第523話 収入の1割としても……
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昨日行った舘林さん達の御両親との話し合いの内容を橋本先生に一通り説明し終えると、橋本先生は虚ろな表情を浮かべながら小さな呻き声を漏らしつつ頭を抱え机に突っ伏した。
なんか、すみません。
「……あの、橋本先生?」
「……」
思わぬリアクションに心配し、声を掛けるが返事は無い。無意識に口から漏れていた呻き声も消え、石のように動かなくなった。
そしてしばしの間、部室に沈黙が広がった。
「!」
「うわっ!?」
橋本先生の上半身が急に跳ね上がる様に起き上がり、思わず俺達の口から驚きの声が漏れる。
そして橋本先生は据わった目つきをしながら俺達を一瞥し、抑揚のない平坦な声で俺達に話しかけてきた。
「貴方達、一体何をしているの」
冷静に怒っている、とでもいえばいいのだろうか? 橋本先生は仮面の様にピクリとも動かない無表情を顔に張り付け浮かべ、抑揚のない声には怒りと困惑が多分に含まれていた。
まぁいきなりこんな話を聞かされたら、そういう反応になるのも無理は無いかな。
「えっと、すみません。元々は立花さん達の探索者デビューの為に必要な、初期投資費の工面で保護者の協力を得るための説得協力をお願いされたんです。そうしたら話の流れで俺達に2人のコンサルをお願いできないか、となりまして……」
「……はぁ、聞かなかった事にしたいわ」
「そういわないでくださいよ。勿論、まだ受ける受けないの返事はしていません。唐突な申し出だったので、色々調べないといけませんし」
「それは良かったわ」
橋本先生は大きな溜息を漏らした後、眉を顰めながら何ともいえない表情を浮かべつつ舘林さんと日野さんに視線を向ける。
そして視線を向けられた舘林さんと日野さんは、おびえる様に僅かに肩を震わせ体を固めた。
「何といえばいいのか分からないのだけど、とりあえず私の立場でいえる事をいうわね?」
「「は、はい!」」
橋本先生の言葉に、舘林さんと日野さんは緊張で上擦った声で返事をした。
「現在の学校の方針としては、生徒が学校を下校した後に行う校外活動……プライベートにおける活動について過度な規制や干渉は現時点では行っていません。これには生徒がダンジョンで行う探索者活動などに関してもです」
「「はい」」
「ですが、コレに関してもコレまでに起きた事案を検討し、何らかの規制を掛けるべきではないか?という意見が色々な所から出ています。無論、手続き上の問題もあり直ぐさま規制を行う様な動きは取れていませんが、そういう動きもあるとは覚えておいてください」
「「はい」」
努めて冷静な表情を浮かべ淡々と現状を語る橋本先生の説明に、舘林さんと日野さんは緊張した面持ちで小さく返事をしながら耳を傾けている。
「ですので、現時点では舘林さんと日野さんが探索者になりたいというのであれば、学校としては2人の探索者資格の取得及び活動を止める様な事はありません。無論、おススメもしませんが」
「「……はい!」」
橋本先生が探索者になる事を止めさせようとしている訳でない事に気付き、舘林さんと日野さんは少しホッとしたような表情を浮かべながら小さく口元に笑みを浮かべていた。
そして橋本先生もそんな二人の反応に、少し苦笑を浮かべつつ話を進める。
「ただし……」
橋本先生の視線が舘林さん達を離れ、俺達に向けられる。
その向けられる眼差しは、多分に呆れの感情が載っていた。
「コンサルティングを、となればまた話が変わってきます」
「まぁそうですよね。何も問題なく、とはいかないですよね」
「ええ。学校としてもこの間の文化祭でウチの部の発表をみて、探索者をやっている生徒が収入や税制面の問題で起業……個人事業主になる事自体は職員会議でも仕方がないのではという考えが主流になっていたわ」
「ええと、ウチの部の研究発表って学校の方でもそんなに評価して貰えていたんですか?」
橋本先生の言葉に、俺達は一瞬本当だろうか?と動揺し思わず互いの顔を見合わせた。
すると橋本先生は一瞬遠い眼差しを浮かべた後、真剣な表情を浮かべながら俺達の疑問を肯定する様に小さく頷いた。
「本当よ。文化祭後に保護者から問い合わせが殺到した時にウチの部の配布プリントが職員の間にも出回ってね、文化祭の反省会を兼ねた職員会議を開いた時に議題の一つとして上ったのよ。無論その場で結論が出される事は無かったけど事情が事情だもの、学業に影響が出る様な事が無いのであれば仕方がないのでは?といった流れになったの」
「そう、ですか。でもまぁ、皆さんの理解の役に立ったのなら……」
「もちろん学生が在校中に起業だなんて……という意見もあったのだけど、流石にココまで多くの生徒が一度に起業するなどという事態は想定していなかったから、その辺に関する規則も未整備なのよ。ココまでくると、探索者関連では何らかの形でルールは定めないと不味いでしょうね」
橋本先生は溜息をつきながら、額に手を当てていた。
まぁ今は税金面の問題を解決する為に突発的に起業する生徒が殆どなのだろうが、今後もそれを認め続けるのかは別問題だろうからな。もし探索者をやっている学生が個人事業主として起業した結果、大勢の学生が極端に学力が下がる様な事態になれば本末転倒だからな。親の扶養を離れ個人事業主として起業し探索者をするというのなら、わざわざ無理をして義務教育ではない高校……全日制の高校に通う必要があるのか?という疑問が持たれるのも無理はないかな。探索者育成専門の学校や芸能科の様な、ダンジョン科等といったサポート体制が整えられたモノは無いのだから。
「そうですね。俺達も探索者としての収入が思ったより多かったので、税金対策で慌てて個人事業主として起業しただけですから。美佳達には俺達の経験から、探索者をやるならという事で最初から起業を勧めました。ただ、ダンジョンからドロップするアイテムの買取価格は段々と下がってきているので、来年度くらいから探索者を始めるという学生でしたら、もしかするとアルバイトといった範囲での活動なら限度額を超えないかもしれませんね。もちろん、レアドロップと呼ばれる高額査定アイテムを手に入れなかった場合はですけれど」
「なるほど、それは良い事を聞いたわ。興味ついでに聞くのだけど、貴方達が探索者活動を始めたというダンジョン開放初期の頃と、今ではどれくらい買取査定額に差があるのかしら? 来年度の目安になるかもしないわ」
橋本先生にそう問われ俺は一瞬皆に視線を向けた後、少し考えてから返事をする。
「そうですね。ダンジョンの1階層目でドロップするアイテムに、コアクリスタルってあるじゃないですか? 一番ドロップしやすいヤツです」
「ええ、モンスターと戦ったら数体に1個はドロップするアレよね? 今は発電機の燃料に利用出来るようになったって、需要が増えて査定額も少しは上がったんじゃないの?」
「逆です。昔はアレ1個500円ぐらいで引き取ってくれていたんですけど、今だと100円ぐらいの査定額になっていますよ。探索者の数が増えて量を確保出来やすくなったので、どんどん安くなってますね。その内、数個まとめて100円とかになるかもしれません」
「そんなにドロップアイテムの査定額って下がっているの?」
橋本先生は驚いた表情を浮かべながら、想像以上の下がり幅に驚きの表情を浮かべていた。
「はい。20階層を超える様な深い階層で手に入るドロップアイテムはまだそこまで大幅な値下がりはないんですけど、探索者の数が増えやすい5階層辺りで手に入る様なドロップアイテムの査定額は大幅に値下がりしていますね。学生探索者だと放課後の数時間だけといった時間的な制約もあるので、今の様に扶養範囲を超えるほど大儲けってのは難しくなると思います」
「確かに、限られた時間でしかダンジョン探索を出来ないとなれば、ドロップアイテムの評価額が下がっている状態じゃ大儲けとはいかないでしょうね」
「はい。ただ学生には時間が確保しやすい夏休みといった長期休みもありますので、そういった期間でガッツリとダンジョン探索を進め多くのドロップアイテムを確保したりしていれば……限度額を超え税制対策の為に起業へといった流れになるかもしれません。まぁ評価額が下がっている状況でそこまでの額を稼ごうと思ったら、ダンジョンに籠りっぱなしになり学力も下がると思いますけど」
「それは、困るわね。学業に影響が出る様だと学校としても、生徒のプライベートな時間での活動とはいえど校外活動としても認められないといった流れになると思うわ。学生は原則として学業優先だもの」
橋本先生のいい分に、俺達はご尤もといった感じで頷き同意する。勉強する為に学校に通っている以上、学業が優先といわれるのは当然である。学校としても、学業に大きな影響が出る様な活動に良い顔をする訳もないよな。何のために学校に来てるんだって話になるのだから。
まぁ学業と両立するのならば学校もお目溢しというか黙認してくれるかもしれないが、学業そっちのけでダンジョンにのめり込んでいればそれなりの措置を取るだろうな。
「実際にどうなるかはその時になってみないと分かりませんが、おそらく来年度が始まる頃には今よりドロップアイテムの評価額は下がっていると思います。稼ごうと無茶をする生徒が増えるかもしれませんね」
俺がそういうと、部屋の中に皆の何ともいえない疲労感に満ちた溜息が響いた。
少々話が脱線したものの、橋本先生は軽く咳ばらいを入れてからコンサルティングに話題を戻す。
「話を戻すけど、九重君達が舘林さん達の親御さんにコンサルティングを頼まれたというのは昨日の話よね?」
「はい。正直右も左も分からない話なので、この話を受けるか受けないかを相談している段階です」
「まぁそうよね。正直どうなの? 仮に話を受けるとして、お仕事は達成出来そうなの?」
「それなんですけど、正直厳しいというか条件が合わないというか手に余るかもしれないと考えています。仕事として舘林さん達のコンサルティングを請け負うとしたら、そちらに集中する必要があります」
当然のことながら、仕事としてコンサルティングを請け負うのなら中途半端な真似は出来ない。そうなると現在俺達が進めている、ダンジョン探索や練習場作りといった諸々を中断する必要が出て来る。
そうなると仕事を受ける料金にプラスして通常業務?で発生する損失を補填するための休業補償を加算する事になる。
「そうね。話を聞く限り舘林さん達の親御さん達は貴方達の事を信用し、娘さん達のコンサルティングを頼んでいる以上中途半端な仕事は良くないわ。話を受けるのなら、しっかり最後までこなす必要があるでしょうね」
「はい、ですがそうなると色々と問題が発生するんです。一番はコンサル料金をいくらに設定するのか、って事です。この場で具体的な額はいえませんが、仮に直近1か月間で得られた収入の1割だったとしても、親御さんの要望に添えない額になりそうなんですよ」
仮に直近1ヶ月の収入の1割を自分達がダンジョン探索を休業するための補償金とし求めた場合、現状公言出来ないドロップアイテムを得たせいで請求すべき額は数百万円を超える。
しかも更に数ヶ月前まで遡った収入を平均した場合は、請求する桁が一つ上がる可能性もあるという残念さ具合だ。
「……幾らを請求する気なのかは敢えて聞かないでおくけど、確かにこの手の話でまず最初に揉めるのはお金の部分よね。双方が納得できる額といっても、程良い金額と思う基準はバラバラだもの。それに直近1ヶ月の収入の1割なら、貴方達側はかなり譲歩している額だと思うわ。素人をそれなりに鍛えて欲しいなんてコンサルティング話、短期間で仕上げるとしても1ヶ月は掛かるお仕事でしょうから。1割なら、寧ろ破格といっても良い額でしょうね」
収入の1割を求めると聞き、橋本先生はそんな額で大丈夫なのかと心配げな眼差しを向けて来る。仮に1ヶ月の収入が大卒初任給の平均22万とした場合、1割なので2.2万円という事になるからな。1ヶ月付きっ切りで請け負う仕事の休業補償として求める額としては破格、といっても良いだろう。
まぁ俺達が請求しようとする額を知らなければ、の話なんだけどさ。
「それはそうなんでしょうけど……折り合い着くかな?」
「難しいだろうな」
「無理だと思うわよ」
その場合の請求額がどれ位になるか分かっている俺達3人は、何ともいえない眼差しを窓の外に向けながら、まぁ無理だろうなという確信を抱いた。
一般家庭がポンと出せるような額じゃないって。




