第510話 あの草がこう化けるとは……
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到着したお店の外観は少し古い感じがする、白黒のモノトーンで外壁が塗装された四角いシンプルな見た目をしていた。特に和っぽい装飾も無いので、元々あった建物を居抜いてリノベーションした建物なのかな? まぁ、あまり拘った立派な店構えをされていると俺達の様な学生では少々入りづらい雰囲気が出るので、このくらいの外観がギリギリ初見でも足を踏み入れられるラインだろう。
更にお店の前に出ている立て看板にも、ランチやっています!や、幾つかおすすめメニューの値段が明記してあるのも足を踏み入れやすい好ポイントだ。メニュー表や立て看板が表に出ていないお店だと、足を踏み入れてから高級店だったのが発覚、とかって事も初見のお店ではあるあるだからな。
「ココか、あんまり駅から離れてなかったね?」
「そうだな、でもまぁ道中色々見ながら歩いてたから早く感じたのかもしれないぞ?」
「そうね。でも近くにバス停もあったから、交通の便はそれほど悪くは無いんじゃないかしら」
柊さんがいう様に、脇道に入る前の大通り沿いにバス停があったので、バスを使えば100m程も歩けば到着するので立地としては申し分ないとおもう。
そうして俺達は雑談をしつつ、店前に置かれている立て看板を眺めはじめた。
「へー、ここランチもやってるみたいだね」
「大まかに3種類あるみたいだな。通常食材のお手頃ランチに、ちょっと高い品数多目のおすすめランチ、ダンジョン食材を使ったプレミアランチって感じか」
「この手のお店で、お手頃ランチが1000円ていうのは結構リーズナブルなのかしら?」
因みにお手頃ランチは1000円、おすすめランチが1800円でプレミアランチが5000円となっている。他にも単品メニューが幾つか記載されており、ダンジョン食材を使用したメニューもある。
うん、お手頃ランチにお試しでダンジョン食材を使ったメニューを頼む組み合わせもありかもしれないな。初見のお店のランチで、いきなりプレミアランチってのはハードルが高いしさ。
「何時までも店前で足を止めてても仕方ないし、そろそろ中に入ろうか」
「そういえば、予約とかなくて大丈夫なのか?」
「ネットでは予約が必要とは書いてなかったから、多分大丈夫なんじゃないかな。お客さんも……お店の外まで行列が出来てるって感じじゃないし、予約は無くても大丈夫だとおもうよ」
「そっか、まぁ中に入って見れば分かるか」
ちょっとした心配事をしつつ、俺達はお店の扉の取っ手に手を伸ばし扉を開けお店の中に足を踏み入れる。
店内に入るとまず飛び込んできたのは、短いLの字型の木製カウンターテーブル。天井から炉かぎで吊るされた鉄鍋が鎮座する小さめの囲炉裏に、防煙板らしきガラス板に囲われた炭火が灯る焼き台。少し明るさを落とした照明に、木や和柄を基調に使った落ち着いた内装……うん、ココ高級店じゃない?
ちょっと入る店間違えたかも?と戸惑っていると、店内から挨拶の声が響く。
「いらっしゃい」
カウンターの中に立ち先客の相手をしていた大将?さんが顔を上げ、店内に入ってきた俺達に歓迎の挨拶をしてくれたのだ。
すると大将?の声を聴き、和装に割烹着を着けた女将さん?が店の奥から顔を出す。
「ようこそ、いらっしゃいませ。3名様でしょうか?」
「はい、3人です。予約はいれてないんですが、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。奥のテーブル席の方で良いでしょうか?」
「かまいませんよ」
思わぬ高級店に入ってしまったのかと俺と柊さんが動揺している横で、裕二は平然とした様子で女将さんと慣れた様子で言葉を交わしていた。
一瞬何で裕二は動揺しないの?と思ったが、考えてみると裕二の立場なら道場関連のお付き合いでこの手のお店に慣れていてもおかしくは無い。そういえば以前、重蔵さんに場慣れの練習として馴染みの店という名の高級店老舗店を連れまわされたっけ。
「ではこちらに」
「はい。大樹、柊さん、こっちだってさ」
「あっ、ああ」
「えっ、ええ」
女将さんに先導される形で、俺達は店奥の半個室形式のテーブル席へと案内される。その際、戸惑いを隠せない俺と柊さんに対し、裕二は当然といった様子でついて行く。
うん、何時かは裕二みたいにこういうお店にも慣れないといけないのかもな。暫くは無理そうだけど。
「こちらのお席へどうぞ」
「ありがとうございます」
「直ぐにお茶とメニューをお持ちしますね、失礼します」
俺達が着席した事を確認すると、女将さんはそういって席を離れる。
因みにテーブル席は4人掛けなので、裕二と俺が並んで座り柊さんが対面の席に座る事になった。
「ああ、緊張した。裕二、良く平然としてられたな? 俺は一瞬、入る店を間違えた!と思ってたのに……」
「まぁこの手のお店にも、爺さんや親父の付き添いで偶に行くからな。慣れたらどこも変わんないって」
「その慣れるまでが大変なんだって」
「そうか? まぁそうかもな」
裕二は少し怪訝気な表情を浮かべ、俺と柊さんはそれを見て小さく溜息を漏らした。
そして少し愚痴という名の雑談をしていると、女将さんがお茶とメニューを持って席に戻ってくる。
「お待たせしました。お茶と、メニューになります」
「ありがとうございます」
「では、ご注文が決まりましたらお呼びください」
「あっ、注文は決まってます。まだランチメニューって大丈夫ですよね?」
「ええ、大丈夫ですよ。どちらのメニューになさいますか?」
裕二は受け取ったメニューからランチメニューのページを開き、指さしながら女将さんに注文を行う。
「ランチメニューから、このプレミアランチを3つお願いします」
「プレミアランチですね、承りました」
女将さんは少し目尻を跳ね上げ驚きの表情を浮かべたが、直ぐに元の表情に戻し裕二の注文を復唱し確認した。まぁ見た目若い学生の俺達が高いプレミアランチを頼んだら、普通驚くよな。多分女将さんがすぐに平静に戻れたのも、お店の近くにダンジョンがあるという立地も関係しているだろう。数は少なくとも、偶には俺達の様な若い学生が来ることもあるんだろうな。
レアドロップ品を取得出来たら、数十万円の利益を得るとかザラにある。打ち上げに高級店を使ってお食事を……とか普通にありそうだ。
「では少々お待ちください」
「よろしくお願いします」
注文を取り終えた女将さんは、メニューを回収し軽く一礼してから席を離れていく。
そんな女将さんとの裕二の堂に入った注文姿に感心し、俺と柊さんは内心で小さく拍手した。
注文してから10分程経って、注文した料理が木製の移動ワゴンに乗せられ運ばれてきた。どうやらコース形式ではなく、一度に出て来る御膳形式のようだ。
そして女将さんは運んできた料理を俺達の前に並べていく。ご飯に汁物、香の物に食前酢、御造りに蒸し物、煮物に揚げ物、そして焼き物と結構なボリュームである。
「お待たせしました、コチラがプレミアムランチになります。食後にデザートが付きますので、食べ終わる前のタイミングでお知らせください」
「分かりました、ありがとうございます」
「では、ごゆっくりなさってください」
女将さんは一礼してからワゴンを押し席を離れていった。
さぁ食べるとしよう。
「とはいっても、どれから手をつければ良いのか……」
「見た目は良くある和御膳だからな……それだと汁物からだな」
「そういう事なら、はいコレ。お品書きに、それぞれの料理の簡単な説明が書いてあるわよ」
手紙サイズの和紙に書かれたお品書きを柊さんが俺達に手渡してくる。どうやら1人1枚ずつあるらしい、背景に水面と鯉の模様が書かれており趣がある造りだ。
ええと、何々?
「ご飯と香の物は普通、かな?」
「汁物はオークの肉を使った豚汁か……薄味じゃなくて良いのか? まぁ創作だしな」
「お造りに使われてるのは普通のお魚ね。まぁダンジョンに海はまだ見つかって無いし、ココは仕方ないわよね」
「蒸し物はかぶら蒸しで、ミノ肉が中に入っていてミノ骨出汁の餡が掛かってるのか」
「煮物は肉じゃがだな。ビッグベアの肉が使われてるのか……どんな味がするんだアレ?」
「揚げ物は色々なモンスター肉の一口唐揚げか、複数種を一度に食べ比べはあまりしないから良いかもしれないわ。でも、それぞれのお肉で揚げ時間に違いが出そうだから、その辺は研究してみないと……」
「そして焼き物……少量とはいえ良くこんなモノをランチメニューに入れられたな。霜降りミノ肉のステーキだなんて」
実際の料理とお品書きとを見比べながら、俺達は感心したり呆れたしながらプレミアランチを吟味する。今の所ダンジョンから産出される食材系ドロップアイテムの多くがモンスターの肉なので、ダンジョン食材を使う料理がお肉系に偏るのは仕方がない感じだ。
今後ダンジョン内で川や池等が見つかれば、魚などの海鮮系にも期待できるかも? まぁ40階層辺りには森林階層はあったので、野菜や果物系は何れは近い内に流通に乗るかもって感じかな。
「まぁ色々と思う所はあるけど、冷めない内に頂こう。冷めてしまったら、折角の御馳走が台無しだしな」
「そうね、先にいただきましょう。あれこれ感想をいうのは、食後でも問題ないわ」
「まぁそうだね。それじゃ、「「いただきます」」」
手を合わせ挨拶をしてから、皆で箸を持って食事を始めた。
「こういう和食は味の薄いのから食べるってのがセオリーだけど、全部味が濃そうだね。もう、好きなモノからいって良いよね?」
「別に良いんじゃないか? とはいっても、俺はやっぱりまずは汁物からなんだけど……おっ、コレ美味いな。肉の味もだけど、出汁もオークの骨からとってるのか?」
「そうね。丁寧に下処理をした骨を使って、沸騰させずに何度か水を変えて澄んだ出汁をとったのかしら? 味はしっかりしてるけど臭みも抑えられてるし、くどくなり過ぎない様に味噌で調整してあるのがいい塩梅ね」
まず最初に手を伸ばしたオーク汁?豚汁?に、全員が高評価を付ける。オーク肉から滲み出た旨味と野菜の旨味が合わさり程よい甘みを感じ、味噌のコクと含まれる塩味が全体の味を引き締めていた。
正直このオーク汁?豚汁?だけ、でもかなり当たりの店を引いたと確信を持つ。コレ、大椀でもっと食べたいな。
「次は、コレいってみるか」
ご飯を一口食べ口の中をスッキリさせ、俺はかぶら蒸しに手を伸ばす。トロミの付いたミノ骨出汁の餡が掛かった白い塊に箸を入れれば、大した抵抗を感じる事なく半分に割れた。真っ白な外殻、姿を見せるミンチ状になったミノ肉、薄い醤油色のトロミの付いた餡が何ともいえないコントラストで食欲をそそられる。
俺は軽く息を吹きかけ少し冷ましながら、半分に割ったかぶら蒸しを頬張った。
「美味い。柔らかで淡白な蕪の中から出て来るミノ肉の肉々しさ、旨味たっぷりのミノ骨出汁の餡……これ本当に美味しいよ」
「こっちの肉じゃがも美味いぞ、まさかあのクマの肉がこうも柔らかくなって良い味を出すなんて……」
「ダンジョン食材じゃないけど、このお造りも新鮮で美味しいわよ。お肉メインのランチだから、こういう箸休め的なモノがあると助かるわ」
俺達は各々好きなように手を伸ばし、美味しい料理の数々に舌鼓をうつ。食材になったお肉の元の姿を知っている分、アイツがこうも美味くなるのかと感心しっ放しである。
そして俺が次に手をのばしたのは、モンスター肉のミックス唐揚げだ。
「コレは……美味しいけど何の肉だ?」
「えっと、お品書きによると肉の大きさを少し変えて切ってるから、小さい順にホーンラビット、ハウンドドッグ、レッドボア……上の方の階層で取れる肉がメインっぽいな。それ等をダンジョンで取れた植物油を使って揚げたもの、らしい」
「ダンジョンで取れた油……もしかして30階層に生えてるあの草から油を抽出したの?」
「出回る可能性があるダンジョン産の植物油っていうのなら、多分そうだろうな」
あの草から食用油を、ね。こうやって活用方法があるのなら、何でもない様に見える草でも買い取ってもらえるよな。原料は短時間で復活するし、抽出機材を持ち込んで油にして持って帰った方が体積当たり重量で考えると効率が良いかも? 精製は無理だろうけど抽出までなら出来そうだし、今度ダンジョンにいったらやって見るかな。
まぁそれより、油の違いでどんな揚げ具合になってるのか食べてみるかな。
「うん、何だコレ? 美味しいけど、なんか凄くあっさりした口当たりなのに、ごま油みたいな濃厚な風味がするんだけど?」
「……本当だな、どうなってんだコレ? それに風味はしっかりしてるのに、全然肉自体の味を邪魔してないって」
「凄いわね。あの草からこんな油が取れるなんて……今度いったら研究用に少し確保しようかしら」
ミックス唐揚げの衝撃に、俺達の食べる手が止まる。俺達からするとあの30階層の草は、再生能力の高い視界を防ぐ燃えやすい危ない草という認識だったものだからな。
まさか、こういう風に化けるとは思わなかった……視点を変えるというのはこういう事なんだな。




