第519話 コンサルティング……ですか?
お気に入り37620超、PV117420000超、ジャンル別日刊53位、応援ありがとうございます。
コミカライズ版朝ダン、マンガUP!様にて掲載中です。よろしければ見てみてください。
小説版朝ダン、ダッシュエックス文庫様より書籍版電子版に発売中です。よろしくお願いします。
俺達が会議室へ戻ると、舘林さん達は神妙な面持ちを浮かべていた。やはり先程の話は少々刺激的で、家族との話で何かしら考えに変化があったのかもしれないな。
そして俺達が元の席に座ると、健吾さんが軽く息を吸って意を決したように口を開く。
「すまなかったね、家族だけで話す時間を作って貰ってありがとう」
「いえ。コレだけ一度に新しい情報が出たんです、皆さん考えを整理する時間は必要ですよ」
「お陰でこれまで情報不足で曖昧になっていた部分が埋まって、皆でこれからについて踏み込んだ話が出来たよ。やはり現役の人に、生の話を聞くのは大切だね」
「そうですね。隠している訳では無いのでしょうが、文字にはしづらい部分を詳細に伝えるというのは、やはり現場を知る者がかたる言葉という形の方が適していると思います。言葉の端々から漏れ出る現場の雰囲気、なんてモノもあるでしょうから」
実際、裕二が当然の事だという様に平然とした口調で、基礎を学んだ後の美佳達の腕は実戦で磨かれた……と伝えた時など、健吾さん達は短時間だが信じられないと言いたげな表情を浮かべていたからな。
しかも、俺達も一切否定せず当たり前といった態度で受け入れていたので猶更衝撃を受けたと思う。
「それは今現在、ひしひしと実感しているよ。私達としても調べられる範囲でダンジョンや探索者の事を調べていたつもりだったんだが、今一つ危機感や緊迫感というものを理解できていなかったようだ。勿論現物を知らない以上、こうして理解したつもりでいる今でも本当の意味では足りていないんだとは思うけどね」
「それは仕方ないと思いますよ。でも、多くの新規参入してくる探索者達は、その足りないにも達していない認識のまま探索者になりダンジョンへと赴いているのが現状です。聞いていなかった、話が違うで済む内はまだ良いのですが、それさえ言えなくなる場合もある事を考えると……」
「足りないと分かっているのを今知れているだけでもマシ、と思うしかなさそうだね」
「だと思います」
裕二と健吾さんは互いに顔を少し見合わせた後、何とも言えないといった表情を浮かべながら苦笑を漏らしあった。
往々にして認識不足を改めるには実際に体験してみるしかないが、実際に体験する時は手遅れといった状況に遭遇している。そうならない為には、認識が足りないと自覚しつつ警戒を続けながら、取り返しがつかなくならない様に少しずつ体験し学ぶしかない。何故なら話を聞いただけ、記録を見ただけでは本当の意味で認識を改められる者などそうそういる訳ではないからな。
そして話題は俺達が会議室を出ていった後に行われた、家族相談会での話にうつる。
「それで君達の話を聞いてから皆で話し合った結論なんだが、娘達が探索者になるという事自体は認めようと考えている。これから学生探索者が増えていく先の事を考えると、触り程度にでも探索者というものを経験しておいた方が良さそうだからね」
「そうですか。結構生々しい話をしたので、話を聞いて反対されるかもと思っていたんですが……」
「まぁ元々、娘達が探索者をやるという事自体は反対では無かったからね。私達が調べられる範囲で調べた結果としては、無理をしなければ大きな怪我等は負わないだろうと思っていたんだよ。でもまぁ君達の話を聞いた後だと、その認識は少々甘かったとしか言えないけどね」
健吾さんがそう言うと、保護者一同は自嘲染みた表情を浮かべつつ重い溜息を吐き出した。
どうやら舘林さん達が探索者になる事は出来るらしい。ただまぁ、無条件にとはいかないだろうな。
「だからこそ娘達が探索者になるというのなら、少なくとも十分な……十分と思える程度には準備を整えてからにしたいと思っている」
「妥当な判断ですね。少なくとも事前準備を確り整えていれば、ダンジョンの1層目に出るモンスターが相手なら大怪我を負う事は無いと思います」
「そうだろう? ただ残念な事に、私達ではどういった範囲まで下準備をすれば良いのか判断できないんだ。君達の話を聞いた限りだと、私達が思う十分な範囲と現役探索者である君達が思う十分とには大きな差があるように思えてならないんだ」
「そうですね。皆さんが考える下準備が過剰であるのならまだしも、過少だった場合はモンスターとの戦闘で大怪我を負う可能性も出てきますからね」
勿論、何の下準備もせず軽装備でダンジョンに挑み無傷で突破する様な者もいるにはいるが、それは極少数のレアケースでしかない。大半の者が同じ真似をすれば、良くて軽傷悪くて……である。
ゆえに、ある程度であっても事前に下準備を整えられる余裕があるのなら、怪我をする確率を下げる為にもしっかりと下準備をした方が良い。
「私達もそう思う。だからこそ、君達に頼みたい相談があるのだが良いかな?」
「……相談、ですか?」
この話の流れでの相談となると多分、俺達に舘林さん達を指導して欲しいといった感じかな?
そして怪訝な表情を浮かべる裕二に、健吾さんは相談の内容を口にする。
「娘達に探索者としての指南を……と言いたいんだが、流石にソレは現役の探索者である君達の活動の迷惑になるだろうからね。だから代わりに助言……いや、この場合はコンサルティングをお願いできないかな?」
「コンサルティング、ですか?」
「ああ、娘達が探索者になるまでの。具体的にはそうだね……探索者資格取得までの下準備、道具類の調達やトレーニングに関する相談、ダンジョン内での実戦に数回同行して貰うといった感じでどうかね? もちろん君達が探索者としての活動する時間を貰う事になる以上、コンサルティング料として報酬は用意するつもりだ。娘達から君達が探索者、個人事業主として活動していると聞いているからね」
「なるほど……」
自分達が分らないのなら、分かる人にお願いするというのは妥当な判断だろう。
しかしコンサルティングの依頼として娘達を、ね。確かに部活の先輩だから娘たちの面倒を……と言われるより、報酬の出る仕事としてお願いされる方がマシな頼み方に思える。とはいえ、だ。
「えっと、すみません。余りに突然の提案ですので、この場での回答はちょっと……」
「勿論、直ぐに回答が出なくても大丈夫だよ。私も突然このような事を言われたら、流石に戸惑うからね」
困惑しながら直ぐには回答できないと口にする裕二に対し、当然といった表情を浮かべながら苦笑を漏らしながら了承する健吾さん。
「この提案は君だけでなく、他の子達にも影響が出る提案だからね。皆でじっくり話し合って結論を出して欲しい。もし無理だと思ったら、断ってくれて構わないからね」
「……良いんですか?」
「ああ。この提案を受けるという事は少なくとも、娘達に同行しダンジョンに潜る際のリスクを受け持つという事になる。多少のケガならまだしも、低いとはいえ最悪の事態も想定されるからね」
「そうですね……分かりました、この件は皆と相談して結論を出来るだけ早めに出します」
健吾さんの言葉に、裕二は神妙な面持ちで頷いた。
そうだよな。俺達が同行すれば限りなくそのリスクは低いと言えるが、そう簡単に答えが出せる様な類の問題ではないし出して良い問題でもない。
「そうしてくれると助かるよ、返事は娘達に伝えてくれれば大丈夫だからね」
「分かりました、それほど時間はかけずに返事をします」
この後、皆でどこかに集まって健吾さんの提案をどうするか相談しないとな。
降って湧いたコンサルティングの話も一段落し、探索者になろうとする新人が直面する解決困難な現実的な問題の話になった。
それは何かって?ズバリお金の話である。
「九重さん達から話を聞いて娘達も、夏休みにバイト等をしてお金を稼いだそうだが、装備品を揃えるだけで限界だったそうだ」
「まぁ安く上げようと中古品で揃えたとしても、探索者装備一式となるとそこそこのお値段はしますからね。それに防具類の場合、下手に安物で揃えると耐久性の問題で破損が怖いですから」
高校生が用意するには、夏休みにバイトを頑張ったからといっても中々厳しい金額だからね。
「防具はケガの有無に繋がる大切な道具だからね、下手に安価なモノに手を出すのは怖いかな」
「はい。因みに俺達が言う中古品は、元々探索者をやっていた人が引退する為に協会公式サイトで売りに出した物の事です。モンスターとの戦闘が性に合わなくて売りに出した、新規参入した人の新古品辺りが狙い目ですね。それと注意して欲しいのが、一般通販サイトで売られている安物は防御力の怪しい見た目だけの物が多いです。安くしようとするあまり、怪しい装備品に手を出す……ってのも有りますから」
「そういえば、偶に雑誌広告にその手の商品がのってるね」
「手を出さない方が良いですよ。ちゃんとした商品もあるでしょうけど、ハズレを引いた時が生命に直結しますから。多少高くとも、協会と提携しているお店で品質保証がついたものを買う方が良いです」
裕二の注意に、健吾さん達は神妙な表情を浮かべながら頷いた。
一般サイトに売られているハズレ商品の中には、安いプラ素材の上に薄い金属板を張り付けそれっぽく仕上げたものとかあるからな。もちろん防御力は皆無な上、そこそこレベルの探索者が軽く叩けば壊れる、コスプレに使う様な商品だ。そんな物でダンジョンに潜りモンスターと戦えば……まぁそういう事だな。
「そうなると、娘達が自分達の力だけで防具類を揃えられるお金を稼いだのは褒めないといけないな」
「はい、それが舘林さんも日野さんも本気で探索者になる事を目標にしていたって事ですからね」
「そうだね。少なくとも夏休みの前から探索者になる事を真剣に考え向き合ってきたという事だ」
健吾さんはそういうと優し気な表情を浮かべながら、少し嬉しそうな眼差しを娘に向ける。
そして軽く視線を保護者一同で交わした後、ハッキリとした口調で宣言をする。
「ならば、親として子供が見つけた夢を支援するとしよう」
「「!?」」
「ん、何を驚いているんだ? 本気でやりたい事を見つけたのなら、背中を押すぐらいしてやるさ」
舘林さんと日野さんは健吾さんの思わぬ発言に目を見開き驚きの表情を浮かべながら、他の保護者達の顔を見渡す。すると他の保護者達も小さく笑みを浮かべながら、健吾さんの発言を肯定する様に頷いていた。
そして舘林さんと日野さんは薄っすらと涙目になりながら笑顔を浮かべながら、自分達の親に向かって頭を下げお礼の言葉を口にする。
「「ありがとう!」」
「ただし、絶対に無理はするなよ。無理をしてお前達が大きな怪我を負う様な事になれば、こうやって後押しをした事をお父さんもお母さんも一生後悔する様になるんだからな?」
「「はい!」」
健吾さんは娘達の夢を肯定しつつ後押しをしながらも、確りと太い釘を突き刺していた。この約束がある限り、舘林さん達が無理な探索する事は無いだろうな。自分達が大怪我をすれば両親に一生残る後悔を背負わせると思えば、変な欲や功名心から出て来る後もう一歩を踏み止まれるだろう。
もしかしたら戦法が防御寄りになって、探索者としては伸び悩み大成出来ないかもしれないけど、大怪我を負ったりするより毎回無事に帰ってくる方がマシだな。
「良し、広瀬君達が受けてくれたらコンサル料やレッスン代は私達で出す。ただし、相談されていた武器の方は要検討だ。探索者としてやっていけるかどうかわからない段階で購入するには、些か高額だからな」
「「うん」」
準備段階の金銭的支援を約束しつつ、高額な武器に関しては先送りにするみたいだ。
まぁすぐに用意するのは難しい金額だろうから、仕方がないよね。
「自分もその方が良いと思います。モンスターと戦う探索者には、続けて行く上で壁というものがあります。大きなものとして、一つ目はモンスターと戦い倒せるのか? 二つ目はゴブリンを代表とする、人型モンスターと戦い倒す事が出来るのか?です。コレらは探索者としての資質の問題ですので、やって見ないと分からない部分ですからね」
「それらを乗り越えられない場合は引退かね?」
「一つ目の場合はそうですが、二つ目は人型モンスターと戦わずに探索者を続ける場合があります。通常のドロップ品ではあまり稼げませんが、レアドロップ品が出れば高額換金もありますからね。仕事としてではなく趣味の活動としてなら、まぁアリだとは思います」
そういった人の活動が協会で売っているスキルスクロールの供給源の一つ、という話を聞いたことあるしな。階層更新を目指さないのなら更なるスキルも要らないので、スキルスクロールを自分で使わなくとも良いと考え売りに出す人が大半なのだそうだ。
「なるほど……そうなると武器の購入検討は、少なくとも一つ目の壁を乗り越えられるか確認してからの方が良さそうだ。2人もそれでいいな?」
「「はい」」
どうにか話は纏まった様だ。元々御両親も賛成よりの考えだったので、思ったよりもスムーズに話が進んでよかった。
しかし、そうなると後は俺達が提案されたコンサルティングを受けるかどうかなのだが……どうしよう?




