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幕間七拾四話 桐谷不動産奮闘記 その5

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 広瀬君達に送る契約書の原案が完成したので、社長にチェックして貰ってから3人の手に1つずつ渡るように3部印刷した。そして書類が折れ曲がらない様にクリアファイルに挟み、3つとも大型クラフト封筒に入れれば発送準備完了である。

 因みに封筒の宛先は事前の打ち合わせ通り、広瀬君の家に一括配送する事になっていた。届いてから各々に配り分けるとの事なので、コチラとしては郵送費が節約出来るので助かる。 


「コレで良し、と。後は郵便局に持って行っておしまいだな」


 一仕事終え、俺は背伸びをして背筋を伸ばす。だが達成感と同時に内心では、内見から少々駆け足気味に契約の前段階まで話が進んだものの、頭のどこかでこのままスムーズに話は進まないだろうなと考えていた。

 岬物件の内見に行った時から広瀬君達はらしくない……まだ付き合いは短いが、彼等が慎重派であるというのは分かる……言動をしていたからだ。岬の土地というロマンあふれる物件ではあるが、慎重派である彼等にしては内見から戻って直ぐに契約の話を持ち出すのは少々らしくない……勇み足気味に感じたからである。重箱の隅をつつくとまでいかなくとも、普段の様子なら納得いくまで色々質問をしてくると思っていたからだ。

 

「このまま契約締結……とはいかないかもな」

「何がこのまま、なのかな?」

「えっ? あっ、社長! すいません、ちょっと……」


 何時の間にか傍まで近づいてきていた社長に気付かず、思わず漏らしていた不安の呟きを聞かれたようだ。適当な話をして誤魔化そうと思ったたが、自分に向けられる社長の目を見て誤魔化さずに素直に不安に思った事を話す事にした。

 押して軽く深呼吸をしてから、社長に今回の契約に関するに不安点を語る 


「えっと、ですね。今回広瀬君達との契約なんですが、少し駆け足気味に話に進んだので少し不安になりました。いつもの彼等なら契約の話を持ち出すにしても、もう少し質問を繰り返して話を進めてからだと思うんですが……今回は内見で少々興奮気味だったせいか、話がトントン拍子で進んでしまったなと」

「ああ成る程、話が順調過ぎて逆に不安になるというヤツだね。確かに私も、その点については気になっていたよ。今まで見てきた彼等なら、少なくとも一度は話を持ち帰って検討した上で契約の話を持ちだしていただろうね。それだけ今回紹介した岬物件を気に入ってくれたという事なんだろうけど、勇み足と思われてもおかしくないかな?」

「自分もそう感じています。ですので、このまま素直に話はまとまらないかもしれないな……と」

「確かにその可能性は高いだろうね。多分、今の彼等は岬に地下洞窟にとロマン物件を前にして興奮で少し視野狭窄に陥っている状態、なんだと思う。おそらく彼等の保護者、重蔵さん辺りが冷や水を被せてると思うよ?」


 社長は何ともいえなさそうな表情を浮かべつつ、俺に念の為の指示を出す。 


「多分、彼等も頭を冷やせば色々と質問不足だったと思う事があるだろうから、それに答えられる準備だけはしておいてくれ」

「分かりました、詳しい土地に関する資料を準備しておきます」

「話が来るのは書類が届いた後だろうから、まぁそう急がなくても良いと思うよ。とはいえ、探索者系の質問となるとどんな質問が来るかは……予想が難しいね」

「そうですね。これまで内見に行った時も、予想外の質問が飛んできましたから」


 彼等が物件探しで投げ掛けてくる質問は、目の付け所が違うというより視点が違うといった方が適切だ。一般人や一般企業相手に物件を紹介する時には気にもしていなかった点が、彼等からすると重要視しているものだったり、その逆も有ったりと勝手が違い対応が難しかった。

 野生動物による獣害を気にするのが一般人だったりするところが、野生動物が腹を見せて命乞いをするのが探索者だったりと……どういうことだよ?というのがあったな。


「やはりそうか……少し難しいと思うが、ネットなどを使って調べ準備をしておいてくれ。全く下地になる知識が無いより、多少見当違いでも予備知識が有ると無いとでは対応に差が出るからね」

「分かりました、出来るだけ調べておきます」


 社長は俺の返事を聞き、軽く頷くと離れていった。

 じゃぁ手早く郵送手続きを終わらせてから、調べ物をするとしよう。






 やっぱりというべきか、予想通りというべきか、広瀬君達との契約締結は延期になった。契約締結延期の理由としては、確認不足や説明不足ゆえといった所である。やっぱり内見終了直後に契約の話を持ち出したのは、少し勇み足だったという事だな。

 電話口で広瀬君がとても申し訳なさげな声で謝罪しながら契約延期を申し出てきた時は、やっぱりと思いつつ予め準備を進めておいてよかったと安堵した。まぁその安堵もすぐに消え失せたけどな。


「海側から見た崖面の調査か……」

「ええ。練習中に衝撃などで崩落する可能性もあるので、脆弱面が無いか事前に確認しておきたいとの事です」

「おいおい、練習の衝撃で崖面が崩落するって……彼等は自衛隊の実弾演習の様な事でもするのか?」

「さぁ? ですが、彼等なら出来ないとは否定もし切れません。スコップ一本で崖にトンネルを作れるんですから……」


 社長も例の映像を思い出したのか、一瞬馬鹿をいうなといった表情を浮かべたものの、直ぐに渋面を作りながらも納得したかのように黙り込んだ。社長も広瀬君らなら、もしかしたらやれるかもしれないと思ったらしい。

 まぁ探索者のスキルの中に魔法なんてモノがある以上、探索者の練習が実弾演習ともいえなくもないよな。海外のネット動画で見たことがあるけど、探索者が使う魔法で廃車が粉々に吹き飛んでいたしさ。 

 

「それと、あの岬の災害歴も気になるそうです。台風なんかが来た時に、高潮被害等が発生した事が無いか心配だそうです」

「あそこは海のそばの立地だからな、確かにその懸念は当然だろう。せっかく練習場を作ったのに、高潮で壊されたとなったら一大事だ。調べて教えてあげると良い」

「はい。それと付随する事、なんでしょうか? 物件近くの漁協に、岬の近海が漁場になっていないか確認して欲しいそうです。練習中に発生した飛来物が海にとんだ時、漁場になっていると操業中の漁船などに被害がいくかもしれないからだそうです」

「……そうか、練習場とはいえ、探索者が使う練習場はそういう所も気にしないといけないんだな」


 思わぬ探索者視点の心配事に、社長は頭が痛そうに目頭を揉み始めた。岬の物件は敷地が広いので場所を考えれば大きな問題にはならないだろうが、敷地の狭い物件だと周辺環境によっては探索者向けの練習場としては使えない物件が多く出てきそうだ。下手な場所を売ってしまうと、練習場名目で売られた物件なのに、実際には周辺環境のせいで練習場として使えないというのはどういう事なんだ?といった悪評が立つ可能性もあるからな。

 悪い噂が付いて回る様な不動産屋で、誰が高価な買い物をしようとするのだという話だ。探せばいくらでも悪評の無い普通の不動産屋が見つかる以上、客足が遠のき業績が悪化するのは目に見えている。


「はい。それとコレが一番大事な相談、確認なのだそうですが……」

「……何かね?」

「協会のスキル使用許可認証を得るための事前調査を受け入れる事は出来るか?との事です。この認証に通らなければ、私有地とはいえ探索者が攻撃性のあるスキルを使用する事が出来ないそうで、この認証に通らない物件では探索者の為の練習場という目的を達成出来ないので……」

「土地を借りても意味が無い、という事だな?」

「……はい」


 俺が少し俯き気味に見落としていた制度の話をすると、社長は溜息をつきながら軽く頭を左右に振りながら自嘲っぽい表情を浮かべていた。


「その制度は知らなかった……が、それはコチラの勉強不足が露呈した事態でしかないな。広瀬君達は最初から練習場を作りたいといっていたんだから、コチラもそのつもりで物件探しと並行し制度面を調査していればよかった。探索者向けの練習場を作りたいといって物件を探しているお客に、制度的に適合しない物件を紹介したとなれば……不動産屋として恥としかいいようが無い」

「はい。自分も広瀬君にこの認証制度の存在を聞いた時、やってしまったと思いました。探索者業界に詳しくなく、スキルというモノに馴染みが無く気付けなかったとはいえ、ダンジョン協会のHPを探せば記載されている様な制度を見落とすだなんて……」

「そうだな。探索者向けの商売をやっていこうだなんて考えているくせに、君も私もそろって初歩的な制度を見落とすなんて弁明のしようもない失態だ。広瀬君達の驚異的な能力だけに注目していたせいで、自分達がすべき仕事……お客の求める物件を紹介するための努力を怠ってしまった。反省しないといけないな」

「……はい」


 俺と社長は暫く自分達のしでかした失敗を恥じ、自責の念で顔を伏せた。 

 そして暫く黙り込んだ後、社長が軽く自分の頬を両手で叩き気持ちを切り替え口を開く。


「反省は大切だが、反省ばかりしていても事態は改善しない。湯田君、すぐに広瀬君のいう認証制度を調べ上げてくれ。書類上の事だけにしろ、あの物件が制度に適合するかすぐに確認したい」

「分かりました。1時間ください、直ぐに確認します」

「頼むよ」


 俺は社長にそう返事を返した後、自分のデスクのPCでダンジョン協会のHPにアクセスし広瀬君のいっていた認証制度について調べ始める。

 そして約束通り1時間後、社長に対し調べられる範囲でダンジョン協会の定める認証制度的には、岬物件は問題なく認証を得られそうであるという報告を上げた。


「そうか、それは良かった。では広瀬君には、事前調査の為の立ち入りを許可すると返事をしておいてくれ。そして他の要望の件に関してはコチラの方で確認するので、少し待ってほしいとも」

「了解しました、広瀬君の方にはその様に返事をしておきます」

「ああ、頼むよ。それと引き続き、探索者関連の制度の確認も頼む。他に大切な制度があるかもしれない、今度も見落としていたとはいえないからな」

「はい、同じ失敗は繰り返せません。関係がありそうな制度に関しては可能な限り調べ上げます」


 俺は次は失敗しないと、ハッキリとした口調で社長に返事を返した。

 





 広瀬君達からダンジョン協会の担当部署に、スキル認証の事前調査に申し込んだという報告を聞いた。調査日はまだ未定だが、おそらく早くて2,3週間後ではないか?との事だ。まぁつい先日申し込んだのなら、その辺が妥当な線だろうと思う。行政系は往々にして書類手続きや承認事項が煩雑で、緊急時でも無ければ即日などの素早い対応は難しいからな。

 だが、そんな考えは次に来た広瀬君の少し慌てた様子の連絡で覆された。


「えっ、今度の週末に調査を行う!? それは本当ですか!?」


 まさかの事態である。申し込みをして即日対応だなんて、ダンジョン協会は普通の役所とは手続き方法が違うのだろうか? 確かに早く調査をしてくれる方が後々の対応でも素早く動けるので助かるのだが、予想より早すぎる調査日程というのはコチラの準備が間に合うかどうか。

 しかし日程が決まってしまった以上、間に合う様にコチラも動くしかない訳で……。


「分かりました。では週末、コチラに集合し現地に向かいましょう」


 広瀬君からの電話に張りの無い弱弱しい声でそう返事をし、事前調査の為に提出すべき書類の数々を思い出しながら、コレから週末に向けてのデスマーチが確定した事を嘆く事しか出来なかった。

 一瞬社長に助けを求める視線を送ったが、生暖かい眼差しが返ってきたので頑張るしかない。


「ふふっ、やってやる!」


 俺は失敗を挽回してやると、自分を鼓舞し奮い立たせ目の前の仕事に取り掛かる。

 そして奮闘した結果、無事に事前調査までに必要な書類は完成。事前調査当日は広瀬君達に同行し、ダンジョン協会の調査員に無事説明する役目を果たした。流石に疲れたな。

 

「次は今回の調査で指摘された箇所を改善して、本認証検査に向けての準備だな。また色々と提出書類を作らないといけないのか……」


 一山超えたらまた次の山が見えるという状況ではあるが、順調に目的に向かって進んでいるという実感が有るので頑張るとしよう。

 えっ? あまり改修費用を掛けたくないから、調査で指摘された箇所の改修は業者ではなく自分達で行う? 広瀬君達も協力してくれるから大丈夫って、本気ですか社長……。
















スキル使用許可認証取得に向けての奮闘を開始、です。


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挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] お互い初めてのことにバタバタしながら取り組むの素敵です 不動産売買は高額だからかなりやり取りが多いのが普通って社長の考えに驚きました
[一言] 訓練場土地のスキル使用事前調査の申請を受けたダンジョン協会の担当部署サイドの方はどうなっていたのか気になりますね。 少なくとも、探索者データから大樹達の実力と功績を知って驚いたのは確かでし…
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] 私はこれまで主に製造現場にいましたのでデスクワークは詳しくないです。 それを踏まえて少年達に一言。 「大人になるとは理不尽を飲み込む事なんだよ」 と。
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