幕間七拾六話 私設訓練施設管理課の奮闘 その1
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その日、珍しいお客がウチの部署を訪ねてきた事に気付いた。かなり若い3人組の男女、たぶん高校生あたりだろうか? 普段ウチの部署を訪ねてくるお客といえば、どこぞの企業の計画担当者などが主なので、かなり珍しいお客といえた。
しかもウチの部署はオンライン申し込みも可能にしているので、直接訪ねてくるお客はさらに少なくなっている。
「すみません、ちょっとお尋ねして良いでしょか?」
男の子の一人が少し不安気な表情を浮かべながら、受付窓口の担当職員に声を掛ける。こういう所に来慣れてないのか、少し見るだけで彼がかなり緊張している様子がうかがえる。
「はい、何でしょうか?」
「私有地におけるスキル使用可能な練習場設置の許可申請についてお尋ねしたいのですが……」
「はっ? えっ、ああ、すみません。スキル使用可能な練習場設置について、ですか?」
係員の職員は戸惑いの表情を浮かべつつ、念を押すように再確認をしていた。まぁ見るからに若い、高校生ぐらいの子が企業が行う様な手続きについて聞いてきたら、そりゃぁ戸惑うよな。
そんな担当職員の戸惑う姿を気にしつつ、彼は手続きを行いたい事情を説明し始めた。
「なっ、なるほど……しょ、少々お待ち下さい。今担当の者を呼んで参ります」
受付担当の職員は戸惑いの表情を浮かべたまま、野原君の方へと声を掛けに行った。
「野原さん、お客さんです。訓練施設でのスキル使用許可申請についてなんですが……どう見ても今来ている子達、高校生ぐらいなんですよ」
「はい? 高校生がウチに?」
「ええ、自分達で訓練場を作ろうとしているらしく、それでスキルを使う為の許可が欲しいと」
「ううん……昨今の公的訓練場の混雑状況を考えると分からないでもない話ではあるけど、許可が下せる様な土地を高校生が購入して所有できるとは思えないんだけどな……」
野原君が面倒臭げな表情を浮かべながら席を立ち、軽く頭を掻きながらどう対応すべきか悩むような表情を浮かべていた。余り褒められた態度ではないが、まぁ高校生が相手となっては無理もない反応ではある。訓練場のスキル使用許可を得ようと思えば、万一にも周辺へ被害を出さないためにそれ相応の広さの土地と防壁等の設備が求められるからな。
訓練場の規模によっては企業でも対応に苦慮するような代物を、高校生が揃え整えられるとは思えない。夢見る若者は嫌いではないが、流石に自前の練習場をというのは少し先走った夢じゃないかな? 高校を卒業し、一角の探索者になってからでも遅くはない夢だと思うよ。
「お待たせしました。コチラ、私設訓練施設管理課の野原さんです」
「野原です、よろしく」
「九重です、よろしくお願いしますね」
高校生……九重君というらしい男の子の話を聞き、野原君はとりあえず窓口での立ち話は何だという事で相談室へと彼等を案内する事にしたらしい。
しかし、九重……何処かで聞いた事がある名前の様な気が?
九重君らを相談室に案内した後、戻って来た野原君は彼等から預かった探索者カードを使い身分照会を行っていたのだが……突然、小さな呻き声が妙に辺りに響いた。
何事かと思い呻き声の発生源である野原君の方に視線を向けてみると、パソコンの画面を凝視しながら次第に顔色が悪くなっていく野原君の姿が目に入る。そのあまりに異様な雰囲気を醸し出すさまを心配した周りの席に座っていた職員が声を掛けると、野原君は白昼夢でも見た様な表情を浮かべながらパソコンの画面と相談室とを交互に何度も見返していた。流石にあの様子はただ事ではない。
「ど、どうした野原君? いきなり声を上げたり、真っ青な顔で辺りを見まわしたりして……」
「か、河北係長、すみません。ちょっと思ってもいなかった事実が判明して……」
「思ってもいなかった事実? 君は今、さっきの高校生たちの身元照会をしていただけなんだろう? そんなに驚く様な事は出て来ないと思うんだが……」
「こ、これを見て下さい」
野原君は少し体を脇に退けパソコンの画面を指さしながら、私に内容を確認するように促してきた。野原君の指示した画面には九重君と他2人、広瀬君と柊さんの登録情報が表示されている。基本登録情報は標準的なモノばかりなのだが、彼等が探索者として成してきた成果と数々の特記事項が少々異常だった。
大きなものだけでも、3人組のチームでありながら探索者企業を含め民間探索者ではまだ達成者数の少ない30階層突破を成し、ダンジョン内における犯罪被害者の救助および犯人の逮捕協力、未発見ダンジョンの発見報告……うん、何だコレ?
「……コレは、本当に今来ている彼等の?」
「はい。探索者カードを直接預かりましたので、間違いありません」
「そうか……」
私は少し呆気にとられた表情を浮かべつつ、学生探索者が成したとは思えない成果の数々が記載された画面から目が離せないでいた。企業所属の探索者や専業の探索者でも、ココまでの成果を上げられる探索者は少ないだろう。それを学生探索者が成した、と。
そうだ……九重、広瀬、柊という名前は、協会が注目している若手探索者の有望株の名前として課長から聞いた事がある。高校生だという事までは聞いていなかったが、彼等がそうなのか。となると……。
「彼等が自分達専用の練習場を作るという話、あながち夢物語という事でもなさそうだな。これまで彼等が成してきた成果を考えれば、無駄な散財をせず確り貯蓄していれば相応の場所を用意する事も不可能ではないだろうな」
「えっ? あっ!? そ、そうですね、確かに彼等の成果を考えれば実現出来ない話ではないかもしれません」
「そうだね。野原君、私はこれから彼等の事を課長に報告しに行く。協会注目の若手有望株ともなれば、どう対応するべきか話し合っておいた方が良いだろうからね。君は彼等に渡す書類を用意しておいてくれ。直ぐに戻ってくる」
「分かりました」
野原君に指示を出した後、私は九重君達の探索者カードを預かり、私設訓練施設管理課課長の元へ急いで向かう。相談室に案内しているとはいえ、彼等を余り待たせる訳にはいかないからな。
そして私が小走り気味に課長席へと近寄っていくと、白髪交じりの細身の壮年男性が処理していた書類から顔を上げコチラを一瞥する。
「すみません小岩課長、急ぎ相談したい案件があります」
「ん、何か問題でも起きましたか河北係長?」
「問題と言う訳ではないのですが、私の方だけで判断せず相談の上行動した方が良いと思いまして。現在、私設訓練施設でのスキル使用許可申請を行いたいという方が来られているのですが……少々対応に困っていまして」
「? 規定通りに申請の受付を行えばいいではないですか、合否は別にして申請の受付を行うだけなら誰であっても問題はないでしょうに。もしかしてあれですか、協会が目を付けている要注意人物でも来ましたか?」
小岩課長は怪訝気な表情を浮かべながら、私が何を相談したいのか話の先を促す。
「協会が目を付けているという意味では同じですが、逆です。以前課長の話に少し出ていた、協会注目の若手有望株の子らが専用訓練場を作りたいのでスキル使用許可申請について話を聞きたいと来ているのです。こちらが彼等から預かっている探索者カードになります、調べてみたらかなり凄い成果の持ち主でしたよ」
「九重、広瀬、柊……!? 例の彼等が来ているんですか!」
「えっ、ああ、はい。今は相談室の方で待機して貰っています」
椅子から軽く腰を上げ目を見開き驚きの表情を浮かべる小岩課長に、相談室に案内していると伝えると安堵した表情を浮かべ上げた腰を下ろし椅子に座り直していた。
どうやら彼等は、私が思っていたより協会から重要視されているらしい。
「えっと、それで小岩課長。彼等への対応はどうしましょう?」
「……彼等は君がいう様に、若手の最有力株だ。実力はこれまでの成果が示す様に抜群に良く、力を得た若者にありがちな素行の問題もない。寧ろ素行が悪い探索者を反面教師にし、品行方正とまでいわずとも困っている人がいれば助ける善性の持ち主だ。協会としても、こういった若者が次世代を担い後に続く者が出てくれる事が望ましいと考えている」
「は、はぁ」
「ゆえに我々ダンジョン協会としても、彼等に専用練習場を所有して貰うメリットはあると思う。高校生の学生探索者でも、優秀な探索者であれば高額の対価を得られ、専用練習場を手に入れる事も出来る。ハッキリとした形で成功例を示すのは、若い探索者達のモチベーションを高める効果があると思わないかな? そして最初にそれを達成するのが、協会も認める善玉の若手有望株である。注目を集める成功例を示せば、成功者の足跡を辿れば自分も成功できると考え、成功例の後に続こうとする者が出てくるのは必定だからね。それ即ち、意欲的な善玉探索者の増加という協会としてのメリットにもつながる」
小岩課長はそう語った後、真っ直ぐ私を見ながらハッキリとした口調で指示が出される。
「河北係長、彼等の申請は可能な限り最優先で処理してくれ。確か今は、大きな仕事は入っていなかったはずだね? 専用訓練場を作るというのなら、彼等が高校生の内にある程度完成するのが望ましい。可能であるのなら、個人探索者グループの専用訓練施設第一号として公開して貰えるとありがたいのだが……まぁそれは難しいだろうね。だが、学生探索者が専用訓練場を得たという噂を流せるだけでも効果は期待できる」
「わっ、分かりました。ですが彼等の申請を最優先処理するとなると、幾つかの申請が後回しになる可能性があります。それは了承してください」
「それはまぁ、仕方ありませんね。もし抗議が来るようなら、それらは私が対応しましょう」
若干嫌そうな表情を浮かべながらも、もしもの際の対応を小岩課長が請け負ってくれる事になったので、私は指示通り彼等の申請を最優先で処理する事を請け負う事にした。
まぁ余程遅延しない限り抗議される事も無いだろうが、万一の際の対応はハッキリさせておかないと後々で面倒な事になるからな。
「では、彼等の対応にかかります」
小岩課長に向かって軽く一礼した後、私は彼等の探索者カードを回収し書類の準備を進めているだろう野原君の元へと急いだ。
書類の準備をしていた野原君と合流し、私達は急いで相談室へと向かう。色々打ち合わせなどをしていたので、30分近く彼等を待たせてしまっている。
そして相談室に入った私と野原君は、まず最初に彼等に待機時間が長くなってしまった事を謝罪した。
「すみません皆さん、大変お待たせしてしまって。私設訓練施設管理課係長の河北と申します」
「お待たせし、本当に申し訳ありませんでした」
九重君達はコチラに気遣いをしてくれるが、微かな表情の揺らぎで苛立ちや不満を上手く隠しているのが見て取れた。野原君は気付いていないようだが、私はせめて途中で一度途中経過を説明にしに来ればよかったと後悔する。誰だって何の説明もなく長時間放置されれば苛立って当然だからな。
そして表面上は九重君達も謝罪を受け入れてくれたので、変に謝罪を繰り返し話が拗れる前に申請に関する話を進める事にした。
「ではコチラの書類に必要事項を記入し、希望の調査日をお教え下さい。必ず御希望の日時に決まるという訳ではありませんが、出来るだけご要望に添った日時を設定いたします」
「分かりました」
九重君達と話し合った結果、事前調査の希望日程は学校が休みで立ち合いが可能になる土日が希望された。まぁ学生さんなら学校がある日を避けると、自然とそういった日取りになる。コレが一般企業とかだと、営業日である平日を指定される事が多いんだけどな。
しかし、小岩課長に最優先でといわれているので、休日出勤の許可を貰い対応するしかなさそうだ。
「分かりました。調査実施日は他の申請との調整後、出来るだけ希望に沿う様にスケジュールいたします。日程は決まり次第ご連絡しますので、数日程お待ちください」
「分かりました、よろしくお願いします」
こうして少々問題はあったものの、無事に九重君達の事前調査申請の受付は完了した。
彼等が帰るのを見送った後、小岩課長に事の次第を報告し急いで事前調査の調整に入る。最優先で処理する様にとの指示なので、調査日程の最速で今週の日曜日だ。そこで問題は誰が休日出勤するのかという事なのだが……まぁ誰がババを引くのかは決まっている。
そういう訳だ、すまないな野原君。私と君とで、仲良く休日出勤といこうじゃないか。




