幕間七拾三話 桐谷不動産奮闘記 その4
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探索者のスキルやレベルについての話を広瀬君達に聞き、改めて商売相手としての探索者との付き合い方の難しさを実感する。コレは広瀬君達に協力して貰いつつ、時間を掛けてコツコツとノウハウを蓄積していくしかない。当てもなく探索者相手のノウハウを積むしかない他社よりはマシな状況だけど、広瀬君達とはよりコミュニケーションを取りつつ情報を収集しないとな。
そして一通りスキルなどの話は終わったので、新条件で選別した物件を広瀬君達に紹介する事になった。
「1つ目の物件は、山の中の物件になります」
1件目の物件は前回紹介した物件と似た立地をしているが、近場に資材調達が楽になるホームセンターがある物件だ。道路が通っているので、配送料が別途掛かるが、モノを物件まで届けてくれる。
まぁ物件の奥までとなれば搬入路を切り開く必要があるだろうが、敷地まで購入したモノを届けてくれるだけでも、年齢制限の為に運転免許を持っていない広瀬君達にとってはありがたいサービスだと思う。何せ前回の物件では、自転車にリヤカーつないで資材を搬入するかとか言ってたからね。積載量的には軽トラ並みの働き方が期待できるとはいえ、流石に山道を物資を満載したリヤカー接続した自転車でというのは……危険すぎるって。
「中々良さそうな物件ですね」
物件紹介の資料を見ながら、広瀬君達は中々好感触そうな表情を浮かべている。前回の物件と似たような立地なので、イメージがしやすいらしい。前回紹介した物件より利便性が上がっているので、好印象を持ってもらえたようだ。
更にこの物件は敷地全体の傾斜が比較的緩やかなので、木々を切り開き建物を建てたりするのもしやすい方だと思う。オマケとして、上流にダムも無いので大雨時に緊急放水などで急な増水があるなどの心配もない。
「実地を見てみたいですね」
「書類だけでは分からない部分もありますので、実際に赴いて自分の目で確認するというのは大切ですよ」
前回紹介した物件の上位互換的物件だが、社長の言う様に良い所ばかりとは限らないからな。自分達の目で確認し、自分達の要望に沿っているのか確認するのは大事な作業だ。実際、コチラが内見を強く勧めても書類だけ確認して契約し、後になって思っていたものと違うと苦情をいってくるお客は存在する。忠告を聞かない自業自得だよと思いつつも対応しないといけないので、そういったお客は本当に疲れるんだよな。
そして中々の手応えを感じつつ1件目の物件の紹介を終え、ロマンあふれる2件目の物件の紹介を始める。
「2件目の物件ですが、コチラは海岸沿いの岬の土地になります」
「岬ってあの、海に突き出してる地形の岬ですか?」
広瀬君達に2件目として紹介する物件は、かなりの広さを誇る岬の物件だ。昔……自分が入社する前に色々あってウチに押し付けられた物件、なんだとか聞かされたっけ。何でも、バブル期にリゾート開発地として確保されていた物件らしいが、色々あって計画は中止。バブル崩壊と共に厄介物として宙に浮いた扱いをされ、ウチでも塩漬け物件扱いされていた代物だ。
まぁリゾート目的には使用しづらい物件だけど、広瀬君達の様に訓練場利用が目的なら敷地の広いこの物件は使いやすいかもしれない。今までの内見で広瀬君達の探索者としての能力を見せて貰ったけど、これくらいの広さがある場所の方が周辺への被害を心配せずに動けると思う。山一つを短時間で走破するぐらいだしさ。
「この物件は雑木林に覆われた切り立った崖といったモノでして、利用が難しいとして手付かずの土地になっています」
「雑木林に覆われた切り立った崖の上……小さな小屋とか建てられる平地はありますか?」
「ありますよ。崖と言っても海沿いの場所が崖になっているだけで、大半は雑木林……切り開けば建物を建てる土地は確保できると思います」
この物件、社長が言う様に塩漬け物件として長年放置された結果、木々によって土地が埋め尽くされている。まぁ元々の敷地面積が広いから雑木林になっている部分が多くても、かなりの広さの平地?があるんだけどな。少し問題がある土地なので建てられるかどうかは別問題として、小さなマンションぐらいなら楽に建てられる広さは木々を切り開かなくともあるんじゃないかな?
「なるほど……」
広瀬君達は岬という立地に加え、予想以上の敷地の広さに理解が及んでいない表情を浮かべていた。まぁドーム球場数個分の広さですよ、といわれてもすぐには想像つかないよな。
なので、社長はこう提案する。
「それじゃぁ、実際に見にいってみたらどうかな? この後はまだ時間あるよね?」
「えっ? ああ、はい。今日は1日開拓検証のつもりでしたので、時間の方は大丈夫です」
「じゃぁ湯田君に、この物件の内見に連れて行って貰うと良い。車で向かえばそれほど時間はかからないだろうから、イメージが分からないというのなら実際に見てくる方が良い。百聞は一見に如かず、というしね。湯田君、大丈夫だよね?」
社長に話を振られた俺は、物件の所在地を思い出しながら軽く頷きつつ返事をする。
「ああ、はい。大丈夫です。ココでしたら……内見する時間を含めて2,3時間で戻ってこれると思います」
市街地から離れた海沿いにあるので道が混む事も無いと思うので、車を使えば1時間も掛からず移動できると思う。内見も軽く見て回るだけなら、広いには広いが1時間もあれば十分だろう。
「では湯田君、皆さんを内見に連れて行ってくれるかな。その間に私は、今日の開拓検証の映像資料の方を確認させてもらうよ。先程の報告でおおよその結果は把握できたが、実際にトンネルを掘る時の映像を見てみたい」
「分かりました。映像資料の方は未編集ですので見づらい部分もあるでしょうが、社長の机に撮影機材ごと提出しておきます」
先程少し映像を見て貰ったが、かなり驚いていたので少し心配になる。全編通して見たら、顎が外れるくらい驚くんじゃないかな?前回皆で内見映像を見た時は、絶句したり絶叫を響かせていたしさ。
「分かった。では湯田君、早速内見に出発してくれ」
「了解です。では皆さん、出発の準備をしてきますので少々お待ちください」
広瀬君達に軽く会釈をしこの場で待って貰うようにお願いした後、俺と社長は内見に向かう為の準備を始めた。
内見に出発する前、社長に検証動画のデータを渡し内容を少し説明をしておく。軽くでも事前に内容を説明しておかないと、衝撃映像過ぎて内容が頭に入ってこないだろうからな。
「検証項目はそれぞれ、運搬可能重量の確認、掘削能力の確認、伐採能力の確認ですね。建築に関しては基礎知識の伝授という感じなので、検証とはいい難いです」
「分かった、とりあえず3つの検証項目があるという事だね。それぞれの検証で何か補足説明はあるかな?」
「補足といいますか、私達の目算が甘く検証しきれなかったですね。彼等の……探索者の能力を甘く見ていました。今回の検証は、検証の基準を作る為の検証だったと思ってください」
社長は俺の補足に何かいいたそうになったが、開きかけた口を閉じ何ともいえない表情を浮かべていた。先程少しとはいえ、検証動画の映像を見ているからだろう。
「準備不足でした。ネットに上がっている探索者の映像を参考に、これくらいだろうと考えて検証項目を設定していたのですが……」
「実際は想定の遥か上をいっていたと?」
社長の問いに、俺は眉間に皺をよせながら頷く。参考にした動画で重量挙げをしていた細身の探索者は、500㎏の重りを限界ギリギリの様子で持ち上げていた。まさか広瀬君達が、1t近くある土嚢を軽々と持ち上げるとか……。
「はい。参考にした動画の探索者は自称中堅探索者との事でしたので、トップクラスの探索者なら4,5割増しで考えば良いと思っていたんです。ですが……」
「その程度では広瀬君達の能力、トップクラスの探索者を推し量る事は出来なかったと?」
「はい。少なくとも、2倍以上を想定しておいた方が良かったと思います。今回の検証動画を全て見て貰えれば、この提案に納得してもらえるかと」
まぁその程度で本当に能力を推し量れるかは別問題としても、何度か検証の基準作りの為の検証をしていかないと駄目だろうな。トップクラスの探索者とただの探索者じゃ、基準がズレすぎている。
数年後にはこれが中堅探索者の基準になると思うと……今の内に判明したのは幸いなのかな?
「そうか……まずは検証動画の方を見させて貰ってから判断するとしよう」
「そうして下さい、映像はかなり衝撃的なモノになっていると思います」
「まだ少ししか見ていないが、まぁそうなんだろうな」
若干引き攣ったような表情を浮かべながら、社長は胃のあたりを軽くさすっていた。映像を見たらもっと胃が痛くなると思いますけど、頑張って下さい社長。
俺は社長に内見に行ってくると伝え、事務所を後にした。
広瀬君達と岬物件の内見を終え、無事に事務所へと戻って来た。岬物件の内見は中々好感触に終わり、特に地下洞窟の存在が彼等の琴線にふれたらしい。まぁ地下洞窟付きの物件なんて、かなりロマンを感じる代物だからな。さらに地下洞窟という、ダンジョン内部に似ている環境は得難い利点だともいっていた。モンスターこそ出ないが、見通しの効かない閉所での動きを訓練するのに地下洞窟は適しているとの事。
普通の建物を建築しようと思う人からしたら邪魔モノでしかなかった地下洞窟も、見る人が見れば利点に変わるモノなんだな。
「では社長を呼んできますので、コチラで少しお待ちください」
「分かりました」
広瀬君達に応接席で待っていてもらう間に、俺は事務所に移動する。
そして事務所に入り真っ先に目に入ったのは、机に突っ伏す社長、心配げに社長を介抱する同僚、社長のパソコン画面を覗き込み引き攣ったような表情を浮かべている同僚の姿だった。ああ、あの検証動画を見た結果か……。
「ええっと……内見から戻りました」
俺が申し訳なさげな表情を浮かべながら小声で帰社の挨拶をすると、事務所内にいた同僚たちの視線が俺に一気に集中した。皆何ともいえない表情を浮かべており、何といって良いか分からないといった感じだな。
そんな気まずい沈黙を打ち破ったのは、机に突っ伏していた体を起こした疲れ顔の社長だ。
「皆、落ち着きなさい。湯田君、内見の同行お疲れ様。どうだった、彼等の反応は?」
「えっ、あっ、はい! 全体的にかなり好印象を持ってもらえました。特に敷地内にある地下洞窟については、かなり興味を持ってもらえたと思います」
「そうか。アレはコチラとしては懸念事項だったんだが……」
「地下洞窟がダンジョン内部に似ているそうで、訓練にも使えるかもしれないといっていました」
内見に同行して得た彼等の印象を報告をすると、社長の顔色が少し良くなる。
「そうか。我々にとっては厄介モノだったアレも、彼等からすると訓練場の一つに過ぎないという事か」
「そのようです。他の部分もかなり好印象を持って貰えたようで、契約条件の詳細を聞きたいともいっていました」
「ほう、それはかなりの好印象を持って貰えたと分かる反応だね。この検証動画を見ると、確かに彼等の訓練場を作るのなら、あのくらいの広い敷地がある物件が必要だと思う」
広瀬君達が契約を意識している事を知り、社長は嬉しそうに口元をほころばせている。これまで何件もの物件を内見し、契約を意識した反応を見せるのはコレが初めてだからな。
「はい、広さが広さですので開拓には苦労するでしょうが、彼等の能力を考えれば少人数での練習場建設も不可能ではないと思います」
「そうだね。私もこの映像を見るまでなら不可能だといっただろうが……コレを見たら絶対に無理だとはいえないよ。私も彼等ならやれるのでは、と思ってしまう」
「やり遂げると思いますよ」
短時間で山を刳り貫いてトンネルを作れるくらいだからな……時間はかかるだろうが、彼等ならやってのけるだろう。
「そうか……ならば余り待たせるのも申し訳ないし、行くとしよう。湯田君、物件の詳細資料を用意してくれ」
「はい、直ぐに」
こうして準備を整えた俺と社長は広瀬君達と話し合い、後々の購入を前提にした3年間の賃貸契約を纏める事に成功した。もっともこれはまだ仮の話で、下地になる契約書を作成して貰いたいとお願いされた。彼等はまだ未成年者なので、正式な契約を行う場合は保護者等の法定代理人の同意が必要になるからな。保護者を説得する為にも、仮の契約書を作成して貰い説得の材料にしたいとの事だ。
賃貸契約の方はかなり良い条件が整っているので、保護者と彼等の話し合いが上手くまとまると良いんだけど……。




