第521話 悩みは尽きず
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舘林さんと日野さんの親御さん達と話し合いをした翌日、俺と美佳は一緒に通学路を歩きながら昨夜調べたコンサル関係の情報を話し合っていた。
裕二達と話す前に、一度考えを整理しておきたいからな。違う視点からの情報も欲しいし、話している内に考えが纏まるってのは良くある事だ。
「コンサル料って相談ケースにもよるけど、単発依頼だとまぁ1時間1万円から3万円くらいみたいだぞ。探索者業じゃなく、一般的な相談内容の場合の話だけど」
「私が調べた所だと、月に数万円って感じだったよ。まぁ相談の難易度によって料金も変わるから、事前に話し合って決めた方が良いってあったけど」
「あんまり参考にならないんだよな」
ケースバイケースといえばそれまでなのだが、中々参考になる数字は見つけられなかった。探索者業といえば生まれてまだ1年ちょっとの新職業、専門家といえる程に経験を積んでいる人は皆無といえる状況だ。
一応、探索者向けのコンサルティングをしているという業者?を、見つける事は出来たには出来たのだが……。
「一応探索者向けコンサルをしている業者はいたけど、15階層まで到達した探索者が教えるとかって謳われてもな……」
「それ、15階層に到達したんじゃなくって、15階層で挫折したんじゃない?」
「多分そうだろうな。何かしらかの怪我を負って現役を続けられなくなったのか、トラウマを抱えてリタイアしたのか……そんな感じだろうな。誰かにダンジョンの事を教えようと思ったら、15階層って階層数は中途半端だ。探索者としてコンサルティングをしようとするのなら、環境が大きく変わる30階層到達あたりが区切りが良いだろうな」
「30階層ってお兄ちゃん……一部のダンジョン企業の探索者チームが到達してるって聞くけど、一般の民間探索者じゃ殆ど到達者はいないよ? でも確かに、お金を払って相談するのならその位の実績は欲しいかも」
確かに美佳がいう様に、現時点で30階層まで到達している企業系では無い民間探索者の数は少ないらしい。だがその分、現役探索者に対してもネームバリューはインパクト十分だ。教えを請いたいという者は少なくないだろう。
なにせ企業系探索者チームは、大人数のチームを複数並行活用する事で到達階層を伸ばし活動を維持している。とてもでは無いが、少人数の民間パーティーが参考に出来るような運用体系を取っていないからな。
「だろ? だからこの15階層到達を謡う業者が対象にしている客は、完全素人相手の商売をしているって事だろうな。ある程度探索者経験がある奴なら、15階層到達を誇る様な業者を頼ろうとはしないだろうさ」
「まぁ、そうだね。お兄ちゃん達にサポートして貰ったとはいえ、私達でも放課後とか週末の休日の短い活動だけでも3,4ヶ月あれば到達出来た階層だもん。それもかなり安全マージンを取った上で」
15階層という階層は、ある程度しっかりした下準備を整えれば素人でもさほど時間を掛けずに到達できる階層だ。無論、ダンジョン内の混雑状況や活動時間によって確実にとはいえないが。
この業者の事業活動開始日を考えると、実際に探索者として活動していた期間は半年ぐらいじゃないかな? 時間を掛けられる専業探索者が半年で15階層と考えると……うん、余り有能な業者とはいえないかも? ダンジョン開放初期の頃の情報が少なかった時に活動していたとしても、大分効率の悪い探索をしていたんじゃないかな?
「だろ? まぁそれでも参考にするのなら、相談1回1時間5000円から1万円って感じみたいだ」
「5000円か……中々微妙な感じだよね、それ。お小遣い制の一般学生じゃ、相談するのも躊躇する金額かも」
「まぁな。探索者視点で見ると実績も微妙だし、経験やスキルも十分なのか怪しい。素人なら経験者からのアドバイスって喜ぶかもしれないけど、本当に参考になるんだか」
しかし、15階層到達の実績で1回の相談に5000円取るなら、50階層到達の実績がある俺達はいくら取れば良いんだ、1時間の相談に5万円くらいか?
舘林さん達の場合、親御さんが費用を出してくれるとはいえ、そんな金額を知り合いの親に請求するのはな……必要な事なんだろうが気は進まない。
「相場が有って無いようなものじゃ、金額については皆で相談して決めるしかないかな」
「そうだね」
俺と美佳は何ともいえない結論に達し、思わず溜息を漏らした。
暫く通学路を歩いていると、俺達と似たような微妙な表情を浮かべる裕二と沙織ちゃんと合流した。
どうやら向こうも俺達と同じ様な話をしていたらしい。
「おはよう、裕二に沙織ちゃん」
「おう、おはよう」
「「おはようございます」」
軽く右手を上げながら挨拶をすると、憂いていた表情を浮かべていた2人の顔が少し晴れた様な気がする。
「朝から憂鬱そうな表情を浮かべてたね」
「お前も似た様な表情だぞ」
「となると、やっぱり裕二たちも昨日の事で?」
「ああ、何ともいえない結論に達してな。2人そろって溜息を漏らしていたところだ」
裕二は苦笑を浮かべながら、沙織ちゃんと話していた話題について教えてくれた。
「やっぱりそっちでも、そういう結論になったんだ」
「ああ。調べた感じ、相場なんて有って無いような感じだな。一般的なコンサルならある程度参考になる資料もあったんだけど、ダンジョン探索者関連だとさ?」
「まぁ探索者自体がまだ新しい職業だからね。それに対する総合的なコンサルタントってなると、参考例なんてないに等しいよ」
「数少ないコンサル業者も、実績が微妙な感じだし参考になるかと聞かれるとな……」
どうやら裕二も俺と同じ業者を見ていたらしい、まぁ業者数が少なかったから調べ先も被るよな。
となるとヤッパリ、皆で一般案件の相場を基準に相談して決めるしかないか。
「調べれば調べるだけ思うんだけど、幾ら位が妥当なんだろうね」
「そうだな……やっぱり4,5万円かな、1回の相談が」
「それって高いのかな?安いのかな?」
「さぁ? でも案件の難易度、実績やスキルを考慮すると……」
一概に高いとはいえないだろうな。
ただ、全くの素人をそれなりの探索者にするという案件は、難易度という意味ではかなり高い。最悪、ダンジョン内でモンスターにやられ大怪我を負うかもしれないリスクがあるからな。
「継続した商売にするつもりは無いけど、下手に安価で案件を受けると面倒そうだしね」
「そうだな。下手に安価で受けてたら、噂を聞いた連中が自分も自分もとかって集まってくるかもしれない。特に舘林さん達の場合、部活の後輩って立場だからな。ウチの部活に加入すれば教えて貰えると思われて、人が押し寄せてきたら正直困る」
「一応ウチの部、探索者専門の部活じゃないからね。当初の目的が達成されている以上、探索者になる事を目的に集まられるのは、ね?」
「ああ。探索者の指導目的で入部を希望する奴は、即拒否だよな」
これまでの色々な活躍?のお陰で、学校で俺達の事は凄い探索者だとそれなりに知られているからな。探索者になりたいけどと躊躇している生徒は結構いるだろうから、俺達がコンサル紛いの事をしていると知られたら集まってくる可能性はなくもない。仮に現時点では居なくとも、来年の新入生の中から希望者が出る可能性は残るからな。
ゆえに下手に安価な報酬を提示するのではなく、学生が依頼するには躊躇するような額を提示するのも考慮しておいた方が良いだろう。そうすればもし依頼を出す生徒が居た時に断り文句として、“舘林さん達は○○万円出したけど、君達は用意出来る?”という事が出来る。
「そうだね。でもまぁその辺の金額に関しては後で皆で相談して決めるとして、裕二。昨日お願いしていた件はどうだった?」
「ああ、爺さんに一応聞いてみたぞ。昨日の話をしたら、結構な渋面を浮かべてたけどな」
裕二は少し疲れた様な表情を浮かべながら、重蔵さんとのやり取りを話してくれる。
「まず最初にコンサルティングを頼まれたことを話したら、少し眉を顰めてたな」
「? 後輩への指導を仕事としてって話だよな?」
「ああ。爺さん曰く、仕事として受ける以上は義務と責任が付きまとうのは理解しているのか?ってな」
「義務と責任」
俺達は美佳達を一人前の探索者に育てたが、あくまでも個人の活動としてだ。身内という事もあり特に目標も期間も無く、しっかり基礎を固めながら割とのんびりと育てた。
しかし、仕事として育てるとなれば契約に沿って指導をしなければならない。クオリティや納期に不備が無いように完遂する義務が生じる。その上、万が一のことが起きた際の責任もだ。
「ああ。契約する時に免責事項を定めるだろうが、万一の事が起きた際に遺族に恨まれる覚悟はあるのか?ってな。特に今回の場合、あくまでも舘林さん達とは部活の後輩という関係の上、親御さん達とも昨日が初顔合わせという間柄だ。舘林さん達の親御さんの様子を聞くに、契約で免責になっても確実に恨まれるぞってさ」
「そう、だよね。美佳達の時と同じように思っていたらダメなんだよな」
「ああ。それを含めた上で、このコンサルティング依頼を受ける気か?って聞かれたんだよ。皆でその辺をよく相談した上で、覚悟が無いのなら受けるなってさ」
「……そうだね。何だかんだ話を受ける事を前提で話が進んでたけど、まずは受ける受けないを真剣に話し合ってからだったよ」
裕二から重蔵さんの痛い指摘を聞き、頭を殴られたような気がした。俺達は美佳達を指導した延長上な感じで、軽く舘林さん達のコンサルティング話を受ける事を前提に考えていた。
しかし、俺達がまず初めにやるのは受けるか受けないかを真剣に考える事だ。
「この話は舘林さん達を含めて、放課後に部室で話し合おう。美佳、沙織ちゃん、舘林さん達に1週間後にって伝言はやめにして、大切な話があるから部室に来てって伝えてくれないか」
「……うん、分かった。確かに料金だなんだって話は、受ける受けないの話をきちんとしてからの話だったよね」
「はい。お仕事として受ける意味をちょっと軽く考えていました」
俺と裕二のやり取りを隣で聞いていた美佳と沙織ちゃんも、俺と同じ様に自責の念を感じているのか少し落ち込んでいる様子だった。
しばらく皆無言で通学路を歩いた後、小さく溜息を吐いた裕二が別の話を振る。
「まぁ、舘林さん達にはまだ何の返事もしていないんだ、手遅れって事は無いさ。ちゃんと皆で話し合って決めればいいんだよ」
「そうだな、きちんと話し合って決めよう」
「ああ。それと話は変わるけど、爺さんの知り合いで探索者向けの武術系カルチャースクールや道場をやっている知り合いは無いってさ。まだ皆模索の段階で、探索者向けの指導が出来る様になるにはもう暫く時間が掛かるだろう、だってよ」
「そっか。それは残念だけど、まぁ想定内といえば想定内かな?」
裕二の所でも模索中という状況なのだ、重蔵さんの知り合いが同じ状況というのも無理は無いだろう。となると、やっぱり舘林さん達には通常の武術系カルチャースクールや道場に通って貰い基礎を固めた後、実戦で対モンスター戦術を磨いて貰っていくしかなさそうだな。
まぁ武術の基礎も修めずに、ぶっつけ本番でモンスターと戦うよりかなりマシなんだろうけどさ。
「ああ。それなら基礎を重点的に教えてくれそうな信頼出来る所はないかって聞いたら、何軒か道場を教えてくれたよ」
「えっ、ホント?」
「ああ。それぞれ教える得物や体系が違うから、自分に合いそうなところに通わせたらどうだってさ。俺達の方である程度舘林さん達の適性を見た後、実際に体験入会して貰ってどこに通うか選んでもらった方が良いだろうな」
「そっか、じゃぁその辺の調整も放課後に舘林さん達と要相談だね」
取り敢えず悩みの一つだった、どうやって武術の基礎を学んで貰うかという課題がクリアできそうだ。後で重蔵さんにお勧めして貰った外注先がどういう道場なのか調べてみないと。
まぁ重蔵さんのお勧めというのだから、実戦向けの道場なんだろうな。ドコに通うか決まるまでは、舘林さん達に軽い走り込みなんかをして貰って体力作りをして貰っておいた方が良さそうだ。
「そうだな。だがその前に、コンサルティングの話を受けるか受けないかを皆でしっかり話し合ってからだ」
「それはそうだね。話を受けないって成ったら、後の想定を全部する意味がなくなるからね」
少し憂いの晴れた表情を浮かべながら、俺達は校門を潜り学校内へと足を踏み入れた。
さぁて、朝から少し憂鬱な気分になったが今日も一日頑張ろう。




