第513話 試験終了後に相談された
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緊張感と集中力の故か試験時間は瞬く間に過ぎ去り、気が付くと試験監督官が大きく鋭い声で終了を告げた。いやホント、あっという間だったな。空いてる時間を見つけてチョッとずつだったが、半年近く簿記の勉強をしていたのにこうもアッサリと……合格してると良いんだけど。
そして試験用紙の回収が終わり、試験監督官が労いの言葉と共に簿記試験の終了を宣言した。
「終わった~」
解放感に満ちた俺は両手を突き上げながら背を伸ばし、慣れない資格試験の緊張で凝り固まった体を解す。今回俺達が受けたのは学校単位で行う団体試験ではなく、自分の2倍3倍と年の差がある大人と一緒に行う一般申し込みでの試験。普段学校で受ける定期試験とは違い、様々な年代の人間の集まる資格試験は独特の雰囲気もありかなり緊張した。
だが探索者活動の経験が生きたのか、開始前は緊張していたが試験中はテスト問題に集中出来ていたと思う。
「皆は上手く出来たかな?」
裕二と柊さんは俺と同じく探索者活動を通じ色々経験しているので、試験の雰囲気に飲まれてはいないと思うが、美佳達後輩組が大丈夫だったか少し心配になった。美佳と沙織ちゃんは探索者活動をしているのでまだマシだと思うが、舘林さんと日野さんがこの独特の雰囲気に飲まれ力を発揮しきれなかったのでは?といった疑問が湧いてくる。
試験前に行った勉強会では皆、これなら簿記試験に合格出来るだろうと思う程度には勉強しているのを確認していた。問題は身に付けたその力を発揮できているかなのだが……。
「お疲れ大樹、どうだった手応えの方は?」
「あっ裕二か、お疲れ。まぁそこそこはいけたかな?って感じだな。手応え的には合格点に届いてるとは思うけど、書き間違えとかのイージーミスを連発してないと良いんだけど」
「なるほどな、俺もだいたい同じ感じだよ。多分、合格出来るとは思う……と良いな」
俺も裕二も互いに苦笑を浮かべながら、手応えはあれど合格できると断言できるほどの自信はない、といった感じだと伝えあう。出題された問題の殆どに解答は記入出来ているので、よほどの手違いが無ければ問題は無い、はず。
何とも言えない微妙な表情を浮かべながら、俺と裕二は何もいえないまま暫く顔を見合わせた。
「ゴホン。さぁて、試験も終わった事だし美佳達の様子を見に行こう。向こうも試験がおわって、合否で不安になってるかもしれないしさ」
「そうだな。もう結構な人が会場を出てるし、サッサと合流して俺達も帰るとしよう」
試験会場内を軽く見まわしてみると、既に受験生の四分の一が会場を後にし四分の二が帰り支度を整えていた。まぁ会場内に知り合いが居ないのなら、長居する理由も無いだろうからな。
俺と裕二は筆記用具等の荷物を纏め、多少混雑しているが美佳達と合流する事にした。
「あっ、居た居た。おーい美佳、皆もお疲れ様」
「あっ、お兄ちゃん」
少し会場内を見て回ると、人混みで少し見つけづらかったが美佳達を見つける事が出来た。どうやら試験が終わって直ぐに皆で集まったらしく、5人揃ってお喋りをしていたらしい。
ただ、柊さんと美佳と沙織ちゃんはまだましだが、舘林さんと日野さんは顔色が少し曇っていた。
「どうだ? 手応えの方は感じたか?」
「ああ、うん。私達はそこそこいけたって感じはあるんだけど……」
そういうと美佳は何ともいえなさそうな表情を浮かべつつ、気まずい感じの視線を舘林さんと日野さんに向ける。つられて俺と裕二も舘林さんと日野さんに視線を向けると、2人そろって少し落ち込んだ表情を浮かべている姿が見て取れた。
どうやら悪い予想が当たって、舘林さんも日野さんも独特な試験の雰囲気に飲まれてしまったらしい。
「どうにか解答欄は全部埋めたんですけど、見直しをする時間が無くてちゃんと正解を書けたかどうか……」
「問題自体はテキストでやったものが出てたので答えは分かったんです、だけど……」
場の雰囲気に飲みこまれた舘林さんと日野さんは、冷静になるまでに時間が掛かったらしく思うように力を発揮する事が出来なかったそうだ。試験開始後最初の数分は頭が真っ白になっていたそうで、ロクに解答できなかったとの事。どうにか立て直した頃には時間もかなり経っていて、直感的に解答欄を埋める事になってしまったそうだ。それ故に十分に見直しをする時間も無く、合格を信じられる手応えを感じられていないらしい。
もしコレが学生ばかりの団体試験とかだったら落ち着いて試験に挑めたのだろうが、場慣れ不足が露呈したって感じだな。
「そっか、でもまぁ解答欄は全部埋められたんだよね? 時間が無くて直感的に答えたっていうけど、しっかり勉強したうえでの直感なんだし、無意識でもちゃんと正解を選んで書けているって」
「そうだな。ちゃんとした下地が無いと直感的に答えを出すなんて真似も出来ないんだ、今までの努力して身に付けた知識が生きているって事だよ。不安なのはわかるけど、今まで勉強した事の積み重ねが実を結んだ直感だって信じよう」
俺と裕二は何といっていいのか悩んだ末、少し目を泳がせながら今まで頑張って勉強してきたんだから大丈夫だと慰める事しか出来なかった。まぁ裕二がいう様にちゃんとした下地が無いと、無意識下で直感的に正解を導き出すなんて事は出来ないんだ、今までの積み重ねがきっと助けてくれる……はずだ、多分。
そんな俺達の下手くそな慰め?に、柊さんが少し呆れた様な表情を浮かべつつ舘林さん達に話しかける。
「この2人のいっている事は話半分に聞いておくとして、もう試験は終わっちゃったんだし気持ちを切り替えましょう。元々この試験の合格率は3割4割っていわれてるし、合否の割合でいえば不合格者の方が多い試験なんだから。私達全員で受験して、2人か3人合格すれば良いほうなのよ?」
「そっ、そうだよ。それにまだ不合格と決まった訳じゃないんだから、喜ぶのも悲しむのも発表の後で良いと思うよ?」
「うんうん、合否発表までまとう」
柊さんの少し厳し目の慰めに美佳と沙織ちゃんは少し頬を引きつつも賛同し、落ち込むのは合否発表が出るまで待とうよと声を掛けていた。まぁ確かに試験で手応えが無かったからといって、確実に不合格になるという訳でもないんだしな。悲しむにしても、合否の判定が出てからでも遅くは無い。
まぁその合否が出るまでには2,3週間かかるので、かなり長い時間モヤモヤ感を抱えながら待つ事になるのだけど。
「そう、だね。合否が出てないのに、今の段階で落ち込むのはまだ早いよね」
「うん。一応解答欄は全部埋めてるから、なくはないもんね」
まだ失敗の後を引いて落ち込んでいる様だが、とりあえず舘林さんと日野さんは結果が出るまで合格しているだろう、と思って待つ事にしたようだ。
まぁ例年の合格率を考えると、俺達の半分は落ちている可能性があるからな。合格出来てたら……うん、努力もそうだが運も良かったのだと思う。
「じゃぁさ、段々人も減ってきた所だしとりあえず会場を出ようか? 話の続きはどこかのファミレスにでも入ってからすればいいんだしさ」
「そうだな。もう半分以上の人は帰ってるし、俺達も部屋をでるか。あんまりのんびりしてると、会場スタッフさんの片付けを邪魔する事になるしな」
「そうね、じゃぁ皆行きましょうか?」
「「「「はーい」」」」
俺達は各々荷物を持ち、試験会場を後にする。
こうして俺達の最初の簿記資格取得試験はひとまず終了した。合否の発表までしばらく間が空くが、いい結果が出ると良いな。
試験会場になった商工会議所の近くにあったファミレスに入ろうとしたのだが、似たような考えの受験者が多かったらしく生憎店内は満席で入る事が出来なかったのだ。仕方なく少し歩くと駅近くで喫茶店を見つけ、幸い店の奥の方に2席合わせれば全員で座れそうな席が有ったのではいる事にした。
そして俺達は席に着くと、とりあえず好きな飲み物を注文する。
「まずは皆お疲れ様、試験結果は別にして一先ず目標達成おめでとう」
創部当初から目標に掲げていた簿記試験の受験も一先ず終わり、後は天命を待つばかりだ。合格しているに越した事は無いが、簿記試験を目標に据えた理由である部の実績作りは既に十分積み重ねている状態なので、ココで資格取得の成否にあまり影響はない。
まぁ個人的には持っていると便利な資格なので、貰えるなら貰いたいとは思っている。
「結果発表はちょっと間が空いて、2,3週間後らしいからあんまり気張らない様にな。無駄に疲れるだけだからさ」
「という事は、結果発表は12月に入るかもしれないのか……結構待たないとな」
「まぁ受験人数が受験人数だろうからね、時間が掛かるのは仕方が無いよ。それに調べたら、1級資格は一ヶ月近く合否発表は遅いから」
「合格発表を2ヶ月近く待たされるのか……それはゾッとするな」
真面目に勉強はしてきたが、俺達は部の実績目的のお試し半分気分受験だからな。真面目に一級を目指している受験者ともなれば、どんな気持ちで2か月近く待つのだろう? 裕二がいう様に、ゾッとする。
すると柊さんが少し表情を顰めながら、小さく溜息をつきつつ苦言を呈す。
「はいはい2人とも、そこら辺にしときなさい。折角試験も終わったんだし、もう少し前向きな話をしましょう?」
「ああっ、ごめん」
「面目ない」
柊さんが移動させた視線の先を追うと、無念気に落ち込む舘林さんと日野さんの姿があった。折角持ち直していたのに、話の持って行き方を失敗したな。
俺は非難の眼差しを送ってくる美佳と沙織ちゃんの眼差しを後頭部を掻き誤魔化しつつ、小さく咳ばらいを入れて話を戻す。
「まぁ何だ、兎も角今日はお疲れ様。美味しい物でも食べて、今は試験の事なんか忘れて楽しもう」
「そうだな。ああそれと、この店での飲食代は俺と大樹で持つから好きなように飲み食いしてくれ。この間ダンジョンにいって稼いだから、大丈夫だ」
「えっ?」
そんな話聞いてないよ?といった眼差しを裕二に送ると、裕二はさっきの失敗のリカバリーだよといいたげな眼差しを返してくる。
そしてそんな風に俺と裕二が無言でやり取りをしている内に、話はドンドン進む。
「あら、それはありがたいわね。皆、広瀬君と九重君が奢ってくれるそうよ。好きなモノを頼みましょう」
「わぁ、ありがとうお兄ちゃん。御馳走になります」
「ありがとうございます。麻美ちゃん涼音ちゃん、好きなモノを頼んで良いんだって!」
「えっと、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
柊さんは裕二の発言の意図を察し小さく含み笑いを浮かべつつ美佳達に含みを持たせたいい方で話しかけ、美佳と沙織ちゃんはその意図を受け取り、戸惑っている舘林さんと日野さんにメニュー表を広げながら注文の相談を始めていた。まぁ舘林さん達が元気になってくれるのなら良いか。
それに今更やっぱりやめた、とは言えない状況だしな。まぁチラッと見た感じ、この店の料理はダンジョン食材は使っていないようなのでそこまで高くはならないだろう。
「遠慮なく注文して良いよ」
という訳で、小さく溜息をつきつつ腹をくくって大盤振る舞いをする事にした。
皆、お手柔らかにね?
食事を終え食後のコーヒーを飲んでいると、舘林さんと日野さんが真剣な眼差しで相談があると主に俺達3人に話しかけてきた。美佳と沙織ちゃんは特に驚いている様子が無いのは、舘林さん達の相談内容を知っているからなのかな?
しかし相談か……なんだろう?
「それで相談というのは? もしかして、また学校関係で何か起きたの? 夏休みに探索者になった1年生達が、悪い意味で幅を利かせる様になったとか?」
「あっいえ、学校の方では特に問題は起きていません。平穏無事というか、波風を立てない様にしているというか」
「後藤君達が学校を辞めてからは、前はアレだけ騒いでいた人達もかなり大人しくなっています」
「そうなんだ……じゃぁ何かな?」
夏休み明けで新興勢力が台頭し悪さを始めたのか?と思ったが違ったらしい。まぁまだ集団退校の影響が色濃く残っているからな、新興勢力の台頭は時期尚早か。
そして舘林さんと日野さんは顔を見合わせた後、小さく頷きあい意を決し相談内容を口にする。
「「その、私達、探索者になろうと思っているんです!」」
そう宣言すると、舘林さんと日野さんは真剣な眼差しを真っ直ぐ俺達3人に向けてきた。
どうやら俺達の部活の後輩は、探索者としても後輩になるかもしれないらしい。




