幕間 参話 国外の動き
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夕日が差し込み始めた、張り詰めた空気が満ちる会議室。緊張の面持ちで会議に挑む者達の一番上座に座る、米国大統領が重々しく口を開く。
「それで諸君、ダンジョンの状況は?」
「一言で言って、良く有りません。突入した海兵隊を中心とする調査隊は壊滅状態、今は確認されているダンジョンの入口を、州兵によって包囲している状況です」
「ダンジョン出現により、一部パニックを起こした民衆が町で暴動を起こし現在警察が鎮圧に出ています。この動きは現在拡大傾向にあり、早急に何らかの手を打つ必要があります」
「……」
大統領は溜息を漏らす。早朝、突如出現したダンジョンにより国内は大混乱に陥った。
街中に出現したダンジョンを市民からの通報で知った警察が調査した所、内部でモンスターと呼ばれる未確認敵性生命体と遭遇し交戦状態に陥った。警察官は所持していた拳銃でモンスターと応戦、弾丸を全て使い切ったが辛うじて勝利を得た。危険を感じた警察官は一旦ダンジョンの外へ引き返し応援を待とうとしたが、そこで後々国内の混乱を助長させる事になる物を見付けてしまう。モンスターを倒し死体が消えた場所に、黄金色に輝く野球ボール大の金の塊を見付けたのだ。驚いた警察官は本隊到着後、金塊の事をダンジョン入口に詰め寄っていた野次馬から隠しつつ秘密裏に報告したのだが、何処から漏れたのかネット上に金塊の事が流れた。
その後の流れは目を覆わんばかりの物だった。州兵や警察によって封鎖が上手くいったダンジョンは良かったのだが、政府が把握していなかった未発見或いは未報告のダンジョンに民衆が次々に入り込んでいったのだ。当然、ロクな装備も情報も持っていなかった民衆は返り討ちにあい多くが死傷する事態に陥り、その惨劇を目にした市民による通報を受け事態を把握した政府は州兵と警察を派遣。ダンジョン近辺には臨時の医療テントが立ち並び、野戦病院もかくやと言う光景が広がった。
更に悪い事に、その各地で起こった光景をマスコミが情報不足のまま報道。ニュース報道によりダンジョンが危険な物だと知らされた市民達がパニックを起こし、各地で略奪を含む暴動が多発した。しかもマスコミが挙って暴動の放送を行うので、負の連鎖は終わらず警察や州兵による鎮圧作戦も中々上手く行かなかった。
「警察と州兵は民衆暴動の鎮圧を。それと並行し、軍にはダンジョンの発見と封鎖を迅速に行って貰いたい。これ以上混乱が拡大する事は、何としても防ぎたい。それと、調査隊の再編が終わり次第ダンジョンの再調査を行って欲しい。何の情報もないと対策のたてようがない」
「「「了解しました」」」
大統領の指示に、各長官は頷きながら了承する。
「では諸君、早急に事態を終息させるとしよう」
地球最強国家の長としての威厳に満ちた大統領の宣言により、臨時対策会議は終了した。
欧州連合理事会と呼ばれる各国の代表が集う議会では、侃々諤々の議論が行われていた。
「何故ダンジョンなんて物が出現したんだ! お前らの仕業か!?」
「知るか!大体、どうやってあんな物を世界中にばら撒いたって言うんだ!?」
「ほぼ同時に世界中で出現しているんだ、人為的な物である訳がないだろ!?」
ダンジョンなどと言う想定外の物の出現により、議会は機能不全を起こし何も決められないまま只時間だけが過ぎ去っていく。各国閣僚達は苛立ちが募る一方の会議に飽き飽きし、休憩を入れると言う議長の提案に一も二もなく飛びついた。
休憩の為、執務室に戻った某国閣僚は引き出しから本国への直通回線が通った電話を取り出しかける。数コール後に相手が電話に出たので議会の様子を報告する。
「ええ、ですから欧州連合理事会の方には動きはありません。どうやら各国共にダンジョン出現は予想外の出来事だったらしく、どこかの国が故意に行った事という訳ではないようです。……ええ、そうです。どの国もダンジョンの現れた理由も方法も知りません。つまり消し方も不明という事です。……はい、引き続き情報収集に努めます」
欧州連合理事会に派遣されている某国閣僚は、引き出しに電話を仕舞い胸に溜まった息を吐き出す。
「こう言う状況でも、主導権争いに没頭するか……なんともな」
国内のダンジョンは軍や警察が封鎖しているが、既に民間人が入り込み相応の犠牲者が出ている。幸いダンジョンの外にモンスターが出てくる気配はないが、放置しても良いと言うものではない。特に国境が複雑に入り組む欧州において、ダンジョンを封鎖するという目的の為とは言え事前の了承もなく軍を国境付近に展開するなど論外である。
そして、国境付近へ軍を展開する事に関する取り決めを行う会議は、醜態を晒し続ける有様。各国共に言質を取られ後々不利になる事を恐れ、自分から何かを言い出す事も無く実りのない会議を続けるだけだった。
「今はまだ良いが、これからどうするつもりなんだか……。何もない内に準備だけでも整えておかなければ、即応する事など出来ないのだぞ?」
国境付近に出現したダンジョンは、EU加盟国内で現在確認されているだけで50を超え増加傾向にある。これらの封鎖作業は地元警察などを中心とした貧弱なものであった。万一これらのダンジョンからモンスターが溢れ出した場合、被害は人的物的共に目を覆わんばかりの物になるのが分かりきっている。
欧州理事会の指揮下にはEUFORと言う多国籍軍があり、これらに国境付近に存在するダンジョンを封鎖させれば話は早いのだが、それを決める事前交渉である連合理事会での話が遅々として進んでいない。どこの国もいざと言う時の責任と、派遣に伴う臨時拠出金の事で頭が一杯なのだろう。
「何事もない事を祈りつつ、もう少しこの茶番に付き合うしかないか……」
再開時間が迫っていたので、執務室に備え付けられている冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、一気に中身を呷る。飲み終えたペットボトルを握りつぶし、ゴミ箱に投げ捨てながら某国閣僚は気合いを入れ直し執務室を出て行った。
寒風吹き荒ぶロシアの北の大地、ドーム状の建造物の前に大部隊が集結している。多数のテントが建てられ、装甲車や戦車が集い、完全武装した数百名の兵士が並んでいた。
その兵士達の前、設置された立ち台に乗った少佐の階級章を付けた指揮官らしき人物が演説を開始する。
「これより、ダンジョン制圧作戦を実施する! 目標構造物へ突入後、各分隊毎に散開し内部を制圧! 制圧後は、科学者による調査チームが調査に入る! 総員出撃!」
指揮官の号令を受け、完全武装の兵士達がダンジョンへ突入していった。ダンジョン内部に突入した兵士達は分かれ道毎に、指示された様に分隊単位で散開しつつ索敵範囲を広げていく。
そしてダンジョン突入開始から数分後、遂にモンスターと遭遇した。4足歩行型の獣の様なモンスターが、薄暗い通路の奥から猛然と走り寄り探査部隊に襲いかかる。兵達は事前に応戦許可が出ていた為、躊躇する事無くモンスターに向かい銃を発砲。モンスターは銃弾の嵐を僅かな時間耐えたが多勢に無勢、多方向から数十発撃ち込まれる銃弾の前に倒れた。倒れたモンスターは光の粒になり姿を消し、消えた後に青緑の液体が入ったガラス瓶を残す。兵達は罠の可能性を警戒しつつ瓶を拾い、戦利品として収納バッグに収めダンジョンの奥へと進んでいった。
そして特に苦労する事無く1階層を制圧、更に下へと続く階段を発見した。階段を発見した突入部隊から連絡を受けた通信手は、指揮官に続行か撤退かの指示を仰ぐ。
「どうしますか?」
「無論、探索を続行する。我々に与えられた任務はダンジョンの制圧だ」
「了解しました」
指揮官の決断により、突入部隊は更なるダンジョンの奥へと進んでいく。
そして5階層目に潜った時、その時は訪れた。突入した各部隊から、悲鳴の様な通信が続々と雪崩込んで来る。事実その通信は悲鳴であり、撤退許可を求める通信、救助を求める通信、呼び掛けにも返答のない通信と惨憺たる有様だった。指揮官は慌てて現状を報告する様に各部隊へ指示を出すが、返ってきた返答は何れもままならない物だった。
曰く、銃弾を弾き攻撃が効かない。曰く、分隊長が殺られモンスターに包囲されている。曰く、制圧した階に再度モンスターが出現した。
指揮官は急いで突入した全部隊へ撤退指示を出したが、機を逸し過ぎていた。指示への復唱を返した部隊は僅か2つ。その部隊に関しても十数分後、3階層の半ばで通信が途絶える。最後の生存部隊が付けていた通話スイッチが入りっぱなしだった通信機からは、何かを咀嚼する様な音が臨時指揮所のスピーカーを通じ流れ続けた。
全滅。その2文字が指揮官である少佐の脳裏に過ぎる。再度通信手に各部隊との連絡を取らせるも、一切の応答はなく、只々ノイズ音が鳴り響くだけだった。コトここに至り、指揮官は突入部隊の全滅を認識し、残存部隊を纏めながら大隊本部へ連絡を入れた。
「そうか、失敗したか」
「はい。A1目標に突入した歩兵1個中隊は壊滅状態。突入しなかった司令部要員のみが残った形で、部隊の再編は不可能です」
「……他のダンジョンへ突入した部隊は?」
「多少の差はあれど、ほぼ同様の被害を受けています」
大統領は補佐官の報告を聞き、頭痛がしてきた頭を抱える。突如世界中で出現が確認されたダンジョン。既に数カ国の軍がダンジョンへ突入したと聞き、後れを取ってなる物かと国内に出現した幾つかのダンジョンへ軍を派遣した。だが、投入した部隊は僅かな情報と引き換えに尽くが壊滅したと言う予想外の報告が飛び込んできた。
「今回ダンジョンへ突入した部隊の被害を合計すると、1個連隊規模の人員を喪失した事になります」
「1個連隊……数千人の兵士が死んだと?」
「はい、残念ながら」
数千人の人員を喪失したと言う報告に、大統領は意識が遠のく感覚を覚えた。大統領就任以来、一度にコレだけの被害を受けた報告など聞いた試しがなかったからだ。
「ですが大統領、何の収穫もなかった訳ではありません。コチラを……」
補佐官は一つのケースを大統領の執務机の上に置く。開かれたケースの中に入っていたのは、ソフトボール大の透明な鉱石。
「……これは?」
「ダイヤモンドの原石です。3672カラット相当あり、イギリスの保有する世界最大のダイヤモンドの大きさをゆうに超えます」
「!?!?」
大統領は目を大きく見開き、ケースに収まるダイヤモンドを凝視した。そんな大統領の様子を見ながら、補佐官は続けて甘言を紡ぐ。
「数千人の人員を喪失した事は大変残念な事態です。ですが、このダイヤ一つで経済的損失の補填は効きます」
「……」
「幸い、今回の調査隊の残した情報から、ある程度ダンジョンの特性は把握できました。今後の調査は、より安全な物となる筈です」
「調査を続けよ、と?」
「はい」
大統領は補佐官の進言に悩む。確かにダンジョンから持ち帰ったダイヤモンドによって、失われた人員の補償費用や装備の再購入費用、新規人員の訓練費用は捻出出来るだろうが、ダンジョンに挑み続けるという事は人的資源の継続的損失を意味する。
「それに大統領。ここで我が国だけがダンジョン攻略を諦めたとしても、他国はダンジョン攻略を進めるでしょう。そして貴重な品をダンジョンから産出した時、ダンジョン攻略を諦めていたら我が国だけが後れを取る事となります」
「それは……マズイな」
「ええ。そうならない為にも、ダンジョン攻略は進めておくべきです」
「……」
そして、大統領は決断を下す。
「ダンジョン攻略を続行する。但し、万全のバックアップ体制を整えた上でだ。無駄な人員損失は避けるように」
「了解しました」
「ああそれと、未発見のダンジョンについてだが……」
「現在軍と警察を動員して探索中です。民間人からも情報が上がってきているので、余程僻地になければ、数日中にはあらかた確認出来る物かと。詳しくはこちらに」
補佐官は大統領に、捜索中のダンジョンに関する途中経過報告書をわたす。
書類にはダンジョンが出現した場所が記された自国の地図と、都市名の一覧が記されていた。
「これは、多いな」
「現在確認されているダンジョンの数は138。予想では最終的に200を超える物になるかと」
「そうか……どちらにしろこんなにダンジョンが自国領内に有るのでは、何もせず放置する訳にも行かないな。ダンジョンの調査を続行し、有効な対策を立てる必要がある」
「はい。現状では爆破やコンクリートで埋めてしまえば、ダンジョンに関する問題が無くなるのかさえ分かりません。下手に対処すれば、更なる厄災を生む事になるかもしれません。……例え犠牲が出る事になるとしても、調査を行わねばならないかと」
僅か10分にも満たない短い報告会を終え、大統領は少し老け込んだ様に見える。補佐官が執務室を退出した後、大統領は疲れ果てた様に椅子の背凭れにもたれ掛かった。
そして……。
「……そうだな。例え犠牲が出たとしても、か」
自分に言い聞かせる様に、補佐官が口にした言葉を呟いた。
ダンジョン誕生後の、国外の反応を書いてみました。




