幕間七拾一話 桐谷不動産奮闘記 その2
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広瀬君達を連れ、ガードレールの隙間から斜面を慎重に降りていく。地面はある程度踏み固められており、人が並んで歩ける程度の道幅は確保されている。まぁ舗装されてるわけでは無いので、大雨が降ると崩れる可能性はあるけど。
そうして足元を滑らせない様に、下っていくと傾斜が緩やかな少し開けた場所に出る。
「小さめの広場ですが、休憩場や倉庫を何かの建物をたてたりできると思いますよ」
「そこそこ広いですね、資材置き場なんかに使えそうです」
「上の国道から一気に資材を下ろすのはきついでしょうから、小さめですが中間貯蔵地点として使えると思います。こんな傾斜地ですので、重機なんかの持ち込みは難しいでしょうから」
開拓の為に重機をココに持ち込もうというのなら、結構な規模の下準備……搬入路作りの整地工事が必要になるからな。大出費を嫌って搬入路整備工事を避けるのなら、資材搬入は小型の作業機器や人力頼みになる。
つまり、効率的な工事を行うためには工事が必要というやつだな。
「そうですね。軽い荷物を抱えて降りる程度なら問題ない傾斜ですけど、2人掛かりで持つような重い荷物を持ってとなると……厳しいでしょうね。まして建機を下ろそうと思えば、下準備だけで1年くらいかかるんじゃないですか?」
「工事に掛ける人員や予算にもよるでしょうが、谷底まで搬入経路を作るとなればその位は掛かるでしょうね」
その上多分、搬入経路の工事だけでこの土地の購入価格と同程度は掛かるんじゃないかな? 安く済まそうと下手な工事をおこなえば、大雨などが降った時に作った搬入路を中心に大規模な山崩れなど起きかねない。
最悪、傾斜地の上を通る国道を崩落させるだけに留まらず、崩れた土砂が川をせき止め土石流を派生させ下流域に被害を……何て事にもなりかねない。そうなればとてもでは無いが、彼等……というより個人や会社では責任の取りようがない。
「そうですよね。そうなると俺達が探索者というのは、こういう場所を切り開く作業を行うには都合が良いですね。この身一つで、重機の真似事が出来ますから」
何気無い感じで紡がれた大して大きくもない広瀬君の呟き、当然の様に身一つで重機の代わりを担えるという言葉が自分の耳にハッキリと届いた。これまでの内見に同行した経験を踏まえれば、広瀬君が口にした事があながち誇大妄想のホラ話でもないという事がすんなりと理解できる。
ふと冷静に考えてみれば、どこにでも居そうな学生が当たり前の様に重機の代わりを担えるって思えるのはおかしいよな? 何ですんなりと納得が出来てるんだろ、俺?
「そうですね、これまでの皆さんの動きを思えば、専門家の助言や監修をしっかりと受けられるのなら身一つでの開拓もそう難しくないように思えます。こういう未開地と呼べる場所の開拓でネックになる、工事の為の工事が必要なくなるかもしれませんからね」
「そうですね、ただし中級者以上の探索者ならって但し書きはつきますけど……」
広瀬君は残念ながらといった感じで助言をくれるが、探索者なら始めて1か月程度の初心者でも出来ますよ、とかいわれた方が困る。重機の代わりを出来る人が、ポコポコ出て来るってどんな状況だ。
そんな想像をしている内に話は進み……。
「何年かしたら面接なんかで、学生時代にどんなことを頑張りましたか?と聞かれ、探索者活動を頑張りました!って答える時代が来るかもしれませんね。○階層まで潜りました、重機の代わりが出来ますか?といった受け答えをする様な感じで」
確かに広瀬君がいう様に、このままダンジョンブームが続いていくようなら、そう遠くない将来に実現しそうな未来予想図に思えてくる。探索者であるという事は、ダンジョン内に限らず社会にも影響力を与える存在だろうからな。自分が知る範囲の事だけでも、広瀬君達との内見で経験した事を踏まえれば影響はかなり出るだろうと実感が持てる。
仮に今の仕事に限った話だとしても、これまで手に負えず塩漬けにされていた物件が、探索者向けなら有力物件に早変わりしそうな兆しが見えている。普通の一般人では到達するだけで一苦労しそうな物件でも、それなりのレベルの探索者ならちょっとした散歩程度の苦労にしかならないだろうからな。
「ウチの会社でも、何れそんな未来も来るだろうっていってますよ。探索者向けの物件を紹介するのなら、探索者の要望を理解できる人材を揃えて置く、物件探しの要望にすぐ応えられるように探索者向け紹介物件のデータを纏める、とかですね。探索者向けの需要はこれから増えていくとウチでは考えていますので、その時が来てもすぐに対応できるように皆さんの物件探しで参考データを集めようって感じですね」
今まで負動産といわれていた物件が、探索者向けとしてなら優良物件として捌けるかもしれない。コレだけでも不動産業界としては、一大チャンスの到来だ。ただし、何もしないで何でも売れるという事ではなく、売る為の努力は必要でそのためには探索者の求める需要を理解しなくてはならない。
更にだ、新分野故に需要が莫大にあるとはいえ需要は有限であり、時間と共に需要はドンドンと落ちていき、需要があるとなれば供給が増えるのは当然の事であり、業界間での消費者を巡って競争が激化するのは目に見えている。そうなる前に消費者のニーズをつかみ、探索者御用達のブランドを確立しなければ安定した利益は望めない。その為にも必要なのは、どこよりも早く、的確な物件を紹介できるノウハウだ。
「なるほど、じゃぁ桐谷不動産にとって良い参考データを提供出来るように頑張らないとですね」
その為、この時期に探索者業界屈指の実力を誇る広瀬君達パーティの協力を得られるのは、またとない機会である。参考データを取る場合、満遍なくデータを集める方が良いが、中間層のデータを得るよりトップ層のデータを得る方が難しいのはどの業界でも同じ事である。中間層のデータはバイト名目で集める事も出来るが、トップ層は確かな伝手が無いと協力を要請する事も出来ないからな……依頼を受けてくれる受けてくれないは別にして。
しかもこれから需要が増えていけばそういった依頼も増え、ますます受けて貰えなくなるようになる悪循環。このタイミングで広瀬君達の協力を得られたのは、ウチの会社としては僥倖というほかない……まぁ色々常識をぶち壊される日々で苦労しっ放しだけど。
一通り内見を終えた後、広瀬君達を連れお店まで戻って来た。移動を含めて4時間程掛かったが、遠方の山奥へ内見してきたと思えばそれほど時間はかかっていない方だろう。前回まで内見に行った場所は、本当の意味で辺境ばかりだったからな。物件の入り口まで国道が走っていた、というだけマシだったというものだろう。
そして広瀬君達にお店の応接間で待っていてもらう間に、事務所に戻り内見終了の報告をおこなう。
「お疲れ様です、今内見から戻ってきました」
「ご苦労さん。どうだった湯田君、広瀬君達はあの物件を気に入ってくれていたか?」
「あっ、社長。はい、今までの物件と比べ交通の面は気に入っているようでした。ただ、物件の立地は気に入っている様な感じでしたが、土地の大半が傾斜地になりますので少し悩んでいる感じでしたよ」
「そうか。まぁ敷地の大半が傾斜地という難しい立地の上、川の上流にダムがあるという物件だからね。立地自体は彼等の希望する条件に合致するだろうが、訓練場として開拓するとして考えると中々ね?」
内見の様子を報告すると、社長は難しげな表情を浮かべながら小さく眉を顰めていた。広瀬君達に変更する条件面を聞いてからすぐに選んだ物件だけに、彼等の希望する条件に合致しない物件を勧めてしまったと反省しているのかもしれない。
まぁ条件が変わった以上、初めから選考のやり直しなんだから仕方がないと思うんだけどな。
「それで湯田君、コレが一番重要な事なんだが……今回は変なモノを見つけてないだろうね?」
「……はい、もちろん見つけてません。あんな事、続けて2度あるなんてそうそうないですよ」
少々ウンザリとした表情を浮かべながら無かったと報告すると、社長は大きな溜息を吐きつつ心底安堵したような表情を浮かべた。この前の内見ではダンジョンなんてものを見つけてしまい、大騒動になったからな。ダンジョン協会を始め国や自治体、地主さんと侃々諤々の協議を行った上、思い出すのも嫌になる量の書類を捌く事になったからな。その上、他にウチの管理地内にダンジョンが無いか社員総出で手分けして確認に走る事になったし……あんな騒動、2度と経験したくない。
「それは良かった、それで彼等は今どうしてる?」
「応接間で待ってもらっています、今日の内見について話し合ってると思いますよ?」
「そうか、では私も彼等と話しにいくとするかな」
社長は立ち上がり事務所を後にしようとするので、慌てて後を追い店へと向かう。
店に入ると応接間からこちらを見る広瀬君達の姿が見える。少し緊張したような表情を浮かべており、何か気になる事でも話題に出たのか?
「お待たせしました、皆さんが無事に戻られ安心しましたよ」
「すみません、前回は妙なモノを見つけてしまい」
「いえいえ、お気になさらず。アレは元々コチラの管理不足が騒動の原因ですから……」
確かに社長が言う様に、ダンジョンが出現したすぐの頃に、ウチの管理する物件を総点検しておけばあのタイミングで発覚する様な問題じゃなかったからな。まだ広瀬君達の様にこの問題に対応可能なお客さんだったから良かったけど、ただの一般人のお客が内見中に興味本位で立ち入っていたらと思うと肝が冷える思いだ。一歩間違えば、管理不足が原因の業務上過失致死事件発生だったかもしれない。
今回の件は後始末が大変ではあったが、運は良かったと思うしかないな。
「それでどうでした、物件の内見の方は? 湯田君からは中々良い感じだったと聞いてますが……」
社長が尋ねると、広瀬君達が内見の感想を述べていく。社長は興味深げな表情を浮かべながら広瀬君達の話を聞いていたが、話が進んでいくにつれ少しずつ頬が引きつっていく様子が見えた。
まぁ、道具さえ用意すれば重機の代わりが出来ますと聞けば、そういう反応になるよな。工事の為の工事が必要な開発困難地を、身一つで重機を使用した時並みに開発可能となるのは業界的にはこれまでの常識がひっくり返る様な事実だ。
「なるほど、分かりました」
社長は何とか引き攣った頬を元に戻し、広瀬君達に探索者の練習場事情についての話を改めて聞く。これまでの物件内見を通じ広瀬君達の様なトップクラス探索者の実情を目の当たりにしてから話を聞くと、改めて彼らが独自の練習場を持とうとする意義が良く分かる。
そして何れ彼ら以外にも自分達専用の練習場を欲する探索者達が出現し、商売として成り立つ需要がある事を確信できた。
広瀬君達から少し予想外の提案をされたが、何とか話はまとまった。購入から賃貸に変わったのは少し残念な気持ちはあるが、最終的に購入してくれる約束なので問題ないだろう。更に広瀬君達は契約形態変更の対価として、彼等が直接探索者の開拓能力のデータ取りに協力してくれる事になったことの方がウチとしては得られるものが大きい。
「良かったんですか社長、賃貸契約に変更しちゃって? 無いとは思いますけど、賃貸契約期間を過ぎた後に購入を辞められたら、それなりの損害になりますよ?」
「確かに購入して貰わないとなると損害は出るが、長期的な目で見ると例え賃貸物件の購入を断られたとしても、ココで彼等の協力を得て直接データを取れるのは大きな財産になる。探索者需要の取り込みを考えたら、基盤になるデータだからね。それも現状でのトップクラスの探索者、つまり一番練習場需要が見込めるであろう数年後の中堅層のデータといい換えても良い。どこよりも早く、一番需要が出る層が欲する物件の情報をウチが掴めるチャンスだ」
そういうと、社長はニヤリと実に頼もしい笑みを浮かべていた。損して得を取れ、商売をしていると偶に耳にするフレーズだがなるほど、こういう場合に使う言葉なんだな。
「そういう訳だ湯田君、彼等がその気になっている内にまずは簡単なデータ取りからおこなう、準備を進めてくれ」
「はい!」
「それと、彼等に紹介する物件のピックアップも遅れないように進めてくれ。彼らが求める良い物件を紹介する事こそが、彼等と良好な関係を作る要だからな」
「任せて下さい、最高の物件を見つけ出して見せます!」
色々仕事を任され忙しくなるが、数年後の桐谷不動産の趨勢を決める様な仕事を任された事に俺は喜びの表情を浮かべながらさっそく仕事に取り掛かった。
良し、頑張るぞ!




