第514話 良いよというのは簡単だが……
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舘林さんと日野さんの発言に、俺達は驚きと衝撃で目を少し見開きながら押し黙る。確かにそれっぽい雰囲気は感じていたが、こうやって真正面からいわれると中々クルものがあるな。
確かに自分達以外の部員が全員探索者をしているともなれば、疎外感や興味を持つのは当然だよな。自分達も探索者になるといいだすのも、まぁ分からないでもない。
「なるほど……」
俺はとりあえずカップに残っているコーヒーを一口飲み心を落ち着かせてから、視線を舘林さん達から美佳へと移し話しかける。
「美佳は舘林さん達が探索者になりたがっているのは知って……いや、俺達に探索者になりたいと話すって事前に相談されてたのか?」
「うん、少し前に今日の試験が終わったら相談するって聞いてたよ」
「そっか、じゃぁ試験の終わった勢いでついって訳じゃないんだな」
美佳は軽く頷きながら、俺の質問に肯定の返事をしてきた。簿記試験に失敗したかもと思い、焦って探索者になるといい出した訳でない事に少し安堵する。失敗を誤魔化す為に探索者になっても、そんな心持ちでは碌な事にならないだろうからな。
モンスターを倒す事にトラウマを抱えるだけで済めばまだマシ、最悪は……という事も起こりうるからさ。
「……探索者になりたいってのは、前々から考えてたの?」
「はい。入部した時から皆さんが探索者をやっているのは知っていましたし、元々興味もありました」
俺の質問に舘林さんがハッキリした口調で答え、隣に座っている日野さんも頭を縦に振って肯定していた。
「まぁ、体育祭であれだけ派手にやったから当然か。それにこの御時世だと、探索者に興味を持つのも当然だよね。2年生以上だと、ほとんどの生徒が探索者資格を持っている状況だしさ」
「はい、ウチのクラスでも誕生日が来た人達の多くが探索者をやってます」
「夏休みで一気に増えた感じですね」
そんな状況なら、確かに自分達もという気持ちになるのも当然だな。特に前々から興味を持っており、親しい友人から話を聞いていれば当然か。
「まぁ長続きしているかどうかは、話が別なんですけど……」
「ん? もう辞めたって子達が居るの?」
「あっ、はい。やっぱり実際にモンスターと戦うのは……って子達がいますね」
「他にも危ない目にあったとか、やっぱり血が苦手で……っていってます」
まぁそうなるよな、いくら流行りとはいえ合う合わないの個人差は出て来るだろうから。
しかし、美佳達の話やそういった事を見聞きした上で探索者をやりたいという事は、舘林さん達の探索者になりたいって思いは本物だな。
「そういった物を見聞きした上でも二人は探索者をやってみたい、という事で良いのかな?」
「「はい!」」
舘林さんと日野さんは俺達の目を真っ直ぐ見ながら、ハッキリした口調で返事をしつつ力強く頷いた。
コレは……適当にあしらってといった対応は出来ないな。まずはしっかり話を聞いた方が良いだろう。
探索者になりたいという舘林さんと日野さんの決意が固い事は確認できたので、2人がどの程度探索者について知っているのかを確認する事にした。
美佳達から話を聞いている以上、ある程度の予備知識はあると思うんだけど……確認はしておいた方が良いだろうな。
「とりあえず、2人が探索者をしたいというのは分かった。その上で聞くけど、2人は探索者についてどの程度しってる? テレビやネットなんかにある基本的な情報だけで、内情を全く知らないって事は無いよね?」
「あっ、はい。探索者をやってる子達の話を横で聞いたり、美佳ちゃん達から話を聞いたりしているのである程度は……」
若干不安気な表情を浮かべる舘林さんと日野さんを見ながら、俺は美佳に話を振る。
「美佳、詳しく突っ込んだ話をしたりした事は?」
「ある程度はしたよ。どういうモンスターが出て来るのかとか、どういうドロップアイテムが出て来るのかとか」
「そうか……探索者の金銭関係については?」
「そうだね、最近ドロップアイテムの買取価格が下がってきたとかって話はしたかな?」
つまり金銭面に関する話は、表面的な話をしたといった感じか?
「探索者をやる為にかかる初期投資費や探索者を続けていくのにかかる装備品の維持費、収入にかかる税金関係の話は? ダンジョン内で使う回復薬代だけでも、結構するぞ」
「初期投資……最初に装備品を揃えるのに幾ら位掛るかって話はしたよ。他の話はまだかな」
「最初のモンスター討伐で躓くかもしれませんから、装備品の維持費や税金なんかの話はまだしてません」
確かに美佳と沙織ちゃんのいう事も分かる。最初の一歩でつまずいてしまえば、初期投資費以外の金銭関係の話は無用のモノになってしまう。始める前からあまり込み入った話をするのもどうかと思うしな。
まぁ文化祭で税金関係の話を題材にしていたので、その辺は今更しなくともある程度は大丈夫だろう。
「となると、金銭面の話は本当に探索者を始める為の触り程度の話しかしてないって事だ」
「うん、続くかどうかはやって見ないと分からないから。だから麻美ちゃん達に探索者をやりたいって相談された時、まずはダンジョンで最初に遭遇するモンスターを怪我無く倒せる事を目標に色々教えてるよ」
美佳と沙織ちゃんはどことなく自慢気な表情を浮かべながら、俺達にどんなことを教えたのかを話し始めた。
「色々教えているって、何をだ?」
「体作りや体の動かし方をちょっとね。モンスターと対峙した時にちゃんと動けるように」
「最初の頃の麻美ちゃん達は、基礎体力が足らない上基本的な武器の振り方も知りませんでしたから。流石にあの状態のままダンジョンへ、なんて怖くて出来ませんよ」
「「お世話になってます」」
詳しく話を聞くと、なんでも学校終わりの放課後の時間で美佳と沙織ちゃんが舘林さん達に教えていたそうだ。一緒に軽いジョギングや筋トレをして体作りをしたり、安全面を考え100均で手に入るおもちゃの剣を使って素振り練習をしていたとの事だ。
美佳達の目から見ても舘林さん達は基礎が出来ていなかったので、模擬戦などの本格的な訓練は俺達に相談してから始めるつもりだったらしい。
「全く何の準備もしてない状態より、基本的な練習だけでもしておいた方が本気だって示せるからね。お兄ちゃん達も、全く事前準備をしてない相手が探索者をやりたいっていい出したら本気か?って疑うんじゃないかな?」
「まぁそうだな。そういう意味では舘林さん達が本気で探索者をしようとしている意気込みは伝わって来たよ」
美佳達の施した訓練がどの程度の仕上がりになっているのかは分からないが、ちゃんと準備を進めた上で探索者志望の事を話してくれたというのは好意的に受け止められるな。
そして美佳達にある程度の確認を終えた俺は、舘林さん達に視線を戻し話しかける。
「二人が本気で探索者を目指しているのは理解できたよ。それで、探索者になりたいというのを俺達に相談するって事は、俺達に何かして欲しい事があるのかな?」
「ええっと、はい」
舘林さんと日野さんは一瞬美佳達に視線を向けた後、意を決したように裕二に顔を向ける。えっ、裕二?
このタイミングで?と首を傾げそうになったが、俺が首を傾ける間に舘林さんと日野さんは裕二に向かって話しかける。
「広瀬先輩、その……。美佳ちゃん達から聞いたんですが、美佳ちゃん達が使ってる武器って広瀬先輩のおじいさんから譲っていただいたと」
「ん? ああ、そういう事か。確かに美佳ちゃん達がダンジョンで使っている武器は、俺の爺さんから譲ってもらった形になっているよ」
そういえば未成年は法律の年齢制限の関係で、殺傷能力のある刀剣類の武器を直接購入できない決まりだったな。未成年の探索者がダンジョンで武器を使う場合、成人に購入して貰い譲渡して貰う必要があるんだった。俺達は重蔵さんという伝手が有ったので、上手く良い武器を譲って貰えたんだったっけ。
それと最近はダンジョンや探索者の存在が広く認知されるようになったから、学生探索者などは親が武器を代理購入し探索者を目指す子供に譲渡するという流れが少ないながら出来始めていると聞いた事がある……って、ん?
「あれ? そういえば舘林さん達って、親御さんに探索者になりたいですっていう話はしてるの?」
「それがその……」
「えっと……」
思わず俺が突っ込むと、舘林さんと日野さんはいい出し辛そうな表情を浮かべながら俺達から視線を逸らした。
あっ、コレはしてないな。
「今更な話だけど二人とも、ちゃんと親御さんとは話をしておいた方が良いよ。探索者って世間一般でいわれているように儲かる仕事だけど、それ相応に危険もある仕事だからね? 多分一度は見た事あるだろうけど、探索者をやってるクラスメートが怪我をしたまま学校に来てる所だって見た事あるんじゃないかな?」
「それは……見た事あります」
「軽い怪我だからって、ガーゼを貼ってました。いっぱい」
「回復薬を使えばすぐ治るけど、短期間で治る小さな傷を治すには高いからね。ダンジョンの奥深くで負った傷なら兎も角、浅い階層で負った軽い傷は結構多くの人が普通の治療で済ませちゃうんだよね」
おかげで一時期、クラスメート達がミイラ軍団になってたからな。最近はレベルも上がりモンスターと戦うのにも慣れてきたらしく、治療跡を残したまま登校してくる人はかなり減っていた。
まぁ代わりにまだ慣れていない1年生達が、ミイラ姿になってるようなんだけど。
「まぁそれはともかく、よほど上手くやらない限りモンスター相手に戦う探索者に生傷は絶えないもんなんだよ。何も相談せずに探索者になって、傷だらけになって帰ってきたりしたら嘆き悲しむよ。最低限、説明と親御さんの了承は取っておいた方が良い」
「……そうですね、分かりました。親とは早めに話し合っておきます」
「しておきます」
少し難しそうな表情を浮かべつつも、舘林さんと日野さんは小さく頷き俺の忠告を了承してくれた。
舘林さんと日野さんが本気で探索者をやろうと準備を進めている事は理解できたので、少し踏み込んだ話をする。
「こうやって聞くのはちょっとアレかもしれないけど、2人は初期投資に充てられるお金の目途は立ってる? 最低限の装備品だけでも一揃えしようとすると、それなりにかかるんだけど……」
「たぶん大丈夫です。美佳ちゃん達に話を聞いてから目標額を定めて貯め始めたので、とりあえず美佳ちゃん達が最初に始めた頃の装備品は購入できると思います。中古市場の装備品が高騰してなければ、ですけど」
「そっか、じゃぁ後で協会の中古市場ページを見てみよう。掘り出し物が出品されてるかもしれないからさ」
「はい。美佳ちゃん達も最初は中古品だったけど、状態は良かったから最初に使うのなら中古品で十分だって聞いてます」
「始めてすぐ辞めた人のだったからほぼ新品だった上、かなり安かったって聞いてます」
そういえば美佳達が買った防具は、そこそこ状態は良かったんだよな。まぁサイトを覗いた時に、状態が良い物が残ってるかどうかは運次第だけど。
しかし一番の問題は、防具は学生でも自前で揃える事は出来ても武器を調達できないという事だ。まぁ鉄パイプやスコップといった代用品は用意できるが……ちゃんとした物を用意できるのならちゃんとしたものを用意した方が良いだろうな。武器?を理由に、変な言い掛かりをつけてくる探索者に絡まれないようにする為にも。
「そうだね、新品に比べたらかなり安く手に入るよ。ただ、武器の方は出来れば新品……品質保証があるものの方が良い。中古品だと状態によっては、戦闘中に壊れるという万が一の場合があるからね」
「……はい、美佳ちゃん達からもその点は気を付けるようにいわれています」
「でも、ちゃんとした武器って高くて……」
そういうと舘林さんと日野さんは、大きな溜息をつきながら肩を落とした。防具などを揃える資金はあっても、武器に回せる資金はそんなにないっぽい。
確かに美佳達が使う槍もかなり高額だったので、既に返済して貰っているが暫くは俺が代金を立て替えていた形だったからな。ただの学生である舘林さん達じゃ、気軽に用意できるような額ではない。
「それでその、美佳ちゃん達の使ってる武器の値段を考えると親にも相談しづらくって……」
「なるほどね」
ここで俺達が美佳達の様に武器の代金を立て替えてあげるよというのは簡単だけど、美佳達の場合は実の妹と昔から知ってるその親友という関係だったのでやってやれた事だ。
しかし舘林さん達の場合、数ヶ月の付き合いがある高校の部活の後輩という間柄である。数十万単位する物品の立替をして上げられる関係かといわれると……どうしよう。




