第511話 完全ダンジョン食材料理は何時になるやら
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良く知るモンスター達が思わぬ美味に変化する創作和食に、俺達は感嘆していた。元の姿を知っている分、アイツらがこう美味しくなるのかといった感じである。
次にダンジョンに潜った時、遭遇したモンスター達が美味しそうな料理姿で見えないか少し心配だな。
「ココの料理は本当に参考になるわ。前に草を持ち帰った時は量が少なかったから、抽出した油は辛み調味料に加工する分だけでなくなっちゃったのよ。もっと量を確保していたら、この調理法も検証出来てたんでしょうね……」
柊さんはモンスター肉の唐揚げを食べつつ、少し悔し気な表情を浮かべていた。持ち帰った草を研究し辛み油という使い方を発見こそしたが、数量制限から単純な揚げ物という調理法を試せなかったらしい。持ち帰った草から抽出できた油は100㏄にも満たなかったらしく、量的に揚げ物は無理だったとの事。フリッターならいけなくもなさそうだが、一度で使い終わっては追加検証が出来ないから避けたらしい。
そして検証の結果、香り移りなどが良かったらしいので辛み調味料として完成したと。
「まぁ前回持って帰った時はどういった使い道が合うか分からなかったから、嵩張るしお試しって感じの量しか持ち帰ってなかったからね。でも、こうやって色々な使い道があるって分かってるのなら、次の機会にはそれなりの量を持って帰ってくればいいって」
「そうだな。使い道があるって分かっているのなら、今度はそれなりの数を持ち帰るのはありだよ」
「そうして貰えると助かるわ。ウチでも商品として使えるとなったら流通ルートから仕入れるけど、研究用は出来れば自分で確保しておきたいのよね。アレ、今の攻略進捗状況だと仕入れ単価が凄そうだから」
30階層に到達している民間の探索者の数は、まだまだ少ないだろう。数が少ないという事は供給量も少なく、商品の単価も高くなるしね。それにあの草から油を取ろうと考えたら、柊さんの説明を聞くにはかなりの量を回収する必要がある。持って帰ってくる草の体積に対し、抽出できる油の重量を考えると……うん、かなりの高額商品になっていても不思議じゃないな。
だから、柊さんが研究用だけでも自給したいというのも理解は出来る。
「そうだね。でもアレ、油がとれる量に対してカサが凄いんだよね。何とかして油だけを持ち帰る様にしないと、ドロップアイテム回収用のバックパックが草だけで一杯になっちゃうよ」
「ああ、俺達だけでも油を抽出できる方法を考えておかないとダメだろうな。料理研究に使うというのなら……一斗缶分くらいは確保した方が良いんだよね?
「ええ、それくらいあると気兼ねなく研究に使えるわね。でも、その量を確保しようと思ったら、相当な量の草が必要よ?」
草自体はあの階層一杯に広がっているし再生もするので、量を確保するのは問題ないと思う。問題はいかに効率よく油を短時間で抽出するのか、だな。草の状態ではカサが凄すぎて、とてもでは無いが持ち帰るのは無理だ。何往復もするのなら話は別だが、流石に草を運ぶ為に30階層までの往復はね?
そして搾油機を使うのも一つの手ではあるが、もしかしてアレが使えるかも? でもまぁ、何時誰が見ているのかも分からない場所で使うのもな……字面的には出来そうだけど。
「まぁ草は一杯あったから問題ないと思うよ。後は効率よく油をどう搾るかを検討してからいかないと、草刈30分油絞りに数時間って事に成っちゃうね。搾油機ってホームセンターとかで売ってたかな? それとも、どこかの料理器具専門店にいかないと手に入らないとか?」
「ネット注文でそれなりの物を買えば良いんじゃないか? 別に俺達が油まで精製する必要はないんだ、カサを減らして油を含んだ草汁って形で持って帰るだけでも十分だろう。それでも大丈夫だよね、柊さん?」
「ええ。油の精製は店に持ち帰ってから出来るから、草汁って形でも問題ないわ。ただ、精製の段階で不純物を取り除くから油の量は減るわ。一斗缶分確保しようと思ったら、草汁を多めに確保する必要があるわよ?」
あの草の油含有率は分からないけど、まぁ一斗缶の2,3倍の分量を確保しておけば大丈夫だろう。バックパック一杯の草を何度も持ち帰るのに比べれば、一斗缶2,3個の方がマシだろうしな。
「まぁ、その位なら大丈夫だよ」
「そうだな、次にダンジョンにいったときに確保するか」
「ありがとう」
俺達はダンジョン食材料理を楽しみつつ、今後のダンジョン探索の予定について話し合った。
今日は予想外のトラブルで早く上がってきたが、お陰で新しい知見を得る事が出来たな。
出された料理も全て食べ終わり満足気にお茶を飲んでいると、タイミング良く女将さんがカートに乗せた締めのデザートを持ってきてくれた。
「こちら、デザートの黒蜜ゼリーと緑茶になります。それと食べ終えられた食器はお片付けしますね」
「ありがとうございます、とても美味しい料理ばかりでしたよ」
「ありがとうございます、そう言って貰えてとてもうれしいです。では、ごゆっくり」
嬉しげな笑みを浮かべた女将さんは、空いた食器を回収し去っていった。
さて、デザートを食べるとしよう。
「黒蜜ゼリーか……これにはダンジョン食材は使われてないみたいだね」
「そうだな。30階層辺りまでは肉系がメインだから、デザートに使える系の食材はまだ出回ってないんだろう。ただ、これからも出回らないかは分からないけどな」
「そうね、新しい階層を探し回れば見つかるかもしれないわ。そうなれば、その内に肉系食材以外のダンジョン食材も出回るようになるかもしれないわね」
柊さんのいう新しい階層には草原や森が広がっているので、探し回れば野菜系のダンジョン食材を得る事も可能かもしれないな。
そういえば30階層帯に生えてる草、階層毎に違いが出るのかも検証した方が良いかもしれないな。絞った油の風味に違いが出るのかとか。他にも食用以外に、美容に良いのかとか、工業的に使えるのかとかってさ。
「そうだね。何年後になるかは分からないけど、そういう楽しみがあるのは良いかな」
「まぁ、そう長くは掛からないとは思うぞ? 今の攻略ペースを考えたら、1,2年以内に市場に食材が出回るようになっていても不思議じゃない」
「確かにそうね。30階層で採れるものがこうやって使われている以上、遅かれ早かれ専門店だけじゃなくても手に入る様になるでしょうね」
ダンジョン企業も順調に到達階層を伸ばしているので、何れは30階層帯や40階層帯のドロップアイテムも普通に出回るようになるだろうな。
まぁ、一般人が気軽に手を出せる価格になるのが何時なのかは話が別だろうけど。
「あっ、美味しい」
「本当だな。肉中心のメニューだったから、口の中が程よい甘さでさっぱりする」
「この緑茶の苦みがちょうどいいわね」
緑茶か……40階層辺りに茶葉になる様な葉っぱとかあるかな? まぁあったらあったで、疲労回復とかの特殊効果が付いてそうな気もするけど。
うん? 回復効果のある葉っぱ……薬草だな、それは。
「「「ごちそう様でした」」」
黒蜜ゼリーを食べ終わり、俺達は手を合わせ小声で挨拶をした。
ふぅ、想像以上に美味しかったな。最初は創作和食?と思っていたが、素晴らしい創意工夫がされた料理だったよ。
「はぁ、満足満足。まさか突発的に調べたお店で、こんな美味しいものが食べられるとは思ってもみなかったよ」
「今日は少々予定外の出来事があったけど、こうして美味しい物が食べられたのなら、まぁ良いかとも思えるな……良い訳ではないんだけど」
「そうね、ココの料理はとても参考になったわ。美味しかったってのは勿論だけど、素材の使い方や調理法がとても勉強になったわね。帰ったら早速、色々試してみようかしら?」
食事を終えた俺達は、それぞれ満足げな表情を浮かべていた。
突発的なイベントでダンジョン探索が強制終了になってしまった故のお食事会だったが、いざ終わってみると大変満足いく内容だった。
「ご満足していただけたようですね」
「あっ、はい。とても美味しかったです」
食後の休憩とばかりにまったりしていると、女将さんが話しかけてきた。どうやら料理の感想を聞きに来たらしい。
話しかけられるとは思っていなかった俺と柊さんは少し慌て、裕二が余裕のある態度で冷静に対応する。
「それはようございました。それと失礼ながらお客様の話し声をお聞きしてしまったのですが、皆さんは探索者をされているんですか?」
「えっ? ああ、すみません。話し声が大きかったみたいですね、他のお客さんのお邪魔になってしまいましたか?」
女将さんの振ってきた話に、俺達は少しバツが悪い表情を浮かべ軽く頭を下げた。美味しい料理に舌鼓をうっていて注意が散漫になっていたのか、思っていたより大きな声で話をしていたらしい。
すると女将さんは小さく頭を左右に振って、俺達に謝罪は必要ないと告げる。
「いえ大丈夫でしたよ。皆さんがお昼の営業最後のお客様でしたので、お食事をお出しした頃には他のお客様達は帰られましたので」
「そうですか……。まぁそうですね、俺達は探索者をやっています。今日はちょっとしたトラブルがあったので、早上がりしてココに来ました」
「ああ、やっぱりそうなんですね。すみませんね、突然こんな話を振ってしまって。ウチのお店、ダンジョンが近いので良く探索者さん達にもご利用して貰っているんですよ。それで今日皆様にお出しした料理に使われている食材、探索者さん達が材料の名前を聞くと凄く驚かれるんです。皆さん色々な反応して下さるんですけど、唐揚げに使っている油に驚かれたお客さんは皆さんが初めてでしたのでつい……」
「ああ、なるほど。それで気になって俺達に声を掛けられたんですね?」
確かにこのプレミアランチに使われている食材を考えれば、大体のお客さんはクマ肉か霜降りミノ肉に反応するよな。そんな中、油に大きく反応している客がいればお店の人も気になるというものだろう。
その上、油の元の姿を知っているかもしれないともなれば……少し話を聞いてみたいという気にもなる、か。
「はい、失礼だとは思いましたがお話をお聞きしてみたいなと」
「なるほど、確かに珍しい反応を見せるお客さんは気になるでしょうね」
良い反応にしろ悪い反応にしろ、お店としてはお客がどういった評価をしているのか気になるのは仕方がないだろう。悪い反応だった場合、最悪は話が悪い形のまま世間に流れて……という事もあり得るからな。
「どれも大変美味しい料理の数々でしたよ。自分達で狩った食材を持ち帰り料理した事もありますが、やはりプロの技というのは凄いですね。同じ食材を使っているのに、こうも違うレベルの料理に仕上げられるのかと感嘆するばかりでした」
「そうですが、高く評価をしていただき大変ありがたいです」
「ただ仕方ない事ですが、今の所ダンジョン産の食材は肉系が中心なのでやはりメニューは肉系に寄っていたのが少しってかんじですね。いずれ野菜系や魚介系のダンジョン食材が供給されるように成れば解決する問題なんでしょうが……」
「そうですね。ウチの料理長もその辺を気にしていましたが、未だ供給されないモノは無いとしか……」
女将さんは申し訳なさと残念さが入り混じった表情を浮かべながら、一瞬だけ視線を厨房に向けた。やっぱりプロなら気になるよな。上手く全体のバランスはとられていたが、ダンジョン食材の味の強さが少し強調……悪い言い方だと纏めきれていない感じだった。
とはいえ、強いて悪い点をあげればというだけの話なので、美味しい料理だったという事に間違いはない。
「そうですよね。でも、このままダンジョン探索が上手く行けばそう遠くは無い内に新しい食材も供給されるようになると思いますよ?」
「そうだと良いんですけどね」
「民間にダンジョンが開放されて1年ちょっとで、これだけダンジョン食材が出回るようになったんです、きっと大丈夫ですよ」
「そう、ですか、そうですね」
裕二の励まし?に、少し不安げだった女将さんも元気を取り戻す。安請け合いにも感じるが、まぁ後1年もあればダンジョン企業の探索者達も40階層あたりには到達できるだろう。ダンジョン食材の安定供給が可能か?という意味では微妙だけどな。
そして暫く女将さんと話をした後、俺達はお店を出る事にした。
「美味しかったです、また来ますね」
「ありがとうございました、またのご来店をお待ちしています」
女将さんに入り口からお見送りされながら、俺達は店を後にした。
中々美味しいお店だったな、今度美佳達と食べに来るのも良いかもしれないな。




