第524話 現状を本音で語りはしたモノの
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第一歩目から暗礁に乗り上げた感じがするものの、まだまだ残っている問題点はあるのだ。
俺は一瞬舘林さん達に視線を向けた後、橋本先生に視線を戻し第2の理由を口にする。
「お金の件の他にも、問題はあります。といっても、コレはある程度解決の見通しがあるんですが」
「そう、それでその問題点というのは何なの?」
俺が橋本先生に解決の見通しがあると口にすると、少し暗い表情を浮かべていた舘林さんと日野さんの表情が少し柔らかくなる。
「舘林さんと日野さんがダンジョンに挑む前、武術の基本を習う場所をどこにするのかというものです。モンスターとの戦闘をぶっつけ本番では、流石に怪我をする危険が大きいですからね」
「人間やった事のない動作、経験した事のない場面では、咄嗟に最適な動きは取れませんからね。最低限、動きの基礎と良くある戦闘パターンはある程度習熟していないのはマズイです」
「初めてみるモンスターと対面した時に、体が硬直し思考も動きを止めて攻撃を受け負傷したというのは新人探索者のあるあるです。もちろん、コレは事前準備を何もしないでダンジョンに挑んだ新人の場合ですけれど」
「そういえば、棒立ちのままモンスターの突撃を真正面から受けてる人がいたなぁ」
「いたね。直ぐに周りの人がモンスターを倒したから大怪我はしてなかったみたいだったけど」
ダンジョン経験者である俺達5人が口々に事前準備の大切さを口にすると、舘林さんと日野さんの表情が再び少し引き攣った。いやホント、嘘かと思ってるかもしれないが事前にある程度練習しておかないと本番で動けないんだよコレが。
俺達だって最初のモンスターとの戦闘では、襲い掛かってくるモンスターに対して一瞬躊躇したしな。まぁすぐに事前練習のお陰で、ほぼ条件反射に近い動きだけど撃退出来たけどさ。
「そんなわけで、舘林さん達がダンジョンに行く前に基本を学ぶ場所として、道場やカルチャースクールを紹介しようと思っています。幸い裕二の伝手で、ある程度紹介できそうなところがありそうですので」
「広瀬君のツテという事は、ダンジョンブームに乗ってできた怪しげな所じゃないのよね?」
ニュースでやっていたが、素人相手に詐欺まがいの誤った指導を施すカルチャースクールが摘発されたというのもあったな。ダンジョンブームの黎明期故にこういう指導系も玉石混交、橋本先生がそういったハズレを引いていないかを心配もするのも当然というものだろう。
「ええ、まぁ。ある程度2人の適性を見てから、良さそうな所に体験入会して貰おうかなと考えています。一言で武術といっても、使う道具なんかで合う合わないがありますからね」
「確かに適性が無い武器を態々使っていても、上手くはならないでしょうね。ましてダンジョンでモンスターと戦う事を考えるのなら、自分に合う武器を見つけて鍛える方が安全性に直結するということかな?」
「ええ、自分の得手不得手を自覚する事は大切な事です。ナイフなんかの短い武器の扱いが得意なのに、扱いが苦手な槍なんかの長物を振り回していたら、モンスターが懐に入り込んで怪我を……何てことも起きますからね。一応2人の適性の方は、俺達の方で軽く動きを見て判断するつもりです」
「なるほど、経験者ならそういう事も出来るのね」
自分達が適性の判定をすると伝えると、橋本先生は感心したような表情を浮かべながら俺達を一瞥する。まぁ判定するとはいってるけど、凡そ程度だけどね。流石に俺達に用意できないような武器の適性までは調べようがないしさ。
「ただ、この紹介する先も実際に自分達で通って経験したわけでは無いので、どういった指導をしているのだろうと少し不安は残ります」
俺は少し不安げな表情を浮かべながら、見知らぬ道場の指導内容に頭を巡らせる。重蔵さんの知り合いの武道家?というと幻夜さんを思い浮かべるので、あんな無茶な指導?をしないだろうかと、ね。
まぁあれは俺達の事を重蔵さん経由で知っていたからこその指導、何だろうけどさ。
「そうなの? じゃぁ貴方達はどうやって基礎を覚えたの?」
「裕二の友人という事で、道場主をしていた裕二のおじいさんに指導して貰いました。基礎と簡単な打ち合いだけですけどね。何の経験も無かった俺と柊さんには、それでも十分すぎるほどダンジョンでは役に立ちました」
「はい。あの事前の指導のお陰で、初めてのダンジョン探索でも怪我一つ負わずに行って帰ってこれました。何も練習をしていなかったらと思うと……事前準備の大切さを実感しました」
「なるほどね」
俺と柊さんの感想を聞き、橋本先生も納得の表情を浮かべた。
そして俺は舘林さんと日野さんに視線を向け、少し笑みを浮かべながら話しかける。
「そういう訳だから、基礎を教えてくれそうな所の当てはあるから心配しないで。まぁまだ月謝がいくらなのかとか、週何回の指導なのかとか細かい所が分からないから、詳しい事はまた改めて伝えるね」
「「分かりました」」
俺が詳細は後程と伝えると、舘林さんと日野さんはホッとしたような表情を浮かべていた。
紹介先に当てがあるという話で少し部屋の雰囲気も改善したので、次の問題点について話し始める。
まぁコレが俺達がこのコンサルタントの話を受けるか受けないかを決めかねている最大の問題点になるんだけどな。
「それとコレは条件の問題というより覚悟の問題なんですけど……」
「どうしたの九重君、随分歯切れの悪そうな言い方をして……」
問題を少し口に出し辛そうにしていると、その様子を不思議そうな表情を浮かべながら橋本先生がどうしたのだと尋ねてくる。
俺は少し躊躇した後、裕二達4人の顔を軽く一瞥してから覚悟を決め口を開く。
「この仕事を受けた場合の責任についてですね」
「「責任?」」
「……!」
意味が分からず不思議そうな表情を浮かべ首を傾げる舘林さんと日野さん、一瞬首を傾げたがすぐに思い当たったらしい橋本先生は少し苦々し気な表情を浮かべていた。
「仕事として舘林さんと日野さんのコンサルティングを受けた場合に発生する責任についてです。これまで俺達は自己責任の元でダンジョン探索を行ってきました。美佳達の場合は身内の事という事で、かなりまぁまぁなぁなぁといった感じでなし崩し的に指導した感じでしたね。ただ、コレが仕事としてとなると……」
「そうね。報酬が発生する仕事として舘林さんと日野さんのコンサルティングを受けた場合、九重君達にもそれ相応の責任が付いてくるわね」
「はい。もちろん仕事として受けた場合、中途半端な事はせずキッチリと舘林さんと日野さんのコンサルティングを完遂する気でいます。ただ、事業等に対するコンサルティングではなく、ダンジョン探索を行う探索者としてのコンサルティングを行う場合、万一の場合を考えると……」
俺がそこまで説明すると、舘林さんと日野さんにも責任の意味が理解できたらしく、少し目を見開き強張った表情を浮かべていた。
そして橋本先生は少し溜息を漏らしながら、俺達5人の顔を一瞥してから口を開く。
「そうね、そう簡単に決められる類の話じゃないでしょうね。部活顧問として貴方達の事を見てきたこれまでの事を考えると、仕事としてこの話を受けたのなら貴方達なら確り完遂するだろうという事に疑問は無いわ。でも私の個人的な意見としては、貴方達がコンサルティングをメインの生業としているのでないのなら、後輩の御両親からのお願いとはいえ無理に話を受けなくても良いと思うわよ? 流石にこのコンサルティングに付随するだろう責任は、高校生が受け持つには少々リスクが高すぎるもの」
真剣な表情を浮かべた橋本先生の言葉に、俺達5人は少し迷った表情を浮かべながら軽く頷き応えた。
まぁそういう反応になるよな。
「まっ、待って下さい先輩! 万一の場合の事って、私達が怪我をしたらって事ですか!?」
「探索者ってモンスターと戦う仕事なんですし、怪我をしてもそれは自己責任ですよ。さっき先輩達もそういってたじゃないですか。 仮に私達が怪我をしても、別にソレは先輩達の責任には……」
「そうですよ! それにほら、アレじゃないですか、こういう仕事って怪我をして何たらって同意書を書くものじゃ……」
「そうですよ。私達も両親もそれに同意した上で、先輩達にコンサルティングをお願いしているんですから」
舘林さんと日野さんは焦った表情を浮かべながら万一の場合、怪我をしても自己責任だからコンサルティングを断らないで欲しいと懇願してきた。彼女達からすると俺達によるコンサルティングは、やっと許可を貰えた探索者になるという希望を叶える為の条件だからな。無論絶対の条件では無いだろうが、代替の条件がどういったモノになるか……。
そうなれば舘林さんと日野さんの探索者デビューは更に遅れる事になるだろうから、2人が焦るのも無理はない。
「いや、そうだな……」
そんな舘林さんと日野さんの反応に、どう説明したモノかと頭を悩ませつつ俺は裕二達4人に視線を送り本音を語っても良いかと尋ねる。
すると裕二達4人は眉を顰め難しい表情を浮かべた後、渋々といった様子で小さく頷いた。
「分かった2人とも、遠回しな言い方はやめて率直に話すよ。2人には少しショッキングな内容になるけど、良いかな?」
「「……!? はい」」
俺が姿勢を正し真剣な表情を浮かべながら舘林さんと日野さんの2人に本音で語って良いかと尋ねると、舘林さんと日野さんは緊張した面持ちで短く返事をする。
そして軽く深呼吸をしてから、この問題に関する本音を舘林さんと日野さんに語る。
「まず初めに言っておくけれど、俺達のいう万が一の場合というのは舘林さんと日野さんがダンジョン探索中に怪我を負うといった事ではなく……2人が四肢欠損といった大怪我や酷いトラウマを抱え病院に入院する、最悪は死亡した場合の事を指している」
「「!?」」
遠回しをやめた俺の率直な物言いに、先程までの剣幕は消え失せ舘林さんと日野さんは驚きの表情を浮かべながら絶句した。自分達が考えていた万が一の予想より、大分酷い想定だからな。
そして一緒に話を聞いている橋本先生も少し驚きの表情を浮かべたモノの、直ぐに表情を取り繕い話の続きを視線で促す。
「2人はそんな場面想定は意味がないだろうと思うかもしれないけど、俺達は今いった万が一の被害者に実際に会った事がある。無論これはダンジョン開放最初期の頃、まだダンジョンやモンスターがどういったモノかもよく分からない、ダンジョン内での探索者同士の最低限のルールや暗黙の了解が出来ていなかった頃の話だ。だけど実際に遭遇した事がある以上は、万一の場合には起こりうる事として想定しておくしかない」
「「……」」
「貴方達……そんな場面に遭遇した事が?」
「ええ、残念ながら。直接かかわったのは2度ほどですが、探索者をやっていればこの手の話を耳にするのは良くある事ですよ」
実際問題、最初期の頃に比べれば今でこそ数は少なくなっているが、ダンジョンで探索者が亡くなる数は日本に限っても0人にはなっていない。今でも軽重合わせて考えれば、トラウマを抱え引退した探索者は相当な数になるだろう。
そしてこの話を聞いた舘林さんと日野さんは真っ青な顔をしながら俺以外の4人の顔を見回し、皆の浮かべる表情から今の話が嘘でないと確認した。
「さて、舘林さんに日野さん。今いった万が一の場合に発展した際、幾らコンサルティングの仕事を受ける際に同意を取っていたとしても、2人の親御さんが自己責任だからと納得してくれるかな? 俺は無理だと思うよ。そして確実に俺達は恨み憎まれるだろうね、何で2人を守れなかったんだ!ってね」
「「……」」
舘林さんと日野さんは血の気の失せた顔で椅子に座り込み、黙って机の天板を見つめ続ける。
「昨日は俺達もココまで考えられなかったけど、一晩落ち着いて考えればこれくらいの問題点が直ぐに出てきた。しかも、かなり重い決断のいるデメリットがね」
「「……」」
「念の為に言っておくけど、俺達としても二人に探索者の基礎を教えること自体には問題ないよ。何も知らないまま、後輩がダンジョンに挑むなんて事は避けたいからね。でも仕事として教えるってのは……今の段階では難しいとしかいえないかな?」
「「……」」
現段階での話を伝えるも舘林さんと日野さんは、天板を見つめたままの姿勢で何の動きも見せなかった。
うーん、本音で話して良いとはいったけど、やっぱり2人には衝撃的過ぎたかも?




