幕間七拾七話 私設訓練施設管理課の奮闘 その2
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小岩課長の優先的にという指示で日程が急遽決まった為、私は勤務シフトを調整し日曜日に行う事前調査の準備を進めていた。事前調査とはいえ、現地を視察しただけで終了するという訳もなく、当日までに準備しておかないといけない必要な書類が多数ある。
その為、まずは九重君達に聞いた訓練場建設予定地の土地を管理している不動産屋と連絡を取る事から始めた。桐谷不動産という会社が管理しているらしい。
「……あっ、もしもし。桐谷不動産さんでしょうか? 私、ダンジョン協会○○支部の私設訓練施設管理課の河北と申します」
「えっと、ダンジョン協会様……ですか?」
「はい。少々お尋ねしたい事があるのですが、今お時間よろしいでしょうか?」
「あっ、はい、すみません。どのような御用件でしょうか?」
私がダンジョン協会の者だと名乗ると、電話先の受け手の女性は一瞬動揺したような声を漏らしつつもすぐに冷静に用件の確認をおこなった。どことなく受け手の声色から、ウンザリとしたような疲労感を感じられたが……以前ウチと何かあったのかな?
とはいえ、不躾に確認するわけにもいかないので内心の動揺を抑えつつ、私は努めて冷静な口調で問い合わせの内容を伝え始める。
「はい。今回お伺いしたい要件というのは、そちらの会社を利用されている探索者の九重君達の件についてです。現在コチラには九重君達から、私設訓練施設におけるスキル使用許可申請の為の事前調査が申し込まれております。そして今現在、申請されている物件の管理をそちらの会社がされているとお聞きしました。お間違いないでしょうか?」
「ええっと、はい。探索者の九重様達が弊社を利用しているという件は間違いないのですが、お問い合わせ内容に関しては担当者に確認したいと思います。担当者に代わりますので、このまま少々お待ちください」
「分かりました、よろしくお願いします」
受諾の返事をすると、電話から保留音が鳴り始める。
そして1,2分待っていると、最初に電話口に出た女性とは違う若い男性の声が響いてきた。
「お待たせして申し訳ありません、お電話代わりました。九重君達の件の担当をしている湯田と申します、九重君達が申請している事前調査の件でのお問い合わせとの事ですが……」
「はい、その件の問い合わせで間違いありません。申し遅れました私、私設訓練施設管理課の河北と申します」
「よろしくお願いします、それで何をお尋ねなのでしょうか?」
電話に出た桐谷不動産の担当者の方と軽い挨拶を交わした後、事前調査に必要な書類を作成する為に必要な確認事項を尋ね埋めていく。九重君達から事前に話がいっていたらしく、桐谷不動産への聞き取りは比較的短時間で必要項目の確認は終了した。
まぁ調査対象物件の所在地はともかく、敷地面積が想定外の広さだった為に些か信じられず何度も問いかけ直してしまったがな。少数の学生探索者パーティーが所有しようと考える様な敷地面積じゃないだろう、絶対。
「ご協力ありがとうございました、お聞きしたい事は以上となります」
「いえ。コチラこそ事前調査の方、よろしくお願いします」
「ええ、予定通り行いますので次は当日現地でお会いしましょう」
「はい」
事前調査の日程確認した後、私は桐谷不動産との通話を終了する。多少想定外の事もあったが、書類作成に必要な情報は概ね確認する事が出来た。後はこの情報をもとに必要書類を作成すれば良いのだが……まぁ、書類作成は野原君に任せるとしよう。
何せどこかの山奥の土地でも購入し小さな訓練施設を作るモノだと思っていたのに、まさかテーマパークでも作れそうな馬鹿広い土地に作ろうとしていたなんて想定外すぎる。コレは事前に小岩課長と相談しておいた方が良いだろう、後になって敷地面積が広すぎるので……などという話になったら後始末が面倒だからな。
「すまない野原君、この書類を作っておいてくれ。私はこれから小岩課長と少し相談してくる」
「あっ、はい。分かりました……えっ? 河北係長、この敷地面積の数字間違ってないですか? 広すぎません?」
「私もそう思って、何度も相手さんに確認したが間違いないそうだ。だからコレから、小岩課長にこの件について相談をしに行くんだ」
数字に間違いはないと私が答えると、野原君は引き攣ったような表情を浮かべながらどこか遠い目をしていた。その気持ちはよーく分かる。いくら探索者が上手くやれば儲かる仕事だとはいえ、学生探索者が買おうとするような物件ではない。
一体いくらでこの物件を購入しようとしているんだ、彼等は?
「じゃぁ、そういう事だから後は頼むよ」
私は野原君に後を任せ、小岩課長の元へと向かった。
予定通り九重君達の申請した事前調査は、休日出勤となった私と野原君とで無事に終了。思ったより広大な物件だった為、私も野原君もだいぶ歩き疲れたよ。書類上での大きさは把握していたつもりだったが、実際に現地へと赴いてみると中々に圧倒される広さだった。九重君達が購入を検討している土地は海に面した岬の物件だったので、水平線の向こうまで見通せる景色の抜けが良く実際より広く見えたせいもあるだろうな。
まぁどちらにしろ、テーマパークを作れるほどの広さがあるというのは間違いないだろうけど。
「疲れましたね係長、あんなに広い土地だとは思ってませんでした」
「そうだね。書類上で知っているのと、実際に来てみるとでは大違いだったよ」
「そうですね。最低、もう一度はあそこを歩き回らないといけないんですよね?」
「彼等が本審査を受けるというのなら、そうなるだろうな。そして一度で合格できなければ、更に何度も来て歩き回る事になる」
「それは嫌ですね……トレッキングシューズ買おうかな?」
野原君は悩み顔を浮かべながらトレッキングシューズの購入を検討しているが、私も歩行疲労軽減の為に買って用意した方が良いかもしれない。もしかしたら今回だけに限らず、これからも別の機会で使うかもしれないからな。
……シューズ代、経費で落ちるかな?
「まぁそれより野原君、協会に帰ったら早速調査報告書を作り始めてくれ。出来るだけ早く、彼等に調査結果を通知しないといけないからね」
「分かりました、2,3日中には提出します」
「急がせて悪いね、よろしく頼むよ。私は魔法技能を持つ試験官のスケジュールを確保しておくかな? 思ったより指摘箇所も少なかったし、彼等が急いで訓練施設建設計画を進めたいのなら、本申請も早く申し込んできそうだしね」
「そうですね。不動産屋の方も今回の件をテストケースにして、探索者向けビジネスのノウハウを構築しようと動いているようですし……動きは速いと思います」
私も不動産屋の動きについては、野原君の意見に賛成だ。かなり積極的に動いており、物件に関する資料を請求すると素早く送って来てくれたりもした。向こうとしても今後、探索者向け訓練施設用地の需要が増えると考えているのだろう。ウチもダンジョン需要がこのペースで続くのなら、数年内には訓練場数が急増すると考えている。現状、ダンジョン協会が提供する公的訓練場のキャパシティーは足りていないからな。
公的訓練場の数を増やしてほしいという要望は来ているが、ダンジョン出現当初の混乱期が過ぎ落ち着いたため性急な動きを取る事は中々難しい。用地買収の手続きには時間が掛かる上に予算も限りがあり、全国一斉に訓練場を複数ヵ所を開設するという真似は出来ないからな。
「そうだね。つまり早ければ半月、遅くとも1月程で本認証検査の申し込みがされるかもしれない。この手のノウハウ蓄積は対応が早ければ早いほど、先行者利益を多く得られるからね。今回の検査で判明した指摘箇所の改修が済めば、いち早く申し込んでくると思うよ。向こうの先見性と意欲しだいだけど、先に先に準備を進めていて損は無いかな?」
「そうなると、また休日出勤ですか……」
「だろうね。申込者の主体が学生である九重君達って事を考えると、平日に本認証検査をって事はないだろうさ。となると、休日出勤できる魔法スキル持ちの試験官を今から探して確保しておかないと……誰か都合が付きそうなのはいたかな?」
魔法スキル持ちの試験官は色々な事情を抱え引退した元中堅探索者が主体なので数が少なく、早めにスケジュールを押さえておかないと本認証検査が出来ない。
優先的にと指示されているので、小岩課長に掛け合って誰か確保して貰う方が良さそうだな。
「……早めに声を掛けた方が良さそうですね。いきなり休日出勤だっていわれても困るでしょうから」
「そうだな、課長と相談して早めに話だけでも出しておこう」
今回の事前検査も急に決まったので、私も家族と買い物に行く約束を断って休日出勤している。約束を破ったと非難の眼差しを向けられながら、非常に肩身が狭い思いをしつつ家を出てくる羽目になった。野原君も何か予定があったそうだが、キャンセルして休日出勤してくれている。
せめて1週間程度の準備時間があれば、休日出勤だとしてもマシだったのだが。
「さて、愚痴はこの辺にして昼食を取ってから戻るとしよう」
「そうですね」
野原君と共に協会の公用車に乗り込み、九重君達の訓練施設建設予定地を後にした。
予想通り、九重君達に事前検査の結果を送付してから1週間と少し経過した頃、桐谷不動産から本認証検査の申し込みがあった。どうやら1週間と経たずに、破損を指摘された箇所の補修と安全確保に必要な確認を済ませたらしい。
素早く対応してくると考え、試験官の人員確保に努めていてよかった。
「小岩課長、桐谷不動産から本認証検査の申し込みがありました。必要な人員は確保していますので検査自体は可能なのですが……担当職員はまた休日出勤になります。よろしいでしょうか?」
「ああ、手間を掛けさせて悪いね。申し訳ないが、よろしく頼むよ。それで、今回は何人出勤になるのかね?」
「4人を予定しています。前回と同じく私と野原君、魔法スキル担当として大谷君と矢口君です」
「大谷君と矢口君か……地下空洞がある物件だと聞いたが、大丈夫なのかい? 特に矢口君は確か……」
大谷君と矢口君は色々あって探索者を引退し、協会所属の検査試験官をやっている2人だ。大谷君は比較的マシなのだが、矢口君はダンジョンでのトラウマから閉所恐怖症を患っている。今回検査する物件には地下洞窟がある為、小岩課長も若干心配げな表情を浮かべていた。
まず無いとは思うが、2人が地下空間でパニックを起こし錯乱し攻撃魔法を乱射……等という事態が起きたら目も当てられないからな。
「おそらく問題はないかと。ただ無理はさせられないので、地下洞窟を検査する際は2人にはよくよく確認した上で行おうと考えています」
「分かった、決して無理はさせない様に」
「了解しました、では本認証検査は日曜日に行います」
小岩課長の了承を貰った後、私は桐谷不動産に本認証検査の実行日を通達し、野原君達3人に検査実行を連絡する。多少不満げな表情を浮かべていたが、事前に連絡を入れていたので無事に皆の了承は貰えた。まぁ休日出勤は嫌だよな、特に野原君は私と同じで今月2度目の休日出勤だからな。とはいえ、決まった以上愚痴を漏らしても仕方がない。
検査日まであまり時間は無かったが、事前に準備を進めていたのでそれほど慌てることも無く、私達は本認証試験当日を迎えた。
「ではこれより、私設訓練施設におけるスキル使用許可本認証検査を始めます」
事前検査をおこなっていた事もあり、本認証検査は順調に進んだ。指摘されていた場所も補修されており、全て必要な資料も揃っていた。
そして大谷君と矢口君による、攻撃魔法の実射テストも地下洞窟が崩落するなどの問題も起きる事なく無事に終了する。ただ、地下洞窟の調査においては矢口君がトラウマを想起させる様な作りだった為、無理をしない為に同行を断念させた。
「コレにて私設訓練施設におけるスキル使用許可本認証検査を終了します。皆さんお疲れ様でした」
私は軽く頭を下げながら、本認証検査の終了を宣言した。合否の判定は提出された資料や今回の検査結果を詳しく分析を行った後になるが、私見ではほぼ合格は間違いないと思う。どうやら認証検査をもう一度行う必要はなさそうだ、もう短期間での連続休日出勤はやりたくないからな。
そして後日、予想に違わず桐谷不動産には私設訓練施設におけるスキル使用許可本認証検査の合格が通達された。後は、彼等の理想とする訓練施設が無事に完成する事を祈るとしよう。




