第508話 ミスリルは取扱注意
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袴田さんの口外禁止宣言に、俺達は軽く目を閉じながら天井を仰ぎ見る。その際に俺達の胸中に浮かんだ感想は、ですよね……の一言だった。あらかじめ予想出来ていた展開である。
暫し何とも言えない雰囲気が部屋の中に満ちた後、俺達は袴田さんに向き直り裕二が代表して口を開く。
「ええっと、とりあえずコレが御大層な代物だという事は分かりました。口外無用というのであれば、俺達から積極的に口に出す事はしません。ですが……イレギュラー現象まで口外禁止となると、何も知らずにアレと遭遇した探索者が危険にさらされる事になると思うんですが?」
「ええ、まぁそうなのですが……これも口外は遠慮していただきたい事なのですが、実はイレギュラー現象と言っているオーガの上位種個体が出現する現象、一般公開こそされていませんが既に何度も確認されている現象なのです」
「「「えっ?」」」
「まぁ、そのような反応になりますよね」
眉間に皺を寄せながら困ったような表情を浮かべた袴田さんの告白に、俺達は意表を突かれ驚いたといった表情を浮かべながら声を上げる。因みにこのリアクションは、あらかじめこういった場合はこうしようと決めていたものだ。やっぱりそうなんだといった反応や、平然として何の反応もしないのは変だしね。
この施設の長として経験豊富な袴田さん相手に、俺達の反応が疑念を持たれるレベルだったのかは分からないが、とりあえず即座に追及はされてないので成功したと思っておこう。
「実は報告していただいたイレギュラー現象、コチラが把握している最初に報告したのは自衛隊の探索チームからなんです」
「自衛隊、ですか? という事は……」
「はい。上位種がドロップするドロップ品の貴重性を鑑み、上の方から条件付きの内部機密として一般への口外は禁止にされていました」
「「「……」」」
俺達は袴田さんの言葉に、再び天井を仰ぎ見る。悪い予想がドンドン当たっていくな。条件付きの機密ということは、おそらくその解除条件というのは民間探索者からイレギュラー現象の報告があった場合、といった感じなのだろう。
そしてその解除条件を満たす報告をしたのが、俺達という事だ。
「現在その解除条件を満たす事案……皆さんのイレギュラー現象発見の報告があり、証拠になるドロップ品であるミスリルの存在も確認できました。コレから本部の方に報告をいれていきますので、対応が決定するまで早くて半月、多めに1か月ほどみて貰いたいです。事前にある程度の情報公開までの対応は決まっていますが、認証を得て実行に移されるまでには少し時間が掛かります」
「……分かりました。そういう事でしたら、自分達が特に口を出す事はありませんね。自分達としては、出来るだけ早めに上位種の事は情報公開していただけると安心できます。情報公開されるまでの間に他の探索者が被害にあった、のでは寝覚めが悪くなってしまいますからね」
「それはそうですよね、上の方にはその旨伝えておきます」
「お願いします。それと、コレは出来れば約束していただきたいお願いなんですが……」
すでに政府や協会の対応策が決まっているのなら、俺達がこれ以上口を出す事など無い。政府案件に、ただの探索者がどんな影響を与えられるんだって話だしね。
だが、このお願いは譲れない条件だ。今後の平穏な生活がどうなるかに関わってくるからな。
「何でしょうか?」
「俺達が民間探索者で最初のイレギュラー現象の報告者だという事は、出来れば伏せて貰えませんか? この手の第一発見者って、面倒事につながるイメージしかないので」
「自分からもお願いします。俺達の名前を公開されたら多分、上位種の情報を得ようと執拗に付きまとわれて聞かれたり、有る事ないこと噂されたりするかもしれません。そうなったら俺達だけでなく、周りの人にも迷惑が掛かりますから」
「私からもお願いします。実家が飲食店をやっていますので、私のせいで御客以外の迷惑な来訪者が増えるのはちょっと……」
断固拒否といった雰囲気を纏いながら心底嫌だといった表情を浮かべる俺達に袴田さんは驚いたような表情を浮かべた後、苦笑を浮かべながら軽く頷きつつ口を開く。
「確かに君達の懸念はありえそうだね。分かった、上に報告する際に報告者が名前の秘匿を希望していると伝えておくよ。上としても、上位種発見の報が民間探索者からというより、政府系列の自衛隊の方から上がって来たという方が面子の面からは都合が良いだろうからね。ただしその場合、君達が第一発見者だという名声?を失う事に……有名になるチャンスを失うけど良いのか?」
「有名になる事が良い事ばかりではありませんからね」
「幸い、自分達は探索者の活動をSNSや動画サイトに投稿して稼いではいませんので、第一発見者という肩書はメリットよりデメリットの方が大きいと考えます」
「有名になるのは望んでいないので、その肩書は必要ないです」
俺達の返事を聞き、袴田さんは小さく息を吐きつつ軽く頷き了承してくれた。
「分かりました、名前の公表は避ける様に上と掛け合ってみます。ただ書類の手続き上、公開はされませんが内部資料には皆さんの名前が記載される事はご了承ください」
「それは……まぁ仕方ありませんね。分かりました、一般に公表される様な事がないのであれば問題ありません」
「では、その様に手配しておきます」
袴田さんが交渉を請け負ってくれたので、どうにか面倒事を避けられそうなことに俺達は安堵の息をついた。
オーガの上位種が出現するというイレギュラー現象については、上の対応が決まるまで待つという形で一旦話が纏まった。黙っていて万が一があると後味が悪いので報告しただけなので、どういう形でも対応してくれるというのなら問題ない。
ただし、自分達の名前が第一発見者として公表されるのは止めて貰いたいけどな。一応袴田さんが公表阻止を請け負ってくれたので大丈夫だとは思うけど。
「それで、イレギュラー現象の対応は今の話の様にするとしまして、ミスリルの件についてもお話をしようと思います」
「そういえば、ソレもありましたね」
「ええ。先にもお話ししたように、ミスリルは公表されていませんが準特定重要物質になります。ですが現状では余りに産出量が少なく、これ等のドロップ品は基本的にすべて国の方で買い取る取り決めになっています」
「名前はゲーム等で良く聞く事がありますけど、実際に実物を見たのはこれまでのダンジョン探索者歴で初めてですからね。希少性って意味では、偶にドロップするスキルスクロールなんかよりずっと高いんでしょう」
裕二の発言に袴田さんは軽く頷き、ミスリルの希少性について話してくれる。
「これまでに発見されているミスリルはダンジョンで最初にドロップされるボーナス品、いわゆるファーストドロップといわれるものが大半です。これ以外でとなると、今回皆さんが報告して下さったようなイレギュラー現象発生時に稀にドロップしたものになります。まぁイレギュラー現象自体が相当稀にしか発生しないので、取得率はかなり低いモノになるんですが」
「レアな現象が発生した上でのレアドロップ品という事ですか……相当な低確率でしか手に入らないドロップ品なんですね」
「はい。お陰で自衛隊の方でも専門採取チームが編成されているそうですが、取得状況はあまり芳しくないそうです。ですのでお察しの通り、コレはかなりの希少品になります」
「そうですか、コレが……」
その言葉を聞き、俺達の視線は袴田さんの前の机の上に置かれたソレに注がれる。ほんの小さな金属の塊、それが専門の採取チームが編成されるほどの希少価値がある品にはとても見えない。
しかし実際問題としては、準特定重要物質に指定されるほどの希少品である。
「ですので、コチラの品は是非ともウチに卸していただけませんか?」
「いやまぁ、俺達もこんな金属の塊を持って帰っても使い道がありませんから、換金するのには問題ないですね。それにコレを自分達が持ったままにっていうのは、結構危ない気がします。金銭による買い取り交渉ならまだしも、住居侵入の盗難被害にあうとか脅迫されるとか……」
「コレの希少性を考えると、その可能性も無くは無いでしょうね。国内だけでなく、国際的にも希少な品ですから……」
「となると、やっぱり自分達で持っておくというのは止めておいた方が良いでしょうね。協会に売ってしまうのが自分達には一番ですね、それも出来れば秘密裏に」
現状、貴重品過ぎてミスリルは持っているだけでも厄介な代物にしかならない。政府などの公的機関が所有するのならまだしも、個人で所有するには荷が重い品でしかない。特に探索者といえど、ただの一般市民が持つには。
つまり現状、ミスリルは手に入れた事実が知られる前に手放すに限る。
「分かりました。先ほどもいったように書類の手続き上、公開はされませんが内部資料には皆さんの名前が記載される事はご了承ください」
「ご配慮ありがとうございます、それでお願いします」
「では、その様に手続きの方は進めさせてもらいます。それでコレの買取査定額なのですが……」
袴田さんは懐からメモ帳を取り出し、紙に何かを記入しページを開いたまま俺達に向けて差し出してきた。俺達は一拍間を開けてから、緊張した面持ちでメモ帳を覗き込んだ。
そして袴田さんが差し出したメモ帳に書かれていたのは、ミスリル1g当たりの金額と提出したミスリルの総重量、それに基づく買い取り金額だった。
「20万円……ですか」
「そして総重量が100gだから……」
「たったコレっぽっちなのに2000万円……」
思わぬ買い取り額に、俺達の表情は引きつる。確かに希少なレアドロップ故、それなりの買い取り額が示されるのではと予想していたが、かなりの高額買取査定だった。
自分達の予想では悪くて金の数倍、良くても10倍には届かないだろうと思っていたのだが……大幅に超えてきたものである。
「コレは現段階での査定額です。おそらくイレギュラー現象と上位種の存在が公表されたら、民間ダンジョン企業などが挑戦しミスリルの産出量も増え買い取り額は低下していくでしょう。無論、ミスリルの利用需要が増え買い取り額が上がる事も可能性としてはあります」
「……確かに産出量が増えれば買い取り額も下がるんでしょうけど、元々レアドロップ品なんですよね。そうそう値下がりするんでしょうか?」
「現段階では産出量が少なく、せいぜい研究材料や特殊用途向けの需要しかありませんからね。情報が公開されたとしても、民間需要を賄うほどの産出は望めないと思います。ですので、安定した供給原を確保できない以上はミスリルを利用した民生品も出回らないでしょうから、短期間で急激な需要増は無いと思いますよ。仮に後年需要が伸びたとしても、その頃には採取可能者も増え、もしかしたら別の大規模供給方法が見つかっているかもしれません」
「そうですか……」
俺達は袴田さんからミスリルの将来的な扱いの話を聞き、夏休みに見た50階層に広がる岩石地帯の光景を思い出した。もしかして、ダンジョン協会や政府の考える大規模なミスリルの供給方法って……いやうん、今は考えないでおこう。
折角うまく話がまとまろうとしているのだ、変な火種を放り込むのはやめておこう。
「それで、どうでしょう? この査定額でお譲りして貰う事は可能でしょうか?」
「あっ、はい。それでお願いします。2人も良いよな?」
「あっ、うん」
「ええ、問題ないわ」
袴田さんの確認に、俺達は軽く頷きつつ同意する。オーガの上位種が出現するというイレギュラー現象のせいで、今日はダンジョン探索を早く切り上げあまり稼げなかったのだがまさかの大逆転。普通に探索するより短時間で数倍稼げちゃったよ。
そして俺達が同意した事を確認した袴田さんは満足そうな笑みを浮かべ、軽く頭を下げながら口を開く。
「ありがとうございます。では買取手続きの書類を準備しますので、少々お待ちください」
「分かりました、よろしくお願いします」
袴田さんは軽く一礼した後、今度はミスリルを置いたまま部屋を後にした。俺達は無事に報告と買い取りの話で揉めるかと思っていたが、思わぬスムーズさで話が進んだことに安堵し肩から力を抜いた。
そして15分ほどして鎌田さんが書類片手に部屋に戻り、内容を確認してからサインしミスリルの引き渡しは終了。念の為に再度口外無用だと口止めをする袴田さんに見送られながら、俺達は相談室を後にした。




