第50話 殺陣の練習
お気に入り9460超、PV 3090000超、ジャンル別日刊16位、応援ありがとうございます。
裕二の家の道場で、俺達3人は重蔵さんと向かい合って座る。何時もの稽古を始める前に、柊さんの事情を話した。
「なる程の」
「まぁ、そういう訳だから爺さん。見栄えの良い殺陣の稽古を、簡単な物でいいからつけてくれないか?」
「お願いします」
裕二が軽い感じで重蔵さんに型の練習を頼み、柊さんは重蔵さんに頭を下げる。俺も一応、頭を下げといた方がいいか。
重蔵さんは軽く悩んだ後、軽い調子で了承してくれた。
「まぁ、良いじゃろ」
「本当ですか?」
「無論じゃ。とは言え、お主らに普通の殺陣をやらせるのもの……」
「? 何か拙い事でもあるんですか?」
重蔵さんは顎を手で撫でながら、疑問符を浮かべる。
「何処かのイベントで模範演技をするのなら兎も角、今回の場合は普段稽古でやっている立ち会いで十分じゃと思うぞ? お主等の場合、態々殺陣をする必要があるのかと思っての?」
「説得の為に見せるんだから、見栄えが良い方が良いんじゃないか?」
「武道家としての、鍛錬の成果を見せると言うのであるならの。探索者としての実力を見せたいというのであれば、普段の稽古姿をそのまま見せるのが一番じゃ。柊の嬢ちゃんの御両親は、探索者ではない一般人なのじゃろ?」
「はい」
「それなら尚更じゃ。見栄えする殺陣よりも、普段の姿じゃ」
うん、まぁ、重蔵さんの言わんとする事は分かる。確かに、説得の材料に使うのなら表面的に整えている物より、泥臭くとも普段の姿を見せた方が良いのかもな。
「何より、一般人に細かい技の応酬を見せるより、本気で動く柊の嬢ちゃん達の姿を見せた方が話が早い。本気で動く嬢ちゃん達の動きを見れば、兎や角言わなくなるじゃろ」
「……そう、か?」
「まず大丈夫じゃろう。何なら最後に、互いの武器を打ち砕く工程を入れればインパクトは十分じゃ」
首を傾げる裕二に、重蔵さんは自信を持って返事を返す。
娘が眼前で高速で打ち合いを披露し、最後に互いの手に持つ得物を砕き合う光景か……かなり衝撃的だろうな。
「取り敢えず、一度やって見るかの」
重蔵さんが腰を上げたので、俺達も立ち上がった。
俺の振り下ろした木刀が、柊さんの木槍の槍頭を打ち付ける。柊さんは無理に俺の木刀の衝撃を受け止めず、右手を支点にし木槍を回転させ反対側の石突きで俺の頭頂部を狙ってきた。体を僅かに右横にスライドさせ石突きを避けた俺は、一歩踏み込み振り下ろした木刀を下から上へと跳ね上げ木槍の回転軸となっている柊さんの右手を狙う。柊さんは軽く後方にバックステップして俺の攻撃を躱しながら、中央付近だった持ち手の位置を石突き近くに持ち替え、飛び退く速度より早く間合いを伸ばした槍で俺の首筋の頚動脈を狙い木槍を繰り出してくる。
「しっ!」
俺は首筋に迫る木槍の側面に、右手の甲で裏拳を叩き込み槍頭をそらした。裏拳の衝撃で柊さんの手から木槍が弾き飛ばされ、無手になって隙だらけの様に見えるが追撃はしない。余りにも木槍を弾いた時の手応えが軽かったからだ。以前重蔵さんにやられた時の様に、擬態かも知れないと警戒したからだ。
互いに少し距離が空き、俺は柊さんに得物を向け出方を伺う。ジリジリと摺足で位置を変えながら、飛びかかるタイミングを見定め……。
「止め!」
互いに再び交差しようと足に力を入れかけた時、重蔵さんの静止を促す声が道場内に響く。
俺達は互いに相手の動きを数瞬観察した後、ほぼ同時に緊張を解いた。
「ふぅ……、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
互いに構えを解き、俺と柊さんは道場の中央部に戻って頭を下げながら礼をする。
「まずまずの出来じゃな。一般人に見せるのならば、今ので十分じゃろ」
「はぁ……」
「なんじゃ? 不満そうじゃの」
「あっ、いえ……その、こんなにゆっくり動いていて大丈夫なのかな?と思って」
柊さんが口にした疑問は、俺も思った事だ。
今の試合は、普段の稽古でする動きの半分ほどのスピードしか出していない。有り体に言って、遅っ!である。
説得の為に、自分の力を見せ付けようと言うのだから、もっと派手に動いた方が良いのじゃないかな……。
「柊の嬢ちゃんの言わんとする事も、分からんでもないんじゃがの? あんまり早く動いておったら、一般人の目では追いつけん。恐らく今のスピードでも、剣先や穂先は霞んで見えるじゃろうて」
「……」
重蔵さんが俺達を若干呆れた様な眼差しで見てくる。
……言われてみればその通りだ。見せようと言うのに、見えない速度で動いては意味がない。
どうも、俺達の探索者でない一般人に対する感覚がズレていた様だ。勿論、原因は眼前で呆れ顔をしている重蔵さんだろうが。
俺達が全力で動いて攻撃しても、一度として有効打を入れられた試しがないからな……。
「まぁ、これを見ても説得できん様なら、ワシの所に連れて来ると良い。少しばかり、柊の嬢ちゃんの説得の助力はしよう」
「良いんですか?」
重蔵さんの協力宣言に、柊さんは目を軽く見開き驚く。
「まぁ、伊達に歳はとっとらんからの、お主らの様な若者が武術の腕前を説くより、ワシの様な年寄りが説得した方が効き目が有る時もあるじゃろうて」
確かに柊さんと同世代の俺達が説得するより、重蔵さんの様に武人然とした人が言った方が説得力もあるだろう。人って直ぐ、外観で信用する度合いを変えるからな……はぁ。
「取り敢えず話は、今やった組手を柊の嬢ちゃんの両親に見せてからじゃの。それで納得してくれるのならば、わしの出番はあるまい」
「そうだと良いんですけど……」
柊さんは何処か、自信なさげな溜息を吐く。
いや、流石に今の組手の様子を見せれば説得出来るんじゃないかな?
「何か不安な事でもあるの、柊さん? 今の組手を見せれば、モンスター相手でも怪我を負う事はないって言う言葉に、説得力を持たせる事も出来ると思うんだけど……」
「ええ。九重君の言う通り、説得力を持たせる事は出来ると思うのだけど……」
「けど?」
「ソレとコレは関係ないって言って、聞き入れない様な気がするのよ」
えー、何それ……面倒臭い人だな。会った事ないけど。
「もう一つ、何かインパクトがある説得材料があれば良いんだけど……」
柊さんは、頭を捻り説得材料を見出そうと悩む。
つまり、お父さんの反対意見を確実に砕くにはもう一つインパクトが足りないって言う事かな?
組手やドロップアイテムの他に、材料になりそうな物……か。
あっ。
「ねぇ、柊さん」
「……何?」
「ダンジョン内での、対モンスター戦闘の映像って見せた事ある?」
「……いいえ。オーク素材の仕入れ価格が落ち着くまでは、今回みたいに辞めろと言われると面倒になるから見せていないわ」
「じゃぁ、今回の説得の時に見せたらどうかな?」
美佳達にも見せていたアクションカムで撮った実際の戦闘映像を見せれば、少しは説得の足しになるかもしれない。インパクト映像としては、抜群の代物だろうからな。勿論、逆効果になる可能性もあるけど……。
俺は柊さんの顔を伺う。
「……そうね。見せたくなかった理由も無くなった事だし、丁度良い機会だわ。最近はオーク素材の仕入れ値も落ち着いて来て、少し無理をすれば金銭購入で仕入れられない事もないから良い頃合かも知れないわ」
「じゃぁ、幾つかモンスター戦闘の映像を見繕っておくよ。俺のスマホは、幾つか動画ファイルが保存されているからさ」
「一応、どんな映像かは後で確認させてちょうだいね?」
「勿論。取り敢えず、柊さんメインの戦闘映像をピックアップしておくよ」
俺の返事に、柊さんは曖昧な笑みを浮かべた。
最近の柊さんメインの戦闘映像は、オーク相手に大立ち回りをして無双する映像が殆どだからな。普段見ている娘の姿と探索者としての姿のギャップに、柊さんの両親がどんな反応をするのか些か心配になるけど……。
「話は纏まった様じゃな?」
「はい。お手数をかけします」
「では、今日の稽古はここまでじゃ両親の説得、頑張ってくると良い」
「はい!」
重蔵さんの激励に、柊さんは元気に返事を返す。
稽古着を着替え帰り支度をしていると、重蔵さんが何かを思い出したかの様に手を叩く。
「おお、そうじゃった。お主等に伝えとかんといかん事があった」
「何です、重蔵さん? 伝えておかないといけない事って?」
「今日の昼頃に、恭介君から電話が掛かって来たんじゃよ。お主等は学校に行っているじゃろうから、わしの方に電話を掛けてきおった。お主等への伝言を頼めないかとの」
「恭介さんからの伝言ですか……」
恭介さんには今、俺達の得物である不知火等の打ち直しを頼んでいる。そろそろ受け渡しの期限が近いので、その事に関してだろうか?
「恭介君からの伝言の内容は、依頼品の受け渡し期間を少し……1週間ほど延長して欲しいと言うものじゃ」
少し予想外の伝言だ。受け渡し期間が延長する?
「何でも、お主等から預かった物を弄るのに少々時間を取られた事で、納期に間に合わんとの事じゃ。……何を預けたんじゃ?」
「えっと……」
延長の原因は、俺達の預け物か!
確かに普通の鉄と違い、アレの取り扱いに慣れて居ないだろうからな。手間も掛かるか。
「まぁ、良い。取り敢えず、伝言は確かに伝えたからの」
「あっ、はい。ありがとうございます」
「ではな」
俺達に恭介さんからの伝言を伝え終わった後、重蔵さんは道場を後にした。
道場に残った俺達は、暫し無言で顔を見合わせ溜息を吐く。
「取りに行くのは、1週間先延ばしだな」
「ああ。物が出来上がっていないのでは、仕方がない」
「延長の原因が私達にあるのだから、文句は言えないわ」
週末に得物を取りに行く予定をしていたが、引き取る品がない以上はキャンセルするしかない。同時に、来週に予定していた新調武器のダンジョン初卸もキャンセルだ。
楽しみにしていた分、少し肩透かし気味だな。
「やっぱり、行き成りアレを渡したのは不味かったのかな?」
「とは言っても、下手な材料を混ぜられるよりはダンジョンからドロップした物を使った方が、レベルアップ効果が残るかもしれないって話し合った結果だったしな」
「ええ、そうね。これは必要なコストだと、割り切るしかないわね」
「まぁ、そう考えると仕方がない事か……」
加工方法が一般化していない幻想金属系を渡せない以上、アレが渡せる範囲で最上級の素材だからな。
チラリとネットニュース等で聞き齧っただけでも、幻想金属を加工可能な設備があるのは一部の大学研や国立技研位なものだ。罷り間違っても、イチ鍛冶屋が持ってる様な設備ではない。そうである以上、加工不可能な幻想金属を恭介さんに渡す意味はないよな。
「そう言えば、納期が延びる事になると費用も上がるのか?」
「あっ」
裕二の指摘に、俺と柊さんは動きを止める。
割増料金を取られるんだろうか?一応、100万迄なら出せない事はないけど……予定外の出費は避けたい。
ほら、柊さんなんか顔が若干青い。柊さんの場合、報酬をオーク肉で持ち帰っていたから現金の手持ちがすくないって言ってたからな。今回の打ち直しにかかる費用は、パーティー資金からの一時的な借り出しだ。
「明日にでも時間が取れたら、確認の電話を入れた方が良いな。場合によっては、週末にダンジョンに行って資金稼ぎをしないと……」
「ええ、そうね。そうしましょう。絶対に今日、父を説得するわ!」
「ああ、うん」
俺と柊さんの様子に裕二は若干引き気味だが、俺と柊さんにそれを気にかける余裕はあまりない。
いざとなれば、空間収納の肥やしになっているスキルスクロールやマジックアイテムを放出することも考えないと……。
金策を考えつつ、俺は片付けた荷物を肩に担ぐ。
「じゃぁ、片付けも終わったし行こうか?」
「ええ!」
「お、おう」
気合の入った俺と柊さんは、若干引き腰気味の裕二を引き連れて道場を後にする。
俺達3人は裕二の家を出た後、街灯が灯る国道に沿って歩道を歩き柊さんの家が経営するラーメン屋を目指す。
途中、柊さんがダンジョンに潜る事になった原因のラーメン屋が見えた。明かりが灯り営業中の看板は出ているが、それ程お客が入っている様には見えない。
「余り繁盛している様には見えないね、あの店」
「ええ。ウチの店がダンジョン産の食材を取り扱う様になってからは、何時もあんな調子よ」
「そうなんだ」
つまり、お客争奪戦は柊さんの家の店が勝利したと言う事か。
これも全て、柊さんの活躍の賜物だな。根絶させる勢いで、オーク達を狩り取っていたし。
「あっ、見えたわ。あそこの店が、家の両親が経営するラーメン屋よ」
ライバル店から5分程歩いた所に、柊さん家の店が姿を見せた。
重蔵さんによる演技指導編です。




