第525話 昔の遭遇した事件について
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舘林さんと日野さんが俯き天板を見つめながら黙り込む姿に、部屋の中には何ともいえない重苦しい雰囲気が充満する。事実を濁して伝える方が危ないと思い本音で語ったが、やっぱり二人にはかなりショッキングな話だったようだ。まぁ資格持ちの新人探索者でも、この話を聞けばかなりの衝撃を受け二の足を踏むだろうから、資格取得前の一般人には酷な話だよな。
とはいっても、ある程度は事前に知っておかなければ後々に後悔する類の話なんだけどさ。
「「……」」
暫く部屋の中には沈黙が続く。
俺と裕二、柊さんの3人は静かに舘林さんと日野さんの反応を待ち、美佳と沙織ちゃんは心配げな表情を浮かべつつも舘林さんと日野さんの反応を待っていた。
「……」
そして橋本先生も何かいいたげな表情を浮かべながらも、俺達が静かに待ちの姿勢を見せているので舘林さんと日野さんに心配げな眼差しを向けつつも口を噤んでいる。探索者の先輩である俺達が何も助言をせずに待ちの姿勢を見せている以上、舘林さんと日野さん達自身が何かしらかの答えを出すべきだと考えているのだろうな。
「あの、先輩達自身もそんな危ない目にあったんですか?」
どうにかといったユックリとした動作で顔を上げた舘林さんが、不安が入り混じった消え入りそうな声で念押しの事実確認をする。万が一の事態の被害者を見たことがあるとはいっても、俺達自身が被害にあう様な場面に直面した事は無いんじゃないかという僅かな期待感を覚えさせる声でもある。
しかし残念な事に、俺達も巻き込まれる形で万が一の事態の当事者になった事があるんだよな。
「そうだね。基本的に俺達はかなり安全マージンを多くとったダンジョン探索の進め方をしているから、モンスター相手にはそうそう危ない目にはあってないかな。でも……」
「でも?」
俺は一瞬口を閉じた後、視線を裕二と柊さんに向ける。
そして何を口にしようとしているのかを察した裕二と柊さんは少し目を泳がせ迷いを見せた後、少し渋い表情を浮かべながら俺に頷き返した。
「今から話す事は、ダンジョンが解放されたごく初期の頃の話だってのは念頭に置いておいてくれ」
俺が念押しした事に体を微かに震わせ表情を強張らせる舘林さんと日野さん、何か不穏なモノを感じた美佳と沙織ちゃんに橋本先生も緊張した表情を浮かべながら俺に注目した。
そんなみんなの反応に俺は意を決し、昔あったとある出来事について話し始める。
「昔、といっても1年も経ってない頃の話なんだけどね。まだダンジョンが民間向けに解放されてから数ヶ月しか経ってない頃、ほらダンジョン内の人口過密状態が問題になって入場制限が掛けられたってニュースがあっただろ? 大体3月頃だったかな? その時期に俺達も万が一の事態に遭遇したんだよ」
「……ええっと、はい」
「必要な措置だったのは分かるんだけど、あの頃は突然の入場制限のせいで探索者達も色々混乱していてさ。ダンジョン入りたいのに入場予約が取れないから思う様に入れないってのが頻発してさ、皆結構フラストレーションがたまってたり少しピリピリしていたよ」
「そうだな、確かにあの頃のダンジョンは少しどころか結構雰囲気が悪くなってたな。何というか、皆が皆どこか焦ってるって感じでさ」
「ダンジョンに入れないって事は、探索者としての収入が一気に減るって事だもの。あの頃は表層階で取れる様なドロップアイテムでもかなり高額で買い取られていたから、探索者一本で生計を立てようと考え動いていた人がたくさんいたわ。それなのに急に入場規制がかけられて収入源が断たれた、って形になったから仕方がないといえば仕方がないんだけどね」
俺達3人は当時の事を思い出しながら、あの出来事が起きる要素はあったんだよなとしみじみと思った。ダンジョンの収入をアテにし遊び惚けていた連中が、入場規制という外部要因のせいで収入源を断たれ二進も三進もいかなくなった末の凶行。
詳しい事情までは聞いていなかったが、つまりそういう事だったんだろうなアレは。
「そういえば、お兄ちゃんも予約が取れないって愚痴ってたよね」
美佳も当時の事を思い出したのか、そんなのも有ったねといった表情を思い浮かべている。
「まぁな。土日なんかは特に予約が殺到したから、俺達もあの頃はダンジョンに殆ど入れてなかったよ」
「まぁその分、他の練習なんかをしてたから全くの無駄な期間だって訳じゃなかったけどな。他の探索者も勢い任せでダンジョン探索を進めていた時期だったし、ある意味丁度いい冷却期間にはなったんじゃないか? 一度落ち着いて自分達の現状を見直すって意味ではさ」
「そうね。確かにあの頃を境に堅実な探索をする探索者が増えた感じだったから、その効果もあったでしょうね。まぁ、極一部を除けばなんだけど」
チーム制を強制的にとはいえ導入された影響か、柊さんがいう様に堅実な探索者が増えた印象がある。
まぁ自分1人でなら無謀な行動に出るのは容易だが、チームでとなれば誰かしらかがストッパーになって無謀な行動に出る可能性は減るよな。
「おっと、話が少しそれたな。とはいえ、そういった探索者を取り巻く社会情勢も前提にあった事だってのは覚えておいてくれよ」
「まぁ、やった事を考えれば情状酌量の余地はないけどな。でも、そこに至る要因の一つになったのは間違いないと思うぞ」
「そうね、でも許される事じゃないわ。被害者からすれば、タダの身勝手な理由でしかないんだから」
俺たちは当時の事を思い出し、少し苛立った表情を浮かべながら許される事ではないと断言する。
そんな俺達の様子に美佳達4人と橋本先生は、少し驚いたような表情を浮かべつつ小さく息を飲んでいた。
俺達3人の反応に美佳達は、これからどんな話をされるのかと少し不安げな表情を浮かべていた。
若干の申し訳なさを感じつつ、あの時起きた万が一の事態について話を始める。
「ごめん、思い出したら少し気が立っちゃった」
「あっ、いえ。それでその、何があったんですか?」
俺が息を吐き気持ちを落ち着けながら軽く頭を下げながら謝罪すると、少し不安げな表情をうかべる舘林さんが遠慮気味に話の続きを聞いてくる。
「なにがあったのか、か。まぁ出来事を端的に表せば、“探索者が探索者に襲われ負傷した現場に立ち会い俺達も巻き込まれた”、だね」
「「「「えっ?」」」」
「えっ、ちょっと待ちなさい! 貴方達、それはホントなの!?」
俺達が遭遇した、万が一の事態について端的に伝えると、美佳達4人は呆気にとられたような表情を浮かべ、橋本先生は少し慌てた様子で椅子から腰を浮かせ俺達を問いただし始めた。
まぁ生徒が他の探索者に襲われ危ない目にあっていたなどといわれたら、当然の反応だろうな。
「ええ残念ながら、事実です。ああ、犯人は返り討ちにして既に捕まってるので安心してください」
「状況としては、俺達の前に襲撃者に襲われた探索者チームが重傷を負って倒れていた所に遭遇して、金品を奪うのに邪魔だったのでついでに襲われた、といった感じです」
「初めは私達も、モンスターに負けた探索者チームが負傷しているだけだと思っていたんですが、彼等の負った傷跡がモンスターにやられたモノでは無かったので辺りを警戒してたら襲われた、といった感じです」
俺達が淡々とした口調で状況を説明すると、橋本先生は大きな溜息をつきながら上げていた腰を椅子に下ろした。
「ちょっと待って貰えるかしら? 状況を理解するのに少しかかりそうなの」
「ええ大丈夫ですよ、突然こんな事をいわれたら混乱するのは当たり前ですからね」
「ありがとう、ちょっと待ってね」
橋本先生は目元を両手の甲で押さえながら机に向かって俯き、美佳達4人も呆けた表情を浮かべていたが徐々に理解が追い付て来たのか顔を少し青褪めさせながら頬を引きつらせていった。
ダンジョン内で同じ探索者に襲われるなんて事態が実際に起きるだなんて、今の今まで考えてもみなかったんだろう。最近はそれなりに治安も良くなってきているので、美佳達が探索者を始めた頃には人を故意に襲う様な悪質な探索者の噂は滅多に聞かなくなったからな。探索者の治安が良くなったのか、襲撃者が後始末を徹底するようになったのか……前者だと良いんだけど。
「ごめんなさい。もう大丈夫よ、話を続けて貰っても良いかしら?」
「分かりました。ええっと、これから先の話は少しきついかもしれないけど大丈夫か?」
未だ少し頭が痛そうだがどうにか復帰した橋本先生に促され話を再開しようと思ったが、これから先は被害者の負傷とその後の様子も話すので最終確認を取る。
ダンジョン内で人間に襲われるという話もショッキングだろうが、被害者のその後はさらにショッキングな話だからな。
「「……うん」」
「「……はい」」
舘林さんと日野さんの顔色が若干青白いが、ハッキリとした視線で教えてくれといっていた。
そして美佳と沙織ちゃんもすでに探索者という事もあり、多少緊張している様子だが力強く頷いている。まぁ美佳と沙織ちゃんもこれまで探索者としてやってきている以上、襲撃とはいわなくとも探索者同士がバチバチに揉めている場面には遭遇した事あるだろうからな。
「まず俺達が見つけた被害者チームは5人、誰も彼もがかなりの怪我を負っていた。襲撃者がスリングショットっていうパチンコ玉の様な金属弾を打ち出す武器を使っていてね、皆酷い出血をしていて辺り一面の床が血の海みたいになっていたよ」
「「「「!」」」」
「スリングショットって、確かアレよね? 狩猟なんかに使うっていう」
「はい、想像しているソレであっていると思います。レベルアップの恩恵で身体能力が上がっている探索者が使うと、下手な銃弾顔負けの威力になっていましたね」
橋本先生の想像が合っている事を肯定しつつ、俺は被害者達の傷跡を思い出しながら少し不快感をあらわにしつつ眉を顰める。アレ、俺達が見つけるの遅れていたら何人かは死んでいた可能性が高かったからな。
少なくとも、頭蓋骨が陥没していた1人は確実に死んでいたと思う。
「被害者達は腕や足を骨折し大量出血、1人は頭蓋骨陥没の怪我を負っていて素人目で見ても極めて危険な状態だった。治療が遅れていたら助からなかっただろうな」
「「「「!」」」」
被害者達の具体的な怪我の具合を聞き、美佳達は表情を歪める。
「……それでどうなったの? 貴方達ほどの探索者なら回復薬は持ってたんじゃないのかしら?」
「ええ、彼等の治療には俺達が持っていた回復薬を使用しました。治す手段があるのに、ケガ人を放置するのは寝覚めが悪いですからね。幸い、手持ちの回復薬で最低限の治療は施せましたが、俺達に出来たのは怪我を治すところまでです」
「怪我をね」
「はい。怪我だけを、です」
俺の含みを持たせた返事を正確に読み取った橋本先生は沈痛気な表情を浮かべながら、青褪めた表情を浮かべながらもどこか安堵したような表情を浮かべている舘林さんと日野さんに視線を向けていた。
逆に美佳と沙織ちゃんは言葉の裏を読み取れたらしく、苦虫を嚙み潰したよう表情を浮かべながら沈痛そうに眼を伏せていた。
「それで治療を終えた後、返り討ちにした襲撃犯を連行し地上に戻りました。その後、襲撃犯はDPに引き渡し被害者達は病院に搬送されたので、俺達が遭遇した事件としてはそこでおしまいになります」
「そう、貴方達に直接的な被害が無くて良かったわ、でも……」
「ええ、はい。事件としてはそこでおしまいですが、この話には続きがあります」
俺は事件後に偶然とあるイベントで再会した宮野さんの事を思い出し、彼等が今どうしているのか想像し胸が苦しくなった。
「とあるイベントに参加したおり、被害者の一人と再会したんですよ。その際、被害者達のその後についてある程度の話を聞きました」
「その後……」
「彼等は1人を除き、全員探索者を辞めていました。まぁ、あの様な体験をすれば仕方のない選択だったと思います。1人は軽度のトラウマを抱え、2人は精神的に不安定で定期的なカウンセリングを受けているそうです。そして最後の1人は……重度のトラウマを抱え周りの人間が怖いと病院に入院したそうです」
「……そう、なのね」
「「「「……」」」」
俺が被害者達のその後について語り終えると、橋本先生は沈痛げな表情を浮かべながら黙祷をおくる様に目を伏せて黙り込んだ。美佳と沙織ちゃんは語り終えた俺の目を真っ直ぐに見つめながら、歯を食いしばりながらも絶対に退かないといいたげな気丈な表情を浮かべている。
そしてこの話をする事になった切っ掛けの舘林さんと日野さんは、口元を両手で押さえながら涙目になりながらも真っ直ぐに俺の顔を見つめていた。
「これが俺達の知る、万が一の事態と被害者達のその後だ。探索者をやる以上、可能性が低くともこういった事態に遭遇する事はゼロじゃない。探索者をやるというのなら、この事を頭の隅に残しておいてくれ。……さて、今日の話はここまでにしておこう。流石にこれ以上話をするのは難しいだろうからな」
とりあえず依頼人候補である、舘林さんと日野さんへの現状報告はコレで良いだろう。後はこの話を聞いた上で、舘林さんと日野さん達親子がどのような決断をするのか……。
でもまずは、考える時間が必要だろうからな。