲れた表情を浮かべていた。
あ~なるほど、それって所謂"何で同じ授業を受けてるのに家の子の成績は上がらないんだ!"とかってヤツだろうな。まぁ先生からしたら、分け隔て無く確りと授業はおこなっていますとしか答えられない類いのヤツだ。抗議してくる保護者が納得するかは知らないけど。
「えっと、お疲れ様です? それはそうと、確かにお仕事を受けた後の影響も考えておかないといけませんね」
確かに民間探索者のトップ層が格安で指導コンサルタントなんて受けた話が広まったら、探索者向け指導界隈の悪影響が凄いことになりそうだ。トップ層より劣る者がより高い指導料をとるなんてどういう事だ!とかって話になったら、積極的に後輩候補を指導しようとする組織など出てこなくなるだろうな。誰だって、批判されながらやりたくないだろうしね。無論、中には批判にめげずやるヤツはいるだろうけど。
でもそうなれば安全に稼げる様になるノウハウは中々伝わらず、新人探索者が参入する裾野も広がりにくくなり、探索者界隈自体が衰退する事にもなりかねない。モンスター相手に危険を犯しながらロクに稼げないような職には、誰も就きたくないだろうからな。
「そうね。本来貴方達が心配するようなことではないんでしょうけど、今回の話を断る理由の一つには出来ると思うわ。館林さん達の親御さん達も、娘が騒動の元凶と考えられ批判の対象に見られたくはないでしょうから」
「俺達もそうですよ。誰だって、そんな面倒事の矢面には立ちたくありません」
「でしょうね。だからこそ、お仕事を断る理由にはなるわ」
やっぱりこうやって人と相談しつつ、意見を聞きながら考えると色々とアイディアという物は出てくるものなんだな。
どうしても高額になる依頼料、安価で受けられない理由、安価で受けた場合の影響、コレだけ揃えば断る理由としては十分だろう。
「なると思います。正直、昨日からコレまで考えた限り、コンサルの話を受けるには色々と無茶が過ぎますからね」
「俺達も元々館林さん達が探索者をやるのなら、ある程度の指導……手解きはするって感じで考えていたんです。それが思わぬ提案をされたお陰で、迷走しているって感じになってますからね」
「コンサルタントのお話も、コレだけ理由があるのなら断ることが出来ると思います。後は向こうのご両親が納得してくれれば、元の予定通りにって感じに行くと良いんですけど……」
柊さんの懸念に、俺と裕二も心配げな表情を浮かべる。コンサルタントの話を断ったせいで、更に変な方向に話が進まなければ良いんだけどな。
「そうね。でもまぁ向こうのご両親も、断ってくれても良いとは言ってくれているのでしょ? ちゃんと説明をした上で断れば、そうそう悪い方には向かわないと思うわ」
「そうだと良いんですけどね。まぁ少しですが時間も空きましたし、先程した話を館林さん達から聞けば無理だと理解して貰えると期待したいですね。それと出来ればお金云々の話はしたくないので、可能なら向こうからコンサルタントの話を取り下げて貰えるとありがたいです」
コンサルタントの料金云々の話になると、俺達の収入の話も関わってくるので出来れば避けたい。
無いとは思うが、俺達の収入を聞いて館林さん達のご両親が新人探索者の2人に変な高望みをして、それがプレッシャーとなり2人が高額換金可能なドロップアイテムを求め無茶な探索を……とでもなったら目も当てられなくなる。ネットなどで調べれば学生探索者の平均的な収入に関する知識は得られるだろうけど、身近な一つ上程度の俺達が想定以上に稼げている現状があると知れば邪な思いが沸いても不思議では無いからな。直ぐに冷静になると信じたい。
「そうね、それが一番ね」
「ええ。その為にも館林さん達には、気は進まないでしょうけど先程の話をご両親に伝えて貰いたいですね」
もしかしたらヤッパリ駄目だと反対されるかも知れないが、その時は改めて館林さん達のご両親と話し合いの場を作って貰うしか無いな。コンサルタントの話を断る為だけに、館林さん達の探索者になりたいという希望を潰すのは心苦しいからな。
まぁ1度は了承を得ているのだし、話の持っていき方次第では大丈夫だとは思うけど。
一先ず話も一段落し、俺達は相談室に備え付けられているお茶セットを使い休憩を取る事にした。
まぁ備え付けとはいっても、電気ケトルで水道の水を湧かしティーバッグを使うだけのヤツだけどな。
「ふぅ、取りあえずコンサルタントの話は現状ではコレくらいかしら?」
「そうですね、これ以上は館林さん達のご両親がどう判断するかで変わってきますから。幾つか対応策は立てますけど、結局は向こうの意思次第ってのがありますからね」
「一番無難なのは、向こうからお仕事の話を取り消してくれることなんですけど、無理そうならまた話し合いの場を作って貰って説得するしか無いですね」
「穏便に済むと良いんですけどね」
皆でお茶を飲みながら、今日の話を纏める。もうこの時点で俺達はコンサルタントの話は断ることを前提に、いかに上手く断るかに主眼を置いていた。
冷静になって考えると、どう考えても高校生である俺達がこの話を受けるのは無理なんだよ。
「そうね。私は直接関係していないから具体的に如何しろこうしろとは言えないけど、学校としては生徒が学業をそっちのけにしてでも従事しないといけないような責任のあるお仕事をするのは、余りいい顔はできないわ。現状の探索者活動だって今だ明確なルール作りが出来ていないから、生徒の学校外活動としてお目こぼししているだけであり、学校としては余り推奨出来無いって感じなんだから」
「まぁ、学校側からしてみればそうなりますよね。現状でも色々と探索者関連での問題が起きていますし」
「大量の生徒が治療中のミイラ姿で登校したり、ダンジョン探索に熱中しすぎて留年者が出たり、大量に退校者が出たりと、まぁ問題だらけですよね」
「オマケに校内で留年した探索者が新入生を無理矢理傘下に入れようと問題を起こす……まぁ学校としてはいい顔は出来ませんよね」
俺達はコレまで学校で起きた、探索者がらみの問題を指折り数える。探索者って制度が出来てから1年も経たずに、良くコレだけの問題が捲き起こった物だよホント。
そりゃぁ学校も生徒の探索者活動に何かしらかの規制を掛けたいと思うよな。ましてや自分の身の安全だけで無く、他人の安全も担保しないといけないような仕事を請け負うとも成れば……自主退校を薦められるかも知れないんじゃないか?
「そういう事よ。ここでそんな人の生き死にが関わるようなコンサル紛いの仕事を生徒が受けるともなれば、学校としては明確なルールが決まっていなくとも重い腰を上げるでしょうね。流石に見過ごせない限度を超えるって」
「まぁ、当然といえば当然の対応なのかも知れませんね。もし万が一の事態が起きたら、在校生が起こした事件として何故学校側は何の規制もしていなかったのかと騒がれ、責任の一端があるとかって追求されるでしょうから」
「そんなことは起きない、とは言えないでしょうね。このご時世だと」
大きな溜息をつく橋本先生の姿に、俺達は校長を始めとした学校の責任者達が記者会見をする姿が見えた。
うん、目に見えている落とし穴なら、多少遠回りになるとしても避けようとするよな。
「そういう訳だから敢えてどうこうしろとは言わないけど、賢明な判断をする事に期待するわ」
「「「はい、ご忠告ありがとうございます」」」
教師の立場から真剣な眼差しを向け忠告してくる橋本先生に、俺達は軽く頭を下げながらお礼の言葉を口にした。
うん、ヤッパリ色々な面からお仕事としてコンサルタントの話を受けるのは無理だな。探索者の先輩が探索者になろうとしている後輩からの相談に乗って、指導やアドバイスをしているという話に落ち着かせるのが無難だ。
「それじゃぁ今日は色々話して遅くなったし、解散しましょうか」
「はい。今日は色々と相談出来て本当に良かったです。特に学校側のスタンスが分かったのは」
「そこを知らないで話を受けていたらと思うと、ゾッとしますね」
「相談出来て良かったです」
ヤッパリ冷静になって考える時間を作るというのは、大切なんだなと実感した。昨日の話し合いの場で、勢いのまま了承していたらと思うと……俺達は顰めっ面を浮かべながら揃って体を震わせる。
そして俺達は使ったお茶セットを片付け、橋本先生と一緒に相談室を後にした。