幕間七拾二話 桐谷不動産奮闘記 その3
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広瀬君達と契約体系変更の話し合いをした後、探索者による開拓作業の検証データ取りの為の準備に奔走していた。まずデータ取りといっても、この手の事柄に対し素人であるウチとしては、具体的にどういったデータを取ればいいのか分からない。その検討から始めなくてはいけないからな。
なので、知らないのなら知っていそうな専門家に協力を仰ぐところから始めようと考えた。
「社長、少しご相談があるのですがお時間良いですか?」
「ん? ああ、湯田君か。相談とはどんな相談だい?」
「広瀬君達の件なのですが、最初の検証会はコチラのお三方に協力をお願いしようと思うのですが……どうでしょうか?」
俺は少し不安と迷いが入り混じった表情を浮かべつつ、社長に協力を要請しようと考えている専門家達の簡易プロフィールが載った用紙を手渡す。今回協力を要請しようと思い俺が選んだ人物は、以前別件で協力をお願いした事がある人達なので話は通しやすい方だと思う。
社長は俺の渡したプロフィールに目を通し、暫く考えてから結論を出す。
「まぁ中々良い人選じゃないかな? 最初の検証会だし、探索者の基準を知る為の会だからね。それに、あまり多くの専門が集まっていては広瀬君達も緊張で本調子を出せないかもしれない。地形や地質の専門家、森を切り開く専門家、建物を建てる専門家……開拓する際の手始め的な作業として見ればこの人選は適していると思うよ。何より君が選んだ3人は最初に他言無用を念押ししておけば、検証会で見た事を安易に吹聴する様な軽率な行動はとらないだろうからね。現段階では、彼等とウチが協力しデータ取りを行うという情報は出来るだけ秘密にしておきたい」
「ええ分かっています、他社に先行出来る絶好の機会ですから。自分がこれまで内見に同行した際の経験を踏まえれば、広瀬君達の開拓作業は結構衝撃的なモノになると思っています。専門家といえど、トップクラスの探索者が作業する姿は見たこと無いでしょう」
「だろうね。君が内見に同行した際に撮って来てくれた映像を考えれば、少なくとも重機を用いた並みの速度で開拓を進められるだろう……それも一個人でだ」
普通の感覚でいれば、かなり非常識的な作業風景を目にすることになるだろうなと俺は思った。多分終わり頃には茫然自失といった有様になると思うが、専門家の方達には良い経験になったと思って我慢して貰おう。
たぶん数年後には、良く見る光景になっているかもしれないからな。
「はい。広瀬君達自身も、開拓は時間こそかかるものの大した手間はかからない、みたいな感じを出していました。多分ちょっとした土木作業……それこそ重機がいるような作業でも、DIY感覚で出来るんだと思います」
「DIYか……確かに彼等からするとその位の感覚になっているかもしれないな」
「道具さえそろっていれば、本当にその程度の感覚で開拓は進む。自分はそう思います」
「道具さえか……では、どういった道具を揃えれば効率的に開拓が進められるかといったデータも集めておいた方が良さそうだな。将来的に探索者向けの物件を紹介するようになった時、一緒に開拓キットなどど称して提供すると好評を受ける様になるかもしれない」
社長の思いついた提案に、俺は成程と感心しつつ軽く頷いた。確かに土地を手に入れたからといって、手探り状態で開拓を進めるのは困難が多いだろうな。今の時代、ネットなどで調べればある程度の情報はさほど苦労せずに手に入れられる。但しそういった情報は玉石混交、当てになるモノもあれば全く当てにならない誤情報が入り混じっている。そんな時、基礎的な情報ばかりであろうと基準に出来る有力な情報を購入時に提供してくれるとなれば、情報不足で二の足を踏んでいた客層がウチを訪ねてくれる様になるかもしれない。
誰も教えられない探索者が練習場を開拓する際の基礎情報を提供してくれるウチの会社……他社が真似をしようとしても容易に提供出来ないウチ独自の武器だ。例え購入者が増え口の軽い顧客から提供した情報が他社に流れたとしても、確り事前広告や宣伝をしておけばコピー情報が出回れば出回るほど新分野の先駆者というブランドをウチが得る事になる。
「分かりました。開拓に使う道具についても、広瀬君達と相談しながら色々模索してみます」
「よろしく頼むよ。それらのデータが確り揃えば、何なら工具農具メーカーと協力し、探索者向けのオリジナル商品を作るのも良いかもしれないな。重機並みの働きが出来るというのならば、普通の道具では強度不足で彼等の使い方に耐えられない可能性があるからね」
「探索者向け工具農具の新ブランド立ち上げ……夢が広がりますね社長」
「ああ。だがそれもこれも、良質なデータが取得できるかどうかにかかっている。検証会、よろしく頼む湯田君。このリストに載っている専門家の方には、私の方からも協力要請の声を掛けておこう。多分断られる事は無いだろうから、彼等が検証会に参加する前提で準備の方を進めておいてくれ」
「はい! よろしくお願いします」
俺は社長に頭を下げお礼を述べた後、指示されたように3人の専門家が検証会に参加する前提で準備を始めた。
専門家監修の元おこなった、広瀬君達協力探索者による未開地開拓検証会を終え、4人で事務所に戻って来た。広瀬君達にお店の応接間で待っていてもらう間に、自分は事務所に戻り社長に簡単な結果報告を行う事にした。今回の検証会の結果は今後のウチの経営方針にも影響が出る為、社長もかなり気にしている様子だったからな。
そして事務所に入り俺の顔を確認すると、社長は期待と不安が入り混じった興味津々といった表情を浮かべながら俺に向かって手招きをおこなっていた。
「お疲れ様です、ただいま検証会から戻りました」
「お疲れ湯田君。で、早速なんだが検証会の方はどうだった? 専門家の方達から短い挨拶の電話がかかってきたんだが、随分と疲れたような声だったよ。凄いモノを見せてもらい良い経験になったといっていたが、どこか夢うつつ気味で投げやりな感じもしていたんだが……」
「ああ、先生達の方から先に連絡が入っていたんですね。お別れをした際も、どこか心ココに在らずといった感じだったので心配だったんですが……」
まぁあんな光景をいきなり見せられれば、茫然自失になるのも無理はないかな? 山にトンネルが貫通したり、木々が瞬く間に切り倒されていったからな。
「そうか……それで具体的に検証会では何が起きたんだ? 専門家の方達が揃って呆然としているのは少し異様な状況だ、そんなに衝撃的な出来事が起きたのか?」
「ええ、まぁ、はい」
俺は社長の疑問に答える様に、検証会で起きた出来事について要点を纏めながら一つ一つ話していく。小手調べとして行った地面の穴掘り、限界を測るつもりで行ったトンネル掘削、森林地帯で土地確保の基本である木々の伐採と伐根、休憩場や物置を建設するための建設訓練……よくぞわずか数時間という短時間でこれだけ行ったものだ。
それも、人力で行ったとは思えない成果を出している。
「……成る程、確かにそんな事をやっていたとなると、専門家の方達の電話口での反応も無理からぬといった所だな。我々には内見という下地があったからこそ、驚きこそすれ“絶対に無理”だと理解を拒むほど絶句する様な事では無かったが」
「いいや社長。流石に目の前で岩山にトンネル……風穴を短時間で開けられた光景には唖然としましたよ。広瀬君達なら出来るだろうなとは思っていましたが、流石に目の前で何気なくやられたら驚く事しか出来ませんって。彼等の作業風景は映像に残してますので後でじっくり見て下さい、声が出ませんよ?」
「そういわれると、少し見るのが怖くなるが……貴重な資料だからな。後でじっくり見せて貰うとしよう」
「凄い光景が映っています、楽しみにして下さい」
俺の強い勧めに社長は少し頬を引き攣らせ引いている様子だが、是非ともこの衝撃と驚きを理解してもらいたい。映像越しなので真に身に迫る様な驚きは無いだろうが、十分に何が起きたのかは理解して貰えると思う。サクサクと大穴が開いて行く岩山、広瀬君達は岩が柔らかかったので掘り易かったといっていたが……柔らかい岩って何?
内見に同行したお陰で探索者というものを理解したつもりになっていたけど、レベル次第であんな事が簡単に出来る様になるんだな。
「ああ。それより湯田君、広瀬君達を待たせているのだろう? 余り長く待たせるのは失礼だろう、下に行くとしよう」
「えっ? あっ、もうこんなに時間が経ってる! すみません社長、直ぐに準備します! あっ、そうだ。お待ちしてもらっている間に、今日撮ってきた映像の方を少し確認してください。想像されている以上に凄いですよ」
俺は社長に今日撮影してきた検証会の映像データを渡した後、広瀬君達に紹介する物件が載った書類とお茶の準備を始めた。
そして数分で準備を整えた俺は社長に声を掛けようと視線を向けると、社長が軽く目を見開き驚愕した表情を浮かべながら画面に釘付けになっている姿を目にする。どうやら例のトンネル掘削シーンが映し出されているらしい。
「社長、社長!」
「ん!? ああ湯田君か、準備できたのかな?」
「はい。どうです、広瀬君達のトンネル掘削姿は?」
「聞いているのと映像で見るのとではインパクトが大違いだったよ。コレが、探索者の開拓能力か……確かにこれなら、僻地物件でも問題なく自力開拓できると自信を持てるはずだ」
社長はどこか感心したような呆れた様な表情を浮かべながら、小さく溜息を漏らしていた。コレから数年も経てば、こういった開拓能力を持つ探索者を相手に商売をしていくようになるのかと。これまでは探索者相手といえど、ダンジョン近くの賃貸物件などを紹介するなどの通常業務の延長線上でしかなかった。
しかし、ダンジョンが生まれ探索者という存在が誕生しても比較的影響は薄いと思っていた業界の常識が、この映像を目にしていると急速な速さで変わっていくだろうという実感が湧き上がってくる。商売のチャンスといえば間違いなくチャンスなのだが、顧客のニーズを把握し適応するまで苦労が絶えないだろうな。
「そうですね。それより社長、そろそろ行かないと……」
「ああ、すまない広瀬君達を待たせているのだったな。映像の方は後程、詳しく見させて貰うとしよう」
社長はパソコン画面に映る映像を閉じ軽く眉間を揉んだ後、表情を切り替え席を立ち俺を伴い事務所を後にする。
広瀬君達との話し合いの中で、【スキル】というモノの有用性を教えて貰った。ゲームなどで魔法と呼ばれる分かり易い超能力的なモノから、身体能力等を底上げする地味ながら重要なモノ、ちょっとした生活の手間を省いてくれるような便利なモノまで多種多様にあるらしい。
個人的には魔法と呼ばれる火を出したり、風を操ったりするスキルに興味を引かれる。逆に社長は洗浄などの便利系のスキルに興味があるらしく、洗浄スキル持ちの社員がいれば賃貸物件の入退去時の清掃費用や期間を短縮できるのでは?と考えているようだ。まぁ確かに日常での使用方法を考えると、魔法などの攻撃的スキルより、便利系のスキルのほうが使い勝手は良さそうだよな。
「なるほど、元探索者をウチで雇用する場合、レベルだけでなく所持するスキルも含めて考えないといけませんね。たとえレベルが低くとも、所持するスキルによっては大きく価値が変わってくる」
「そうですね。ただしスキルを使用するには、探索者がレベルを上げた時に獲得できるエネルギーが必要になります。どれだけ優れたスキルだったとしても、使用する為のエネルギー、使用し続ける為のエネルギーが無ければ使い物になりません。ですので元探索者の人を雇用するのなら、レベルとスキルが程良いバランスの人を採用されるのが良いと思います」
「確かにそうですね。所持するスキルの良さを見込んで採用したのに、レベル不足で満足に使えませんではどうしようもありませんから。それならば有用な所持スキルが無くとも、レベルの高い元探索者の方に通常の技能を習得し働いて貰った方が良いかもしれません」
「それが良いと思います。素のレベルが高い元探索者なら、余程特殊な職人的技能でなければ習得速度もそれなりに速いと思いますよ」
レベルが高いとなぜ習得速度が速いのかと話を聞いてみると広瀬君曰く、レベルが高いと体力面においても高い補正が掛かっており、集中力の持続時間が長くなるので学習効率が高くなるらしいとの事だ。確かに単純作業でも疲れから集中力が切れ、短時間でミスを繰り返すというのは良くあることだ。それが極端に低減するとなれば、同じ時間当たりの作業であっても学習効率は上がるだろうな。
……あれ? コレはもしかしたらその内、スキルアップ、キャリアアップの為に探索者になる、といった事が流行るような社会になるのかも?




